Share

第5話

Penulis: シガちゃん
祐一の表情がわずかに険しくなり、歩実を離そうとしたその時――

「祐一、まだ気分が悪いの。薬を取りに一緒に来てくれない?」

歩実が袖をつかんで引き止めた。

祐一は一瞬、消えていった由奈の背中を見やり、やがて小さく息を吐いた。「……ああ」

薬を受け取った帰り道、祐一がどこか上の空でいると、歩実は彼を見上げ、笑みを浮かべる。

「祐一、健斗を海都市の私立幼稚園に入れたいけど、保護者もに市内に住んでなきゃだめらしいの。私、事情があって住民票を地方の実家から移せないから、一時的に健斗を祐一の養子にできないかしら?」

断られるのを懸念してるのか、彼女は言葉を急ぐように重ねた。「ほんの少しの間だけ。絶対にバレないようにするから」

祐一が彼女を見据える。

歩実はその視線から逃げないよう我慢し、手を固く握りしめた。「だめ……なの?」

「そうだな、子供のためにもそれはやめたほうがいい」祐一の声音は冷静だった。「だが、母に養子として迎えさせることはできる」

歩実は黙り込んだ。

滝沢家の養子。つまり、健斗は祐一の「弟」になる。では、健斗の母親である自分は気まずい立場になるのでは?

