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第2話

Auteur: Nayko Ayasame
last update Date de publication: 2026-08-07 17:23:09

あの日。

ジョヴィエンヌがヴァンス・ブラックウッドとの結婚を告げた日。

ザーンは世界を失ったような顔をしていた。

私はその隣で、

ただ黙って彼を抱き締めた。

彼が泣き疲れて眠るまで、

何時間も。

……

あのとき叫ぶべきだったのかもしれない。

二人を責めるべきだったのかもしれない。

頬を叩いて、

胸の痛みを少しでも思い知らせるべきだったのかもしれない。

でも――

できなかった。

身体が動かなかった。

シャンパンの瓶を握る手だけが、

白くなるほど力が入っていた。

あと一秒。

あと一秒だけここにいたら、

私はきっと壊れてしまう。

……それとも。

二人を傷つけてしまう。

そんな気がした。

だから、

私の足は勝手に動いた。

一歩。

また一歩。

振り返ることなく、

部屋を出る。

それだけが、

私自身を守る唯一の方法だった。

「ネリッサ、待ってくれ!」

背後からザーンの声が響く。

「違うんだ!」

「話を聞いてくれ!」

違う?

何が。

一瞬だけ、

足を止めそうになった。

叫びたかった。

泣きたかった。

何かを壊したかった。

この胸を引き裂く痛みを、

ほんの少しでも二人に返したかった。

だけど、

言葉は一つも出てこなかった。

喉まで込み上げた感情は、

全部そこで止まってしまう。

ここに残れば、

二人は言い訳をする。

謝る。

そして――

嘘をつく。

それが分かっていた。

何より怖かったのは、

そんな嘘を、

私はまだ信じてしまうかもしれないということだった。

キッチンへ向かう。

シンクの横には、

もう一本のシャンパンが置かれていた。

今朝、

ザーンが開けた一本。

ジョヴィエンヌから届いた一本のメッセージ。

『困ってるの。お願い、助けて。』

『親友なんだから、分かってくれるよな。』

……ええ。

よく分かった。

全部。

私は静かに、

手に持っていたシャンパンの栓を開ける。

記念日のために冷やしておいた一本。

黄金色の泡が、

シンクへ流れていく。

くるくると渦を巻きながら、

跡形もなく消えていく。

まるで、

私がこの五年間、

必死に守ってきた幸せみたいに。

数秒で、

何も残らなかった。

空になった瓶をシンクへ置く。

乾いた音が鳴る。

それでも、

割れなかった。

玄関のフックに掛かった車の鍵を手に取る。

手が震えて、

二度も床へ落としてしまった。

三度目で、

ようやく握り締める。

私は玄関へ向かった。

振り返らない。

静かにドアを閉める。

カチリ。

その小さな音が響いた瞬間――

張り詰めていた糸が切れた。

涙があふれる。

息が苦しい。

胸が痛い。

ドアにもたれかかったまま、

その場に崩れ落ちそうになる。

だけど、

家の中から足音が聞こえた。

ザーンだ。

私は慌てて涙を拭き、

震える足で車へ向かった。

ここにいたら駄目だ。

今は、

息ができる場所へ。

この壊れてしまった人生から、

少しでも遠くへ。

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