Mag-log in「ただ愛した、祝福を受けられない世界で、それでも結ばれたいと願った」 アムース子爵家の長女だった母親は、ディマルテ男爵家の跡取りと婚約していたが、結婚を目前に控えていた中で不義の子を宿し、破談となり勘当された。 母親は不義の相手を隠していたが......産まれた子である娘のミモレヴィーテが、 皇家の血を受け継いだ者でしか顕現させられない力を発現させた事により、 侯爵家の後妻として娘と共に迎えられた。 聖女の魅了。妖精王さえも魅了する力を持ったミモレヴィーテは、聖女としての人生を歩み始め、働きを求められ、しかし聖女は子を孕み産むと聖神力を損ねるため結婚は許されない。 だが、ミモレヴィーテには運命に背く願いがあった。 背信、謀略、思惑、欲望、それらの渦巻く世界で翻弄されながらミモレヴィーテは……。
view more双子に対するお父様の溺愛は半端なものではなかった。乳母の他に赤ちゃんに慣れた専属メイドを雇い入れ、本邸のお父様とお母さんの部屋の隣に赤ちゃん専用のお部屋まで整えさせた。名前はお父様が考え、男の子にはガレスと、女の子には二二アンと名づけられた。早産だったにもかかわらず二人の生育は順調で、お父様が喜ばれるのでお屋敷では使用人にさえ笑顔が増えた。ガネーシャ様もブリジット様も、私相手になら皮肉や嫌味も言えようが、まだ何も分からない非力な赤ちゃんには手の出しようもない。表向きには赤ちゃんを新たな弟妹として歓迎し、お父様の意向に従っていた。そこで溜まる鬱憤は私へと向かうのも仕方ないかもしれない。我が子を生んでくれたお母さんを、お父様が殊更大事にするようになった事も相まって、ガネーシャ様もブリジット様も私にちくちくと尖った言葉を放ってくるのがエスカレートしていた。しかし、お父様にとって私は利用価値ある、次の代の聖女候補として揺るがないものを持っている。それは、ある夜の晩餐でも明らかにされた。お父様が、回復してきたお母さんを交えて久しぶりに全員揃った晩餐で私に言ったのだ。「ミモレヴィーテ、当代の聖女様もお年を召してお力の衰えが見えてきた。お前を次の代の聖女として陛下もお認めの意向を示されておられる。そこで、貴族向けの新聞にお前が紹介される事となった。広く知れ渡る事になるのだから、心を新たに一層励みなさい」精霊達との得がたい契約を交わしているとはいえ、私は17歳のデビュタントもまだ先の、14歳にしかならない子供だ。それが、貴族に向けて──ひいては国に次の聖女として認識されるようになる?私は臆したが、聖女様からの教えも受けている身だ。いずれ避けられない道でもあったのだろう。「……はい、お父様。聖女様からも努めて学ぶように致します」従順に答える私に、お父様は満足げに頷いた。ガネーシャ様とブリジット様はにこやかに祝う素振りで私の出自を元に嫌味を言うのを忘れない。「ミモレヴィーテは、既に貴族により統治される事で生きられた平民ではないからな。より貴族らしく、気高く民に分け与える事も覚えるべきだろう」「そうですわね、ミモレヴィーテお姉様もガラント侯爵家の令嬢として恥ずかしくない振る舞いを更に身につけるべきですわ。いまだに己の専属メイドへ丁寧語でお話しだとか。上に立つ者とし
──月日が経つのは早いもので、聖女様がお住まいになられる皇城内部の神聖宮で、お茶会にお呼ばれしてお話しするようになって、もう数か月が経った。初めのうちこそ縮こまって聖女様のお話しする事を聞き、忘れる事のないようにとばかり考えて余裕もなかったけれど、聖女様がとても柔和に接して下さるので、緊張は堅苦しさを解いてゆくようになった。お茶会の場は神聖宮のお庭か応接室で、今日はお天気が良いからとお庭で開かれている。応接室はどことなく閉塞感があるので、開放的なお庭でのお茶会はありがたかった。芝生は青々として艶があり、植栽も様々な草木や花が調和を成すように計算されていて上品でありながら落ち着く空気を醸し出している。「ミモレヴィーテ様、聖女という者は求められれば、どこにでも赴きます。──たとえ戦地であっても」「戦地にも……危険な場所ですよね?」私はそこを想像してみた。飛び交う怒号、流れる血、生命の奪い合い──戦争を知らない私にとって、それは漠然としていて、ただ戦争というものは恐ろしくて多くの犠牲を伴うとしか分からなかった。