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復讐の刃は、生き返った家族へ――全員の仮面を剥がす

復讐の刃は、生き返った家族へ――全員の仮面を剥がす

By:  葉山みぎわCompleted
Language: Japanese
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弁護士である妻・伊原ひまり(いばら ひまり)と、5歳になる娘が拉致された。 駆けつけたとき、爆弾が炸裂し、二人は目の前で灰になった。 犯人を追うために力を貸してくれた検察官の兄・伊原想太(いばら そうた)まで、奴らの手に落ち、拷問の末に殺された。 誰もが言った。 俺・伊原叶太(いばら かなた)は捜査のやり方が過激で、あまりにも多くの人間を敵に回した。 みんなが俺のせいで巻き込まれたのだから、本来死ぬべきだったのは俺だと。 さらに捜査一課からも外された。 あれから3年、俺はひそかに真犯人を追い続けていた。 そしてついに、手がかりをたどって一軒のレストランに行き着いた。 死んだはずの妻も、娘も、兄も――3年ぶりに、生きてそこにいる。 しかも、三人は一人の男の子の誕生日を祝っている。 親しい友人や家族まで、そこに勢ぞろいしている。 怒りに任せて駆け寄って問い詰めようとした、そのときだ。 背後から、親友にがっちり腕をつかまれた。 「叶太、こんな現実、受け入れられないのは分かる。でも、もう二人は夫婦なんだ。これ以上騒いだら、お前だって間男と同じだ。 3年前、ひまりちゃんは想太の子を妊娠してたんだ。叶太は気性が荒いって誰だって知ってる。だから二人は叶太から逃れるために死んだことにするしかなかったんだ」 隣にいる母は、俺をじっと見つめている。 その目には、はっきりとした警告の色が浮かんでいる。 「知られたなら知られたでいいわ。想太とひまりは、子供二人を連れて、これまでずっと身を隠してきたんだよ。この目で見てて胸が痛かったんだから。 今はあの四人家族、幸せに暮らしてる。叶太が身を引きさえすれば、みんなも許してくれるわ」 喉の奥から、血の味がこみ上げた。俺はこの人たちを見回し、自嘲するように笑った。 ――そういうことだったのか。 ひまりも想太も、最初から死んでなんかいなかった。 俺が生き地獄のような3年間を過ごしている間、二人は何事もなかったように幸せに暮らしていた。 それを知っていたのは、俺以外の全員だった。 みんなで手を組んで、俺に隠していた。

