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第4話

Auteur: Nayko Ayasame
last update Date de publication: 2026-08-09 14:25:39

送信ボタンの上で、親指が止まっていた。

これを送れば、すべてが壊れる。

二人の結婚も、評判も。

たった一度タップするだけで、灰の中に残されるのは私だけではなくなる。

――それでも。

脳裏に浮かんだのは、十六歳のザーンだった。

誰からも相手にされなかった、物静かで不器用な私に、自分の昼食を分けてくれた少年。

そして十八歳のジョヴィエンヌ。

私の手を握り、「私の服なら何でも貸してあげる」と笑ってくれた少女。

私が一度も、自分にはもったいないと思っていた友情を、当たり前のように与えてくれた。

二人は裏切った。

それでも同時に、私の人生そのものだった。

私はメッセージを削除した。

スマートフォンを助手席へ放り投げる。

自分自身に腹が立った。

復讐するための完璧な手段を、この手に握っていたのに。

私は、それを実行できなかった。

何もかも失った今でさえ、私はまだ――

二人を愛しすぎている少女だった。

私にとって、たった二人の友人だった。

それからさらに一時間ほど車を走らせた。

気づけば、見たこともないバーにいた。

知らない街。

知らない店。

私はジンをストレートで注文した。

バーテンダーは何も聞かなかった。

そのとき、スマートフォンが光った。

次々と届くメッセージの振動で、テーブルが小さく震える。

ジョヴィ:

《ネリ、お願い。あれは間違いだったの。ほんの一瞬、弱くなっただけ。話をしましょう。》

ザーン:

