LOGIN「…ス、ステラ様」後ろからセスが歓喜に満ちた声で私の名前を口にする。「ありがとうございます。俺にそんなお言葉をくださるなんて…」そしてそこまで言うと、セスは私の後ろから前へと移動し、跪いた。こちらを見つめるその空色の瞳には、美しい涙が溢れ、セスの頬をゆっくりと流れている。セスが丹精を込め育てたキラキラと輝く魔法花を背景に泣くその姿は、本当に美しく、どこか幻想的で、思わず息を呑んだ。「アナタのお側にいさせてください。アナタこそが俺の主であり、たった1人の俺のお嬢様なのです」真剣なセスの眼差しに、今度こそ決して受け流さずに頷く。私は今、セスの人生を貰ったのだ。これからは私だけではなく、セスのことも考え行動し、責任を持たなければならない。「ありがとう、セス」そう微笑んだ私に、セスは感極まった表情を浮かべ、また静かに涙を流した。 *****セスが私の本当の味方になってくれた。あとはこの両足を完治させ、セスと共に帝国外へと行くだけだ。いろいろあったが、やっと私は本当に帝国外へと逃げ、自由を手に入れられる。今度はセスも一緒だ。きっともう大丈夫なはずだ。セスと共に昼食を食べ終え、セスがまた仕事へと行った午後。私は1人で車椅子に乗り、屋敷内の廊下を何となく散策していた。大きな窓から昼下がりの温かな日差しが差し込む。少し前までは、この日差しでさえも浴びられなかったが、今ではもうそうではない。「…」…ユリウス、元気かな。ふと、窓の外の美しい景色を見て、私はそう思った。フランドル邸から逃げ出してもうどれほどの月日が経ったのだろうか。キースに保護されていた一ヶ月間はちゃんと外の情報を得ていたので、ユリウスがずっと私を探していることも知っていた。…が、セスに監禁されてからは外の情報を一切得られていないので、ユリウスの近況がまるでわからない。今も私が消えたことに心を痛めているか。それとも私など忘れていつもと変わらぬ生活を送っているのか。…どうか後者であって欲しい。ユリウスにはもうできるだけ辛い思いはしてもらいたくない。幸せであって欲しい。そんなことを考えていると、私の耳に複数の足音が聞こえてきた。この屋敷で私はセス以外の誰かに出会ったことがない。ここにはいつも私とセスだけだった。それなのに複数の足音が今、徐々にこちらに迫っ
セスは約束通り、次の日には私に車椅子を与え、監禁していた部屋から私を出してくれた。最初こそ、セス同伴のもとでしか屋敷内を散策できなかった。だが、次第に1人でもそれが許されるようになり、今では屋敷内だけなら自由に移動することができている。「綺麗だねぇ。この花はなんていう花なの?珍しい色だけど」柔らかな昼下がり。セスに車椅子を押されながら、私は庭に咲く花々に感嘆の声をあげた。レンガの道を囲むように咲き誇る見たことのない形のいろいろな色の花。寒色系から暖色系まで様々なものがあり、普通の花とは明らかに違う特徴がある。例えばあそこの紫色の花。あの花の紫はただの紫ではない。青みや赤みを帯びる紫がグラデーションのように混じり、何故か薄くキラキラと輝いているのだ。どの花もあの紫の花のように、一概にこの色だと言い切れないような色をしており、光を纏っていた。「こちらはライトという魔法花なのですが、どの花も自ら輝く魔法薬を使用して育てられており、この屋敷にのみ生息する花なんです」「へぇ…。魔法薬の効果でキラキラしているんだね」「はい。ライトという魔法花ですが、魔法薬で改良しているので、厳密にはライトではございません。アナタの為に育てた花なので、ステラ、と名付けるのはいかがでしょう?」「ふーん。……え?」突然何でもないことのようにとんでもない提案をしてきたセスに、思わず驚きで後ろを振り向く。するとセスはお昼時の柔らかな日差しを浴びて、それはもう愛おしそうに私をまっすぐ見つめていた。とても気恥ずかしい。慣れることのできない視線だ。恥ずかしさで溶けてしまう。「…ス、ステラはやめよう。あまりにも直接的すぎるよ。花の名前にされるとか恥ずかしいし。