LOGIN召喚獣と真に心を通わせた者だけが身に纏う鎧を聖衣《ドレス》というんだ! VRが革新的な発展を遂げた西暦2125年。 それはVRMMOにも絶大な進化を及ぼしていた。 Vivid Arcadia Online VAOと呼ばれる人気VRMMOを楽しむのが日課の一色和士(イッシキ ナギト)もまたその一人だった。 メインキャラ(男キャラ)をやり込んだので、今度はサブキャラ(女性キャラ)でこれまでと違ったプレイを楽しんでいたらとんでもない事態に!? 大変なことに巻き込まれながらも前向きに楽しんでいく、 マイペースでポジティヴシンキングなゲーム内ライフ、スタートです!
View More今や、誰もが満員電車に揺られる必要はない。国が支給する専用のVR端末とネット環境さえあれば、学校も職場も、すべて仮想空間の中に存在する。
授業も会議もログインひとつ。人々は通勤の苦痛から解放され、タイムパフォーマンスという言葉が新たな価値になった。
もちろん、いいことばかりではない。交通機関の利用者は激減し、現実の商業施設や観光業は軒並み打撃を受けた。
それでも、誰もこの便利さを手放せなかった。——現実(リアル)なんて、ログインすれば事足りる。
そうした新時代を、誰よりも自然に受け入れている青年がいた。現在大学生活を謳歌する、
朝起きて端末を装着し、仮想キャンパスにログイン。授業を受け、サークルの仲間たちと会話し、放課後には少しゲームをする。
実際に外へ出るのは、アルバイトかスポーツをするときくらいだった。だからこそ、現実の空気を吸うたびに「懐かしい」と思う。VRの生活が当たり前になりすぎていた。
——いや、もしかしたら、彼にとって現実のほうが“逃避”だったのかもしれない。
和士には、忘れられない過去がある。
幼いころは海外で育ち、父は一流のサッカー選手だった。しかし、突然の事故で父を失い、母と共に日本へ帰国。その母も心の傷から立ち直れず、早くに亡くなってしまった。
それでも和士は、父の背中を追ってサッカーに打ち込み続けた。ユース日本代表に選ばれるほどの有望株。
けれど——試合中の事故で膝と足首を壊した。
何度も手術を受けたが、元の動きは戻らなかった。夢は潰えた。十代の終わりにして、世界から取り残されたような気分になった。
そんな和士を救ったのが、友人の一言だった。
「まあ、息抜きだと思ってやってみろよ。面白いからさ」
そう言われて始めたのが、ファンタジーVRMMORPG、
最初はただの暇つぶしだった。
だが、初めて体験する“もう一つの現実”は、あまりにも鮮烈だった。
広大な世界、美しい景色、そして数えきれないほどの冒険者たち。
和士は夢中になった。サッカーで失った「戦う感覚」を、再び手に入れた気がした。VAOが、正しくVividな鮮やかで、Arcadiaの楽園のような体験をOnlineで和士に提供してくれたのである。
学業はしっかりと好成績で修めていたので、志望校への合格は問題なかった。それ以外の時間、これまでの怪我で夢破れた鬱屈とした気分を晴らす様にVAOの世界にのめり込んだ。サッカー以外で夢中になったのはこれが初めてだった和士が廃人の様にネトゲにはまるのは仕方なかったのかもしれない。フルダイヴの中で自由に動けて自由な目的を目指すプレイが和士には実に充足感に満ちていたのである。数年でトップランカーにまで肩を並べるほどにやり込んだ。
だがVAOにはこれまでのVRMMOにはない、独特のシステムがあった。通常はレベルを上げて行けばスキルやアビリティなど、スキルポイント等を振り分けて職業ごとに見合った能力が手に入るのだが、VAOにはこれといった定番のシステムが存在しないのである。特定の条件を満たさなければ、スキルやアビリティが入手不可能なのである。そのため、多くのプレイヤーがオリジナリティを求めて独自の育成を試していった。
