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第3話

Author: ヴェスパー・ショウ
翌日、私は島へ持っていく荷物をまとめ始めた。

サンドレスをバッグにしまい込み、サイドポケットには署名済みの離婚届と並べてパスポートを入れる。まるで、献身的な夫とロマンチックな休暇に出かける、ただの妻であるかのように振る舞った。

午後も遅くなった頃、私たちは彼のヨットで波を切って進んでいた。海岸線が、みるみる背後に遠ざかっていく。

和真は舵輪に手をかけ、操縦席に立っていた。風が黒髪を乱す。時折、あの独特の薄い笑みを浮かべて振り返る。

「これが、俺たちの逃避行の始まりだ。ふたりきりで。仕事もなし、家族もなし、邪魔者もなし」

私は頷いた。心から幸せなふりをして。

やがて、水平線に島が姿を現した。ヨットが桟橋へと滑り込んでいく途中、砂浜で何かが揺らめいているのが見えた。何十もの小さな灯りが、半円を描くように並び、その中心にはふたり分のテーブルが設えられている。

和真がエンジンを切り、私を桟橋へと導いた。彼の手は温かく、しっかりと私を支えていた。

「サプライズだ」

彼は囁くと、砂浜へと私を連れていく。

テーブルには白いリネンがかけられ、並ぶ料理はすべて、私の好物ばかりだった。

彼が椅子を引いてくれる。瞳に蝋燭の灯を映しながら、彼は言った。

「大変だっただろう」

それは低く、真剣な声だった。

「お前の両親のことも、親族からの圧力も、全部。でも、これだけは知っていてほしい、愛奈。たとえお前の家族がお前の価値を見ていなくても、俺は見てる。俺はずっとお前の味方だ」

私は彼を見つめた。しっかりとした顎、真摯な瞳、誠実さを滲ませたその口元。紡がれる言葉のひとつひとつが、誓いのように響く。けれど、そのひとつひとつが実は嘘なのだ。

「ありがとう」

私は言った。言葉が苦かった。

「その言葉が、私には何より嬉しいわ」

彼はほっとしたように笑い、グラスを掲げた。

「俺たちに。二度目のハネムーンに」

「私たちに」私も同じ言葉を返し、口をつけた。

彼がグラスを置き、私に注ぎ足そうとワインボトルに手を伸ばしたその時、テーブルクロスの上でスマホが震えた。

鋭く、無遠慮な音だった。和真は画面に目をやると、親指で操作し、着信を切った。

再び、震えが響く。彼は再びそれを切り、微かに顎を強張らせた。

「まったく、言っておいたはずだろ――」

3度目の振動は、しつこく、無視できない類のものだった。

彼の表情に、迷いがよぎるのを私は見ていた。

「出た方がいいんじゃない?」私は完璧なまでに平静な声で言った。「部下かもしれないでしょう。何かあったのかも」

誰からの電話か、私にはもうわかっていた。彼は部下たちに、今日は邪魔をするなと言い渡していたはず。だとすれば、可能性はひとつしかない。奈穂美。

和真は首を振った。

「お前に約束したんだ。今日は俺たちの日だ。仕事の話はなしだ」

不意に振動が止んだ。そして画面に通知が灯る。彼はスマホを手に取り、メッセージを読むと、眉根を寄せた。

「やっぱり何かあったの?」私はわざと尋ねた。

彼はすでに椅子から立ち上がっていた。

「トラブルだ。うちの事業のひとつで。まずいことになってる、愛奈。俺が直接出向かないと」

彼はテーブルを回り込み、両手で私の頬を包んだ。親指が頬を撫でる。

「日の出までには戻る。約束する。一緒に朝日を見よう」

私は彼の瞳を見上げた。

「本当に、行かなきゃダメ?せめて夕食だけでも」

彼の表情に、何かがよぎった。罪悪感、あるいは後悔。

「必ず埋め合わせる。約束だ」

彼は私に口づけると、砂浜を歩き、桟橋へと大股で向かっていった。

ヨットのエンジンが唸りを上げた。船影はみるみる小さくなり、やがて点となり、そして見えなくなった。

私はテーブルへと向き直った。蝋燭の火はまだ揺れている。何もかもが元のままなのに、私だけが、ただひとり取り残されていた。

食事には手をつけなかった。ワイングラスを手に波打ち際まで下り、冷たい砂の上に腰を下ろす。膝を抱え、風が髪を顔に激しく打ちつけるのに任せた。

私はずっと待っていた。

真夜中が過ぎ去った。テーブルの蝋燭は、ひとつ、またひとつと燃え尽きていく。それでも、水平線は空っぽのままだった。

私はスマホを取り出し、インスタを開く。

奈穂美の最新の投稿は、45分前のものだった。男の手が、女のお腹にそっと添えられている写真。その袖口には、蔓草が複雑に絡み合う意匠の、銀のカフスボタンが光っていた。