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Chapter 1

第1話

そのとき、スマホが鳴った。

ひまりの法律事務所の部下からだ。

俺はスピーカーに切り替えた。

「叶太さん、犯人について新しい手がかりが見つかりました。10日後、犯人はある地下闘技場で取引するそうです。

本当に危険です。叶太さん、絶対に行かないでください!」

通話を切ると、俺はその場にいる全員を見渡した。

胸にぽっかりと穴が空いたように感じた。

ゆっくりとその場にしゃがみ込み、だぶついたズボンの裾と袖口をまくり上げた。現れたのは、全身に残る無数の傷跡だ。

足首には、肌がボロボロに焼けただれた跡がある。

船の上で犯人を追っていたとき、覆面の男に、赤く焼けた鉄のかたまりを押しつけられてできたものだ。

その手がかりを教えてくれたのは、俺の一番の親友、滝井和也(たきい かずや)だった。

家を買うためにギャンブルで多額の借金を抱えていた和也を、俺は借金ごと肩代わりし、まともな仕事まで見つけてやった。

背中一面に残る黒紫色の棒で殴られた痕。

ギャンブル場で犯人を追っていたとき、ヤクザに捕まり、まる一日にわたって殴られ続けて残った傷だ。

この手がかりをくれたのは、ひまりの親友だった。

その母親が癌になったとき、俺は160万円を渡した。それだけ恩を売ったのだから、向こうは俺に借りがあるはずだった。

下腹には、深く刻み込まれた刀傷がある。

廃墟になった屠畜場までたどり着いたとき、犯人の一人にナイフで腹を刺された。

傷は深く、運よく持っていた薬で血を止められたが、それがなければあの場で死んでいた。

その手がかりをくれたのは、俺が12年間世話をしてきた後輩だった。

そして今、その一人一人が、ここにいる。

本当に聞きたかった。

ひまりも想太も生きていること、そして犯人が偽物だと知っていたのに、どうして俺に、命を奪われてもおかしくないような手がかりを渡したのだろう、と。

新しい傷と古い傷が幾重にも重なる俺の体を見つめても、みんなの目には、俺が想像していたような罪悪感はない。

そこにあるのは、むしろ――当然のことだと言わんばかりの落ち着きだ。

しばらく沈黙したあと、ひまりが人垣をかき分け、ゆっくりと俺のもとへ歩いてきた。

そして、俺の体に残る傷跡をそっと撫で、困ったように息をついた。

「叶太は昔から抜け目がないもの。私たちが偽の手がかりを使って叶太の目をそらしておかなかったら、きっとすぐに、私と想太が最初から死んでなんかいなかったって気づいてた。

犯人役の人たちは、私たちが雇ったプロの役者よ。ちゃんと加減してくれてたから、本当に命が危なくなるようなことはしてないわ」

和也が苛立ったように俺をひまりから引き離した。

「犯人なんてただの役者だろ。叶太が受けた傷だって、せいぜい擦り傷みたいなもんだ。そんなに痛いわけあるか?