その独特、いわば尖りすぎているシステムが良くも悪くも話題になり、スキル取得に成功した先達らによってSNSや攻略サイトは盛り上がりを見せた。和士もそれらに夢中になっていた時期があったが、独自のプレイスタイルを構築してからは、偶にしか目を通すことはなくなった。先人たちの通った道をなぞるのでは面白くないという思いが、彼の中では大きくなってきたのである。
彼が最初進めていた職業はいわば
VAOには広大なオープンフィールドがあり、1プレイヤーが国家を創設することもできる。莫大な資金や国民となってくれるプレイヤー達の支持が必要になるが、不可能ではない。国営が上手くいけば資金も莫大になるし、どこかの国に所属したいというプレイヤー達が集まり、勢力も大きくなる。他国と戦争というPvP対決をすることもできるようになり、勝利すれば得られる領地や互いが最初に賭けた資金も総取りでき、旨味があるのである。MMOが最終的にはPvPに行き着くのはある意味仕方がないのかもしれない。
ゲーム内の友人カシューが創設した国は<エデン>。Arcadiaという桃源郷の中に<至上の楽園>を創るとはいかなるネーミングセンスであろうかと当時の和士は思ったものだが、目立つことで散々戦争というPvPに巻き込まれて美味しい思いをしたので、今では悪くないと思っている。いや、むしろ愛着すらある。荒んでいた頃と比べれば、不健康かもしれないが、VAOの中での体験は和士にとって掛け替えのないとまではいかないまでも、大事なものになっていた。あの頃の彼は、現実の痛みを忘れ、ただ純粋に楽しんでいたのだ。
エデンが落ち着いてからは、他の遊び方も模索しようと思い、サブキャラを作成することにした。聖騎士然としたカーズというキャラがある意味理想的な筋骨隆々な自分なら、真逆なものを創ってみようということになり、どうせVRの中だけだからということで女性キャラを創ってみるのもいいかもしれないと思い、かなり細かいキャラ造形まで可能な安い課金アイテムをアルバイト代で賄って、細部にまでこだわって作成した。
今回は比較的身軽な装備で進めようと思い、片手剣と刀、魔法も習得して魔法剣士の様な感覚で育成した。それでもイマイチ何かが足りないなと思っていた頃、召喚魔法のアップデートが行われた。召喚獣を使役して戦わせるというスタイルだった。育成に行き詰まっていたところに思いもよらないアップデート、しかもVAOは普段ほとんどアップデートがないので、乗るしかないと和士は思った。そうして育成は進み、かなりの強キャラの作成に成功したのだった。
「ナギ兄ちゃん、もうすぐ晩御飯だよー」
従妹の
「ああ、うん、もうちょいしたら行くよ。ありがとう、ばあちゃんにすぐ行くって言っておいて」
「まーたゲームやってる。へー、ふーん、そういうのがナギ兄ちゃんの好みの女の子なんだ? はー、そりゃそんなVRにいるみたいな美人いないもんねー、そりゃ恋人の一人も作らない訳だわ。好意を持ってる子達可哀想にー」
PC画面を覗き込んで、キャラクター選択画面にいる女性キャラを見ながら忍が不躾なことを言った。
「おい、勝手に見るなよ。って誰だよ、好意持ってる人なんかどこにいるんだよ?」
和士は数年前に幼馴染の恐らく片思いだった女の子を病気で亡くしている。それ以来どうもその手の話が苦手になっていた。でもいつかは折り合いを付けないといけないとは思っていた。しかし、和士はどうしようもない程恋愛事情に疎い。好意を向けられても気付かずに華麗にスルーすることが多々あった。