祐一の眼差しが鋭くなる。「気が進まないか?」

歩実は慌てて首を振り、本音を隠す。「……ううん。祐一に任せるわ」

祐一は短く「わかった」とだけ答え、それ以上は口を開かなかった。

歩実は指先をぎゅっと丸める。心の奥には悔しさが渦巻いていた。

だが、焦ってはいけない。

――息子が滝沢家に入り、家の人間に気に入られさえすれば、自分の立場はいずれ変わる。

……

その夜、祐一は帰ってこなかった。

以前なら、由奈は遅くまで灯りをつけ、彼を待ち続けていた。けれど今はもう違う。帰るかどうかさえ、もうどうでもよくなったのだ。

翌朝、出勤のためにマンションを出たところで、由奈は歩実と健斗と鉢合わせた。

避けて通ろうとした矢先、歩実の声が飛んできた。「池上先生」

由奈は足を止め、振り返る。「……何か?」

「先生は私のことが……嫌い?」歩実はじっと由奈を見つめる。

「そんなことありませんよ」

嫌うも何も――そもそも好きになる理由はないし、彼女はどんな人間かは知らない。

歩実は健斗の手を引き寄せ、さらに近づく。

「それならよかった。同じ病院で働いてるんだもの、変な誤解は嫌だから。あ、先生も病院に?私も子どもを送ったら行くので……祐一に車で送ってもらいましょうか」

由奈の胸の奥が凍りついた。

――昨夜、祐一が帰らなかったのは歩実のところにいたからか。

まだ離婚すらしていないというのに、もう彼女の家に入り浸りになったなんて。

「結構です。自分の車で行くので」由奈の声に冷たさがにじんでいる。

歩実はなおも笑みを崩さず腕を取ってくる。

「遠慮しないで。同じ方向だし、すぐ祐一も来るから」

由奈は込み上げてくる怒りを静かに押さえ込む。

歩実は自分と祐一の関係を知ってるから、こんなふうに挑発してきたのではないかとすら思えた。

由奈は力づくで腕を振り払う。「結構と言ったはずです」

その瞬間――歩実が地面に倒れ込んだ。

「ママ!」健斗は母を突き飛ばされたと思い込み、由奈を力いっぱい押した。「悪いおばさん!ママをいじめないで!」

その拍子に由奈のスマホが手から滑り落ち、アスファルトに転がる。健斗は泣き叫びながら、それを足で何度も踏みつけた。

「やめなさい!」由奈はたまらず彼を引き離しただけなのに、健斗は尻もちをつき、大声で泣き出した。

ちょうどその場に、祐一の車が滑り込んできた。ドアを開けるなり、彼は大股で駆け寄ってくる。

「由奈!」

その呼び方に、二人の関係を隠すことすら忘れた焦りがにじんでいた。

「パパ!僕、この悪いおばさんにいじめられた!」健斗は泣きじゃくりながら訴える。

歩実は慌てて息子の様子を確認し、由奈を睨む。「池上先生、大人同士のことで子供まで巻き込むのはどうかと思うけど」

由奈は奥歯を噛み締め、怒りを押し殺して吐き出した。

「彼はわざと私のスマホを踏みつけたんです、それを見て見ぬふりをする気ですか?」

「健斗は……きっと悪気はなかったのよ」歩実は視線を逸らす。

「一度だけなら偶然かもしれませんが、何度も踏みつけるのは、彼の意思による行動なんじゃないですか?」

「そこまでだ」

祐一の目が鋭く光り、低い声に怒気が混じった。
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第15話

    由奈は唇を噛み、目に影が落ちる。カバンを下ろしながら言う。「……ご飯、作ってくるわ」そのままキッチンへ向かい、手際よく動き出す。冷蔵庫には家政婦が用意してくれた食材がそろっている。昔、由奈に余裕があった頃は、祐一の帰りを待って毎晩のように料理をしていた。たとえ彼が夕飯の時間に間に合わなかったとしても、帰ってきたときは温め直して出していた。けれど彼は、一度も箸をつけたことはなかった。「そんなことしなくていい」と、いつも冷たく言われるだけ。六年間、妻としてできることはすべてこなしてきたが、ことごとく拒まれた。今になって、由奈はもう疲れ切ったのに、逆に妻の役目を果たせと言うのか?余計なことは考えまいと、由奈は料理に集中した。調味料を取ろうと棚を探し、お酢の瓶に手を伸ばす。だが、瓶は上段にあり、指先が届かない。そのとき、不意に背後から大きな影が差した。ひょいと伸びた腕が、あっさりと瓶を取り下ろす。すぐ背後に迫る熱――まるで体を包み込むように覆いかぶさる気配に、由奈の心臓が跳ねた。二人はもちろん、体を重ねたことがある。いつかの夜、浴室で壁に押し付けられ、背後から強引に求められた、あの熱。今の彼も、あのときと同じ温度を纏っていた。由奈は思わず息を呑み、慌てて横にずれて声を絞り出す。「料理がまだなの……外で待っていて」わざと距離を取ろうとする彼女に気づいたのか、祐一の瞳がかすかに陰った。次の瞬間、彼は由奈の腕を強く引き寄せ、胸に抱き込む。びくりと体が硬直する。「逃げるな。前に触れたとき、一度も逃げなかったじゃないか」その眼差しには、どこか嘲るような色が宿っていた。羞恥と悔しさで、由奈の頬が一気に赤く染まる――これも、彼なりの侮辱なのか。「……やめて。こんなの、よくないわ」「どこが?」「……」言葉に詰まったその瞬間、彼の掌が服の中に忍び込む。由奈は反射的に押しとどめたが、祐一はさらに強引に手を這わせ、鼻で笑った。「……キッチンでっていうのも、悪くないかもな」かつて見てきた彼の欲望の顔――本能のまま彼女を貪ろうとする表情だ。けれど、彼が歩実を抱いた事実を思い出すだけで、由奈の胸はどうしようもなくかき乱された。由奈は必死に顔を背け、迫る唇をかわした。「……いや。したくない!」彼の

