悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~

悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~

last updateLast Updated : 2026-07-13
By:  瘴気領域Ongoing
Language: Japanese
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「悪霊は、この中にいます!」 「出てけっつってんだこの三流詐欺師がっ!」 寂れた商店街の定食屋の女主人、間田木リョウコの元にやって来たのは巫女服をまとった謎の少女。少女によれば、リョウコの店には悪霊が取り憑いているらしい。だが、リョウコは一介の料理馬鹿に過ぎないのだ。そんなことを言われたところで、出来るのは料理を作ることだけ。代々受け継ぐ店を守るため、リョウコは持ち前のきっぷの良さと自慢の腕で店に襲い来る悪霊(幽霊・妖怪・都市伝説・宇宙人を含む)を成仏させていく。飯テロ御免のグルメコメディ、いま開幕! ※ダイエット中の方はご遠慮ください

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Chapter 1

第1話 特製松定食 1/3

「悪霊は、この中にいます!」

「へい、らっしゃい! って、いまなんて?」

 昼下がりの商店街。

 シャッターの降りた店がちらほら見える、少々寂れたその片隅。

 古びた2階建ての1階、定食屋間田木またぎ食堂での出来事だった。

 その少女は建付けの悪い引き戸をガラリと開け放つと、店内の一角をびしりと指して黒い前髪をかき上げた。白地に朱色の縁取りが入った巫女服の袖から細い指が伸びているが、その先をたどっても別に何もいない。

「悪霊です。そこに悪霊がいるんです!」

「ああン? ちょっと待て、イヤホン外すから」

 オープンキッチンのカウンターの中にいた赤髪の女が、怪訝な顔をして片耳に挿したイヤホンを抜き、念入りににらんでいた競馬新聞を置いた。爪を短く切った人差し指で、こめかみをぽりぽりとかきながら聞き返す。

「えーと、あっしの聞き間違いじゃなきゃあ、悪霊っつったか?」

「ええ! 悪霊です! このお店は悪霊に取り憑かれています!」

「で、て、い、け」

「はい?」

「出てけっつってんだこの三流詐欺師がっ!」

 赤髪の女は刺身包丁を握りしめ、血走った目で少女をにらみつけた。

 巫女服の少女はその剣幕にたじろぎ、思わず二歩、三歩と後ずさる。

「ここ何日か客がぱったり来なくなったのを見透かして、ペテンにかけようってンだろ! テメェら詐欺師のやり口なんてわかってンだからなっ!」

 そう言うと、女は刺身包丁の切っ先で入り口の脇を指した。

 そこには、奇妙に捻くれた壺やら極彩色の仮面やら招き猫やらなんとも醜怪な笑みを浮かべる七福神像などが並んでいた。

「い、いかにも怪しげな霊感グッズの山……」

「もういい加減だまされねえ! そこに並んでるのはな、あっしの血と汗と涙が染み込んだなけなしの売上と引き換えに手に入れた反省の結晶だ! あっしからこれ以上一銭でもむしろうってンなら容赦しねえぞ!」

「ええと、あの、お金とかはいいんで、とりあえず話を聞いてもらえると……」

「ハッ、ここはメシ屋だぜ! お話をするところじゃねえ。注文しねえんならさっさと帰りな」

「ううんと、それならこの日替わり定食の『松』を……」

「ハハッ! いくら1200円の松定食を頼んだってあっしの気は変わら……えっ、松定食? お客さん、マジで松定食?」

「は、はい。お昼はまだだったのでついでに……」

「松定食一丁! かしこまりやした!」

 赤髪の女は鬼の如き形相から一変し、にこにこしながら包丁を握り直す。

 まな板を拭くと、カウンター下の業務用冷蔵庫から食材を取り出して丁寧に並べた。

「へへへ、今日はマグロの赤身のいいやつが入りましてね。うっすーら脂の入ったほとんど中トロみたいなやつで。最近増えてきた養殖マグロってやつでね。あっ、養殖ったって馬鹿にしちゃぁいけませんよ? ンなことを言うと下品だが、天然物よりかえって高ぇくらいで――」

 しゃべりながら、女は包丁を使う。

 刺身包丁の背に人差し指をそえ、刃元から切っ先までをすっと引いて桜色のサクを厚い平造りにしていく。刺身の角はびしりと立って、切り口はみずみずしく覗き込めば顔が映りそうだ。

 その鮮やかな手付きに見惚れ、少女は思わずカウンターに身を乗り出していた。

「あ、松定食は刺身とフライのセットなんですけどね。フライは選べるンすよ。コロッケとホタテはぜんぶに付くンすけど、メインはエビかアジで選んでもらえるようになってて。エビは産地直送のでっかいブラックタイガー。アジはそこの生け簀で泳いでるやつをさっとさばいてすぐに揚げるって寸法で」

 ツマを乗せた角皿に刺身を盛り付けながら、赤髪の女が目線でカウンターの奥を示す。そこには幅1メートルほどの水槽があり、エアレーションの水泡の中で数匹のアジが鱗を銀色にきらめかせていた。

「すごい。定食屋さんなのに生け簀があるんですね」

「へへへ、あっしは釣りが趣味でね。店で出せそうなもんが釣れたらあそこに放り込んでおくんでさ。おっと、エビの方もお見せした方がいいっすかね。これもめったに手に入らない上物ですぜ」

