2人は学校を出る。藍里は男女2人で帰るのは少し恥ずかしさを感じたが、他にも数組ほど男女で帰ってるのを見てまぁいいかと。
それよりも幼馴染との再会が嬉しい。 「そいや家はどっちなん」 「あっ……」 藍里は思い出した。母との約束を。 友達やクラスメイトには家を教えないことという。 一応離婚をしたのだが、一度逃げた神奈川の移住先を父や祖父母たちに乗り込まれてさくらは大変な目にあったと。 そのとき藍里は地元の小学校に通っていたから話しか聞いていないが。 現に父親や祖父母には今は会っていない。離婚が正式に決まる前に会っただけである。 別にバレても問題はないのだが、さくらはあの時の見つかった時のことをトラウマになっており、時折逃げていた時のように怯えたりフラッシュバックを引き起こすのか鬱になるのを藍里は見たことがあった。 だから極力教えないで、と。 そしてバイト先は住んでる所の下にあるファミレスだが、当初はウエイトレスを頼まれたのだが同じ理由でさくらは店に対して店に出る仕事だけはやめてほしい、と頼み込んで渋々調理担当にさせてもらえたと言う。 「ごめん、そういう理由で……教えられないの。途中まで、あそこの角まで」 「……そうなんか。わかった。僕もこう一緒に帰ろうっていうのもあれだったな」 「ううん。大丈夫。クラスでもまだ馴染めないし、知ってる人がいるだけでもホッとするよ」 最初は互いにワクワクしていたのだが事情を伝えていくうちに2人の中は重い空気になる。 いつかはわかってしまうことで、隠し事したくても隠せない藍里。 でもそれをしっかり飲み込んでくれる清太郎に、昔と変わらずなんだかんだで優しいとさらにドキッとさせられてしまう。 こうやって女性に優しいのは彼の姉が女の子は大事にしな、という厳しい言いつけがあるからだ。 そしてなんだかんだであっというまに藍里の言った角まで着いてしまった。 「……じゃあ気をつけて帰れよ。ぼくんちはあのすぐそこにある弁当屋、あそこがおばさんたちの店で店舗も構えてる。空いた時間には配達とかしてるから、なんかあったら朝こいよ」 実のところ、藍里もあの弁当屋の前を通る。でもこの角までと言ったからにはそれは伝えられない。 「電話番号だけでもええやろ。何かあったら電話しろ。あと裏には弁当屋の電話番号あるし」 と、その場で弁当屋のフライヤーに清太郎は電話番号を書いて藍里に渡した。 「……ありがとう」 「じゃあ、また明日な」 「うん」 と、清太郎の後ろ姿を見て見えなくなってから動こうと見ていた所だった。 「百田さんー、見てたよー」 藍里は振り返ると数人の女子たちがいたのだ。クラスメイトたちだった。 「ねえねえ、宮部くんとすっごい仲いいけど……幼馴染って本当?」 「あ、うん……」 「ねぇ、あんなに仲良いなら付き合っちゃいなよ」 「いや、それは」 藍里は女子たちに囲まれる。 「ごめん、バイトがあるから!」 と走り去った。すごく顔が真っ赤になってるのはわかる。もうなにがなんだかで、すっかりわすれて清太郎の弁当屋の前を走ってしまった。 「あれ? 藍里?」 声をかけられたのもわからないほど藍里は走った。 そしてマンションまで辿り着くとエレベーターに乗り、べたんと座り込んでしまう。 「……彼は幼馴染よ、ただのっ」 息を切らしてもまだドキドキは止まらなかった。 ピンポン 5階に着く。息も絶え絶え。なんとか部屋にたどりつき、ドアを開けた。 いい匂いがする。お肉の匂い。 きっと時雨が仕事から帰ってくるさくらのためにご飯を作っているのだろう。さくらも走って疲れて食べたいとは思ったが、今日はバイト先で賄いを食べる予定だった。 「あら、おかえり。すっごい髪振り乱して何かあった?」 台所からぴょこんと顔を出す時雨。 「ただいま……美味しそうな匂い」 「ありがとう。エビチリ作ってるんだけど、食べる?」 確かにトマトケチャップの匂い、ニンニクの匂いもする。それらがきっとこの美味しそうな匂いなのだ。 「食べる!」 「少しニンニク多めにしちゃったけど……服着替えたら味見して欲しいな。今日バイトでしょ」 「うん。じゃあ今から着替えてくる」 そのあとエビチリを味見するどころかたくさん食べてしまった。 今まで食べたエビチリよりも全然味が違う、と感動してしまった。少しニンニクの匂いが強いが。 