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麻木香豆
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Novel-novel oleh 麻木香豆

恋の味ってどんなの?

恋の味ってどんなの?

百田藍里は転校先で幼馴染の清太郎と再会したのだがタイミングが悪かった。 なぜなら母親が連れてきた恋人で料理上手で面倒見良い、時雨に恋をしたからだ。 そっけないけど彼女を見守る清太郎と優しくて面倒見の良いけど母の恋人である時雨の間で揺れ動く藍里。 時雨や、清太郎もそれぞれ何か悩みがあるようで? しかし彼女は両親の面前DVにより心の傷を負っていた。 そんな彼女はどちらに頼ればいいのか揺れ動く。
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Chapter: 番外編 最終話
神奈川に戻って数日後、希望していた高校から連絡があった。 同系列の関東の高校でテストを受け、基準を満たせば二年生の夏休み明けに転校が可能だという知らせだった。 藍里はそれを聞いて、すぐに机に向かった。眠そうな目をこすりながらも、毎日必死に勉強した。 その努力が実を結び、無事に合格の通知を受け取ったとき、私は胸をなで下ろしながらも、娘の成長に目頭が熱くなった。 私自身も必死に働いた。神奈川の支店に戻ると、やはり愛知の方が活気に満ちていると感じたが、同時に長年の「マイホーム」に戻ってきた安堵もあった。慣れた土地、見慣れた景色。だが愛知の支部長の言葉通り、人事改革や設備改装は全店舗規模で動き始め、私もその渦中にいる。 忙しい合間にも、時雨くんとのメールや電話が支えになった。 「おつかれさま」「無理しないで」——その短いやりとりだけで心がほどけていく。 仕事の上では私は、誰かの性対象であり、恋人役であり、話し相手である。擬似的な愛を提供するのも役割のひとつであり、それを割り切らなければ成り立たない世界だ。 でも、時雨くんは違った。優しくて、素直で、まっすぐで……そんな彼の存在があるからこそ、辛い仕事も乗り越えられるようになった。 やがて夏休み。娘の新しい門出と同時に、私たちは愛知に引っ越した。 そして今日、仕事帰りに、久しぶりに時雨くんと再会する。 ……いろんな男を相手にした後で彼に会うのは、正直、気が引ける。彼は私の仕事を知らない。でも、きっと彼なら受け入れてくれる。そう信じたい。 待ち合わせは、最後に別れたあの駅だ。 外は雨。 頭の奥がずきずきする。けれど、不思議といつものように憂鬱ではなかった。むしろ胸が高鳴っていた。 「さくらさんー!」 ホームに響いた声。 電話越しではない、生の声。心が震える。 彼は傘を片手に、笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。 私は傘を閉じて駆け出す。濡れてもいい。ただ彼の傘の下に飛び込み、強く抱きしめた。 人目もはばからずに。 時雨くんもまた、ためらわず私を抱きしめ返してくれた。 傘を叩く雨音。滴り落ちる雫。服に沁み込む冷たさ。 それでも、彼の体温に包まれていると不思議と平気だった。 ——雨も、悪くない。 少し、雨が好きになった。 終
Terakhir Diperbarui: 2025-09-28
Chapter: 番外編 第二十二話
 そして駅まで送ってくれた。「なんかさ、あったばかりで……僕の一目惚れで……なんていうかその……」「うん……」「でも今回限りにはしたくない」 彼の真剣な眼差しに射抜かれる。冗談でも軽い気持ちでもない、真っ直ぐな想いがそこにあった。私も胸が熱くなって、ただ黙って頷いた。 互いに連絡先を交換する。「また落ち着いたら連絡する」「神奈川だっけ……家」「うん。でも仕事でこっちに来れる……ううん、来てみせるわ」「やった」「ふふふ」「可愛い、ふふふって」 思わず笑ってしまう。けれどその笑いすら彼は愛おしそうに見つめてくる。 あ、そうだ……伝えなきゃ。そう思った瞬間、彼は両手で私の手を包み込んだ。「雨もいいよね。また雨が降っても僕だけでなくて……おかみさんやスタッフさんや……一緒に来てくれた山上さん……ちょっとあの人はデリカシーないけどさ、心配してたから。みんなに優しくしてもらったことを思い出してほしいな」 私はただ頷く。事務長の名前まで覚えているなんて、やっぱりすごい人だ。さすが有名料亭の板前さんだと思った。「……本当はね、仕事で来たの。愛知に」「そうだったんだ……」 そう言って互いに見つめ合う。気づけば距離がなくなって、そっとキス。照れ笑いしながら、もう一度唇を重ねた。 けれど次に彼の舌が触れた瞬間、私は反射的に顔を離した。「ごめん」「……もうこれ以上しちゃうと、帰りたくなくなる」「そうだね……」 彼は笑ってごまかすように、トランクから荷物を出してくれる。「はい、どうぞ」 私はキャリーケースを受け取って、ようやく切り出した。「私さ……離婚したけど、子供いるのよ」「ああ、なんか話してたね。まだ小さくて、預けてもらってるとか?」「……ううん、高校生。女子高校生」「えっ」 彼の目がまん丸になる。その驚き方があまりにも素直で、私は思わず苦笑いした。やっぱり若いよなぁ……。「すごいなぁ、さくらさん……ますます応援したくなる」「ありがとう。私もあなたの仕事、応援してる」 電車のホームへ向かう私を、彼は最後まで手を振って見送ってくれた。笑顔のまま、何度も、何度も。 振り返るたびにその姿が小さくなっていくのが切なくて、胸にぽっかり穴が空いたみたいに感じた。 持っている傘はまだ雨で濡れているけれど、そのうち乾くだろう。 改