ひまりちゃんは今、想太の妻なんだ。二人がようやく叶太から逃れて一緒になれたんだぞ。少しくらい距離をわきまえてくれ!」

全身の血が、一瞬で凍りついたようだ。

耳鳴りが激しく頭の中を覆い尽くしている。胸を押さえながら、胸が痛いのか、それとも吐き気のほうが強いのかさえ分からない。

――なるほど。ひまりと想太の死だけが芝居だったんじゃない。

俺が命を削るように追ってきた一つ一つの手がかりまで、全部、嘘だった。

あの犯人たちは、すべて彼らが雇った役者だった。

俺が自慢にしていた傷跡も、しょせんは笑い話にすぎなかった。

彼らにとっては、想太が幸せになれるなら――俺が全身傷だらけになろうが、そんなことはどうでもよかったのだ。

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第1話
そのとき、スマホが鳴った。ひまりの法律事務所の部下からだ。俺はスピーカーに切り替えた。「叶太さん、犯人について新しい手がかりが見つかりました。10日後、犯人はある地下闘技場で取引するそうです。本当に危険です。叶太さん、絶対に行かないでください!」通話を切ると、俺はその場にいる全員を見渡した。胸にぽっかりと穴が空いたように感じた。ゆっくりとその場にしゃがみ込み、だぶついたズボンの裾と袖口をまくり上げた。現れたのは、全身に残る無数の傷跡だ。足首には、肌がボロボロに焼けただれた跡がある。船の上で犯人を追っていたとき、覆面の男に、赤く焼けた鉄のかたまりを押しつけられてできたものだ。その手がかりを教えてくれたのは、俺の一番の親友、滝井和也(たきい かずや)だった。家を買うためにギャンブルで多額の借金を抱えていた和也を、俺は借金ごと肩代わりし、まともな仕事まで見つけてやった。背中一面に残る黒紫色の棒で殴られた痕。ギャンブル場で犯人を追っていたとき、ヤクザに捕まり、まる一日にわたって殴られ続けて残った傷だ。この手がかりをくれたのは、ひまりの親友だった。その母親が癌になったとき、俺は160万円を渡した。それだけ恩を売ったのだから、向こうは俺に借りがあるはずだった。下腹には、深く刻み込まれた刀傷がある。廃墟になった屠畜場までたどり着いたとき、犯人の一人にナイフで腹を刺された。傷は深く、運よく持っていた薬で血を止められたが、それがなければあの場で死んでいた。その手がかりをくれたのは、俺が12年間世話をしてきた後輩だった。そして今、その一人一人が、ここにいる。本当に聞きたかった。ひまりも想太も生きていること、そして犯人が偽物だと知っていたのに、どうして俺に、命を奪われてもおかしくないような手がかりを渡したのだろう、と。新しい傷と古い傷が幾重にも重なる俺の体を見つめても、みんなの目には、俺が想像していたような罪悪感はない。そこにあるのは、むしろ――当然のことだと言わんばかりの落ち着きだ。しばらく沈黙したあと、ひまりが人垣をかき分け、ゆっくりと俺のもとへ歩いてきた。そして、俺の体に残る傷跡をそっと撫で、困ったように息をついた。「叶太は昔から抜け目がないもの。私たちが偽の手がかりを使って
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第2話
必死に堪えている涙で、何もかもがぼやけていく。その中で、ただ娘・伊原詩(いばら うた)の顔だけが、やけにはっきり見えた。3年ぶりに再会した詩は、背が伸び、面影まで変わっている。何はともあれ、詩が生きていてくれたことだけで、俺にとっては何よりの救いだ。俺は夢中で駆け出し、立ちはだかるものをすべて押しのけ、詩を力いっぱい抱きしめた。「詩、パパと一緒に帰ろう。な?」次の瞬間、詩は俺の腕に思いきり噛みつき、さらに腹を蹴り上げた。痛みに耐えきれず手を放した。すると詩は想太の背後まで小走りに駆けていった。顔を半分だけ出し、俺に向かって舌を出した。「あなたなんて、とっくにパパじゃない。今は想太おじちゃんがパパなんだから!絶対、一緒になんか行かない!あなたは勉強させてばっかり!おじちゃんは違って、一緒にゲームしてくれるし、詩の好きなお菓子も買ってくれるの。