Masuk※本作は甘い恋愛だけでなく、過酷な運命や愛の葛藤を描いたシリアスな展開を含みます。 【愛こそ正義——そんな国で、私は“愛の破壊者”と呼ばれている。】 「運命の番」が絶対とされる国で、 元・離婚弁護士の転生者シーラは、“縁切り令嬢”として忌み嫌われていた。 彼女が断ち切るのは、美しい愛の裏に潜む、呪いのような執着と依存。 ——のはずだった。 現れたのは、愛至上主義の第一王子ゼクス。 だがその“愛”は、やがて逃げ場を塞ぐほどの執着へと変わっていく。 すべての縁を断ち切れるはずのシーラ。 けれどなぜか——王子との縁だけは、切れない。 縁を断つ令嬢と、縁を強制的に結び続ける王子。 絶対に噛み合わない二人の、追走劇が始まる。
Lihat lebih banyak数年後。 ネモとライトから連絡は一切届かなかった。 生きているのか死んでいるのかもわからない。 自分の周りには味方はもう誰1人残っていなかった。 そして——— 「国を取るか、己を取るか。……そんなもの、法典のどこにも答えなど載っていないわ」 かつて、シーラ・デストーロがまだ「縁切り師」としての冷徹な仮面を完成させる前。 彼女は王都の片隅で、ただ一人、震える天秤を眺めていた。 一人の女としての自由を選べば、この国の法秩序は瓦解する。 だが、国の平穏を守れば、自分という個は永遠に葬られる。 正義を司るはずの指先が、その時だけは、あまりの寒さに凍えていた。 ……その頃、王都から遠く離れた、風吹き荒れる辺境の騎士学校。 「……また、描いているのか、ネスト」 同僚の呆れた声も、今のネストには届かない。 剣を握るべき指は今、安物の絵筆を握りしめている。 キャンバスの上で、一人の女性が息づいていた。 不機嫌そうに眉を寄せる顔。 稀に、ふとした拍子に見せる、子供のようなはにかんだ微笑み。 王都では誰も見たことがない、シーラ・デストーロの「素顔」が、そこには色彩となって溢れていた。 (ああ、シーラ。君はあんなにも、鮮やかに笑う人だったのに) ネストは描きながら、頬を伝う熱いものに気づかないふりをした。 守れなかった。救えなかった。 彼女を「究極の選択」という暗闇に置き去りにして、自分だけがこの辺境へ逃げてきたのだという後悔が、筆を動かすたびに胸を抉る。 彼の絵は、もはや芸術を超え、一種の執念の塊と化していた。 転機は、あまりに唐突に訪れた。 「……これは、誰だ。この、魂を射抜くような眼差しを持つ女は」 視察に訪れたパトロン辺境伯爵がネストの自室に迷い込み、その絵をひと目見た瞬間、雷に打たれたように立ち尽くした。 「この絵を、社交界に出せ。これは奇跡だ。……いや、恋の病そのものだ」 ネストの意図せぬところで、彼の「後悔」は瞬く間に金へと変わった。 『名もなき淑女』の肖像画は、王都の貴族たちの間で熱狂を呼び、ネストのもとには、騎士の年俸など数百年分も及ばないほどの富が転がり込んだ。 辺境の騎士候補生は、一夜にして億万長者の寵児となった。 だが。 豪華なアトリエ
「行こう、西の国の奥へ。この国から、ゼクス王子の手の届かないところまで……!」 教会前で涙を拭い、力強くそう宣言したライトの手は、けれど私の手を潰さんばかりの強さで固く握りしめられていた。震えているのは、恐怖のせいか、それとも退路を絶った覚悟のせいか。 「ライト……」 「泣いてる暇はないよ、ネモ。ヴァレン神官に追い出された以上、この村に長居するのは危険だ。追い出されたとはいえ、僕たちが脱走兵になったと知られれば、あの鋭い神官がいつ通報に寝返るか分からない」 ライトは先ほどまでのヘタレな様子を完全に押し殺し、元近衛騎士団第一隊副隊長としての冷徹な観察眼を取り戻していた。 「教会の裏手から街道を外れる。シーラさんが言っていた『裏の国境』……西の国へ抜ける密輸ルートを目指すぞ」 「ええ……っ!」 私たちは深くフードを被り直し、ドルトブルクの静まり返った村を足早に駆け抜けた。 夜の帳が降りる頃、私たちは鬱蒼とした国境の深い森へと足を踏み入れていた。 足場は劣悪で、太い根や岩が容赦なく靴底を打つ。 手持ちの明かりを点ければ追手に居場所を知らせるようなものだ。 暗闇の中、ライトは近衛騎士団で叩き込まれた野戦の知識だけを頼りに、私を護るように前を進む。 「ハッ……ハッ……大丈夫か、ネモ」 「平気……! 私のことより、ライトの足音……少し引きずっていない?」 「……気にすんな。ちょっと小石を踏んだだけだ」 強がるライトだったが、私には分かっていた。 王都から休みなく移動し、精神的な極限状態が続いた上に、何十キロという夜道の強行軍だ。私は途中おぶってもらったりしていたが、ライトはほぼ足を止めなかった。元近衛兵とて、肉体の限界はとうに超えている。 それでも一度も足を止めず、私の手を離そうとはしなかった。 「ねえ、ライト」 暗闇の中、私は走りながらぽつりと呟いた。 「ヴァレン神官に『運命の番』を書き換えてもらえなかった。……世界の法則は、まだ私たちを『偽物』だって言っているわ」 「……そんなもん、知るかよ」 ライトは振り返らず、低い声で即答した。 「神様だか世界だかが決めた『番』がなんだってんだ。……僕の心が選んだのはお前だ、ネモ。血が繋がっていようが、世界から祝福されなかろうが、僕が死ぬまで護