Terakhir Diperbarui: 2025-09-27
Chapter: 番外編 第二十一話
 ピンポーン。 ドアのチャイムが鳴った。「やべっ、先輩かも」「流石に二時間もダメでしょ……早く行かなきゃ。私も小雨になったし、行くわ」 そう言いながらも、時雨くんはまだ腕を解こうとしなかった。胸に回された腕は、私を逃がす気などないかのように力強い。 だめだよ、行かなきゃ。分かっているのに、体は彼に預けたまま動けなかった。「も少し、このまま。……ほら、雨の音、聞いて」 確かにさっきより小雨になってきた。けれどまだ窓を叩く細かい水の音は絶えず、しとしとと規則的に響いている。「どう? 雨の音、いいでしょ。僕は昔から雨音が好きなんだ。名前に“雨”がつくのもあるけどさ……」「……私は、嫌いだった」「でも今はどう? 耳澄ますと、けっこう落ち着く音だと思わない?」 彼の言葉に合わせるように意識して耳を澄ますと、不思議と胸のざわつきが少しずつ鎮まっていく。嫌いだと思い込んでいたはずの音が、こんなふうに柔らかく響くなんて――。 ピンポーン。 再びチャイムが鳴る。「おい、廿原! なにやってんだ!」 ドンドンと荒い音。重たい扉越しでも、低く響く怒鳴り声に体がびくりと震えた。喉がきゅっと詰まって、声が出ない。 時雨くんは私をぎゅっと抱きしめ直して、それから少しだけ離れた。「待ってて。話してくるから」 短くそう告げると、ためらいなく玄関へ向かっていく。その背中を呼び止めたかったのに、足は一歩も動かず、唇も開かなかった。 ……私がいけないのよ。引き止めてしまって、部屋にまで上げてしまって。 耳を澄ませる。「すいません、先輩。頭痛くって」「勝手に休むなよ。連絡しろ……て、そのヒール」 あっ、私の……。「ははん、女連れ込んでるのか。スーツケースあるってことは……お取込み中か?」 しまった……!「そ、そうです」 ――時雨くん……! 胸がぎゅっと締めつけられる。「はぁ、それはそれは。一時間後には戻ってこいよな。仮病じゃなさそうだから」「はい……すいません」 やがてドアが閉まる音。私は慌てて玄関へ駆け寄った。「ごめん、時雨くん」「さくらさん、謝ることないよ。……さ、今から駅まで送っていくから」 寮を出る頃には雨はすっかり上がっていた。雲の切れ間から差す光が濡れたアスファルトに反射して、街全体がきらめいている。ふと見上げると、薄く虹が架か
Terakhir Diperbarui: 2025-09-26
Chapter: 番外編 第二十話
 私はベッドを離れてシャワーを浴びた。 熱いお湯が肌に当たるたび、少しだけ体の力が抜ける。外の雨はシャワーの水音に負けないほど激しく降り続けている。どうして雨が降るの。もう、ほんとうに嫌だ──胸の中で何度も繰り返す。 タオルで髪を拭きながら、ふとカーテン越しに彼の声がした。「ねぇ、さくらさん」 思わずハッとして、私は肩越しに声のする方へ振り向いた。カーテン一枚の向こうにいるだけなのに、その距離が妙に近く感じられる。彼の声は静かで、でも確かに私を見つめているのがわかった。「なんで雨が嫌いなの……」 その一言を聞いた瞬間、胸の奥にあった小さな針がぎゅっと押されるようだった。言いたくないことを引き出されるような、そんな不安。 雨が嫌いな理由は、綾人のことが絡んでいる。どこからどう話し始めればいいのかわからない。順序立てて話すには、積み上げられた年月をひとつずつひも解かなくてはならない。簡単に説明できるものではなかった。 シャワーを終えてタオルを肩に掛け、私は息をついて答えた。「……ごめん、あんまり言いたくないよね。会ったばかりだし、聞くのは失礼だったよね」 それを聞くと、彼は一呼吸置いて、柔らかく言った。「そ、それはないよ。話したいなら聞くよ」 言葉はありがたかった。けれど「話す」ということは、私にとっては重い作業だった。綾人と結婚してから始まった日々、子どものこと、逃げ出した頃、役所や相談機関、弁護士や警察にまで話したこと──それらすべてをまた一から語るのかと思うと、喉が詰まった。 何度も語ってきたはずなのに、語らなければ理解してもらえない不自由さがある。 私はシャワーから出て、バスタオルで頭を拭きながらゆっくりと話し始めた。「雨の日はね、夫を迎えに行かなきゃいけなかったの」 彼の目が驚きで大きく見開かれるのが見えた。反射的に彼は声を上げる。「……夫?!」 しまった。言葉が足りなかった。「ち、違うの。もう離婚してるから、“元夫”のこと」 彼は一瞬戸惑った顔をし、そのあとで苦笑するように息を吐いた。「あ、そうか……びっくりした。人妻とやっちゃったのかと」 そのトンチンカンな反応に、私は思わず眉を寄せてしまう。彼の慌てた言い方には救われる部分もあった。テンパって言葉が絡まる様子が、変に安心をもたらす。 私はあの日々の「ルール」
Terakhir Diperbarui: 2025-09-25
Chapter: 番外編 第十九話