「さあねー、誰でしょうか? もしかしたら近くにいるかもしれないよー。じゃあ、早く降りて来なよー」
忍は思わせ振りなことを言いながら、部屋から出て行った。階段を降りる足音が遠ざかる。
「身近な人? 余計わからん。あ、やり忘れたクエがある。サクッとやってから行くか、腹も減ったし」
もう一度VRサークレットを装着し、ログインコマンドを唱える。
「Connection——on!」
次の瞬間、視界が真っ白に染まり、意識が落ちた。
◆◆◆ 視界が光に包まれたあと、和士の身体はふっと浮いた。——ログイン、完了。
風と足元の草の感触。いつものフィールドだ。
エデンの都から南に数キロ進んだところにある平原。この夕暮れの時間帯になると緑色の皮膚をした小鬼、いわゆるゴブリンが爆湧きする。低レベルのモンスターだが、この時間制限クエストの報酬はなかなかに美味しい。早速南からゴブリンの大軍が押し寄せて来る。しかし、普段ならこの報酬狙いで来ている他の
「珍しいな。ここ、いつも混んでるのに」
妙だなと思いながらも、目前に迫ったゴブリンの群れに向かって駆け出す。和士は左利きのため、腰の右にある鞘から左手で刀を抜刀、刃が夕日を受けて光る。そうして次々と斬り伏せていく。
「誰も来ないってことは総取りだな。やったぜ」
刀を一振りするたびに何匹ものゴブリンを斬り裂く。草を踏みしめる音、金属がぶつかる感触。手応えが、やけにリアルだ。だがいつもなら他のPC達が多く集まるため、取り囲まれることなどないのだが、今回はソロのため、あまりにも多勢に無勢が過ぎて切りがない。
「仕方ない、奥の手を使うか」
敵陣から後ろへ跳び、右手に魔力を集中させる。
「舞い踊れ火炎よ、
グギャアアアアアアアアアアア!!!
炎の渦が大地を焼く。
ゴブリン達の悲鳴が重なり、空気が震えた。放たれた炎の舞によって前進するゴブリン共は焼き払われたが、屍を諸共にせずに次々に敵の波が押し寄せて来る。
「まいったな、湧きすぎだ。召喚で押し切る!」
低レベルとはいえ、これは少し骨が折れると感じた和士は両手を広げ詠唱、召喚魔法を発動させる。
「さあ力を示せ、出でよ、
グルウウウウウウウゥ!!! ガアアアアアアアアァ!!!
和士の前方に展開された魔法陣から、全身に炎を纏い業火を噴き出すサラマンダーと周囲を凍てつかせる凍気を纏った氷で形作られたかの様なアイスリザードが召喚され、吐き出した炎と氷のブレスが敵陣を蹂躙する。更に味方戦力の能力を向上させるために、蠱惑的な衣装を身に纏った背中に翼が生えた
「お呼びですか、御主人? なるほど、ゴブリンの群れですね。ならば士気を高めるために歌いましょう」
「話が早くて助かる」
セイレーンの透き通る歌声が響き渡り、召喚獣と和士の能力が底上げされ身体が軽くなる。サラマンダーの炎は赤々と燃え、アイスリザードのブレスは鋭さを増した。
完璧だ。それでも本来なら複数人で挑むクエストのため、ゴブリンの数はまだまだ多い。セイレーンを後ろに下がらせてから、和士は再び剣を取って敵陣に飛び込んだ。
◆◆◆ 和士と召喚獣達がゴブリンの大軍を圧倒していたとき、エデン王国からゴブリン討伐の任務を負った騎士達が遅れて平原を見下ろせる小高い丘の上に集結していた。彼らはそこから、たった一人でゴブリンの大軍を圧倒する何者かがいることを発見する。斥候に向かっていた兵士が、軍の隊長格の男に話しかけた。「ライアン副隊長、状況ですが……」
「見ればわかる、何者だあれは? たった一人であの数のゴブリンを蹴散らすとは……。しかも連れているのは召喚獣なのか? しかも同時に3体も使役しているとは」
