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第2話

Author: 葉山みぎわ
必死に堪えている涙で、何もかもがぼやけていく。

その中で、ただ娘・伊原詩(いばら うた)の顔だけが、やけにはっきり見えた。

3年ぶりに再会した詩は、背が伸び、面影まで変わっている。

何はともあれ、詩が生きていてくれたことだけで、俺にとっては何よりの救いだ。

俺は夢中で駆け出し、立ちはだかるものをすべて押しのけ、詩を力いっぱい抱きしめた。

「詩、パパと一緒に帰ろう。な?」

次の瞬間、詩は俺の腕に思いきり噛みつき、さらに腹を蹴り上げた。

痛みに耐えきれず手を放した。

すると詩は想太の背後まで小走りに駆けていった。

顔を半分だけ出し、俺に向かって舌を出した。

「あなたなんて、とっくにパパじゃない。今は想太おじちゃんがパパなんだから!

絶対、一緒になんか行かない!あなたは勉強させてばっかり!

おじちゃんは違って、一緒にゲームしてくれるし、詩の好きなお菓子も買ってくれるの。

あなたは全然、詩を愛してない!こんなパパなんかいらない!」

信じられない思いで詩を見つめ、心臓を刃物でえぐり取られたようだ。

詩は幼いころから歯が弱く、医者にもきちんと手入れをするように、甘いものは控えるように言われていた。

本当に詩を愛している人間が、目の前の喜ぶ顔のために、その先の一生を台無しにするようなことをするだろうか。

想太は背後の詩を庇うようにして、得意げに俺へ笑いかけた。

「まだ知らなかったのか?3年前、詩が自ら俺たちと一緒に死んだことにして、出ていきたいって騒いだんだ。

最初は詩だけは叶太のところに置いていこうと思ってた。でもこの子、叶太みたいなひどい父親と暮らしたくないって泣きながら、俺に連れていってほしいって頼んだんだ」

俺は口を開いた。けれど、詩の目に浮かんだ嫌悪を見た途端、喉が塞がったように声が出なくなった。

ひまりにも、想太にも裏切られた。そして他の家族にも、友人にも。

さらに――俺が何より大切にしてきた娘にまで、見捨てられた。

魂が抜け落ちたように立ち尽くす俺を見て、ひまりの瞳に、ほんの一瞬だけ痛ましげな色が浮かんだ。

想太との間にできた息子・伊原陸(いばら りく)を抱いて、ひまりがこちらへ歩いてきた。

そして、静かな声で言った。

「叶太、どんな理由があったとしても、悪かったのは私だと思ってる。

だから、こうしよう。もう想太に何もしないと約束してくれるなら、詩も陸も、叶太を叔父として認めさせるわ。これからも、私たちは家族よ」

父と母は顔を見合わせ、満足そうにうなずいた。

施しでもするかのように、母は俺に言った。

「叶太、お兄さんとお義姉さんを見てみなさい。なんて心が広いんでしょ。

お兄さんに謝って、これからは家族みんなで仲良く暮らそう」

10年間、愛し続けた妻が、俺の義姉になった。

何よりも大切にしてきた娘が、俺の姪になった。

俺のすべてを奪った想太には何の落ち度もなくて、悪いのは俺だという。

――どうしてだ?

とうとう我慢できなくなり、俺は想太の頬を思いきり殴った。

「俺の家庭を壊したのは兄さんのほうだろ!どうして俺が謝らなきゃならない!」

言い終えるより先に、母の平手が容赦なく俺の頬を打った。

「まだそんなデタラメを言うの?

あんたさえいなければ、お兄さんとひまりはとっくに結婚したんだよ!」

目の前が真っ暗になり、鼻の奥いっぱいに、濃い血の匂いが広がった。

ひまりは慌てて俺を外へ押し出した。

「叶太、お父さんとお母さんに心臓の病気があるって忘れたの?もうわがままはやめて!」

俺は顔を上げ、見慣れているはずなのに、まるで他人のような顔を見つめた。

目の奥が、じわりと熱くなった。

「ひまり、俺が何をした?どうして、そこまで俺を憎むんだ?」

高校3年生のとき、俺たちは付き合い始めた。二人でA市の大学に進もうと、約束した。

けれど想太は大学受験に失敗し、A市へ行けなくなった。すると母は、想太を哀れむあまり、俺を部屋に閉じ込めた。

そして志望校を勝手に書き換え、俺まで想太について地方の町へ行き、勉強を支える役をさせようとした。

そのとき、ひまりは危険を知りながら窓を破り、俺を助け出してくれた。

小さな体で俺の前に立ちはだかり、まっすぐな目で言った。

「世の中に、こんなにひどい親なんているの?叶太には、自分の夢を追いかける権利だってあるよ!」

その後、俺たちは同じ大学に入ることができた。ひまりはいつだって、俺のそばにいてくれた。

俺が余計なことに心を乱されず、警察官になるという夢だけを追えるように。

結婚して3年目、任務中に重傷を負い、俺は意識を失ったまま目を覚まさなかった。

どうにか俺を目覚めさせようと、神なんて信じたことのないひまりが、1週間もかけて神社を巡り、祈ってくれた。

足がボロボロになるほど山を登り、全国一のご利益があるというお守りを授かってきた。

そのひたむきな願いが天に届いたのかもしれない。俺は本当に目を覚ました。

ひまりの足の傷跡を見て、俺は心配のあまり、馬鹿だと叱った。けれど彼女は、優しく俺の腰に腕を回した。

「何より怖いのは、叶太を失うことなの」

なのに、手を先に放したのは、ひまりだ。

俺がいちばん苦しんでいたとき、ひまりは別の男の妻になり、俺の子に別の男を父親と呼ばせた。

俺の夢もまた、三人が「死んだ」せいで打ち砕かれた。捜査一課から総務部へ回され、倉庫の管理人になった。

この3年間、俺は毎晩のように夢を見た。

爆発の炎の中で、ひまりと詩が灰になっていく夢。

想太が奴らの手に落ち、拷問されて殺される夢。

絶望の中でも、俺は犯人を捕まえられるかもしれない手がかりを、一つたりとも見逃さなかった。

なのに、最後に待っていたのは――

すべては、彼らが念入りに仕組んだ嘘だった。

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