 私は電車を遅らせることにした。 スマートフォンの時刻表アプリを閉じ、画面を伏せてベッドの脇に置く。帰ろうと思えばすぐにでも帰れる。けれど、帰りたくない。もう少し、ここで彼の声を聞いていたい。「……料亭はいいの?」「さくらさんこそ……もう帰りなんでしょ」 荒々しく、けれど優しさを含んでつづはらさん――時雨さんに抱かれてから、もう二時間が経つ。料亭のすぐ横にある住み込みの寮。彼の小さな部屋。再会して、預かってもらっていた服を受け取り、返して、最後にちょっとしたおみやげを買って帰るはずだった。ほんの数分のつもりだったのに、気づけば彼の部屋に誘われ、軽い冗談のように始まったキスが止まらなくなって、そして今の私たちがいる。「もう帰るなんて嫌だよ……もっとさくらさんを知りたい」 その言葉に胸がちくりとする。こんなふうになるなら、もっと早く会っていればよかったのかな、と一瞬思う。でも、それは現実にはなかったこと。遠回りして、傷ついて、ようやく今ここにいる。 窓を打つ雨音がまた強くなった。重くのしかかるような低い音。私は無意識に眉を寄せる。やっぱり雨は苦手だ。心までじわじわと湿らせてくる。「雨、嫌いなんだよね?」「……うん」 口に出すと、気持ちがじわっと溢れそうになる。だから話題を変えるように、少し笑いながら尋ねてみた。「そういえば“しぐれ”って、時の雨で“時雨”でいいのよね?」「うん、そうだよ。変わってるでしょ」 彼は照れくさそうに笑った。「弟の名前にも“雨”がついてるんだ」 そうなんだ。名前に“雨”がつくなんて珍しい。雨が嫌いな私からしたらちょっと不思議だ。でも、彼の口から語られると、なんだかそれも特別なもののように思えてしまう。「じゃあ、時雨……くんは雨は好き?」「うーん……」 困った顔をしている。質問が重たかっただろうかと不安になる。「……まぁ、時と場合によるよね。頭は痛くなる時と、そうでもない時があるし」「私は嫌よ。嫌い」「すこぶる嫌いそうだな、恨みつらみありそう」 彼の軽口に少し救われる。けれど私は静かに言葉を落とした。「そうね……嫌なこと思い出すから」 時雨くんに抱かれているのに、前の夫のことがふと頭をよぎる。優しかったはずが一変した綾人。あの恐怖が、雨の日と一緒に蘇る。そんなの嫌だ。だから、私はぎゅっと彼を抱きしめた
Terakhir Diperbarui: 2025-09-24
Chapter: 番外編 第十八話
 休ませてもらった後、がっつり仕事をした。 生活のため、娘のため。ほとんど毎日のように出勤した。週に一度は必ず休まなければならなかったけど、その休みさえも「休んだ気がしない」。 頭の中は常に、次の仕事と生活のことばかりだった。 でも、今回の件で知った。休むことは、やっぱり大事なんだと。 この五年間、私はがむしゃらに走り続けてきた。無理をして、それでも前に進むしかなかった。だけど――無理をしていた自分に、ようやく気づけた。 新天地での仕事は緊張したけれど、いつも通りのパフォーマンスを心がけた。数日分の遅れを取り戻すつもりで。正直、体はしんどかった。 だけど、終えた後のあの高揚感――あぁ、気持ちいい。 性を解放する場でもあるのよね、この仕事は。「すごいです、さくらさん。チップも多くて……。でも、今から休憩して夜からの稼げる時間まで回復してくださいね」「ありがとう……」 今日の調子が良かったのは――廿原さんのことを考えていたから。普段は俳優やアイドルをイメージして気持ちを上げていたけど、今日は彼。思い出すだけで体が熱くなって、自然と笑顔になれた。 あぁ、やっぱり私はちょろい。 昔からそうだった。少し優しくされたり、親切にされると……すぐに惹かれてしまう。綾人の時も、そうだった。あの優しさを信じてしまったから。 彼とはあれから会っていない。もちろん連絡先も知らない。神奈川の事務長は勝手に戻っていたし……。 ――そうだ、服を取りに行かなくちゃ。 ほんの少し親切にされただけで、ここまで気持ちをかき乱される自分が情けない。私は両手で頬を挟み、パシッと軽く叩いた。「まずは休む、休む!」 言葉にしないと、また無理をしてしまう。そう、自分に言い聞かせるように。 そして、最終日。「本当にお疲れ様でした。無理をなさらず……またここに戻ってきてくださることを期待しています」 社交辞令かもしれない。鵜呑みにしてはいけない。この業界では、と心のどこかで思いながらも……頑張った自分を労ってもらえるのはやっぱり嬉しい。 ――そう、労いの言葉。それが綾人にはなかった。「こちらこそありがとうございました。サポートがあって、ここまで頑張れました」「……早く娘さんの高校、決まるといいですね」 ……あぁ、忘れていた。まだ高校からの連絡は来ていない。胸が重くなる
Terakhir Diperbarui: 2025-09-23
合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)

合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)

11月より本格スタートします!よろしくお願いします🙇!40歳童貞ダメダメSEの寧人と26歳配達員の一護。二人の出会いを描いたR18指定の作品です。 鳩森 寧人(はともりよしと)40歳 引きこもりネガティブSE、童貞。 パニック持ちの頼りないやつ。 菱 一護(ひしいちご)26歳 元美容師、オーナーであり現在フードジャンゴ社長。 裏ではメンズマッサージ店を経営していた。 ロン毛バリネコ。家事全般得意、お世話好き。 古田 倫悟(ふるたりんご)30歳 寧人の年上の上司で営業マン。バツイチ。 ドSと甘えん坊の二面性を持つ。 菱 頼知(ひし らいち)23歳 一護の異母兄弟。調子に乗りやすい。 人に好かれたい、甘え上手。
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Chapter: 番外編 第十六話