あなたは全然、詩を愛してない!こんなパパなんかいらない!」信じられない思いで詩を見つめ、心臓を刃物でえぐり取られたようだ。詩は幼いころから歯が弱く、医者にもきちんと手入れをするように、甘いものは控えるように言われていた。本当に詩を愛している人間が、目の前の喜ぶ顔のために、その先の一生を台無しにするようなことをするだろうか。想太は背後の詩を庇うようにして、得意げに俺へ笑いかけた。「まだ知らなかったのか?3年前、詩が自ら俺たちと一緒に死んだことにして、出ていきたいって騒いだんだ。最初は詩だけは叶太のところに置いていこうと思ってた。でもこの子、叶太みたいなひどい父親と暮らしたくないって泣きながら、俺に連れていってほしいって頼んだんだ」俺は口を開いた。けれど、詩の目に浮かんだ嫌悪を見た途端、喉が塞がったように声が出なくなった。ひまりにも、想太にも裏切られた。そして他の家族にも、友人にも。さらに――俺が何より大切にしてきた娘にまで、見捨てられた。魂が抜け落ちたように立ち尽くす俺を見て、ひまりの瞳に、ほんの一瞬だけ痛ましげな色が浮かんだ。想太との間にできた息子・伊原陸(いばら りく)を抱いて、ひまりがこちらへ歩いてきた。そして、静かな声で言った。「叶太、どんな理由があったとしても、悪かったのは私だと思ってる。だから、こうしよう。もう想太
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第3話
俺は悲しみを必死に押し殺しながら、顔を背けてひまりを見ないようにした。怖いのだ。彼女の足の傷跡を見るのが怖い。そして、受け入れたくない真実を聞かされるのが怖い。ひまりはため息をつき、目に浮かんでいるのは、いつもの優しさだ。「私はもうお兄さんの妻なの。叶太がどれだけ騒いだって、妻として、母親としての責任は果たさなきゃいけないもの」俺はうつむき、苦笑した。怒りに震えた声が、ひどく歪んだ。「でも、ひまりは俺の妻だっただろ。俺に対する責任はどうしたんだ?」息ができないほどの苦しさに、全身から力が抜けていく。それでも必死に踏みとどまり、ひまりの腕をつかんだ。「一生、俺と一緒にいたいって言ったじゃないか……ひまり、いったいどうしてなんだ?」「叶太!ここで取り乱すんじゃない!」母が目を赤くして俺を突き飛ばした。俺はとうとう力尽き、その場に尻もちをついた。「ひまりはもう、叶太の義姉なんだよ。どれだけ喚いたって、この現実は変わらない」反論しようとした、そのとき。スマホから、聞き慣れない特別な着信音が鳴った。警視庁からの電話だ。俺はすぐに電話に出た。向こうから上司の声が聞こえてきた。「伊原……公安委員会から調査結果が下りた。捜査一課に戻っていいぞ。お兄さんの死は、君とは関係なかった。お兄さんはこの数年間、死んだことにして極秘の潜入調査をしてたそうだ!彼が提出した一連の証拠をもとに、国際臓器売買事件を摘発した。今、彼は最高検察庁より表彰されることになってる……」ガン。頭の中で、何かが弾けた。その後何を言われたのか、もうまったく聞こえなかった。――国際臓器売買事件って、俺がずっと密かに追ってきた事件じゃないか?俺はその場にいる全員を置き去りにして、狂ったように家へ駆け戻った。金庫を開けた。この数年間、命を懸けて集めてきた証拠が――全部、跡形もなく消えていた。俺はその場に崩れ落ち、絶望のあまり拳を握りしめ、床を何度も殴りつけた。突然、背後から誰かが俺を強く抱きしめた。「叶太、自分を傷つけないで」俺ははっと振り返り、その瞬間、体が凍りついた。ひまりだ。そのとき、ふと思い出した。金庫の暗証番号は、ひまりの誕生日だ。このことは、彼女しか知らない。――ひまりだ。ひまりが俺の証拠
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第4話