「私は精霊様達によって護られますので護衛は必要ございませんのよ。野戦病院にて運ばれてくる方々の癒しに集中するのみでしたわ……あれは、まだミモレヴィーテ様がお生まれになる前の戦でしたわね。今でこそ平定されて、国は平和を享受しておりますが」「そうなのですね……」「例えば上級精霊様達ならば、空間を丸ごと固定して、その場にいる全ての人を癒せますわ。それ程のお力をお持ちなのですよ」「……凄いです……」聖女様とお話ししていると、常に自分が精霊達によって恵まれていると思わせられる。そこに押しつけがましさはなく、むしろ聖女様からの憧憬を感じていた。「──さて、本日はここまでに致しましょうか。日が暮れるまでにご帰宅なされないとミモレヴィーテ様の父君様がご心配されますもの。父君様には、血の繋がりこそございませんけれど……大切にして頂けておりますか?」「……はい、それは……不思議な程大切にされております。私が精霊さん達と自由に集えるようにお庭まで整えて下さって……その上お部屋も別棟で一番広いお部屋を使えるように調度を揃えて下さったのです」「それは良かったですわ。そう言えば、母君様もそろそろ産み月でしたわね。お身体は健やかに保てておられますか?」「はい、初めは悪
しばらく馬車に乗っていると、見える景色が街並みから一転して、そびえ立つ城壁の続く道になった。これ程高さのある頑丈そうな壁を、どうやって建てたのだろうと思っているうちに、城門へと向かい検閲を受けて許可がおり、内部へと進められる。皇城はあまりにも広大で、侯爵家のお屋敷を初めて見た時でさえ大きさに驚いたものだったが、その比ではない。しかも舗装された道の石畳、両脇に植えられた色とりどりの植物、全てが入念に手入れされていると素人目にも分かる。そこを進むと、宮殿の入り口付近に馬車は止まった。ここからは降りて歩いてゆく事になるらしい。宮殿もまた見事に磨き上げられていて、例えば侯爵家のお屋敷が豪奢と言うならば、お城はまさに荘厳と言うにふさわしい。何気なく飾られている装飾品ひとつをとっても重々しく歴史を感じさせる。華美に走らずして、ここまで美しく仕上げられる皇城の差配に私は半ばぽかんとしながら案内の者に従って歩を進めた。もっとも、かしこまりはしても圧倒されて恐れるような事はなかった。精霊達が傍にいてくれているのが気配から伝わってくるので、私はそれを心強く思いながら毅然と歩けていた。ほんの数か月前までは荒ら屋ばかりの下町に馴染んでいたのに、まさか皇城の中を歩く日が来るとは、本当に人の運命は分からない。長い廊下を歩み、重厚な扉の前に立つ。案内の者が「こちらで国王陛下と皇后陛下がお待ちです」と告げた。騎士なのか衛兵なのか、四人がかりで扉が開かれる。広間の先に階段があり、その頂に玉座が見えた。「──そなたが話に聞いた者か。近う来るがよい」「……はい」国王陛下が厳かにお言葉を下さる。促されて私は頷き、静々と足音をたてないように歩いて広間に入って、玉座に向かって練習を重ねたカーテシーをし、口上を述べる。相手は王様とお后様だ、緊張するなという方が無理だが、それでも今まで練習でしてきたどんなお辞儀よりも無理なく出来たカーテシーに勢いを貰えた。「この国の輝ける太陽である国王陛下と、寄り添う満月である皇后陛下に、初めてお目にかかりご挨拶申し上げます。ガラント侯爵家が長女、ガラント・ミモレヴィーテと申します」「よろしい、面を上げよ」「はい」「……ふむ」そっと顔を上げると、国王陛下と皇后陛下が私の何かを意味深な眼差しで見つめてきた。気がつけば、皇后陛下の斜め後ろには下町でお声をか
……そして、深く沈む夜の眠りの果てに、私の世界は急にひらけた。温度のないクリームのような世界に立ち尽くし、辺りを見渡す。私は眠りに就いた時のまま、シュミーズドレスを着ていて、胸許にはショーターから貰ったペンダントが輝いていた。そのペンダントが熱い。波及するかの如く、全身を巡る血が熱くなる。私は自身を放熱させ、遠くから誰かが呼ばうのを感じてとり、熱に浮かされながら叫んだ。「──私を呼ばう者よ、来たれ。私はここにいる!」普段からは考えられない自分の言葉遣いだった。なのに、するりと口をついて飛び出した。声は波を起こし、不可思議な世界の向こうに何かを見た──次の瞬間には、目の前に「彼ら」が立っていた。彼らは六人の異形だった。