彼らは騎士である。国、エデン王国という母国の為ならば喜んで殉じる覚悟がある。だが、それでもあの業火と吹雪の吹き荒れる中に割って入っていくのは恐怖だと感じていた。それでも、どう見ても小柄な一人の戦士に全てを任せてここから高見の見物をすることなど、彼らの矜持が許せなかった。
「行くぞ、あの者がかなりの使い手だとしても一人に任せて見物していたなど、エデン王国騎士団の名が廃る!」
ライアンはそう言うと、数十人の配下を引き連れ丘を下って和士の下へと馬を走らせた。
◆◆◆ 大半の敵を蹴散らし、セイレーンの下まで バックジャンプで戻る。ふっ、と呼吸を整えてから恐らくこの群れを率いているボスモンスターが現れるのを待つ。そのとき吸い込んだ空気に妙な臭いがすることに気付いた。斬り裂いて弾き飛ばしたゴブリン共の死体が消えていない。臓腑をぶち蒔き、斬り飛ばした胴体や手足からは血が流れている。血の臭いと炎で肉が焦げた臭い。これまでのVR体験、VAOでは感じたことがなかった感覚である。青と白のデザインの冒険者装備にも無数の返り血がかかっている。それに、皮膚に当たる熱も冷たさも、痛いほどリアルだ。「何だ、これ……? いつもはエフェクトで消えるのに……」
「何ってー、御主人が斬った敵の返り血ですよ? うわー、臭い」
「……返り血?」
セイレーンはさも当然という様な反応を示している。これは自分がおかしいのか、それともいつの間にか妙なアップデートでもされたのだろうか? どの道このままではあまり気分が良くない。サラマンダーとアイスリザードを手前まで下がらせる。考えるのは後に回そう、そう切り替えて呼吸を整える。
「これは……、どうなっているんだ?」
背後からエデン王国の黄金の獅子の紋章を掲げた騎馬に乗った騎士団が到着した。団長らしき大柄な男が馬から降りて和士の方へ歩み寄って来た。敵意を感じないため、召喚獣達は大人しく待機している。
「ああ、すまない。俺はエデン王国騎士団副団長のライアンってものだ。討伐任務をこなしに来たら、こんな少女が一人で戦ってるときたもんだ。しかし、よくここまでやったな……」
騎士団ということは
色々と腑に落ちないことがあるが、先ずはここから出現するボスモンスターの討伐が先である。
「召喚獣達の御陰だよ、俺一人だともっと梃子摺ってた。そんなことより、ここからが本番だ。ボスが出て来るぞ」
和士の一言によって騎士団に緊張が走る。全員下馬し、ライアンの後ろに隊列を組んだ。準備は万端ということだろう。だが、この騎士団のステータスが見えない。もしかしてバグだろうか? そんなことを考えている和士の眼前に10mはある羽を生やした黒い魔物が跳躍して来た。両手に巨大な漆黒の鎌を装備し、両側頭部から上向きの太い角が伸びた異形の姿。全身にも頑丈そうな鎧を纏っている。
「悪魔……! 間違いない、こいつは悪魔だ。しかもかなり上級の……」
「あ、悪魔だって?! ゴブリンを率いているのは普通ロードとかキングゴブリン程度だろ!? 何だってこんなところに……!?」
ライアンの驚きは当然の反応である。VAOで悪魔と言えば、上級ダンジョンやクエストのボスモンスターが定番である。こんな場所に出現していい魔物ではない。しかも複数人で連携して戦うランクの怪物である。
「出ちゃった以上仕方ない。アンタ達は下がっていてくれ、俺と召喚獣達でやる」
腰が引けた以上は戦いの場に出すのは危険過ぎる。例えNPCでも目の前で死なれては目覚めが悪い。和士の指示で後方へと退避した騎士団を確認してから、悪魔へと向き直る。
「あれだけいたゴブリン共が、全く使えぬな。初めから我一人が出て来ていれば人間の掃討など造作もないというのに。カカカカッ! 小娘、余計な真似をしてくれたな! 貴様から血祭りにしてやる!」
喋った——!?