王宮地下の地下牢は、冷たい湿気とカビの臭いに満ちていた。 鉄格子越しに向かい合うのは、豪奢な衣装を纏った王子ゼクスと、両手両足を重い鎖で繋がれたアラン・フォックス。 「……取り調べの必要すらない。判決は決まっているがね」 ゼクスは手中に収めた銀のハサミをいとおしそうに指先で転がしながら、冷ややかな視線をアランに投げかけた。 「お前の口から聞こう。犯行の動機は?」 アランは薄汚れ、血の滲んだ唇を吊り上げ、いつものように飄々とした笑みを浮かべて見せた。 「言ったでしょう、殿下。すべて私の独断です。マリアンヌ様は世間知らずで扱いやすいお飾りのお嬢様だ。脅して利用し、騎士団を動かした。あの世間知らずの子供をその気にさせるなんて、大人の私からすれば赤子の手をひねるより容易かったですよ。フォンタナ公爵家は一切関与しておりません」 「……哀れだな」 ゼクスは感情の籠もらない低い声で呟く。 「そうやって全てをかぶり、あの娘を護ったつもりか。公爵家はお前をあっさりと見捨てたぞ。マリアンヌの勘当と爵位剥奪を国に申し出て、自らの保身のために連座を免れた。お前の命がけの芝居など、奴らにとっては取るに足らない小細工だ」 「結構なことじゃないですか。計算通りだ」 アランは平然と言い放つ。 ゼクスの瞳の奥にある真っ黒な闇が、不快そうにゆらりと揺れた。 「身代わりか。愚かな男だ。……シーラへの、絶望のプレゼントとして受け取っておくよ。国家反逆罪および誘拐容疑により、アラン・フォックス。お前を即刻、断頭台に送る」 「どうぞお好きに。……ですが殿下、どんなに鎖で縛ろうと、心まで繋ぎ止めることはできませんよ」 「フッ……無駄死にする者の遠吠えか。次に消す『邪魔者』の策を練るほうが、よほど有意義だな」 ゼクスは一瞥もくれず、暗闇の中へと去っていった。 朝もやが立ち込める中央広場。 高い断頭台の上には、処刑人を背にしたアランが立っていた。 群衆の喧噪と好奇の視線が注がれる中、マリアンヌの姿はどこにもない。勘当され、爵位を剥奪された彼女は、部屋に閉じ込められ外出を禁じられていた。 群衆の末端、深くフードを被ったシーラは、震える拳を強く握りしめていた。 (逃げるべきだった……私が、あの時——) 後悔の波が押し寄せる中、ア
「……静かすぎる」 夜の静寂を切り裂き、どうにかデストーロ子爵家の屋敷へと辿り着いた俺たちは、肩を上下させながら玄関の床へとなだれ込んだ。 王宮の貴賓室を飛び出し、夜闇に紛れて街を駆け抜けた。 当然、背後からは怒号と足音が追いかけてくるものだとばかり思っていた。 公爵家の私設騎士団長たる俺の脚力をもってしても、二人の令嬢を抱えての逃走だ。 追撃があれば一たまりもなかったはずだ。 だが——追っ手は、一人として来なかった。 「ハァ……ハァ……っ、アラン様、怪我はありませんか!?」 「わ、わたくしは……ドレスがぐしゃぐしゃですわ……っ」 荒い息を吐きながら立ち上がるシーラ様とマリアンヌ。 「シーラァァァァァ!!!会いたかったよぉぉぉぉぉ!!!パパ心配したんでちゅよ〜〜〜!!!」 ホッとしたのも束の間、デストーロ子爵が駆け寄ってくる。 怒涛の展開からの逃走の後だからか、この言葉を聞くだけでも疲れる。 「あれ?あなた、マリーの家の騎士団長でしたっけ?……まあ、とりあえずありがとう。明日は早朝から仕事ですので、明日仕事から帰ってきてからお話をお聞かせ願えますでしょうか?それじゃみんな〜!おやすみ〜!」 嵐のように去っていった。 初対面の時も思ったが、この人の性格が掴めない。 それにしても不自然だ。あまりにも、不自然すぎる。 (あのクソ王子……マジで追いかけてこなかったのかよ) ゼクス殿下の薄笑いが脳裏にこびりついて離れない。 罠だと分かっていて飛び込んだ。 俺たちが逃げ切ることで、奴の描いた『完全な罪状』が完成する。 分かってはいたが……この不気味なほどの静けさは、まるで首筋に鋭い刃を突きつけられたまま待機させられているような圧迫感があった。 「アラン様……」 シーラ様が、俺の袖をギュッと強く掴んでくる。 その手は微かに震えていた。 「今夜は……もう休んでください。明日、今後のことを考えましょう。デストーロ家として、できる限りの手配を……」 「……ああ。そうだな」 俺は気丈に振る舞い、無理やり口角を上げた。 マリアンヌも疲れ果てた様子で、不安そうに俺とシーラ様を見つめている。 「大丈夫だ、マリアンヌ。俺がついてる」 「……当たり前ですわ。アランはわたくしの騎士なの