久方ぶりの営みが、この部屋の中でよかった——。寧人は、胸元で静かな寝息を立てる愛しい一護を見下ろしながら、そう思った。指先でそっと髪をかき上げ、天井へと視線を逃がす。一緒に暮らしているからこそ、慣れや仕事の疲れに紛れて、愛し合う時間がいつの間にか簡素になっていた。そのことを、今さらのように反省する。昨夜のように、何度も、急がず、優しく、甘く、確かめ合うように抱き合ったのは本当に久しぶりだった。きっと、こういう時間が必要だったのだ。愛する人の体温。規則正しい寝息。胸に伝わる鼓動。微かに残る香り。——この旅が終わり、また二人の日常に戻ったとしても。今夜のことを、忘れずにいよう。そう心に刻みながら、寧人は再び一護を抱き寄せ、静かに目を閉じた。「おはよう、寧人! 寧人社長!!!」「はうっ――っ!? ……いでっ……お、おは……」頬に走った衝撃で、寧人は変な声を上げて目を覚ました。反射的に体を起こそうとして、全身に鈍いだるさが走る。「あ……待っ、待って……それ、今やると……」「ほら見た。だから言ったでしょ、勢いよく起きるなって」横を見ると、すでに着替え終えた一護が、呆れ半分・心配半分の顔で髪を整えながら座っていた。「……今のさ、ビンタじゃなかったよね」「うん。最初は手のひら。でも全然起きないから」「櫛?」「櫛。最終手段」ひどい。そう思いながらも、否定できないのが悔しい。どうやら一度は目を覚ましたのに、そのまま見事に二度寝したらしい。「……体、重……」「そりゃそうだよ。昨夜あれだけやっといて、しかも何回も」「ちょ、それ言わなくていい……」「事実でしょ。自覚しなよ、いい歳した社長さん」キャンピングカーじゃない、きちんとした部屋。柔らかいマットレス。静かな朝。そのせいで、昨夜の余韻が余計に体に残っている気がする。「……提供でもらったマットレスも良かったけど、ここのも相当だな……」と、だるそうに言いながらも、目だけは完全に仕事モードに入る。「メーカー違うけど、大丈夫?」「大丈夫。ちゃんと把握してます」一護は即答する。「他の部屋には、提供いただいたザノッカスのマットレス使ってるところもあるから。そこも含めて、動画で説明する」「さすが……」「感心してる場合じゃない。ほら、さっさと起きる」「……腰が……」「自業自
Terakhir Diperbarui: 2026-01-30
Chapter: 番外編 第十五話
「まぁ、そういう関係ですよ」 さくらキャンパーの二人が帰り、キャンピングカー内での簡単なミーティング中。 ドラゴンがまるで天気の話でもするみたいに、さらっと言った。 あまりに雑な一言だったが、それだけで他の三人はだいたいを察する。 「既婚者だって分かってて付き合ってた。でもさ……陸斗さんの息子――宙社長の写真を見せてもらってさ。 かっこいいって言ったら、そこから嫉妬が始まったんだよ」 一息ついて、苦笑する。 「陸斗さんも十分イケメンだけど、亡くなった奥さんも美人でさ。 二人のいいとこ取り、って感じで宙社長はさらにイケメンで……」 「……なるほどね」 話を聞いていた一人が、間を置かずにまとめる。 「で、恋人の“息子”に目移りしたと思われて嫉妬されて、結果フラれた、と」 「違う!」 ドラゴンは即座に声を上げた。 「フラれてない! 嫉妬がひどすぎて……こっちから別れたんだ。 別れたくない、でも別れる、って……最悪な別れ方」 少しだけ視線を落とす。 「後になって分かった。あれ、向こうがわざと大喧嘩になるよう仕向けてたんだって。 俺に嫌われ役を押し付けて、綺麗に終わらせるために」 小さく、息を吐く。 「……結局さ、陸斗さんの方が一枚も二枚も上手だったってわけ。そっから美容師の仕事に力を入れようとしたところに一護と出会ったわけさ……」 ドラゴンは一護を見る。一護は知らなかった過去をフーンと聞いていた。 「まぁ過去は誰にでもある。知る、知らないは……プライベートのことだから踏み入れない方が良い」 と1人納得してるようだ。 寧人は立ち上がった。「よしよし。過去の話も全部聞けたし、俺はスッキリした! あとはゴールするだけだな!」「いや、それ完全に自分が一人で納得しただけだろ!」 三人から一斉に突っ込まれた。「でもさ、陸斗さんって当時も奥さんいなかったんでしょ? 宙社長も独身。どっちもフリーだよね。……まぁ宙社長はノンケだけど」 そう前置きしてから、寧人はずいっとドラゴンを見る。「やっぱり陸斗さんなんじゃないの? ドラちゃん」 ドラゴンは一瞬言葉に詰まり、耳まで赤くなった。「……そ、そうだけど。でもやっぱ無理だって」「不倫でもないしさ。陸斗さんだって、ドラちゃんのこと今も
Terakhir Diperbarui: 2026-01-29
Chapter: 番外編 第十四話