ライトの改良版だからライト2とかは?」「…ステラ様、アナタは素晴らしい方ですが、そのネーミングセンスはあまり…。いえ、個性的といいますか、誰もがあえて選べないものを選べるといいますか…」「はっきり言って大丈夫だよ」私が適当に言った名前を明らかに言いにくそうに否定しようとするセスに私は真顔になる。わかっているよ、セス。安直な名前を言ったことくらいは。そんなに言葉を選んで話さなくてもいいから。「…ライト2はやめておきましょう。他の名前がいいかと」「はは、そうだね」困ったように眉を下げたセスに私は笑っ
だから私は考えた。ならば少しずつ私の行動範囲を広げ、セスが安心できる範囲を広げていけばいいと。最初はこの部屋から出られるようにする。それから屋敷中、庭へと自由の領域を広げ、最後にはセスの手の中から出る。そして帝国外へと逃げるのだ。セスの返事を緊張しながらも待っていると、セスはどこか難しい顔をした。「…そうですよね。ステラ様はもうずっとこの部屋から出ていませんからね…」セスが空色の瞳を伏せ、何やら思案し始める。少し前のセスならここで仄暗い笑みを浮かべ、私の意見など断固拒否の姿勢を見せていたが、少しだけでもこちらに譲歩するつもりがあるらしい。…いける。セスは私を信頼し始めている。「この屋敷の中で動きたいだけなの。誰だって同じ場所にずっといると気が滅入るでしょ?健康にもよくないはずだよ?」「…」黙ったままのセスの背中を押すように、私はセスに切実に訴えかける。今のセスが果たして私の話を聞いているのかはいまいちわからないが、そんなことはいちいち気にしない。聞こえていないのなら聞こえるまで伝えるだけだ。「セスと一緒に屋敷内を散策してみたいな。ここのことはまだこの部屋のことしか知らないから…」セスにさらに一押ししようと、うるうると瞳を潤ませ、上目遣いでセスをじっと見つめてみる。するとずっと伏せていたセスの瞳とやっと目が合い、セスは一瞬だけ固まった。だが、固まったのはほんの一瞬だけで、すぐに嬉しそうに笑った。「…一緒にこの屋敷を散策しましょう、ステラ様。アナタの為に用意していたものが実はたくさんあるんです」私をまっすぐ見つめる空色の瞳には、もうあの仄暗さはない。私はおそらくセスの安定と信頼を勝ち取ったのだ。
先ほどはセスにバレてしまったので、今度はバレないように本を読むふりをしながら、こっそりとまたセスを観察する。暖色の照明の光を受け、輝く色素の薄い白い髪がさらりと下へと落ちる。そこから覗く空を溶かしたような水色の瞳は、真剣な眼差しで書類を睨んでいた。どうすればセスは以前のように私を見てくれるのだろう。リタ代役時代には見たことのない、私に向けられるあの仄暗い瞳。あれこそが、今のセスの不安定さを物語るものだった。ここで生活していれば死ぬことはないのかもしれない。しかし、全てを管理され、世話されて生きていることが、果たして本当に生きていると言えるのだろうか。ここでの私はただセスに可愛がられている人形だ。一生人形としてここで過ごすなんてそんなの嫌だ。私は帝国外へと逃げ、自由気ままに生きるのだ。その為には、やはりセスを精神的に安定させ、安心させる必要がある。セスを刺激しない。セスの要求はなるべく飲む。そうして少しずつだが、セスを落ち着かせ、信頼を得て、最終的に味方につけるのだ。未だに仕事を続けるセスの姿に、私は密かにそう決意を固めた。その後、そんな私の視線にまたセスは気がついた。不思議そうに「どうされましたか?」といきなり聞かれた時は、心臓が止まるかと思った。何故、こちらを一切見ていないのに視線に気づくんだ。恐ろしい。*****セスの精神を安定させ、ついでに味方にし、帝国外へと安全に逃げる。その為に私はなるべくセスの要求を受け入れながらも、かつてセスと共に過ごしたリタ代役時代と変わらぬ態度で平和な日常を過ごせるように心がけた。そしてここでの生活ももう一ヶ月が過ぎようとしていた頃。「ただいま戻りました」窓の一切ない異常なこの部屋の唯一の出入り口である扉から、今晩も少しだけ疲れた様子でセスが現れた。私はそんなセスをいつものように「おかえり、セス」と笑顔で迎え入れる。もちろん、定位置であるベッドの上で。「今、夕食を作りますからね。今日は市場で新鮮な野菜を手に入れたんです。あ、あと苺も見つけたので買いましたよ」「本当?新鮮な野菜ならサラダにして食べたいな。苺はそのままでも最高だけど生クリームでも食べたいかも」「ふふ、かしこまりました。ではそのようにいたしましょう」柔らかな笑みを浮かべるセス。その瞳には、確かな光がある。こ