藍里は時雨のことが好きなのはこの彼の料理の腕前もあるかもしれない。藍里は部屋に入ってきたさくらを見ると少しホッとした。なんだかんだでやはり母親が一番なのだ。 さくらは藍里の右手を握る。反対の腕は点滴を打っているようだ。「貧血と過労とのことよ。脳波も異常なし。ごめんね、すぐ行けなくて」「ううん、ママも体調悪かったし……明日から仕事で大丈夫? 生理終わってないのに」「そうだけど私が休んだらあんたと時雨君養っていけないでしょ。頑張んなきゃ」「……無理しないで。私みたいに倒れちゃう」「大丈夫、やすみやすみにやれるから。あ、二人にも入ってきてもらおうか」 さくらは手を離して外で待っていた清太郎と時雨を呼んだ。「藍里ちゃん……特に何もなくてよかったよ」「時雨君もありがとう。宮部くんもこんな夜遅くまで待っててくれたなんて」 清太郎は首を横に振った。「しばらくは授業のノート書いてもっていくよ。無理すんな」「ありがとう……」 さくらは少し難しそうな顔をしている。「途中から編入してきてしかも夏休み明け……数日休んだら遅れがさらに増えてしまうわ」 藍里も確かに、と言いつつもどうにもできないものである。さくら自身も藍里を連れて逃げた際にしばらくはまともに学校に生かすことができずに避難先の施設で勉強を教えてもらったくらいであった。「勉強に遅れがあるけどさらに遅れちゃう……」 さくらは頭を抱える。「ごめんね、藍里……私がいけない」「なんで? ママがなんで今そんなこと言うの。私がちゃんんと自分の体調を管理しなかっただけだし」「私が逃げなきゃ、逃げなかったらあんたがこんな苦労することなんてなかったの」 さくらはまた自責の念に陥る。 時雨がさくらを抱えて宥めながら病室を出ていく。 病室の中は清太郎と二人きりになった。「……お前の母ちゃん、雰囲気変わったな」「うん、宮部くんもそう思うよね。自分の母親のこと言うのもあれだけど」「あの彼氏さんがいい人なんだろうな。優しそうじゃん」 藍里は頷いた。どちらかといえばさくらよりもそばにいる時間が長い彼女は彼の優しさはわかっている。「でも表情があんなに柔らかくなってた。あの頃の怯えたような目とは違う」 清太郎も子供ながらにそう思っていたようだった。藍里はそのようにさくらがそう思われていたとは……。「じゃあ俺帰るわ。……じゃあ」 清太郎は藍里を見ている。じっと、瞳を
藍里は何とか受けごたえもできて会話もできるが頭を強く打ったという清太郎の証言もあったため、念の為に検査を受けることになり、少し時間がかかるようだ。 時雨と清太郎はベンチで待つ。互いに知らない同志。男と男。病院ということもあり静かな時間。「あのさ……また明日学校もあるから君は先に帰っててもいいよ、親御さんも心配するだろう」 と言い出したのは時雨だった。清太郎は首を横に振った。「僕は親戚の家に居候していまして……連絡もしてます。正直居候の家にいるよりかは外にいた方がいいから待ちます」「いや、もう夜8時だよ。だったらタクシー呼ぶから」「いいえ、藍里のそばにいてあげたいです」 清太郎の強い眼差しに時雨はびっくりした。「ごめんね、なんか……追い出してるわけではないけど、なんというか」 時雨は少しひるんでるようだ。「さくらさんの娘さんで……ほら付き合ってるんだけど、一緒にいる時間が長くて。なんというか、そのね……」 と口を濁らせてるようにしどろもどろに時雨が目線を合わせずに答えてると、さくらがあわててやってきた。 着の身着のまま来たらしく、ルームウェアだがなんとか外でもセーフな格好であった。「藍里はっ、時雨くん……ってあなたは」 さくらは目の前でスッと立ち上がった青年の清太郎を見てハッとする。 数年前に見た時よりも大人になったが面影はあるようだ。「……宮部、清太郎くんよね? お久しぶりね」「お久しぶりです。懐かしいですね」「うん、あらまーあんなに小さかっ……いや、それがもうこんなにっ。藍里に時雨くんよりも大きい」 比べられた時雨は苦笑い。「180はあるので。父さんに似ました」「そうだったわね……まさかこんなところで会うなんて。制服、藍里の学校だから……岐阜からここまで通ってる?」「親戚の家が近くなんで下宿してます」「藍里、まったく言ってなかったわよ。クラスメイトだなんて」 すると時雨が首を横に振る。「なんか藍里ちゃんの彼氏だって」 さくらはびっくりする。清太郎は慌てる。「いや、あれは冗談です」 するとそこに看護師がやってきて静かに! のジェスチャーをされ、3人は一緒にベンチに座る。看護師が藍里の家族の一人として書類や説明などを聞かされ、記入していく。「でも藍里が倒れたなんて……あっ」「なんか心当たりでも」 さくら
