三日月が浮かぶ夜空の下。宮殿の立派な中庭を走り続ける私にとって、頼れる光はその欠けている月と、宮殿の窓からほんの僅かに漏れる光のみ。だが、今の私にとって、この暗闇は好都合だった。誰にも見つかることなく、私はここから逃げなければならない。そうしなければ私の命はないからだ。ほんの数時間前までこの宮殿内で誰よりも輝きを放っていた存在だったというのに、何がどうなって命を狙われてしまっているのだろうか。いや、考えなくても答えはわかっている。私はルードヴィング伯爵に裏切られたのだ。「…っ」左脇腹の傷が疼き、一度その場に立ち止まる。先程暗殺者に短剣で刺された傷だ。逃げることを最優先にしていた為、傷の手当てなどもちろんしていない。傷口からゆっくりと血が流れ出ている。ーーー止血しなければ。この大きな中庭について、私は知り尽くしていた。その為、少しだけ辺りを見渡し、見つかりづらそうな木の影を見つけると、そこに身を隠した。「…はぁ、はぁ」木の幹にぐったりと体重を預けながら、自分が着ている上等な絹の寝巻きのワンピースの裾をビリッと破る。何とかそれで傷口を抑え止血を試みるが、すぐにじわりと血が滲み、布はあっという間に血で染め上げられた。血を流しすぎたのかもしれない。何故、私は今、このような状況に陥っているのか。朦朧としてきた意識の中で、先ほどまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り始めた。*****遡ること、数時間前。今日の主役であった私は、宮殿内に用意された部屋で、婚約式へ向けての準備を進めていた。「リタ様、大変お美しゅうございます」「さすがですわ。磨けば磨くほど輝く、リタ様以上に美しい方はこの世には存在しないでしょう」「まさに我がミラディア帝国の美の女神ですわね」大きな鏡に映された〝リタ〟を大絶賛する周りのメイドたちに、私は形の良い口をふっと緩める。ただ機嫌よく笑っただけでも、美しく魅力的なのだからメイドたちの〝リタ〟に対する大絶賛は正しいのだ。鏡に映る美女の名前はリタ・ルードヴィング。歳は18歳で、メイドたちが言うようにとんでもない美女であり、スタイルも抜群だ。アメジスト色の猫目からは意志の強さを感じ、腰まである絹のように細いシルバーのふわふわの髪からは常に甘い花のような香りを漂わせている。このミラディア帝国内で〝リ
Terakhir Diperbarui : 2026-07-22 Baca selengkapnya