アポロデス様の至高の美しさにこそ及ばないものの、六人の誰もがはっと息を呑む程に神々しい美しさで、羽の色や形から天使ではなく精霊達だと分かる。圧倒される存在感があり、だけど私は心の奥で昂陽していた。一人が「精霊王様のお導きにより、アーティファクトとミモレヴィーテ様のお力が馴染んだ今宵に馳せ参じました」と告げた。「アーティファクト……?」「そちらのペンダントでございます。贈り主はそれと気づいてはおりませんでしたが……これは、精霊との親和力が抜きん出て優れた方にしか有効には使えない品でございます。──申し遅れました、私は光の上級精霊、白銀の光と申します」名前の通り銀色に輝く光の粒子をまとう、白銀の光と名乗った精霊の言葉を皮切りに、他の精霊達も続けて名乗り始めた。「私は闇の上級精霊、漆黒の夜と申します」漆黒の夜は、新月の夜のような闇色の髪に瞳、まとう粒子も鈍色に光っている。状況が把握出来ないままに、精霊達が次々と口を開いてゆく。「私は風の上級精霊、空を護る者でございます」澄んだ青空を思わせる清々しいような美貌の精霊が、淡い雲みたいな粒子を、己の身に寄り添う風に任せながら、そう名乗った。「私は地の上級精霊、大地を統べる者でございます」空想上の精霊樹を連想させる雰囲気の、新緑色に光る粒子を放つ精霊が低めの重く落ち着いた声で名乗る。その声は重くとも心地よい。「私は水の上級精霊、生命を繋ぐ者でございます」透き通るような肌に、静かな湖を思わせる色が乗った精霊は名乗ると同時に、熱を帯びている私の頬をついと撫でてきた。ふっと、それまで暴れそうだ
「──さ、ミモレヴィーテ様。こちらでございます」マルタに案内された浴室は汚れひとつなく磨き上げられていて、大きな白い浴槽からは柔らかい湯気が立ちのぼっていた。ほのかに、ハーブのものらしき優しい香りが漂ってくる。着ていた服を脱がされてタオルを纏い、──服を脱ぐだけでもマルタは手伝うと言ってきて、私は自分で脱げますからと必死に抵抗したものの聞き入れてもらえなかった──浴槽へと促され、恐る恐る張られたお湯へと足を浸けてゆく。ぬるくも熱くもない温度は幼子が母から受ける抱擁のように温かい。浴槽に足を浸けて立ち尽くし、どうすればいいのか分からずに戸惑っていると、マルタがやんわりと「腰をおろして足を
馬車に揺られて連れて来られたお屋敷は、豪奢の一言に尽きた。侯爵様が言っていた別棟でさえも、真っ白な建物は日射しを受けて輝くようで、案内されたお部屋もまた、日当たりが良く内壁だけでなく置かれた家具や敷かれた絨毯までもが、見たこともない高級なもので私はひどく気後れした。町では煤けてくすんだ建物ばかりで、私達母娘も同様の家に住んでいたのだ。すきま風が吹き込む部屋で固い椅子とベッドに慣れていた身としては分不相応にも程がある。見たところ、このお部屋のソファーもベッドもゆったりと大きく、てっきり使用人の人達が休むようなお部屋に案内されると思っていた私には、まるでお嬢様扱いでもされているかのような待遇に恐
「ミモレ、こっちだよ、早く!」「おばさん、お母さんは怪我してるの?! 助かるの?!」「それが……ああ、ここだよ!──ちょいとどいとくれ、娘が来たんだよ!」息を切らしながら駆けつけた町中の通りでは、豪奢な馬車が停まっていて、その前に人だかりが出来ていた。家族である私が来たと知った人たちは脇に退いて、狭いながらも母への通り道を作ってくれる。考えたくなかった恐ろしいありさまが垣間見え、心臓を搾られる思いで駆け寄り──血まみれになって倒れている母の姿を目の当たりにした。「お母さん、お母さん! 私よ、ミモレよ!──お母さん!」「救済院に運べば聖女様が癒して下さるはずだろ!」「駄目だ
この世界は、世界と人間のみならず全ての生き物を豊かにする精霊で満ちている。豊穣をもたらし、生き物を癒し、豊かな自然を守る。それは、天からの恵みであり、神が世界を慈愛でもって祝福している証だとされていた。私、ミモレヴィーテは物心つく頃には世界に存在するあまたの精霊達が見えていた。精霊達は友好的で、私の事を気にかけて時には励まし時には一緒に遊んでくれた。だからこそ、唯一の家族である母親が早朝から夜中まで働いていた為に独りで過ごす時間が長くても我慢出来た。一度だけ、幼かった私は母親に精霊達を精霊と知らぬまま「可愛いお友達がいる」と話した事があった。飴細工かステンドグラスのような繊細で美しい