悪魔が嗤い、鎌を構えた瞬間、和士の背筋に冷たい汗が伝った。これはイベントじゃない。演算では説明できない“存在感”がある。妙だ。この悪魔も所詮は魔物というNPCのはず。その割によく喋る。しかも状況に合った台詞を違和感なく喋るのが更に不気味に感じられる。どこまで大掛かりなアップデートが実施されているのだろうか。しかも再びログインするまで大した時間はなかったはずである。
しかし小娘とは、サブキャラとはいえ丹精込めて作成したのを馬鹿にされるのは嫌な気分になる。
「よく喋るNPCだな。まあ大型アプデが来たんだろ。けど、面白い。上等だ、折角面白いものが見られた礼だ。上級悪魔程度なら一人でぶっ潰してやるよ」
「NPC? とは何だ? 訳の分からぬことを抜かしおって。我の階級を教えてやろう。伯爵だ。さあ恐怖の中で死にゆくがいい!!!」
「歌え、セイレーン。天上より来い、ペガサス! リザード達は俺の剣になれ!」
セイレーンの歌声が響き渡り、和士の能力が大幅に上昇する。サラマンダーが炎の剣にアイスリザードが氷の剣に姿を変える。そして空から白銀のペガサスが舞い降りて来て、嘶くと同時にその身体が光り輝き、白銀の鎧へと姿を変える。
「「な、何だこれはー!?」」
悪魔とライアンの驚く声が同時に鳴り響いた。鎧が和士の身体を軽装の冒険者服の上から覆い、装着される。まるでペガサスそのものが和士の一部になったかと思われるような荘厳な鎧。額から上をカバーするサークレット。左右のショルダーアーマーに両腕のガントレット。胸部と腰回りを頑丈にガードするプレートに、スリットスカートの足元に見えるブーツを覆う様なレッグガード。そして背に展開する純白の翼。デザインも神秘的なものになっている。
さらに剣に姿を変えたリザード達をそれぞれの手に握り締める。騎士団も悪魔も初めて見るその姿に度肝を抜かれていた。
「これが何だと言ったな? これは召喚獣と真に心を通わせた者だけが身に纏うことができる鎧、
「うおおおおおおっ!?」
和士が遥か上空までジャンプし、その勢いのままで急降下。スピードに目が追い付かなかった悪魔の顔面に雷鳴のような衝撃音と共に強烈な左足の蹴りが直撃した。
「
呻き声を上げ、もんどりうって後ろへ吹っ飛ぶ悪魔。地響きと砂塵が舞う。それでも悪魔は立ち上がった。
「おのれ小娘ぇぇぇぇ!!!!!! ならばこの死神の鎌の威力を見せてくれる!」
ガキィイイイイインッ!!!
巨体が放った一閃を、和士は左腕のガントレットの部分だけで受け止めた。そして両手に装備した氷炎の剣を構える。
「くそがっ! だがそんな鈍らなど我が鎌で防いでくれるわあっ!」
鎌を水平に構えて防御姿勢を取った悪魔に、和士は剣を振りかざして跳躍する。
「氷炎剣技・リザード・ファング!」
カッ!
