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第4話

Author: シガちゃん
由奈の身体はこわばり、呆れた思いで祐一を見つめた。「長門先生にきつく当たったって?」

――彼がわざわざここに来たのは、歩実のためだったのか。

「彼女は君の上司だ。どんな事情があっただろうと、みんなの前で彼女の立場を潰すような真似はするべきじゃない」

祐一の声音は冷え切っていて、そこに夫婦の情など微塵もなかった。

由奈は胸の奥の痛みを押し殺し、ふっと笑った。「勘違いしないでほしいけど、執刀医は私よ。現場で判断する権利くらい、私にはあるでしょう?」

「君こそ勘違いするな」祐一は唇の端をわずかに上げ、皮肉を含んだ声で返す。「執刀医を交代させる権利は、俺にあるんだぞ」

その一言に、由奈の心臓は鈍器で打ち据えられたように震えた。

……けれどもう関係ない。

すでに異動届は出してある。彼が誰を執刀医に据えようと、もうどうでもいいことだ。

「だからこれからは――」

「滝沢社長が執刀医を変えたいなら、どうぞご自由に」由奈は祐一の話を遮った。

彼の表情が凍りつき、目の奥がさらに暗くなる。

これまで人前でこそ「滝沢社長」や「滝沢さん」と呼んではいたが、二人きりのときに距離を置くような呼び方をしたことはなかった。

「……今、なんて呼んだ?」

「滝沢社長」由奈は静かに答え、問い返す。「あなたの望んだ呼び方じゃなかった?」

祐一は眉間に深いしわを刻み、何か言おうとした――その瞬間。

「池上先生!」一人の看護師が駆け込んできた。「大変です!患者さんのご家族が、長門先生と口論になってます!」

由奈が返事をする前に、祐一はすでに背を向け、足早に去っていった。

――歩実のこととなれば、迷いもせず駆けつけるんだ。

その姿に由奈の口元は自然と歪んだ。彼が自分にあんなふうに駆け寄ってきたことは、一度もなかったのに。

病室の外では、患者家族と歩実の間で激しい言い争いが起きていた。

由奈が駆けつけたとき、人だかりの向こうから、歩実の悲鳴が聞こえた。

人混みをかき分けた由奈が目にしたのは――祐一が歩実を庇って、振り上げられた患者家族の腕をつかんで止めている姿だった。歩実は祐一の胸にすがり、怯えた顔をしている。

患者家族は祐一の迫力に押され、思わず後ずさる。「あ、あんた誰だ!」

祐一は淡々と腕を払いのけた。「言い分があるなら口で言ってください。暴力は筋違いです」

「ならあいつに聞くけど!」患者家族は指を歩実に突きつける。「命がけの手術を終えたばかりの息子を診に来たのに、口を塞いで吐き気を我慢してたんだぞ!そんなことする医者がどこにいる!」

「そ、そんなつもりじゃ……」歩実は涙をため、祐一に縋るように言った。「違うの、祐一。今朝、苦手なものを食べてしまって胃がむかついてただけ。患者さんのせいじゃないの」

「わかった。俺が話をつける」祐一は短く返し、家族に向き直った。

「不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。ですが、彼女は体調が悪かっただけです。お詫びとして、入院費はこちらで負担します」

その言葉に、家族の怒りも少し収まり、「なんてひどい医者だ」と舌打ちを残して病室へ引き上げていった。

「ごめんね、祐一……迷惑をかけてしまって」歩実はうるんだ瞳で彼を見上げる。「庇ってくれなくてもよかったのに。怪我でもしたらどうするの……」

祐一はふっと笑い、頭を軽く振った。「無事ならそれでいい」

そのやり取りを見ていた看護師たちが、ひそひそと声をあげる。

「長門先生、もしかして滝沢社長って彼氏なんですか?」

歩実はうつむき、頬を赤らめて小さく否定した。「ち、違うわ……変なこと言わないで」

「またまたぁ、こんなにお似合いなのに!」

冗談半分の声が飛び交い、周囲はどっと和やかな空気に包まれる。

祐一の視線がふと人混みの向こうに向けられた。

そこに立っていた由奈と、ふいに目が合う。

由奈の胸の奥がきつく締め付けられた。

認めたくはないが、自分の夫は本当に彼女と似合っている。ここにいる自分が、余計な存在なのだ。
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