世間の目はごまかせない。俺が示した証拠のつながりは、想太のものよりはるかに緻密だ。俺が語った捜査の経緯も、筋道がずっと明確だ。それに比べて想太は、どう見ても何不自由なく育った御曹司にしか見えない。犯罪組織の中で命懸けの潜入捜査をしてきた人間には、とても見えなかった。やがて、数え切れないほどの人間が検察庁に告発の手紙を送り、想太の解雇と、本来俺のものだった表彰状の返還を求めた。この手柄が認められれば、昇進も夢じゃない。俺はそう思ったそのとき、想太が配信を始めた。カメラに向かい、悲しげな表情で訴えた。「伊原叶太は俺の実の弟です。俺は家族を大切に思って、最初は彼を責めるつもりなんてありませんでした。でも、彼は事実をねじ曲げて、俺の手柄まで奪おうとしたんです。だから、俺は皆さんに真実を話さなければなりません!俺は犯罪組織に3年間潜入して、命の危険にさらされながら証拠を集めました。でも叶太は、ずっと前から犯罪組織とつながっていました。彼は犯罪組織と手を組んで、俺が集めた証拠をすべて盗み出したんです!」母は左手に、俺が潜入捜査をしていた頃に犯罪組織の幹部たちと談笑している写真を、右手に俺の警察手帳を掲げて見せた。そして、憎しみのこもった声で言った。「私が証言します!伊原叶太はずっと前から犯罪組織とつながっていました。ほら、あの子が犯罪者たちと一緒に写った写真なら、ここにいくらでもあります。あの子は警察の裏切り者で、伊原家の恥です!」隣では、和也がわざとらしくため息をつきながら、同調した。「俺は伊原叶太の一番の親友です。俺も証言できます。犯罪組織が叶太にお金を振り込んでいるところを、何度も見ました。それに、犯罪組織の女の幹部が、服もろくに着ていない状態で叶太の部屋から出てくるところだって、何度も見たことがあります」俺は配信画面を睨みつけた。心臓を鈍い刃物で何度も何度も削られているようで、息もできないほど痛い。何度も何度も、自分の潔白を訴える書き込みをした。けれど、誰にも届かない。あっという間に、数え切れないほどの罵声に埋もれていった。【伊原叶太、本当に最低。実の兄の手柄まで横取りするなんて!】【こんな奴、気持ち悪すぎる!こんなのが警察官を名乗る資格あるのか?警視庁にクレームして、今すぐこのクズをクビに
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第5話
ひまりが屋上まで追ってきたときには、やはり遅かった。彼女は夢中で飛び出し、今にも落ちそうになっている人影へ手を伸ばした。けれど、その手は何もつかめなかった。ひまりは目の前で、叶太が消えていくのをただ見ているしかなかった。必死に屋上の手すりへ体を預け、下をのぞき込むと、張り裂けるような声で叫んだ。「叶太!」けれど、もう二度と返事をする人はいない。ひまりが階下まで駆け下りると、ちょうど叶太の両親も詩を連れて駆けつけてきた。誰もが、目の前の光景に言葉を失った。ひまりは崩れ落ちるように、その場に広がった血だまりにひざまずいた。震える両手を必死に伸ばし、最後にもう一度だけ叶太を抱きしめようとした。たとえ、遺体だけでもいい。けれど叶太は、ひまりには完全な遺体すら残せなかった。百メートルもの高さから落ちた体は、地面に叩きつけられ、そこに残ったのは血の跡と、いくつかの砕けた骨だけだ。叶太の両親は目の前の惨状を信じられない思いで見つめた。どうしても、この血だまりと自分たちの息子を結びつけることができない。幼いころから聞き分けがよく、5歳のときには家の皿洗いや料理を手伝い、家事を分担してくれた下の子。空気を読むのが上手で、毎年欠かさず二人の誕生日に贈り物を用意してくれた下の子。家に余計な負担をかけたくないと、高校に入ったころからアルバイトしながら勉強していた下の子。自分の給料だってたいして多くなかったのに、毎月、服やサプリメントを買ってきてくれた下の子。――本当に……死んだのか?叶太の母親・伊原里江(いばら さとえ)は涙で顔を濡らしながら血だまりに伏し、嗚咽のせいでまともに言葉をつなぐこともできなかった。「叶太、お願いだから母さんを驚かせないで……母さんが悪かったよ!お兄さんと同じ靴が欲しいなら買ってあげる。から揚げが食べたいなら作ってあげる。警察学校に行きたいなら、母さんが学費を出す。叶太が欲しいものなら、何だってあげるから!叶太、帰ってきて……お願いだから、もう一度母さんを見てよ!」想太が遅れて駆けつけた。ひまりと両親がまるで狂ったように地面にひざまずいているのを見た瞬間、胸の奥から説明のつかない怒りが込み上げてきた。――叶太の奴、どこまで底意地が悪いんだ。生きているとき