「社長! すいません……」 「いえいえ、こちらこそ……お返事がないまま押しかける形になってしまって」 二人の社長が同時に頭を下げ合う光景は、端から見ればどこか可笑しい。だが寧人はその様子を横目に流し、すぐに視線を逸らした。 ――ドラゴン。 さくらキャンパーの宙社長のすぐ後ろ、少し距離を取るように立っている。 向かい合う二人の社長を見ても、胸はざわつかない。スタート時に感じた、あの妙な引っかかりもない。 (……社長じゃない? じゃあ、社員の中に気まずい相手でもいるのか) その後も、さくらキャンパーのスタッフが何度か商品を運び、メンテナンスの確認に訪れたが、場の空気は終始穏やかだった。少なくとも、表面上は。 「いやいや、寧人くん。相変わらずよく動くね。中年の星だよ」 快活に笑ったのは宙社長の父、陸斗だった。寧人より十は年上のはずだが、日に焼けた肌と張りのある体つきのせいか、年齢を感じさせない。 「そんな……まだ中年ってほどでもないですよ」 そう前置きしてから、寧人は自然な流れで続けた。 「ここまで体が持つのも、彼のマッサージのおかげなんです」 視線を向けると、ドラゴンは一瞬だけこちらを見返し――すぐに目を伏せた。笑顔はなく、表情はわずかに硬い。 「ほう……」 陸斗は興味深そうに顎を撫でる。 「スタートの時、後ろの方で隠れてるみたいだったが……君が寧人くんの体を?」 その言葉に、ドラゴンの肩がほんのわずかに強張る。 寧人はその変化を、見逃さなかった。 (ははーん、まさかのまさか……宙社長じゃなくて……陸斗さんだったのかー) と思った矢先、一護も古田も確信していたようだ。 「なるほど……年上が好きだったから僕には靡かなかったんだ、ドラちゃん」 少し一護は鼻で笑った。だが年上すぎるのでは、寧人よりも上である。 「隠れなくてもわかることだったのに……でも今は落ち着いて立派な仕事しているようで何よりだよ」 「……まぁね」 気づけば2人の世界になっていた。 宙社長も何か知ってそうである。 「……息子も社長業をして数年になるからそろそろ僕も落ち着いて来たんだよね。僕もサイクリングでもしようかな、その時は君にマッサージしてもらおうかな。久しぶりに」 「……無理しないでくださ
Terakhir Diperbarui: 2026-01-29
Chapter: 番外編 第十三話
その頃、ドラゴンは―― 人影もまばらなサービスエリアの公園で、山並みをぼんやりと眺めていた。 風に揺れる木々を見ているうちに、思考は勝手に過去へと滑っていく。 一護と同じ記憶を辿っていたのかどうかは、本人にもわからない。 ただ、胸の奥が重くなって、息を吐くしかなかった。 そのため息が、答えの代わりだった。さてさてとキャンピングカーに戻ろうとするとクラクションが後ろから聞こえた。 ドラゴンは自分ではないと思い振り返らなかったがもう一回鳴った。 ようやく振り返ったドラゴン。 そこにあったものを見て彼は諦めたかのように、少し笑って言った。 「……しょうがないなぁ、もう……」 ※※※ キャンピングカーの中。 古田はすでに起きており、一護も編集作業をひと段落させていた。 寧人はマットの上で黙々とストレッチをしている。 あれから、もう一時間が経っていた。 「……ドラちゃん、いい加減帰ってこないかな」 ぽつりと零した一護の視線は、無意識にテーブルへ向かう。 そこには、ドラゴンのスマホが置き去りのままだった。 連絡が取れないことは、わかっている。それでも気になってしまう。 「まぁ、そのうち戻ってくるさ」 古田は軽く受け流すように言いながら、続けて寧人を見る。 「リン、今日のスケジュールは?」 「はい……えっと……あっ」 寧人の声が裏返る。 古田はスマホを覗き込み、目を見開いた。 「……しまった。寝過ぎた」 慌ててメールを開き、指を走らせる。 「寝てる間に来てたみたいだ。今、返す」 画面に表示されていたのは、さくらキャンパー広報からの連絡だった。 他の業務との兼ね合いで、依頼されていた商品の持ち込みが―― 予定より三時間、前倒しになるという内容である。 キャンピングカーの空気が、わずかに引き締まった。 「まぁ、焦ってもしょうがないよ。向こうも自分たちの都合だし、大丈夫ですよって言ってくれてるし」 そう言う一護に、古田はすぐ首を振った。 「いえ、社長。それが一番よくないです。 どれだけ関係が良好でも、信頼は積み重ねで、逆にミスも積み重なります。今回は……僕が寝てたせいですし……」 珍しく歯切れの悪い古田。 寧人はそこまで切迫感を持っていないが、その温度
Terakhir Diperbarui: 2026-01-28
Chapter: 番外編 第十二話
 編集ソフトのタイムラインを眺めながら、一護は無意識に指を止めていた。 ……何もいいことはない。 自分で言った言葉が、遅れて胸に返ってくる。視線が画面から外れ、意識が過去へ引きずられる。 ※※※ 忘れたはずの過去なのに……と一護はふと頭の中に過去がよぎった。 ドラゴンは一護が美容院とは別のビジネスで立ち上げたメンズエステ店の初期メンバーだった。美容学校卒業、美容師免許もあった彼だがマッサージの腕は確かで、口も達者で、客受けもいい。何よりよく笑った。 仕事終わり、店を閉めてから二人で飲みに行った。 最初は他愛ない愚痴と軽口だったのに、気づけば距離が縮んでいた。 若かった。二人とも……。 一護は社長として忙しく、外にもよく出ていた。人に囲まれ、酒の席も多く、誘いも断らなかった。 (僕は……好きだった、でも店をうまく切り盛りするためにって……言い訳か。でも若さが故に……あちこち手を出しすぎたり、世話好きがこうじてしまったんだ、ああ、これもいいわけだ) ドラゴンは「今日も遅いんだ?」 「ごめん。待っててね」そう言って頭を撫でれば、ドラゴンは笑った。 けれど、その笑顔が少しずつ薄くなっていくのに、気づかなかった。 あまりにも一護本位だった。 「俺のこと、好き?」 ある日そう聞かれて、一護は笑って返した。 「当たり前だろ」 それが、決定打だったのかもしれない。 欲しかったのは言葉じゃなかったのかもしれない。 「……もういい」 そう言ってドラゴンは離れた。責めることも、縋ることもせず、ただ静かに。一護は引き止めなかった。いや、引き止められなかった。社長としての自分、忙しさ、プライド。全部が邪魔をした。 ※※※ 一護は小さく息を吐く。宙社長がノンケなのは本当だ。イケメンである彼に少し口説いたことがあったのは確かだ。まだ彼が社長になる前だった。彼の父親に似て、とは思っていた。 (ドラちゃんが誰かを本気で好きになるとしたら) 一護は編集画面に戻る。ほんの一瞬だけ目を伏せてから、何事もなかったように作業を続けた。 (今さら過去を掘り返しても、遅い) そう言い聞かせながら。けれど胸の奥では、あの時ちゃんと愛せなかった自分が、まだ終わっていなかった。 ふぅ……とため息しか出ない。今