藍里は担架に乗って救急車に運ばれた。清太郎も一緒である。後で一緒に理生が藍里のカバンを持って追いかけてきた。「……理生さん、お店は?」「大丈夫よ。昔のバイトの子達招集してなんとかきてもらった。前から頼んでいたけど一気に今日は入れますって。偶然にも程があるわ。あなたはラッキーよ」 と清太郎に荷物を渡して藍里の右手を握った。「気にしないで、少しでも早く呼べていたらあなたに不慣れなことをさせなかったのに、ごめんなさいね。でも制服似合ってたから。回復したら少しずつ私のもとでフロアで働こうね」 とたたみかけるように理生は話しかけた。藍里は苦笑いして握り返す。「そろそろよろしいでしょうか。ご家族の方ですか」「職場の先輩です、でこの男の子は……」 救急隊員に対して理生はなんと言っていいかわからず声が出ない。すると清太郎が「えっと、藍里の彼……」 と言いかけたところであった。「藍里ちゃーん!!!!!」 とやってきたのは時雨であった。「おたくは……」「藍里ちゃんの……えっと、その、なんというか……あ、さくらさん……藍里さんのお母様の代わりにやってきました。今まだ寝てるんです……」「寝てる……? 母親が」 救急隊員はあっけに取られているようだがもう行くとのことで時雨は理生の目の前で救急車に乗り込んだ。清太郎もあっけに取られている。救急車は発車した中で藍里はさくらがまだ寝ているのかと彼女もなんとも言えないのだが、今清太郎と時雨というこの組み合わせの中一緒にいるのがさらに……。「さくらさん、少し前にまた寝ちゃって。明日からまた仕事でしょ。寝ちゃうと起きないし、何度も叩き起こしたけども起きなかったから枕元にメモを置いておいた……」「マジかよ、娘倒れたのに寝るような人だっけ」「……藍里ちゃん、彼は誰? 制服からすると一緒の高校の」 藍里は答えようとしたが「彼氏です」 と思ってもいない回答に声が出なくなった。藍里は首を横に振ろうとしたが隊員が押さえていたため振れなかった。「それは驚きだなぁ……藍里ちゃんここにきてからすぐ彼氏出来るなんて、さくらさんに似て美人さんだからそうだよね」 時雨もそんなことを言い、こないだの藍里ちゃんも、の「も」の意味深さに拍車をかける。「……彼氏ってのは冗談ですけどあなたこそ誰ですか」 清太郎がさらっというと時雨は
その時、ファミレスでは外に救急車が来て少し騒々しかった。奥から担架で運ばれる藍里。それを追う清太郎と理生。 さっきまで清太郎といたクラスメイトたちも心配そうにみていた。が、そのうちの一人|帷子《かたびら》アキがスマホを見ている。「あ、それさっきの藍里じゃん。可愛く撮れてる」 と、姫路《ひめじ》優香が覗き込む。アキのスマホに藍里をこっそり撮った写真を何がメッセージフォームにつけてページの送信ボタンを押した。「まさかアキ、あれに送ったの?」 潮なつみも覗き込む。アキはニヤッと笑った。「てか大丈夫かなぁ……百田さん」「すごい勢いで頭ぶつけてたし……血は出てなかったけどさ。にしても宮部くんが藍里! 藍里! って叫んでたのびっくりだわ~」「宮部くんと百田さん、幼馴染運命の再会恋愛……見守りたいよねー」「うんうん!」 あき、優香、なつみは何事もなかったかのように清太郎と食べるはずだったビックパフェを食べる。「そうそう、あと……」 藍里の写真を送った先から返信がアキのメールに届いた。『この度は推薦でのご応募ありがとうございます。結果につきましてはまたこちらからメールを送らせていただきます 名古屋発映画、橘綾人の娘役オーディションチーム』
