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第7話

Author: 白団子
以前は、渉が胃が痛いと言うと、麻美は何をしていてもすぐ手を止めて、彼のために生姜スープを作ったものだった。

ある年には、麻美が仕事をしていた時に腕を骨折したことがあった。腕にギプスをしながらも、渉が胃痛を訴えれば、麻美は自らキッチンに立った。

しかし今、渉の胃がまた痛んでいるというのに、麻美はそっぽを向いたまま、冷たく背中を向けた。

胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われ、渉はパニックに陥った。「麻美、最近の態度はどうしてそんなに冷たいんだ?昔はこんなんじゃなかっただろ」

麻美は渉に背を向けたまま答えた。「昔?昔はいつも私のこと鬱陶しがってたでしょ?もうあなたを煩わせることはしない。これ以上、何に不満があるの?」

その一言で、渉は返す言葉を失った。

かつての麻美はいつも渉につきまとっていた。どこに行くにも尋ね、何をするにも干渉し、渉はそれを鬱陶しがり、嫉妬する麻美を幾度となく叱り飛ばした。

「杉本家の妻という自覚はあるのか?夫の妹に嫉妬して、恥ずかしくないのか!」と。

今、麻美は自分が望んだ通りにつきまとわず、私生活にも干渉しないようになった。なのになぜ、心臓が引き裂かれるように痛むのか?

「麻美、まだ聡の件で怒っているのはわかっている」と渉は溜め息をついた。「信じてくれ、必ず埋め合わせはする。これからの長い人生、俺はお前にもう一度振り向いてもらう可能性があるはずだ」

渉は身を屈め、麻美の額に軽く口づけをした。

そして背を向けて立ち去った。

だが渉が知らないことに、彼が立ち去った直後、麻美の元には二通のメッセージが届いていた。

一通目は役所から。【先日いただいたご質問ですが、離婚手続きには以下の書類をご持参ください】

二通目は航空局から。【月面探索プロジェクトが明日正式に開始されます。現在地をお送りください。明日、迎えの者を向かわせます】

麻美は黙々と二通の通知を見つめ続け、ようやく重荷が降りたような笑みを浮かべた。

ようやく、旅立ちの日がやってきた。

しかしその前に、やらなければならないことがあった。

麻美はベッドから体を起こすと、松葉杖をつき、一歩一歩、苦しい足取りで美穗の病室へと向かった。

深夜ということもあって、渉は美穗の病室にはいないようだ。そのほうが都合が良い。

「麻美さん、何しに来たの?」美穗はいつもの哀れな芝居をかなぐり捨て、軽蔑したように麻美を見るや否や鼻で笑った。

「お兄ちゃんを追ってきたの?悲しいわね。怪我をしているのに相手にしてもらえないなんて。私はちょっとした傷でも、お兄ちゃんはずっと私を守ってくれるの。

私が胃が痛いってお兄ちゃんの手料理をねだったから、今作りに行ってくれてるのよ。結婚して長いのにお兄ちゃんに料理してもらったことなんて、ないんでしょ?」

麻美は無言のままだった。嫉妬など、もはやどうでもいいことだ。

知りたいのはただ一つ。「美穗、真実が知りたい。あの日、聡を連れて海で波に乗った時、あの子は不注意で落ちたの?それともあなたが突き落としたの?」

それを聞いた美穗は嘲るように笑い出した。「麻美さん、本当に真実を知りたいの?警告しておくけど、真実を受け止められないかもしれないわよ」

「受け止めるわ」と麻美は歯を食いしばった。

美穗の笑みがいっそう歪んだ。「あはは、本当に?それじゃ教えてあげる。あの日、お兄ちゃんもその場にいたのよ。

波が襲ってきて、私と聡くんが同時に海に投げ出された時、お兄ちゃんは迷わず私の方に飛び込んできたわ。かわいそうな聡くんは、そのまま波にさらわれていった……」

麻美は、全身の血が逆流するような衝撃を覚えた。薄暗い病室が、一瞬で自分だけのための処刑場へと変わった。

聡が事故にあった時、渉はすぐそばにいたのか。

「あはは、一番笑えること言ってあげようか」美穗は笑い止まなかった。「私が泳げると知っていても、お兄ちゃんは最初の一番に私を助けに来たのよ。

お兄ちゃんにとって、あなたと聡くんを合わせても、私より重要じゃないの」

涙で視界が歪んだが、麻美は誓った。これで渉のために流す涙は最後にすると。

涙を拭い、麻美は再び松葉杖をついて、びっこを引きながら病院を後にした。

歩みは遅かったが、足取りは固く決意に満ちていた。

渉、二人の明日はもうない。この先続くはずだった長い未来も、ここで終わり。

あるのは、死んでも二度と会わないということだけ。

麻美はタクシーで役所へ行き、閉まった窓口の前で一晩明かした。そして朝、ついに離婚届を提出した。

そして、窓口の係員に頼んで、渉の分の受理証明書を杉本家に郵送してもらう手はずを整えた。

すべてを終えた時、航空局が手配した迎えの車が待っていた。

迷わず乗り込んだ麻美はスマホを取り出し、昨日録音した美穗との会話データをネット上に流した。

そう、昨日美穗と対峙した際、麻美は密かに録音を回していたのだ。

聡は事故で亡くなり、法律で美穗や渉を裁くことはできない。

それなら、社会の倫理と裁きを突きつけるしかなかった。

これこそ、立ち去る前に自分ができる息子への最後の手向けだ。

すべてを済ませてスマホを捨てると、車は麻美を乗せて果てしない希望へと走り出した。やっと、自由になれたんだ。
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