灼熱と凍結の剣閃が上下から悪魔を鎌ごと斬り裂いた。
「か、カカカカカカッ!!! ガハアアアアア!!!」
両断された巨大な悪魔が業火に包まれて燃え尽きたと思われた直後、その全てが凍り付き、次の瞬間には粉々になった。和士は剣を下ろし、息を吐いた。
「終わり……か。いいぞ、お前達。ご苦労だったな、またよろしく頼むよ」
和士の言葉を聞くと、召喚獣達は元の姿に戻り、一鳴きすると星の様にキラキラと輝きながら消えて行った。セイレーンだけがふわりと笑い、「またね、御主人」と言って姿を消した。
「さて……飯行かないと。忍に何を言われるか。悪魔が出て来たのは予想外だったけど、公式に何か情報出てるんだろうか?」
唖然とする騎士団を残したまま、ログアウトのためにステータス画面を開こうとする。
——が、開かない。
「……あれ?」
もう一度試す。反応なし。
メニューも、ログアウトも。どのコマンドも動かない。胸がざわつく。冷たいものが背を伝う。
「まさか——閉じ込められた、とか……?」
風が止み、夕暮れの空が不気味に赤く染まった。
和士の世界は、静かに、現実から断ち切られた。
ザルバディオ・カルマの消滅により、再び静寂が戻ったコロシアム。だが、それは恐怖による沈黙ではない。偉大なる勝利と、平和の到来を噛みしめる安堵の静寂だった。 舞台上の瓦礫が片付けられ、表彰式の準備が整う中、実況席から一人の女性が軽やかな足取りでレオン王の下へと駆け寄った。 実況のマグダレナだ。遠目には分からなかったが、間近で見る彼女の容姿は、自ら看板娘を名乗るに相応しい華やかさを持っていた。 艶やかなエメラルドグリーンのロングヘアが背中で揺れ、その肢体はイベントを意識した大胆な衣装に包まれている。身体のラインを強調する光沢のある黒いバニースーツに、引き締まった脚線美を際立たせる網タイツ、そして黒いハイヒール。 彼女は愛嬌たっぷりの笑顔で、魔法で増幅されたマイクを差し出した。「陛下! 会場のみんなに声が届くよう、これを使って下さい!」 レオン王は目を丸くし、豪快に笑った。「おお、これは気が利かなかったな。感謝するぞ、マグダレナ」 王はマイクを受け取ると、威厳に満ちた声を会場中に響かせた。「これより! アレキサンド剣術大会、表彰式を開始する!!」 王の宣言と共に、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。舞台中央。真紅の戦装束、バトルドレスに身を包んだアリアと、泥だらけになりながらも凛と立つカリナは王の前に進み出ると、恭しく片膝をつき、その言葉を待つ。 レオン王はまず、アリアへと視線を向けた。「先ずは女神アリア殿。その凄まじい強さと、最後に見せた悪魔退治……感謝してもしきれぬ働きであった。この国を、いや、世界を救ったと言っても過言ではない」 王は近衛兵が捧げ持っていた、豪奢な装飾が施された一振りの剣を手に取る。「優勝の約束として、かつてこの国の英雄が使っていた『聖剣ジュノワーズ』を授与する。受け取られよ」 アリアは立ち上がり、その美しい剣を受け取った。だが、その表情に高ぶりはなく、あくまで涼しげだ。「私は女神として、当然のことをしただけですよ。それに、この大会に出たのも、悪に立ち向かえる力のある人間がどの程度なのかを見定めるためでしたから」 悪びれもせず言い放つアリアに、レオン王は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。「そ、そうか……。だが、この国を救ってくれたことは紛れもない事実。深く感謝する」 王が深々と頭を下げると、アリアはに