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第6話
想太は、ひまりがいつものように折れて、優しい声で謝ってくれると思っていた。けれど、想像していた温かいハグはなかった。先に頬へ飛んできたのは、両親の平手打ちだ。「誰が犯罪者だって?叶太はいくつもの大事件を解決したヒーローでしょ!伊原家の誇りよ!あの子はもう亡くなったのに、まだ汚すつもりなの?」ひまりはゆっくりと立ち上がった。冷え切った目で想太を見つめ、その瞳には、底知れぬ憎しみが宿っている。「詩が言ったこと、間違ってるの?想太が叶太の手柄を奪って、裏切り者という濡れ衣まで着せなかったら、叶太が絶望して飛び降りるなんてこと、起きなかったでしょ?叶太を死に追いやったのは、想太よ!」想太は腫れ上がった頬を押さえ、信じられない思いで目を見開いた。――この世界は絶対に狂ってる。朝まで叶太を野良犬のように蹴り飛ばしていた人たちが、どうして急に、あんなにも愛しているような顔をしているんだ?まさか――叶太が死んだからなのか?想太は悔しさをむき出しにして叫んだ。「叶太が死んで、みんながつらいのは分かってる。でも、だからって俺にあいつの死の責任を押しつけるのはおかしいだろ!叶太が素直に手柄を譲ってくれれば、俺だって配信であいつを裏切り者なんて言う必要はなかった!結局、叶太自身が悪かったんだ!あいつが自分勝手だったから、こんなことになったんだろ!」「黙りなさい!」ひまりと両親の平手打ちが、ほとんど同時に想太の頬へ落ちた。三人は底冷えするような目で想太を見つめている。この男がどれほど恐ろしい人間なのかを、初めて思い知らされた。――叶太は、実の弟なのに。叶太の手柄を奪うために、想太は自分の口で弟を犯罪組織とつながっている人間だと嘘をつき、叶太を死へ追い込んだ。そして、もう取り返しがつかない今、想太の心には少しの罪悪感すらない。それどころか、自ら手柄を譲らなかった叶太が自分勝手だったと責めた。この男には、本当に、心というものがあるだろうか。何発もの平手打ちを同時に浴びれば、さすがにたまったものではない。想太は胸元を押さえ、激しく咳き込んだ。口の中いっぱいに血の味が広がり、内臓まで焼けるように痛い。想太は、かつて誰よりも自分を愛してくれていた女と、誰よりも自分を可愛がってくれた両親をちらりと見た。
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第7話
スマホを置くと、想太は嬉しそうに思いを巡らせた。――表彰式では、愛する女と家族に囲まれながら、検事総長直々に表彰を受ける。これほど誇らしいことがあるだろうか。それに比べて叶太は、ただの死人だ。ひまりも、お父さんもお母さんも、しばらくの間はあいつのことで悲しんだとしても、一生その死を引きずるわけじゃない。1ヶ月もしないうちに、あのクズのことなんて誰も思い出さなくなる。生きているときですら俺に勝てなかったんだ。死んでから、どうして俺と張り合える?死ぬ間際に最高検察庁の表彰まで俺に譲ってくれたんだ。あの役立たずにも、最後くらいは使い道があったってことだ。そのとき、会場の扉が開いた。スタッフが巨大な祝いのケーキを載せたワゴンを押して、想太のもとへ歩いてきた。上司や同僚たちも次々と入ってきて、みんな祝福の笑みを浮かべている。そのあと、想太の両親が詩の手を引き、ひまりは息子の陸を抱いて入ってきた。家族全員が、きちんとそろって会場へ入った。想太の口元に、得意げな笑みが浮かんだ。――やっぱり、ひまりもお父さんもお母さんも、俺の表彰式を欠席するはずがない。この勝負も、また俺の勝ちだ。会場の歓声が響く中、検事総長が恭しく表彰状を手に取り、想太に渡そうとした。想太の手が表彰状に触れた、その瞬間だ。ひまりが突然、席から立ち上がった。