Terakhir Diperbarui: 2026-01-27
Chapter: 番外編 第十一話
昼。 今日は自転車旅はなく各自自由行動、という名目だったが、実際に外へ出たのはドラゴンだけだった。 キャンピングカーには、一護・古田・寧人の三人が残り、それぞれ仕事に追われている。 一護は編集作業、古田は運転席を倒して休憩、寧人はその横でスマホを弄っていた。 沈黙を破ったのは古田だった。 「……て、寧人。ドラちゃん探ってどうするの? しかも誘導、下手すぎ」 「すまん……。てか“下手”ってリンから言われるの久しぶりでゾクっと来るんだけど」 横たわったままの古田に向けてそう言うと、編集画面を見ていた一護が一瞬だけ顔を上げ、ちらりと二人を見た。 「……いや、ほんと。聞き出し方が雑だったね」 「まぁ、何かの流れで聞こうとしてるのは分かったけどさ」 「だよな……」 そう言って寧人は天井を見る。 少し間を置いて、古田がぽつりと続けた。 「……正直、僕も気になってるんだ。ドラちゃんがさくらキャンパーで何かあったのか」 「やっぱ元客と店員の関係だから、感じるもんある?」 「うーん……。普段あんなにオープンな人がさ、人に隠れるようなことしないでしょ。配信だって出たがりのはずなのに、今回だけ出ないってのがさ」 その言葉に、寧人も小さく頷く。 「確かに。スタッフが来るたびキョロキョロして、何もなかった顔して戻ってくることもあったな。でもその時、宙社長はいなかったし……」 「……まさか社長と何かあった、とか?」 「“何か”って……関係があったって意味か?」 寧人が言うと、古田は眉を寄せる。 「マッサージ店の常連なら、どこかで顔合わせてると思うけど。僕、彼を見たことないし」 二人がそのまま盛り上がり始める一方で、 一護はいつの間にかキーボードを叩く手を止めていた。 画面は見ているが、視線が定まっていない。 それに気づいた寧人が、少し言いづらそうに口を開く。 「……一護。元彼として、ドラちゃんのこと何か知ってるか? 宙社長と付き合ってたとか、そういうの」 一瞬、間が落ちる。 「……いくら元彼でも」 一護はゆっくり息を吸ってから言った。 「知らないことはたくさんあるよ。それに――宙社長はノンケだし!」 語気が強くなり、空気が張りつめる。 「ははん。一護、社長がノンケって知ってるんだ?」 古田がからかうように言う。 「まさか一
Terakhir Diperbarui: 2026-01-27
轢き逃げされたら猫に転生。美人妻が心配で成仏できません!

轢き逃げされたら猫に転生。美人妻が心配で成仏できません!

アラフォーの高校教師である主人公大島和樹は、突然の轢き逃げ事故で命を落としてしまう。 残されたのは最愛の妻と、学校や家族への心配事の数々。 未練たっぷりのまま目覚めると、なんと猫に転生していた! 猫としての生活に戸惑いながらも、新たな体で家族や周囲を見守る日々が始まる。 ※平日月から木曜日更新です🌕
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Chapter: 第五十一話 最終話
 その後、三葉は女の子を出産した。女の子だから、大島の生まれ変わりではないだろうと、三葉と倫典は笑いながら過ごしていた。念の為倉田や美守にも見てもらったがそうではないと言われてやはり違うわよね、と。あの時のことを思い出すこともあったが、それはもう過去のものとなり、三葉と倫典は穏やかな生活を送っていた。もちろん忘れたわけではないのは当たり前である。 スケキヨは大島が抜けた後、奇跡的に体調を取り戻しその後10年生きた。他の雌猫との間に子供ができた。  まさか、と思った三葉たちは子猫たちもみてもらうがそうではないと言われ笑った。「流石にもう猫はないんだろうなぁ、大島さん」「かもね……」 また三葉が抱えていた借金は、轢き逃げ犯からの慰謝料や和解金で賄われ、足りない分は倫典が補填した。 倫典は親戚のドラッグストアの社長となり、順調に経営を続けていた。三葉は、家族との時間を大切にしながら、子供、猫と共に心穏やかに過ごしていた。 そして、16年後。 由花は、剣道を始めていた。容姿は三葉に似ていて、おっとりした性格はどこか倫典に似ている。三葉たちは、穏やかに東京での生活を楽しんでいた。「倉田さんと今度ゴルフ行くから……ごめんね、週末」「いいわよ、大事なお友達じゃない。いってらっしゃい」 二人は仲睦まじい夫婦になった。三葉は大島と過ごした時と少し違うがその時とは完全に気持ちを切り替えている。 ある日、由花が家に同じ剣道部の修哉を招くことを決めた。修哉は少し背が高く、礼儀正しく、どこか控えめな印象を与える少年だった。 三葉と倫典は少し驚きながらも、温かく迎え入れた。「初めまして、高橋修哉です」 彼は静かに挨拶をした。「ようこそ、修哉くん」倫典は微笑みながら、修哉をリビングに案内した。「すいません、お手洗いをお借りしても」「うん、あっちですよ。台所の奥」 修哉が三葉のもとにやってきた。台所に立っていた三葉が修哉の気配を感じ、振り向く。手土産を持っていた。 三葉はしっかりした子だと感心する。「ありがとう、わざわざ。あ……お手洗いはあちらよ」 と三葉が指差すと、修哉はしばらく黙って彼女を見つめ、ゆっくりと口を開いた。「……三葉」 彼はそう言うと、彼女に向かって微笑んだ。 その微笑みには、どこか懐かしさが感じられた。三葉はその笑顔に見
