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第3話

Auteur: Nayko Ayasame
last update Date de publication: 2026-08-07 17:23:41

どれくらい車を走らせただろう。

一時間。

……いや、

もっと長かったかもしれない。

窓の外を流れる街の灯りは、

涙でぼやけて形を失っていた。

気づけば、

昔の記憶ばかりが浮かんでくる。

結婚式。

「一生君を幸せにします。」

そう誓った彼の声は、

少しだけ震えていた。

新婚旅行。

砂浜で転びそうになった私を、

笑いながら抱き止めてくれた彼。

一周年の記念日。

慣れない料理に挑戦して、

鶏肉を真っ黒に焦がしたこと。

二人で大笑いして、

結局はデリバリーを頼んだ夜。

そして、

眠る前。

首筋に落ちる彼のぬくもり。

「待っていてくれてありがとう。」

「必ず君を幸せにする。」

あの言葉を、

私は信じていた。

……

全部、

嘘だったのだろうか。

私は最初から、

彼女の代わりでしかなかったのだろうか。

ラジオをつける。

流れてきたのは、

恋人たちの愛を歌うバラードだった。

すぐに局を変える。

また恋愛の歌。

もう一度変える。

それでも、

流れてくるのは同じような歌ばかり。

まるで世界中が、

「永遠の愛」を信じているみたいだった。

思わず笑ってしまう。

乾いた笑いだった。

その笑いは、

気づけばまた涙に変わっていた。

そのときだった。

今日の昼間の出来事が、

突然頭をよぎる。

「妻がどこにいるか知りませんか。」

低く落ち着いた声。

灰色の瞳。

今日から海外支社より赴任してきた、

新しいCEO。

ヴァンス・ブラックウッド。

「電話にも出なくて。」

あのときの私は、

ただ申し訳なさそうに微笑んで、

「申し訳ありません。今日はお見かけしておりません。」

そう答えた。

妻を探している夫。

私は、

そう思っていた。

……

ふふっ……

思わず笑いが漏れる。

壊れたような笑いだった。

彼は必死に妻を探していた。

その頃、

彼女は――

私の家で。

私のベッドで。

私の夫と抱き合っていた。

車を路肩へ停める。

震える指でスマートフォンを取り出した。

会社の代表番号へ電話をかける。

数回のコール音のあと、

秘書のリディアが出た。

「ブラックウッド社長室でございます。」

「研究開発部のネリッサ・サリヴァンです。」

「ハリントン案件の最終資料をお渡ししたいのですが、社長の直通番号を教えていただけますか。」

「申し訳ありませんが、社内規定で共有サーバーへの提出を――」

「その方法では間に合いません。」

自分でも驚くほど、

声は冷静だった。

「社長ご本人が急ぎだとおっしゃっていました。」

「もし遅れが出た場合、

その責任を取られるのですか。」

短い沈黙。

やがてリディアは、

小さく息をついた。

「……少々お待ちください。」

数秒後。

画面に、

一つの電話番号が表示された。

私はその数字を見つめる。

まるで、

引き金のようだった。

これを押せば、

壊れるのは私だけじゃない。

通話ボタンへ指を伸ばす。

でも、

彼の声を聞く勇気はなかった。

だから私は、

メッセージを開く。

ゆっくりと文字を打ち込む。

ブラックウッド社長。

あなたの奥様は、

今、私の家で私の夫と一緒にいます。

お伝えすべきだと思いました。

――ネリッサ・サリヴァン

送信。

その一文字が表示された瞬間、

もう後戻りはできなかった。

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