木漏れ日が、幾重にも重なる葉の隙間から降り注ぎ、苔むした地面に光のまだら模様を描いている。 深緑の魔女エリアーリアの住む森は、今日も静寂に満ちていた。百年の時を生きる彼女にとって、この変わり映えのしない平穏こそが日常だった。 蔦の絡まる小さな小屋の前、年季の入った木製の椅子に腰掛けて、手元のカップに口をつける。 鼻腔をくすぐるのは、カモミールの柔らかな甘さと、数種類のハーブが織りなす爽やかな香り。遠くで聞こえる山鳩の鳴き声と、頬を撫でる風の涼やかさが心地よい。 春の森を吹き渡る風が、彼女の長い金の髪を揺らした。森に降る木漏れ日そのもののような、淡い金の髪。 肌は白磁のように白く美しく、汚れ一つない。伏せがちな長い金の睫毛に彩られたのは、森の深緑そのものの色。 ここは魔女の森。人の手の届かない、神秘の領域。(今日も変わりない。それでいい。それがいいの……) いずれ自らの魂と魔力がこの森の一部となり、世界を支える力となる「大いなる還元」。それこそが魔女の宿命であり、存在意義でもある。 その時が来るまでこの穏やかな時間は続く。エリアーリアは、運命を静かに受け入れていた。 ふと。視界の隅にある若木の葉先が、力なく萎れていることに気がついた。 エリアーリアはカップを切り株のテーブルに置いて、音もなく立ち上がる。彼女の素足が触れる苔は、しっとりと柔らかい。 若木のそばに屈み込み、そっと指先を伸ばした。白い指が葉に触れた瞬間、淡い緑の光が走る。萎れていた葉先は見る間に瑞々しさを取り戻した。「大丈夫。もう喉は渇かないでしょう」 幼子に語りかけるような、穏やかな声。 生命と植物を司る「深緑の魔女」。この森は彼女の庭であり、彼女自身そのものだった。 ◇ いつも通り穏やかな午後の静寂は、唐突に破られた。 若木から手を離した瞬間、不快な魔力の揺らぎが森全体を走ったのだ。 くらりと軽い目眩を覚える。森に施している結界が、無理にこじ開けられたとエリアーリアは察した。(……何かしら) 静かに凪いでいたはずの心に、小さなさざ波が経つ。魔女として生きたこの百年、このような乱暴な侵入者は存在しなかった。 ただの迷い人であれば、このようなことにはならない。誰かが明確な意志で、森の護りを突破したのだ。
Terakhir Diperbarui : 2025-09-16 Baca selengkapnya