熱狂と興奮がピークに達した決勝戦。だが、その余韻を無惨に切り裂くように、禍々しい闇が舞台を侵食した。『な……何が起こっているのでしょうか!? 決勝戦が終わった舞台に、突如として黒い影が……!』 マグダレナの悲鳴のような実況が響く。観客達もパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う者、恐怖で腰を抜かし立ち尽くす者で会場は瞬く間に混沌と化した。「悪魔だ……! 本物の悪魔が出たぞ!」「逃げろ! 魂を喰われるぞ!」 その混乱の中、解説席のレオン王が立ち上がり、声を張り上げた。『うろたえるな! 皆の者、落ち着け! まさか悪魔が直接乗り込んで来るとは……! だが、近衛騎士団、すぐに観客の避難誘導を! 決してパニックになるな!』 王の必死の呼びかけも、圧倒的な恐怖の前では力を持たない。カリナ達の貴賓席も騒然となっていた。「あれが……、災禍六公……?! エデンを襲撃した悪魔の一味よ!」 カグラが目を見開き、震える声で叫ぶ。彼女の脳裏には、カシューから聞いた情報が警鐘のごとく響いていた。エデンを襲撃した悪魔の一味。エクリアが禁呪レベルの破壊魔法で消滅させたと聞いた一体。それと同じレベルの存在が現れたのだ。 以前ガリフロンド公国で死闘を繰り広げた災禍伯メリグッシュ・ロバス。目の前の悪魔が放つプレッシャーは、その怪物に勝るとも劣らない。そんな絶望的な存在が、なぜこんな場所に現れたのか。カグラは戦慄を抑えきれなかった。「とんでもない力を感じるぞ……あの悪魔は……」 カーセルが顔を青ざめさせ、剣の柄に手をかけるが、その手は震えている。カインも歯を食いしばった。「おいおい、冗談だろ……? あんなのが幹部クラスだってのかよ……」「空気が……重い。息をするだけで肺が焼けるみたいだわ」 ユナが胸元を押さえて苦しげに呻く。テレサも怯えたように身をすくませた。「あんな禍々しい気配……初めてです……」 エリック達の席でも、同様の動揺が走っていた。「まさか、こんなところにまで単身で乗り込んでくるとはな……! 正気じゃねえ!」 エリックが脂汗を流す。隣のディードが耳を押さえてうずくまる。「嫌な音……。世界が悲鳴を上げている音がする……」 「団長……あいつ、私達とは次元が違い過ぎます……!」 テレジアも絶望的な表情で首を振った。 舞台中央。闇の中から
熱狂と興奮が飽和するコロシアム。 準決勝第二試合の衝撃的な決着から一息つき、休憩終了の鐘が高らかに鳴り響いた。 魔法マイクを握りしめたマグダレナが、震える声で告げる。『さあ、皆様! いよいよ、この大会のクライマックス! 決勝戦の幕が開きます! これまで無傷で勝ち上がって来た両者が、ついに激突します! 一体どんな戦いになるのか、私の実況では言葉が追いつかないかもしれません!』 解説席のレオン王も、深く頷きながら前を見据えた。『うむ。英雄と謎の女神……今ここアレキサンドで今、最も注目される二人の激突だ。決勝に相応しい、最高のカードと言えるだろう』 カリナ達がいる貴賓席。カリナが静かに立ち上がった。その背中を、カグラがぎゅっと抱きしめる。「カリナちゃん……気を付けてね。でも、あの余裕ぶっこいた女神の顔色、変えてきてやりなさいよ!」 「ああ。ここまで来たら、全力でぶつかるだけだ。ありがとう、カグラ」 カリナはカグラの手を握り返し、仲間達の顔を見渡した。 エリアが拳を突き上げる。「行けーっ! カリナちゃん! 私たちの分まで!」「おう! 頼んだぜ!」「カリナ嬢ちゃん、武運を」「カリナちゃん、頑張って下さい!」 ロック、アベル、セレナの声援。更にルミナスアークナイツの面々も声を張り上げる。「カリナちゃん! 僕達も全力で応援するからね!」「負けんじゃねーぞ! カリナちゃん!」「カリナちゃん、ファイト!」「頑張って下さい、カリナさん!」 カーセル、カイン、ユナ、テレサ。そしてケット・シー隊員も「隊長、応援するにゃー!」と叫んでいる。カリナは彼らに力強く手を振って応え、舞台へ足を進めた。 一方、アリアがいる貴賓席。アリアは優雅に髪をかき上げた。「ようやく決勝ですか。さて、カリナさんがどうくるのか、楽しみですねぇ」 余裕の笑みを浮かべ、彼女もまた舞台へと向かう。その様子を、エリック達が見送っていた。「……いよいよだな」「ええ。カリナさんの剣が、あの方に届くのか……見ものです」「人間離れした戦いになるでしょうね」 エリック、テレジア、ディード。彼らもまた、固唾を飲んでこの一戦を見守ろうとしていた。 二人の戦士が、まばゆい陽光の下へと現れる。『まずは、エデンが誇る特記戦力にして、ザラーの街を救った可憐な戦乙女! 召喚魔法剣士、カリナァァァーッ!