「告発します。3年前、伊原想太が死んだことにしたのは、犯罪組織に潜入して証拠を集めるためなんかじゃありません。私と不倫の末に子供までできたことで、周囲の噂を恐れ、死んだことにして逃げただけです。実際にはずっと、人目を避けて何不自由ない暮らしを送っていました。この事件の証拠を命懸けで集めたのは、伊原叶太です。それを伊原想太が横取りしたんです!」里江は検事総長の手から表彰状をひったくり、涙ながらに訴えた。「私が証言します!この数年間、想太はずっと郊外の別荘に住んでいたんです。食事も身の回りのことも家政婦任せで、出かけるときは運転手が送り迎えしていました。犯罪組織に潜入して捜査したなんて、ありえません。指一本傷ついたことすらないんですから!すべての証拠を集めたのは、下の子の叶太です。捜査一課を離れてから、拳銃も武器も持たず、一人で犯罪組織の内部に潜り込み、何度も命を
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第8話
そこには、叶太が犯罪組織へ潜り込んでいた一部始終が映し出されている。潜入中、身元を怪しまれた叶太は、真っ暗な地下室にまる3日間閉じ込められていた。足の古い傷が汚い床にこすれ、何度も化膿した。そのうえ、ヘビやネズミに何度も体をかじられた。高熱で意識が朦朧としていても、服に隠した小型カメラを回し続けていた。「もし、俺の遺体を見つけたなら、必ず服に隠したこの証拠も見つけてくれる。俺のことは悲しまなくていい。犯人を法の裁きにかけられるなら、俺が死んでも、それでいい」別の映像では、証拠を隠し撮りしているところを犯人たちに見つかっていた。叶太は3階から突き落とされ、肩の骨は粉々に砕けていた。それでも草むらの中を這いながら、最後の言葉を録音していた。「もし運よく生き残れたら、必ずこの証拠を自分の手で捜査一課に渡す。もし俺が殺されたとしても、どうか俺が集めた証拠を使って、犯人たちを法の裁きにかけてくれ」そんな映像が、まだいくつも、いくつも続いた。……映像がすべて終わったあと、会場にいる全員が沈黙した。目に涙を浮かべる者もいれば、深く頭を下げる者もいる。みんなが、それぞれのやり方で、本物のヒーローに敬意を表している。その静けさを打ち破ったのは、想太の絶叫だ。「検事総長!あの人たちの言うことなんて聞かないでください!叶太が死んだから、あの人たちがいい評判を残したいだけなんです!本当のヒーローは俺です!叶太はとっくに裏切り者でした!早く表彰状をください!」そう叫びながら、想太は検事総長の手にある表彰状を奪おうと手を伸ばした。すると、かつて叶太と面識のある人たちがすぐに駆け寄り、自らの意思で想太を押さえつけた。これが、彼らが叶太のためにできる最後のことだ。検事総長は手にしていた表彰状を背後に隠し、険しい顔で告げた。「証拠は揃ってる。私から組織へ報告し、伊原想太に与えられたすべての表彰を取り消す。そして、法に基づいて責任を追及する」想太は呆然と、目の前に並ぶ冷たい顔を見つめた。あまりにも大きな衝撃に耐えきれず、その場で意識を失った。……俺は窓辺に座り、スマホに表示された最新のニュースを眺めている。想太は、虚偽告訴罪で逮捕され、服役しているという。そして俺は、最高検察庁と警視庁に表彰
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第9話
上司は、俺に事情があったことに加え、大きな手柄を上げたことも考慮し、死んだふりをしたことについて責任を追及しなかった。上司は自ら表彰状を俺に渡し、心から笑って言った。「伊原、明日から捜査一課に戻ってこい」俺は思わず息をのんだ。まず目の奥がつんと熱くなり、その感覚がすぐに全身に広がった。体の震えを、どうしても止められなかった。この日を、俺はずっと待っていた。上司に深く頭を下げ、感激で目を潤ませながら、力いっぱい言った。「これからも、どうぞよろしくお願いします!」その夜、同僚たちが俺のために盛大な祝賀会を開いてくれた。勇気を称えてくれる人がいれば、ここまで歩いてきた道のりの苦しさを思って、胸を痛めてくれる人もいる。