あのカフスボタンは、私が自分でデザインしたものだ。2年前、和真の誕生日に。

彼がどこへ行くときも、私の一部を身につけていてほしかった。

キャプションにはこうあった。

【体調が悪いと伝えた瞬間に駆けつけてくれた、大切な人へ。言葉にできないほどの安心感を、私と、私たちの赤ちゃんにくれた。あなたがいてくれて、本当に幸せ】

文字が滲むまで、私は画面を見つめ続けた。夫が本当に姉のもとにいるのだと確信した瞬間、胸の奥に激しい痛みが走った。

親指が、和真の連絡先の上で止まる。電話をかけた。

1度目は、鳴り続けた末に留守番電話へと切り替わった。切って、もう一度かける。結果は同じだった。3度目、もう諦めかけたその時、誰かが電話を取った。

「もしもし、愛奈」

奈穂美の声は甘く、明らかに満足げだった。

「和真に代わって」私は冷たく言った。

「今ちょっと手が離せないの。私たちの子のことで、少し心配なことがあって。彼、本当に献身的なのよ。何もかも放り出して、すぐに飛んできてくれるんだから、あなたも驚くと思うわ」

一拍の間。枕にゆったりともたれ直すような、柔らかな衣擦れの音が聞こえた気がした。

「ねえ、愛奈、前から言ってるでしょう。この世に、欲しいと思って手に入らない男なんていないの。和真も例外じゃない。それに今、私は彼の子を身籠ってるんだもの……」

彼女は、意味深に言葉を途切れさせた。

私は何も言わなかった。

「ひとつ忠告してあげる」奈穂美は続けた。「いい加減、現実を見なさい。離婚届を出して、残ったわずかな誇りだけ持って去りなさいよ。あなたの負けなの、愛奈」

「和真が欲しいの?」

私の声は平坦だった。

「いいわ。あげる」

驚いたような沈黙が流れた。奈穂美は、私が泣くか、あるいは怒りをぶちまけるのを期待していたのだろう。

「私はずっと我慢してきた」

声色は変わらないままに、私は続けた。

「これまでの人生でずっと、あなたが欲しがるものを取らせて、自分は身を引いてきた。両親の愛情も。恋人たちも。夫も。あなたはそれを全部、自分のものにしてきた。

私がそれを許してきたのは、心のどこかで、いつか自分が十分に良い人間になれば、何かひとつくらい自分のものが持てると信じていたから」

「愛奈……」

「でも、我慢するのはもう終わり」

私はそれだけ言うと、冷たく彼を見つめた。もう気持ちは決まっていた。

「もう二度と、私を踏みにじって、ただで済むと思わないで」

「どういう意味よ、それ」

奈穂美の声から、甘さが消え、鋭さが滲んだ。

答える代わりに、私は電話を切った。

眠らずに、ただ空を見つめていた。

朝の5時17分、太陽が水平線の向こうから姿を現した。

雲がピンクとコーラルと琥珀色に染まっていく。1時間前まで深い闇に沈んでいた空が、今はまるで光に満ちた聖堂のようだった。

けれど、私はまだ独りだった。和真の姿はどこにもなかった。

2時間後、ようやく和真が島に戻ってきた。桟橋の板を踏む彼は、疲れ果て、シャツは皺だらけで、顎には無精髭が影を落としていた。

病院への往復が、彼を心底疲弊させていた。奈穂美は泣いたり無理を言ったりし続け、医師がふたりに、赤ちゃんは無事だと告げる頃には、夜明けが迫っていた。彼はここへ戻るまで、制限速度などお構いなしだった。

砂浜には誰もいなかった。昨夜のテーブルはそのまま砂の上に残り、手つかずの料理は傷んでいた。

部下が、砂浜の端で待っていた。表情は張り詰めている。

「愛奈は?」和真は砂浜を見渡しながら尋ねた。「屋敷の中か?」

部下が歩み出て、封筒を差し出した。

「社長、奥様はいなくなりました」

和真の眉間に皺が寄る。

「いなくなったって、どこへだ。散歩か?」

「1時間ほど前、モーターボートで出て行かれました。これが別荘に残されていて」

和真は封筒を受け取り、開いた。

中には離婚届が入っていた。署名も日付も、すでに記入済みだった。1枚目にクリップで留められていたのは、小さなベルベットの袋。紐を緩め、掌に中身を落とす。

春本家の奥様の証である指輪が、掌へと滑り落ちた。

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