Terakhir Diperbarui: 2026-04-11
Chapter: 第五十話 倉田という男
『……?』 スケキヨは再び目を開けると目の前には横たわるスケキヨがいた。『え? どういうことだ? ……す、スケキヨ!!! 起きろ!!!!』 だが声をかけても聞こえていないようだ。 次の瞬間「大丈夫です、まだ生きていますから」 と後ろから聞こえたのは倉田。黒いスーツを着て歩いてきた。 それと同時にスケキヨは大きな欠伸をしてまた寝た。 そう、寝ているだけである。『これはどういうことだ! 倉田さん』 スケキヨ、でなく大島は倉田を見るとしっかりと倉田は目を合わせてきた。  少し恐ろしさを感じる瞳だ。『ここはどこだ。病院……か。三葉たちは?』「三葉さん、またショックで倒れて……切迫流産しかけててすぐ近くの産婦人科に運ばれて。みんなあっちへ」 『三葉……三葉……流産……』 実のところ一度三葉は流産したことがあったのだ。「多分安静にしていれば良いでしょう……心配なさらず」 と倉田は寝ているスケキヨを撫でた。「あなたはスケキヨに転生しましたが……適応せず……このままでは栄養失調で死ぬところでした。だからあなたをスケキヨから抜きました。あ、怪我は関係ないので……少しずつ治るでしょう」『抜く? え? てか生まれ変わりならこれは俺だろ?』「ですけども生まれ変わりというよりもスケキヨに乗り移った、と言った方が早いでしょう」『……どういうことだよ。もし可能な限りスケキヨとして三葉たちのそばにいたいのに』「……未練たらたらだな」『中にいるのは俺じゃなくてなんなんだよ』「奥に眠っていたスケキヨです。彼も記憶を共有していますのでしばらくしたら慣れるでしょう」『……まじかよ、これは俺じゃなかった……?』 大島は今の自分の体を確かめようとしたがそれができない。ただ存在自体はあり見える、聞こえる、話せるくらいである。『じゃあこれはいったい……』「人魂の状態ですね。私とだからこうして話すのとかできる。美守くんもね」『人魂……』「私がいるから喋られると思ってください。喋るというか念という概念ですが」 その言葉はとても不気味さを感じられる。がそれよりも……。「あなたは一体……ただの社長じゃない……あっ」 言ってるうちに思い出したのだ。 美守が倉田を見て怯えていたことを。『……』「あまり詮索するとダメですよ。こうして私と話せてる、とい
Terakhir Diperbarui: 2026-04-11
Chapter: 第四十九話 さいご
 警察が到着した頃、部屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。三葉は毛布で包まれ、倫典に抱きしめられている。その腕の中にはスケキヨ。「……なんだ、こりゃ……」 警察官が呆然と声を漏らす。部屋中の引き出しが開けられ、物が散乱しているが、特に異様なのは和室だ。 そこには大きい体に亀甲縛りで仰向けにぎっちぎちに縛られた泥棒が、泡を吹きながら失神している。「泥棒が暴れたので……彼女が縛ってくれました」 倫典が困惑気味に説明する。 彼自身も三葉が強盗をいとも簡単に亀甲縛りにしてしまうとは想像しておらず、その技量に驚いていた。 三葉は疲弊した表情をしているが、縛っていた時の彼女の顔は、倫典やスケキヨが愕然とするほど狂気に満ちており、どこか艶かしい雰囲気さえ漂わせていた。『三葉……なんでそんな縛り方を知ってるんだよ……』 スケキヨがそう思った時には、すでに泥棒は気絶し、微動だにしていなかった。「それよりも、倫典くん、病院に行かないと……さっき泥棒にやられてたじゃない!」 三葉が心配そうに言う。「これくらい、平気だ……うっ……」 倫典の右腕が鋭く痛み、そばにいた警察官が慌てて支えた。「三葉さんのほうを先に見てやってください! 彼女は……」 スケキヨが三葉に寄り添いながら訴えるが、そこで倫典が口を開いた。「彼女、妊娠してるんです」『……えっ!?』 スケキヨが驚き、三葉も静かに頷く。「ここでは冷えるし、体を休めないと……どこか具合が悪いところはありませんか?」 警察官も気遣いの声をかけるが、三葉はスケキヨを抱いたまま動こうとしない。「吐き気と眩暈が少し……でも……スケキヨを……この子、もともと持病もあってなおかつ泥棒に蹴られて……」 三葉が腕の中のスケキヨを見下ろした。その瞬間、彼女の顔が青ざめた。「……スケキヨ……?」 何かがおかしい。スケキヨの体は微動だにせず、その胸も上下していなかった。「スケキヨがおかしいの……!」 三葉の声が震え、倫典もスケキヨの体に手を伸ばす。『……妊娠してたんだな、三葉』「嘘だろ……スケキヨ……」 倫典が低く呟いた時、三葉の手からスケキヨの体温が急速に失われていくのがわかった。「お願い……目を開けて……スケキヨ……!」 三葉は震える手でスケキヨを揺さぶったが……返答はなかった。 その後、それぞれ
Terakhir Diperbarui: 2026-04-10
Chapter: 第四十八話 誰だ!