《ベイビー、お願いだ。どこにいる? 頭がおかしくなりそうだ。説明させてくれ。》

私はスマートフォンを伏せた。

そして、もう一杯注文した。

その頃には、酒が少しずつ私の判断力を奪い始めていた。

そして――

その手が、私に伸びてきた。

「おい、寂しい女。俺たちと楽しもうぜ」

見知らぬ男が私の身体を掴んだ。

ビール臭い息。

安っぽい香水。

腰に回された手が、私を椅子から引きずり下ろそうとする。

「……あっち行って」

頭が重い。

視界が揺れる。

「気が強いな。そういうの、好きだぜ」

ぼやけた視界の中で、男が笑った。

そのとき――

反対側から、別の手が伸びた。

今度は、もっと強い。

私は押し返そうとした。

けれど、身体が言うことを聞かない。

ジンが効いていた。

「……やめて」

低い声が漏れた。

その瞬間。

「彼女がやめろと言っている」

背後から声がした。

静かで、平坦だった。

大声ではない。

それなのに、バーの喧騒を切り裂き、背筋が震えた。

私の身体を掴んでいた手が、強く引き離される。

男たちの手が震えたのを感じた。

そして、消えた。

私は振り返った。

そこにいたのは――

ヴァンスだった。

ブラックウッド家の後継者。

冷たく、近寄りがたいその雰囲気だけで、二人の男を退かせてしまった。

高級なスーツ。

冬のように冷たい灰色の瞳。

今朝、私に軽くうなずいた男。

そして――

ついさっき、自分の妻によって私の結婚を壊された男。

彼の目が私を捉えた。

その瞬間、何かが揺れた。

七年前。

彼がジョヴィと結婚した日。

私は醜い花嫁付添人のドレスを着て、親友の結婚を見守っていた。

あの日、一度だけ。

彼が私を見ていた。

ほんの一瞬の視線。

そして、それはすぐに消えた。

忘れていた。

今まで。

「立てるか?」

彼にそう聞かれて、初めて気づいた。

こんな低く、掠れた声をしていたのだ。

私は立ち上がろうとした。

けれど、足に力が入らない。

床が傾いた。

ヴァンスはため息もつかなかった。

呆れた顔もしなかった。

ただ腕を私の身体に回し、冷たい夜の空気の中へ連れ出した。

強い腕が、私をしっかり支えている。

私は彼にもたれかかった。

温かい。

しっかりしている。

高級なウールの香り。

その奥に、どこか鋭い香りが混じっていた。

彼は住所を聞かなかった。

何も質問しなかった。

ただ私をホテルへ連れて行き、部屋を取ると、ベッドへ放り込んだ。

まるで荷物でも置くように。

彼が立ち去ろうとした。

私は、とっさに彼のジャケットを掴んだ。

「……行かないで」

なぜそんなことを言ったのか、自分でも分からなかった。

でも、どうでもよかった。

「お願い……一人にしないで」

彼は立ち止まった。

私を見下ろしている。

表情は読めない。

けれど、その瞳の奥で何かが揺れた。

七年前と同じものかもしれない。

一瞬だけ現れて、すぐに消えた。

「離せ」

「どうして……みんな彼女を選ぶの?」

私は彼の言葉を無視した。

「どうして私は、いつも足りないの?」

「どうして私のベッドまで……?」

声が崩れる。

「彼を奪うだけじゃ、足りなかったの?」

私は彼を引き寄せた。

そして、その唇に自分の唇を重ねた。

キスは、めちゃくちゃだった。

ジンの味。

涙の味。

絶望と塩辛い涙。

私はただ、何かを感じたかった。

何でもいい。

結婚が崩れ落ちたあとに残った、あの空洞以外なら。

一瞬、彼は石のように動かなかった。

まさか、自分の部下に。

酔った私に。

こんなふうにキスされるとは思っていなかったのだろう。

けれど――

次の瞬間。

彼も私にキスを返した。

強く。

求めるように。

まるで彼自身も、同じように何かを求めていたかのように。

彼の手が私の頬を包む。

親指が顎をなぞる。

数秒間、世界から音が消えた。

そこにいたのは、ただ二人。

声にできない痛みを、互いにぶつけ合うように。

けれど、彼の理性が戻った。

ヴァンスは突然、私から身体を離した。

荒い息。

薄暗い部屋の中で、その灰色の瞳は何かを失ったように揺れていた。

彼は手の甲で唇を乱暴に拭った。

まるで、罪を消そうとするように。

そしてジャケットを整える。

目の前で、自分を組み立て直していく。

冷徹で強大なCEOの仮面が、再び顔に戻った。

「寝ろ」

低く、掠れた声。

彼は振り返った。

そして、一度もこちらを見ることなく部屋を出ていった。

ドアが静かに閉まる。

私は天井を見つめたまま、長い間動けなかった。


朝は、二日酔いとともにやってきた。

容赦なく。

残酷に。

見慣れない天井。

柔らかすぎるベッド。

目を覚ました瞬間、私はパニックになった。

ここはどこ?

私は自分の身体を確かめる。

服は着たままだった。

弱々しい安堵の息が漏れる。

けれど――

次の瞬間、昨夜の記憶が津波のように押し寄せた。

強い腕。

重なった唇。

アルコールの匂いに混じった、かすかな男の香水。

私は息を呑んだ。

そのとき、バスルームのドアが開いた。

ヴァンスが出てきた。

白いバスローブ。

濡れた髪。

すでに整えられた表情。

まるで昨夜の出来事などなかったかのように、私を見る。

いや――

まるで、昨夜の私が彼のデスクに一晩放置された厄介な書類でしかなかったかのように。

私は思い出した。

私が彼を引き寄せる直前。

あの灰色の瞳が私を見つめていたことを。

――違う。

ヴァンスじゃない。

誰でもよかった。

でも、彼だけは駄目だった。

「……私、ヴァンス・ブラックウッドとキスしたの?」

自分の上司と?

胃がねじれるように痛んだ。

もっと最悪なのは――

親友に夫を奪われた、その夜。

私はその親友の夫にキスした。

私は毛布を強く握りしめた。

指が痛くなるほど。

頬が熱くなる。

恥だけじゃない。

嫌悪。

怒り。

自分自身への怒りだった。

昨夜、私はずっと二人を裏切り者と罵っていた。

その私が――

ヴァンスの前で、同じことをした。

私の表情を見て、ヴァンスが近づいてくる。

けれど、私のところではない。

テーブルの上から腕時計を取り、淡々と手首に装着する。

「バーの床みたいな匂いがする」

平坦な声だった。

「シャワーを浴びろ。9時半に会議がある。リディアから聞いている。ハリントン案件の最終数字を持っているそうだな」

あまりにも普通だった。

私は言葉を失った。

「……え?」

「シャワーを浴びろ」

彼はシャツの袖口を整え、腕時計を確認した。

まるで昨夜のことなど、別の誰かが経験した出来事のように。

まるで、私の人生最大の失敗が、ただの面倒事に過ぎないかのように。

「私は……」

昨夜のことを聞きたかった。

なぜ私を拒まなかったのか。

なぜキスを返したのか。

後悔しているのか。

今、私を軽蔑しているのか。

でも、冷たい瞳で私を見つめる彼を前にすると、言葉が喉に詰まった。

「……分かりました」

私はゆっくり立ち上がった。

彼の視線を避け、そのままバスルームへ入った。

温かいシャワーを浴びながら、私は何度も願った。

この水が、昨夜のキスも。

裏切りの記憶も。

全部洗い流してくれますように。

唇が痛くなるほど擦った。

それでも、キスの感触は消えなかった。

十五分後。

私たちは一緒にホテルを出た。

廊下のカーペットは妙に厚かった。

私たちの間に流れる沈黙は、気分が悪くなるほど重かった。

エレベーターへ向かって角を曲がった。

そして――

そこにいた。

ザーンとジョヴィエンヌ。

製氷機の前。

ザーンの腕が彼女の肩を抱いている。

彼女は彼に寄り添っていた。

二人とも疲れ切った顔をしていた。

不安そうで。

そして――一緒だった。

私たちの気配に気づき、二人が顔を上げる。

ザーンの視線が、私の乱れた服からヴァンスの濡れた髪へ。

そして、私たちの間にある距離へと移っていく。

彼の顔から、血の気が引いた。

怒りではない。

理解したのだ。

ジョヴィの手が口元を覆う。

彼女の目が私とヴァンスの間を行き来する。

驚き。

そして――憤り。

完璧なまでに、偽善的な憤りだった。

誰も何も言わなかった。

やがて、ヴァンスの声が響いた。

低く。

冷たく。

人生そのものを凍らせるような声。

「……ジョヴィエンヌ」

ただ、名前を呼んだだけ。

彼は一歩、前へ出た。

「やっと見つけた」

私はこの十五分間、自分も彼らと同じくらい自分勝手な人間になってしまったのではないかと考えていた。

けれど――

二人が寄り添う姿を見た瞬間。

その考えは、跡形もなく消えた。

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  • 復讐のアフェア:親友の夫が、私に復讐を持ちかけてきた   第255章

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  • 復讐のアフェア:親友の夫が、私に復讐を持ちかけてきた   第254章

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