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last update Date de publication: 2025-11-04 06:52:17

 アルトはもちろん、シルフィも子供らしい好奇心に勝てなかった。

 なぜ母の話が秘密なのか、理解していなかったせいもある。

「よし、シルフィ、行こうぜ!」

 アルトは持ち前の度胸を発揮して、シルフィの手を引きながら大人たちの間をすり抜けた。最前列に出る。

「あれが、夏空の王様……」

「かっこいい!」

 白馬に乗るアレクの姿は堂々としていて、国王の威風が感じられた。

 双子は目を輝かせて、王の姿を見上げた。

 アレクの視線が、小さな双子を捉える。

 彼の中で時が止まった。

 腹に響くような歓声も、鳴り響く音楽隊の演奏も、全てが遠のいていく。他の全てのものが色を失って、アレクを見上げている二人の子どもたちだけが鮮明に映った。

 子どもたちは見知った色をしていた。

 男の子の髪は想い人の金。瞳は夏空の青。

 女の子の髪はアレクによく似た銀。瞳は愛する人の深緑。
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  • 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す   26:置き手紙

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  • 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す   28:王子の誓い

     深緑の森はアレクの悲痛な叫びを吸い込んで、いつも通りの静けさに戻った。 晩夏の真昼の陽光は、まるで何もなかったかのように明るく降り注いでいる。 アレクはエリアーリアの置き手紙を強く握りしめたまま、小屋の前に立ち尽くしていた。(エリアーリア……どうして……) 絶望が心に押し寄せる。心臓を抉られるような喪失感が、彼を襲った。『どうか、幸せに』 手紙の最後の一文が、今は呪いのように感じられた。(幸せになど、なれるものか。君がいない世界

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  • 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す   20:最後の手段

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    last updateDernière mise à jour : 2026-03-18
  • 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す   19:夏の散策3

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    last updateDernière mise à jour : 2026-03-18
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