 この音に気づいたのはまずスケキヨだった。『ん、なんだ……』 他の二人は全く気づかない。『まだ聞こえる。おれには聞こえるぞ』 スケキヨは耳をピンと立て、小さな唸り声をあげる。スケキヨとして転生したおかげで耳が人間の時よりも良いことに気づいた。 三葉、隣の布団でぐっすりと寝ている倫典もまた、日頃の疲れから深い眠りに落ちていた。 スケキヨは寒い中暖かい布団から出て忍び足で立ち上がり、今いる和室の襖を開けて音のする台所に向かった。 そこで耳を澄ませると冷蔵庫を開ける音。そして食べ物を下品に音を立てて食べている音。 スケキヨが低い声で威嚇するように唸り始めたその瞬間、三葉が目を覚まして襖が開いていることに気づいて部屋から出てきたのだ。「スケキヨ、どうしたの?」 『三葉、なんで起きてきた! 倫典は?!』 もちろんその言葉は届かない。スケキヨが真夜中のひんやりとした中で立ち尽くしていることに違和感を感じていたところに台所からまた音が。「……何?」 台所の奥に進んでいく。スケキヨは『やめろ!』 と止めにはいるが遅かった。 そこで三葉が見たのは、暗闇の中で動く人影だった。 背は低いが体格の良いスキンヘッドの男が、冷蔵庫の中身を取り出してむしゃむしゃと食べていたのだ。 三葉は息を呑んだ。「……誰……?」 その声にスキンヘッドの男がピタリと動きを止め、三葉を睨みつけた。「黙っていろ。騒ぐとどうなるかわかってるだろうな」 三葉はその時、先日警察署に行った際にマンション強盗に気をつけるようにと言われたことを思い出した。 まさか自分の部屋にも……と。 スケキヨが男の足元に飛びかかろうとするが、三葉はすぐにそれを制止する。「スケキヨ、だめ!」 だが男は気にする様子もなく、部屋を物色し始める。引き出しを開け、棚を漁る音が響く。「金目の物はどこだ?」 男が荒々しい声で問いかけるが、三葉は震えながら首を横に振る。「……そんなもの、ない……」 事実、大島の遺品でかろうじて価値がついたものは売って借金の足しにした。 男の目が鋭く光った。「お金ないならおまえさんの体、いいなぁ……胸も大きい……やばい」 三葉は胸の辺りを両手で隠す。 泥棒が三葉に向かって一歩踏み出したその時、布団がガサリと音を立てた。そして襖越しから「……三葉?」 倫
Terakhir Diperbarui: 2026-04-09
Chapter: 第四十七話 つけ
 それから二ヶ月後。 三葉の家に足繁く倫典は泊まっている。翌週にはここに引っ越すという。荷物も来るたび置かれてすっかりここの住人になっている倫典。 三葉と和樹がいた寝室は物置になり、仏壇のある和室に布団を敷いて寝る形になった。 スケキヨは自分の遺骨のある仏壇のある部屋でよくもまぁいちゃつくなぁと思いつつ。 二人は着実に愛を育んでいた。大島とは違って積極的に家事をする倫典。スケキヨの世話もしっかりしてくれて感心するばかりだ。「スケキヨ……また残したのかい」 以前から食べていた病院推奨のキャットフードは喉が通らない。下痢も酷くしんどい。その世話も倫典がしてくれる。 それはさておきベタベタに愛し合ってる二人はつい先日スケキヨに大島がいるということをすっかりなかったかのようであった。 しかも三葉は「あのすけべさんが彩子さんと何もなかったなんて絶対ないわ。私は下手に騒がないだけよ」 と倫典と話をしていてひどく項垂れた。やはり女の勘は怖い……もう弁明することもできないものだろうか。『ああ、しましたよ。そのツケが来てるんだな』 彩子との関係を認めざるおえなかったがそれは伝えられないが。 どうやら美帆子から連絡あったみたいで美守があれからかなり体力を使ったようで熱が出てしまったようである。 なのでやはりしばらくはやめよう、と三葉は思ったらしい。 これは申し訳ない……スケキヨはそう思うが連日寝不足のスケキヨも昼寝ばかりしている。食欲もない。調子が悪い。 二人がそのような関係になる前から実は調子良くなかった。 キャットフードが受け付けられなかったときに選り好みをしていた際に栄養失調になったことも影響があるのかもしれない、なんて思っていた。 まぁまだスケキヨは若い、また治療すればよくなるだろうなんて思っていたのだが。「やっぱり調子悪いのかなぁ……」 と三葉がつぶやき、スケキヨを抱きかかえながら病院へ向かう。もう慣れたかのように倫典の車に乗り込む三葉。 倫典はその横で、「食欲が落ちてきて、ちょっと元気がないって言ってましたもんね。心配ですね」 と心配そうに言った。 三葉はスケキヨをしっかりと抱えながら、顔を覗き込む。「スケキヨ、また元気ないの? どうしちゃったんだろうね……」 スケキヨは少ししょんぼりとした様子で、小さく「ニャー」 
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Chapter: 第四十六話 天国と地獄
 静まり返った部屋。ソファーには三葉が座り、彼女の腿の上にはスケキヨが丸くなっていた。三葉の手は優しく猫の頭を撫でている。その仕草を見ていると、スケキヨは少しほっとしたような気分になる。『よしよし……今日は三葉も少し元気そうだな。倫典も役に立つ時が来たかもな』 スケキヨは微睡みながらも、耳をピクピク動かして気配を探っていると、倫典が台所から戻ってきた。二人分のコーヒーを持って、そっと三葉に声をかける。「三葉さん、今日はお疲れさまでした。コーヒー、どうぞ」「ありがとう……」 三葉は受け取ったカップを両手で包み、コーヒーの香りを吸い込んだ。倫典は隣に腰を下ろし、彼女の様子を伺うようにちらりと横顔を見た。「三葉さん……和樹さんのこと、少し信じられましたか?」 三葉は少し考え込み、スケキヨの背を撫でながら答えた。「信じたいと思う気持ちはあるわ。でも、聞いて思ったの。もし和樹さんが本当にスケキヨの中にいるのなら……もっと話したいこと、聞きたいことが山ほどあるのに」 倫典は真剣な表情で頷きながら、彼女の言葉に耳を傾けた。「そうですよね。でも、今日みたいに話せる時間がまたあったらなぁって」「でも美守くんも大変よね……まだ小学生なのに酷なことしたわ」「そうですね……そう思うともういいかなぁって」 三葉と頷く。スケキヨはそれを聞いてぴくっと動いた。優しく頭を撫でる。「スケキヨ……和樹さんいるのかなぁ」「いた方がいいです?」「んー、正直言ってあまり信じないけどね」 と笑った。倫典もだ。『え、信じてたんじゃ?』「にしても今日もまた戻ってくるとは思ったわ。忘れ物か何かで」「忘れ物はしませんでしたよ。ただ二人きりになりたくて……戻ってきました」 倫典はどことなく真剣な眼差しで三葉を見てる。「あら、倫典くん……どことなくすごく真剣」「僕だって時には真剣になります」「そうね、真剣な時もないと」 という2人の取り止めのない会話を聞かされてスケキヨはこの場から立ち去るかどうか悩んでいる。『倫典、いい加減に言っちゃいなよ。倉田いないんだからグイグイいけよ』 とジッと倫典を見ると一瞬彼と目が合った。そして倫典はまた三葉を見た。「三葉さん。倉田さんと僕、どっちがいいですか?」『よし来た!』 突然の質問に、三葉は驚いたように彼を見た。「どっちっ
Terakhir Diperbarui: 2026-04-07
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