「いらっしゃいませぇえええ……って、あれ?」 なぜか意識を取り戻したと同時にまだファミレスにいたと思い込んでいた藍里は、今ここはファミレスではないってことに気づく。バイト先の休憩室である。「大丈夫か、藍里」「……宮部くんがなんでここ……うっ」 体をゆっくり起こしたが少し頭に痛みを覚える。清太郎が藍里を再び横にした。「倒れたんだよ。その時にテーブルの角に頭すったみたいだけど……今救急車呼んだらしい」「……保険証、多分家」「お母さん呼ぼうか。電話貸して」 藍里は首を縦に振る前に、さくらは今日まで生理で体調が悪い……滅多にない休みを自分のために使っていいのだろうか。倒れたのはきっと貧血だろうが。それとも……あの男の客の傲慢な態度を見て過去を思い出したのだろうか。 清太郎は藍里の頭をアイスノンで冷やす。「一緒に来てたクラスの子達は……」「心配してた。まだいるけど」「……お店は」「今はそんな心配するな。それよりも早よ電話」 藍里はスマホで『さくら』と着信履歴から出して清太郎に渡した。自分から電話しようとしたがやはり少し頭が痛い。なかなか着信に出ないようだが清太郎は心配そうに藍里を見ている。 よりによって自分の倒れた時に彼が客としているだなんて、しかも他のクラスメイトもいた訳であって……恥ずかしさもある。「……俺の席からあの客見ていたけど酷かったよな。奥さんに対してすごくひどいことを言ってたしな」 藍里は男性客を綾人、女性客をさくらと重ね合わせてみていた。「ひどいよな……あ、もしもし? あれ、橘……じゃなくて百田……さくらだっけ藍里のお母さんの名前」「さくら。ママ出た?」 清太郎はスマホを持ったまま少しキョトンとした顔している。きっとさくらが寝ぼけて電話に出たのだろうか。「百田さくらさんのスマホですか。……そうですよね? あの、さくらさんは」 もしかして、と思い藍里はスマホを取り上げた。「もしもし」『もしもし、藍里ちゃん? 今の男の人誰かな。さくらさんは今寝てるんだけどどうしたかな』 時雨の明るい声だった。しまったーと清太郎を見ながら電話を続けようとするが清太郎がスマホを取り上げた。「すいません、同じクラスメイトの宮部清太郎です。さくらさんに名前おっしゃっていただけたらわかるはずです。さくらさんの娘さんの藍里さんがバイト中
時雨にも清太郎にも少し引っかかったようなことを言われて、一体どういうことなのだろうかと思いながらもバイト先のファミレスの裏口から入っていく。 と同時に藍里の様子を社員の沖田が慌ててやってきた。「すまん、藍里ちゃんって160くらいだよね……」「何が160ですか?」「身長だよ。雪菜くらいだから雪菜の制服を着られるよな?」「はっ???」 と藍里は沖田から制服一式を押し付けられた。きっと雪菜がロッカーに置いてた制服であろう。名札がついていた。「早く、着替えろ。人が足りないんだ。メニューの取り方とか諸々はバイト入る前の本部研修で習ったろ」 そう言われた藍里は確かに名古屋のファミレスの本社で1日だけ通しで研修したということを思い出したがたった1日であとは裏方でキッチンの手伝いだけであった。「着替えろ、早く!」「は、はい……!!」 そして五分後には着慣れないファミレスの制服を纏いファミレスのキッチンに入ると数人の忙しそうにしてるキッチンスタッフの男性たちはびっくりした様子で見ている。「あらぁ似合うじゃない、藍里。さぁ早くもう大変なんだからぁ」 理生がやってきた。藍里は初めてのフロアでの仕事。平日の夕方はいつも混み合っているのだがそれを何人かのアルバイトたちが回していたのだが夏休み明けのテスト週間、雪菜のボイコットによる欠席でてんてこまい。 いつもはキッチンからお客さんは多いなぁと思いながら見ていたのだがまさしくそれ以上を越すものであって藍里はどきどきよりも緊張が上回る。「そこの可愛いオネェさん! 水くださいな」 早速声がかかった。若い大学生の集団。こちらは違う大学の生徒なのか、テスト期間ではないようだ。「すいません、さっきから呼んでるけどこなくて」 と大学生の席に行く前に老人夫婦に呼び止められる。「おーい、全然注文したもの来ないんだけどぉ」 とビールを片手にグダを巻くサラリーマン。 藍里は全てにハイ、と答え対応していくが、目線の先に見覚えのある顔……。「すいませんーってあれ、藍里じゃん」 なんと清太郎がいたのだ。しかも何故かクラスメイトの女子数人に囲まれて。クラスメイトの女子が藍里を見てびっくりしている。ひとりはスマホで藍里のファミレスの制服姿を撮影して藍里はやめてって困り顔。清太郎もバツ悪そうな顔をしている。 きっと藍里が着替