「ステラ様、口を開けてください」ベッドに腰掛ける私の側で、セスが柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に私の口元にスプーンを近づける。「…」私はそんなセスに抗議の視線を送りながらも、せめてもの抵抗として口を固く閉ざしていた。…が、セスはそれでも楽しそうだった。「ふふ、そんな顔しないで?大丈夫、今日のご飯も自信作ですよ?」私の顔を愛おしげに覗くセスに、思わず心の中で深いため息をつく。セスの作るご飯の味を疑っているのではない。これは、このくらい自分で食べられる、という固い意思表示だ。しかし、こんなことは無意味だと私はわかっていた。毎日、毎食、こうだからだ。なので、今日も早々に抵抗することをやめ、不満げに口を開いた。「あぁ、お上手ですね。さぁ、あーん」「…」まるで赤子のお世話でもしているかのように、嬉しそうにセスがスプーンを私の下唇へと優しく押し当てる。私はそれを大変不本意ながらも受け入れ、ごくりとスプーンの上のスープを飲んだ。…何だこれ。セスが私を匿うという名の監禁をし始めてから、もう3日。ここでの生活には、自由などもちろんなく、両足を折られ、自力で動けない私は、ずっとこのふわふわのベッドの上だ。「美味しいですか?今日は南の離島から仕入れた海鮮でスープを作ったんです」「うん。美味しいよ、さすがセスだね」「よかった。では次はこちらをいただきましょう」「…うん」何とか笑みを作り、答えた私に、頬をほんのり紅潮させながらセスがまた私の口元へと食事を運ぶ。これを何度も何度も繰り返し、1時間もかけてやっと私は昼食を食べ終えた。**
両足に感覚がないことについては、目覚めてから今まで、ずっと違和感を覚えていた。…が、それがまさか私を守ると言った張本人の手によって折られていたからだったとは。それに心の準備とは何だ。その為に両足の骨を折るとはどういうことだ。今の状況に戸惑う私にセスは、「ご安心ください。万が一、アナタが痛みに苦しむことのないよう、足の感覚を失う魔法薬を使っております」と笑顔でご丁寧に説明する。しかし、そうではない。私はそんなことを聞きたいのではない。何故、私の両足を折る必要があったのか聞きたいのだ。どう考えてもおかしいだろう。「…私は自分の身くらい自分で守れるよ。だからセスに匿われる必要は…」「その足でどのように自分の身を守るのですか?」「足はセスが折ったんでしょう?今は無理でも足さえ治れば…」「では治るたびに折りましょう。そうすればアナタはどこへも行けませんから」私が何かを言うたびにそれをセスがバッサリと否定し、おかしなことを口走る。そして、ふふ、と嬉しそうに笑うセスのその目は全く笑っていなかった。あんなにも美しい青空のような空色の瞳が、まるで曇り空のように曇っている。狂っている。普通ではない。「大丈夫。何度も何度も折っていればアナタも理解するはずです。ここが一番安全で、アナタにとっての楽園なのだと」そんな訳ないではないか、とすぐにでも言いたかった。…が、私はその言葉を何とか飲み込んだ。今、それを言うことはセスを刺激すると思ったからだ。私の知っているセスはこんな人ではなかった。いつも冷静沈着で落ち着きのある正しい人だった。そんなセスが何故こんなにも歪み、狂ってしまったのか。訳がわからなかったが、ここで思考停止すれば終わりだ。私は必死に頭を働かせ、