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第14話

    祐一は静かに視線を引っ込め、短く言い捨てた。「あんな人間、気にかけるだけ時間の無駄だ」そう言って背を向け、歩み去る。だが、その言葉は扉の向こうにいた由奈の耳にもしっかり届いていた。顔から血の気が引いていく。祐一の目には、浩輔はどうしようもない落ちこぼれとしか映っていない――けれど、由奈には反論できない。浩輔は人を大怪我させた。それは事実だ。姉として、由奈は弟のことをよく知っているつもりだ。確かに学業を投げ出し、喧嘩ばかりしてきたけれど、手を出すのはいつも相手が先で、これまで誰かに重傷を負わせるようなことはなかった。どうして今回だけそんなことになったのか。由奈も真相を知りたい。祐一が手を貸してくれること自体は感謝している。けれど、目の前で自分、そして弟を「あんな人間」と切り捨てたのは、胸に刺さる。だが、無理もない。池上家のことなど、祐一にとっては金に目がくらんだ卑しい家族、いい印象など抱いていないのだから。祐一の言葉を聞くと、歩実は勝ち誇ったように医局の中へ視線を送り、彼の後を追う。探るような態度はもう消えていて、わざと声を弾ませた。「祐一、池上先生はあんなに優しい人なのに、そんな言い方しなくてもいいじゃない」――祐一の口ぶりからして、彼は由奈を忌々しく思っているようだ。なら、二人に特別な関係などあるはずがない。歩実はほっとしたように祐一の腕に絡めた。「ねぇ祐一、今夜も一緒に健斗を迎えに行かない?それから食事でもどう?」「……あのトレンドは見たか?」その一言に、歩実の体が一瞬固まる。わざと撮らせた写真。どうせ祐一は自分のことが好きだから、あんな噂など気にしないと思っていた。ところが、騒ぎになる前に記事は消されてしまった。――つまり、彼はもう昔のように自分を想ってはいない。それでも、祐一が少しでも負い目を感じている限り、まだ望みはある。焦らず少しずつ彼を取り戻せばいい。歩実はそっと腕を離し、申し訳なさそうに俯いた。「その件……私も知ったばかりの。本当にごめん。ただ一緒に健斗を迎えに行っただけなのに、あんなふうに撮られるなんて……迷惑をかけてしまったね」「……あの子は俺の子じゃない。それに、仕事もあるから世話をするのも難しい。だからもう保育士を頼んである。これからは彼女に任せる」そ

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第13話

    由奈は怪訝そうに顔を上げた。「滝沢社長、何かご用ですか?」祐一は落ち着いた声で問い返す。「今日、ニュースは見たか?」「ニュース?」彼女は首をかしげる。祐一は数秒だけ視線を絡め、そのまま淡々とした口調で言った。「……いや、何でもない」そう言うと、踵を返して歩き去る。由奈はその背中を見送るうち、浩輔の件を思い出して思わず呼び止めた。「滝沢社長!」祐一が立ち止まり、振り返った。その眼差しには、どこか冷ややかな色が浮かんでいる。「まだ何か?」胸の奥がちくりと痛む。――用がある時は彼から連絡が来る。けれど、自分からは近づくなということなのだろうか。由奈は唇を結び、意を決して言った。「弁護士の件、ありがとうございます。ただ……社長がおっしゃった『態度次第』というのは……この数日中に時間を作って、離――」「祐一!」離婚届という単語を出す前に、明るい声が彼女の声を遮った。振り向けば、歩実が小走りで駆け寄ってくる。由奈の姿を認めた瞬間、彼女の笑顔はかすかに曇ったが、すぐに祐一の腕を当然のように取った。「せっかく病院に来てくれたのに、私のところにも顔を出してよ」――これは、自分の立場を誇示する言動だと由奈は瞬時に理解した。もし彼女が知っていたらどう思うだろう。いま隣に立つ男が、他人の夫だという事実を。祐一が答えるより先に、歩実は由奈へと振り返り、笑顔を作った。「池上先生、この前祐一とは親しくないっ言ってたよね?でも、ずいぶん楽しそうに話してるじゃない。私、池上先生のことを紹介してあげようと思ってたのに」その口ぶりは、一見すれば「権威ある人に推薦してあげる」という親切めいた響きをまとっていた。滝沢家の長男であり、すでに会社の実権を握る祐一。政財界の人脈も潤沢で、資金力も申し分ない。しかも病院の株主として、最新の医療機器を寄付し、研究プロジェクトの支援までしている。院内の誰もが歩実を羨んでいた。突然部長に就き、さらに裕福で地位ある彼氏を後ろ盾にしているからだ。こうして彼女が由奈を祐一に紹介していると、妬む視線を向ける看護師もいた。だが祐一の注意は、歩実の言葉の中でも「由奈が自分とは親しくないと言った」という一点に向けられていた。氷の影を帯びた視線が、由奈を射抜く。由奈は苦笑いを我慢し、まっすぐ歩