そして、この数年間、俺に冷たい言葉を浴びせてきたことを謝ってくれる人もいる。その優しさに、俺は温かさを感じた。でも、遅れて届いた謝罪を、許すつもりはない。俺はこれまでと同じように、たとえ一人でも、信じた道を進み、自分がやるべきだと思うことを続けていく。俺が生きているという知らせは、すぐにひまりと両親の耳にも入った。知らせを受けると、三人はすぐに詩を連れて俺のもとへやってきた。顔を合わせた途端、詩が俺の胸へ飛び込んできて、悔しそうに泣きじゃくった。「パパ、もう二度と会えないと思ってたの!パパが詩を捨てるわけないって分かってた!うえぇん……これからは絶対、絶対パパの言うことを聞く。ちゃんと勉強するし、もう二度とお菓子食べないよ!」母は震える手で頬の涙をぬぐった。そして、媚びた笑みを浮かべ、恐る恐る俺を見つめた。「叶太、お腹空いてないの?今すぐ大好きなから揚げ、作ってあげるから!」ひまりはスーツケースを一つ引きながら、罪悪感を滲ませた顔で俺を見た。「叶太、今夜から詩を連れて、ここに戻って暮らすわ」俺は冷たく笑い、全員を家の中に入れなかった。「疲れてる。客を相手にしてる暇はない。帰ってくれ」母は焦って、また涙をこぼした。「何を言ってるの、この子は!客って何?母さんだよ。ひまりは叶太の妻、詩は娘。私たちは、叶太にとって一番身近な家族じゃない!」俺は首を横に振った。まるでこの世で一番おかしな冗談を聞いたようだ。「俺に妻も娘もいない。俺の妻と娘は、3年前に死ん
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第10話
ひまりの瞳から光がゆっくりと消えていく。傍らで泣きじゃくる詩を見つめると、たまらなくなったように抱きしめた。詩を抱いたまま、ひまりはすがるように俺に頼んだ。「叶太にひどいことをしたのは分かってる。私に許してもらう資格がないことだって、分かってるの。でも、この子には何の罪もないわ。詩のためにお願い。もう一度だけ、私にチャンスをくれないの?これからは二人に今までの倍、優しくする。もう二度と、叶太を傷つけないって誓うから!」詩の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。泣き濡れた目で俺を見つめながら、何度も「パパ」と呼び続ける。俺は冷たい目でひまりを見た。一瞬だけ胸が痛んだが、心を動かされることはなかった。「詩は、とっくに俺を父親だと思ってなかった。だったら、俺がこの子を娘だと思う必要もないだろ。帰ってくれ」俺は容赦なくドアを閉めた。一度締め出されても、ひまりは諦めなかった。3日に一度は、家へやってきた。昔、俺がいちばん好きだった店の天ぷらを買うために、わざわざ車を20キロ走らせることもあった。父の日には、詩を連れて手書きのカードを届けにきた。俺が勤務中で食事を取る暇がないときには、わざわざ手作りの弁当を持ってきた。恋人だったころも、ひまりはこうして俺に優しかった。でも、そんなことをしながら、俺の実の兄と不倫することもできた。彼のためなら、何度だって何の歯止めもなく俺を傷つけることもできた。何度も考えた末、俺はやはりひまりを訴えることにした。この3年間、ひまりは想太と手を組み、俺の身近な家族や友人たちまで巻き込み、何度も偽の犯人に関する偽の手がかりを俺に渡した。俺に信じさせるために、役者まで雇って、何度も俺を危険な目に遭わせた。体中に残ったこの傷を、許すことなんてできない。法廷で、ひまりは自分のために弁明することもなく、並べられた罪をすべて認めた。結果、傷害罪で懲役10年を言い渡された。そして、ひまりに協力して俺に偽の手がかりを渡していた者たち――彼女の親友も、俺の親友だった和也も、俺の後輩も、共犯として処罰された。それぞれ1年から3年の懲役を言い渡された。俺はようやく、3年遅れの正義を手にした。ひまりが服役すると、詩の親権は俺のもとへ移った。けれどひまりの両親
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