熱い興奮が渦巻くコロシアム。 準決勝第一試合の余韻が残る中、実況のマグダレナが魔法マイクを握り直し、高らかに声を張り上げた。『さあ、息つく暇もありません! 続いて行われるのは準決勝、第二試合! 決勝でカリナ選手と戦うのは、果たしてどちらの選手になるのでしょうか!』 エリック達が陣取る貴賓席。出番を控えたテレジアが、静かに愛剣の点検を終えて立ち上がった。その背中に、先ほど敗れたばかりの団長、エリックが声をかける。「テレジア、行けるか?」 「ええ、団長。……敵討ち、とはいかないかもしれませんが」 「バカが、俺のことはいい。それより……あいつは得体が知れない。気を付けろよ」 エリックの表情は真剣そのものだった。長年の勘が、対戦相手であるアリアの異常性を警告しているのだ。「ええ、分かっています。これまでも全て一撃、それも目にも止まらぬ速さで試合を決めて来た異常な存在……。心して、行ってきます」 テレジアは凛とした表情で頷き、扉を開けて舞台へと向かった。 一方、アリアが陣取る貴賓席。アリアは軽く屈伸をし、伸びをしていた。「んーっ……。さてと。今回は純粋に剣技のみでやりましょうかね」 彼女は誰に聞かせるでもなく独りごち、楽しそうに笑みを浮かべて舞台へと歩みを進める。『まずは、予選からここまで、全ての試合を一撃のもとに決着させてきた謎の美女! 自ら女神を名乗るアリア! その真紅の装備に、今度こそダメージが入ることはあるのでしょうかーっ!?』 観客の視線が一斉に注がれる中、アリアが優雅に手を振って登場する。その余裕綽々とした態度は、これから死闘に赴く戦士のそれではない。まるで庭の散歩にでも来たかのようだ。『対するは、先程のエリック選手と同じ、武大国アーシェラのAランクギルド『ドラゴンベイン・オーダー』所属! 氷の魔法剣士、テレジアァァッ!!』 対面から、一陣の涼やかな風と共にテレジアが現れる。 淡い水色のセミロングヘアが風に揺れ、氷のような青銀のライトアーマーが陽光を反射して輝く。青い膝丈のスカートと白いブーツが、彼女の可憐さと剣士としての凛々しさを引き立てていた。 その長い耳と整った顔立ちは、彼女が高貴なエルフであることを示している。腰には、細身のレイピアに近い片手剣が帯びられている。 解説席のレオン王が頷いた。『うむ。剛剣のエ
小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。「ん……」 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。「……ありがとう、カグラ」 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。「おはよう、カグラ。朝だぞ」「んん……。あら、おはようカリナちゃん」 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だ
決戦が終わり、その夜。 公国の大公ヴィクトールの広大な屋敷にて、盛大な祝宴が催された。公国は内陸に位置するため、海の幸こそないが、山脈で採れた新鮮な山菜、最高級の猪や鹿のロースト、そして芳醇なワインなどの多くの豪勢な料理が大広間のテーブルを埋め尽くしていた。「カンパーイ!!!」 カリナ、カグラ、セリス、サティアに加え、今回の戦いを支えた二つのギルド、『シルバーウイング』と『ルミナスアークナイツ』のメンバー達が、高らかにグラスを掲げた。「いやー、一時はどうなることかと思ったけど、さすがはカリナちゃんだわ! ちょっとしか見れなかったけど、あの黒いドラゴン、痺れたー!」 シルバーウ
タワー中心部でカリナ達の激闘が終わる頃、外の戦場も激しさを増していた。 谷に湧き出る改造モンスターと、武装した信者達の波。だが、その防衛線は鉄壁だった。エデン王国騎士団副団長ライアンが指揮する部隊と、聖光国から派遣されたルミナス聖騎士団の本隊が連携し、敵の増援を片っ端から粉砕していたのだ。「ここは我らが食い止める! 精鋭部隊は予定通り、左右の研究棟へ!」 ライアンの号令が響く。それに応えるように、白銀の鎧を纏ったカーセルがメンバーと動き出した。「右の研究棟は僕達ルミナスアークナイツが引き受ける。エリアさん、左は頼んだよ!」 カーセルが柔らかくも芯のある声で告げる。その後ろには、愛