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第12話

    由奈がまだ気持ちを整理しきれずにいると、祐一から突然メッセージが届いた。【君の態度次第で、弁護士を探してやってもいい】彼女は戸惑う――「態度次第」とは?歩実とその子どものために、早く妻の座を譲れということなのか。長い沈黙のあと、由奈はただひと言【わかった】と返した。その頃、祐一は返信を確認すると、秘書の麗子に命じた。「池上浩輔が勾留された理由を調べてくれ」「承知しました」麗子が去ってまもなく、祐一の母親、千代(ちよ)が派手なブランドバッグを持って部屋に飛び込んできた。「祐一!あんた、隠し子がいるって本当なの!?」祐一はネクタイを緩め、顔色ひとつ変えない。「隠し子?」「とぼけないで!」彼女は写真を机に叩きつけた。そこには祐一と歩実が幼稚園で健斗を迎える姿が映っていた。祐一の目が一瞬だけ陰を帯びる。「もうネット中に広まってるのよ!あんたに隠し子がいるって!木原家の奥さんの孫まで『あの子のお父さんは祐一だ』って言ってるわ!」顔を真っ青にしながら千代は続けた。「これは完全に不倫スキャンダルじゃない!」彼女は由奈が好きではなかった。けれど彼女はまだ滝沢家の嫁である以上、この騒ぎは家の恥になる。祐一は黙々とペンを走らせ、書類に署名を終えると口を開いた。「健斗は俺の子じゃない」「本当に違うの?」千代は疑わしげに目を細める。「違う」祐一は淡々と答え、わずかに視線をあげる。千代は言葉を失った。息子の性格はよくわかっているつもりだ。由奈との結婚は不本意だったし、今も子どもはできていない。もし本当にほかの女との間に子をもうけていたなら、今さら隠すはずがないだろう。しばらく考え込んだあと、彼女は声を落として言った。「どうせ由奈のことなんて好きじゃないんでしょう?だったら離婚したらいいじゃない。私がちゃんとした名家のお嬢さんを紹介するわ。一人くらい気に入る相手が見つかるはずよ」由奈との結婚が祐一の意思ではなかったことは、彼女もよくわかっている。だが家の重鎮である和恵に逆らえず、二人の婚姻に口を挟むこともできなかった。けれど、離婚を勧めれば息子ならきっと応じてくれる――そう信じていた。由奈を愛しているかどうか、ずっとそばで見てきた自分にははっきりわかっていたから。祐一は手を止め、眉間にうっすら不快の影を

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第11話

    翌朝。由奈が目を覚ますと、すでに家政婦がキッチンで朝食の支度をしていた。祐一はやはり帰ってこなかった――どうせ、あの母子のところで過ごしたのだろう。椅子を引き、箸を取ろうとしたとき、電話が鳴った。表示された名前を見て、由奈の胸がわずかに痛む。母の久美子からだった。スマホの向こうで泣き声が漏れる。「由奈……母さんね、あんたが滝沢家に嫁いで苦労してるのはわかってる。でも、今回だけはお願い……浩輔を助けてあげて」――「滝沢家で苦労してる」。その言葉は、鋭く胸に突き刺さる。母は何もかもを知っていた。それでも、自分が離婚を決意した時、味方にはなってくれなかった。由奈は箸を強く握りしめ、かすれ声で答える。「昨日、祐一に頼んだ」――とはいえ、それは池上家のためではなく、自分のためだ。「で、祐一さんはなんて?」「改めて話すって」ただ、そのままを伝えた。「そうか、ありがとうね、由奈。あんたなら浩輔を見捨てないと思ってたわ」久美子は安堵したように畳みかける。「安心して、浩輔の件が片付いたら、もう二度と迷惑かけないから」それだけ言うと、急ぐように電話を切った。まるで、由奈が気が変わるのを恐れているかのように。由奈はしばらく無言でスマホを見つめ、それから何事もなかったように食事を口へ運んだ。昼。病院に出勤した由奈がエレベーターを降りると、ナースステーションに歩実の姿が見えた。彼女は看護師たちと雑談をしていて、全員にプレゼントを配っている。ブランド物のリップだ。「長門先生、滝沢社長ってやっぱり太っ腹ですね!」「ほんとほんと、私たちまでおすそ分けなんて!ラブラブすぎて眩しいくらいですよ!」看護師たちが弾む声をあげる。歩実はにこやかに微笑んだまま何か言おうとしたとき、由奈の姿を捉えた。手に小さな箱を持って歩み寄ってくる。「池上先生、いいところに来たわ。これをどうぞ、全員に配ってるの」視線を落とすと、艶やかなリップが入った箱。ここで断れば、「気取り屋」だと噂されるのは目に見えている。由奈は無表情で受け取った。「ありがとうございます」そのまま歩実を避け、医局に入る。手にした箱は、机の引き出しに無造作に放り込んだ。――受け取ってはいたが、使うつもりはない。ほどなくして、歩実が入ってくる。相変わらず笑みを浮か

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第10話

    由奈は唇をきゅっと噛みしめた。もし記憶が確かなら、祐一は彼女と池上家との確執を知っているはずだ。いつだったか、和恵の誕生日祝いに両親も顔を出した。父の文昭は酒に酔って、場にふさわしくない言葉を吐き、滝沢家の人々の顔が一瞬で曇ったのを、今でも鮮明に覚えている。必死に父をなだめようとした自分は、逆に突き飛ばされ、転んだ拍子にグラスを割り、掌を鋭い破片で切った。そのとき、酔っていた父を責める気にはならなかった。けれど、そばで冷ややかに見ていただけの祐一に対しては、心の奥に深い棘が残った。――その祐一が、今さら自分を心配してるのか?由奈の瞳から熱が失われていく。「聞くまでもないでしょう」祐一は鼻先で笑った。「情けないな」由奈は指先をぎゅっと握り締め、顔色が青ざめる。祐一が続けた。「なんて言おうと君は俺の妻だ。なのに殴られるとは、情けない以外、何になる?」祐一はグラスを傾け、残りを一気にあおった。さっき言葉は受け止め方次第で、「君は俺の妻なんだから、そんな卑屈な思いをする必要はない」と言っているようで――しかし、彼女が抱えてきた痛みの多くは、他ならぬ彼自身から与えられたものだと、彼には気づかなかった。祐一はゆったりと立ち上がり、由奈の前に歩み出る。「で、俺を待っていた理由は?」由奈は一瞬言葉を失った。――やはり、夕方頃の電話が気になって早く戻ってきたのだろうか。込み上げる感情を押し殺し、静かに切り出した。「浩輔が勾留されてる。弁護士を探してもらえない?」祐一は評判を大切にする人間だ。だからこそ「釈放されるように助けてほしい」とは言わず、あくまで対策をするために、弁護士を探してほしいと言った。その程度の頼みなら、過分ではないと思ったのだ。祐一の視線が彼女を射抜く。「俺に頼み事?」「ええ」由奈は彼が躊躇するのを恐れて、さらに言葉を重ねた。「お願いするのはこれで最後。代わりにどんな条件でも飲む、離婚も含めて」祐一の目が、かすかに暗く揺れる。口を開こうとした瞬間、無情にも電話の着信音が割り込んだ。ちらりと見えた画面――「歩実」の名が表示されている。祐一は隠そうともせず、堂々と電話に出た。「どうした?」声色が、由奈に向けるものとはまるで別人のように柔らかい。「祐一、健斗の具合が悪くて

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status