 女は冷蔵庫から木箱を取り出すと、カウンターの上にそっと置いた。

 蓋を開け、おがくずを丁寧に取り除くと、中から姿を現したのは片手に余る大きさの、でっぷり太った見事なブラックタイガーだった。くっきりとした黒い縞模様が美しい。

「一昔前はブラックタイガーなんて安いエビの代表だったらしいンすけどね。いまはもう、天然物のクルマエビなみに美味いもんも出回っててね。なかなか馬鹿したもんじゃあないんですぜ」

 少女の視線が、水槽のアジと木箱のエビの間で右往左往する。

 もう口の中は唾液でいっぱいだ。溢れたそれが、唇の端から垂れていることに気がつき、少女は慌てて口の端を指で拭く。

「あ、あの、両方食べることはできますか?」

「えっ、追加ですかい!? さ、三百円ほど追加でお代をいただけたら――」

「お願いしますっ!」

「ありがとうございやすっ!」

 女の説明に、少女が食い気味で応じる。

 女は威勢よく返事をすると、水槽からアジを掴みだしてあっという間に三枚におろし、エビの殻を剥いて身に斜めに包丁を入れていく。それに小麦粉をはたいて卵液にくぐらせ、パン粉をたっぷりとつけると、フライヤーに静かに沈めていく。

 しゅわしゅわ、ぱちぱちと油の弾ける音がして、香ばしい匂いが店内に立ち込めた。

 キッチンタイマーが鳴り、女がアジとエビを油の海から引き上げる。

 色はもちろん黄金色。肉厚なアジも太ったエビもびしりとまっすぐで、尾っぽの先まで曲がっていない。揚げ物の専門店でもここまでのものはそうそうお目にかかれないだろう。

「へい、松定食エビ・アジフライセットお待ちどおっ!」

「ふぁぁぁあああ……お、美味しそう……!」

 少女は、眼前で香気を上げる定食に目を奪われた。

 背後に忍び寄る、黒く不吉なもやには気がつくこともなく――

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第1話 特製松定食 1/3
「悪霊は、この中にいます!」「へい、らっしゃい! って、いまなんて?」 昼下がりの商店街。 シャッターの降りた店がちらほら見える、少々寂れたその片隅。 古びた2階建ての1階、定食屋間田木食堂での出来事だった。 その少女は建付けの悪い引き戸をガラリと開け放つと、店内の一角をびしりと指して黒い前髪をかき上げた。白地に朱色の縁取りが入った巫女服の袖から細い指が伸びているが、その先をたどっても別に何もいない。「悪霊です。そこに悪霊がいるんです!」「ああン? ちょっと待て、イヤホン外すから」 オープンキッチンのカウンターの中にいた赤髪の女が、怪訝な顔をして片耳に挿したイヤホンを抜き、念入りににらんでいた競馬新聞を置いた。爪を短く切った人差し指で、こめかみをぽりぽりとかきながら聞き返す。「えーと、あっしの聞き間違いじゃなきゃあ、悪霊っつったか?」「ええ! 悪霊です! このお店は悪霊に取り憑かれています!」「で、て、い、け」「はい?」「出てけっつってんだこの三流詐欺師がっ!」 赤髪の女は刺身包丁を握りしめ、血走った目で少女をにらみつけた。 巫女服の少女はその剣幕にたじろぎ、思わず二歩、三歩と後ずさる。「ここ何日か客がぱったり来なくなったのを見透かして、ペテンにかけようってンだろ! テメェら詐欺師のやり口なんてわかってンだからなっ!」 そう言うと、女は刺身包丁の切っ先で入り口の脇を指した。 そこには、奇妙に捻くれた壺やら極彩色の仮面やら招き猫やらなんとも醜怪な笑みを浮かべる七福神像などが並んでいた。「い、いかにも怪しげな霊感グッズの山……」「もういい加減だまされねえ! そこに並んでるのはな、あっしの血と汗と涙が染み込んだなけなしの売上と引き換えに手に入れた反省の結晶だ! あっしからこれ以上一銭でもむしろうってンなら容赦しねえぞ!」「ええと、あの、お金とかはいいんで、とりあえず話を聞いてもらえると……」「ハッ、ここはメシ屋だぜ! お話をするところじゃねえ。注文しねえんならさっさと帰りな」「ううんと、それならこの日替わり定食の『松』を……」「ハハッ! いくら1200円の松定食を頼んだってあっしの気は変わら……えっ、松定食? お客さん、マジで松定食?」「は、はい。お昼はまだだったのでついでに……」「松定食一丁! かしこまり
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第2話 特製松定食 2/3
「むっはー! おいしい! おいしい! おいしい以外の言葉が出てこない!」「へへへっ、そう喜んでくださるとあっしも作りがいがありますねえ」 少女はウスターソースでべちゃべちゃにしたコロッケを丼飯に載せ、タルタルソースをたっぷりつけたエビフライをさくさくとかじる。アジフライには中濃ソースを細く垂らし、小骨も気にせずばりばりと咀嚼した。 口の中が油でギトギトになったら味噌汁でそれを洗い流し、柔らかくみずみずしいマグロの刺身にわさびをたっぷりつけてぱくり。続けて即席コロッケ丼をわしわしとかき込んで、また味噌汁を一口すする。「ううーん、最高すぎます! お姉さん、ごはんおかわり!」「あいよっ、大盛りにしとくぜ! ……あれ、お客さん? うしろのそいつぁ、一体何だい?」「うしろ?」 女が怪訝な顔で目をこすりつつ、少女の背後を指さす。 少女が振り向くと、そこには禍々しい気配を放つ、人型にわだかまった黒い靄があった。 慌てた少女は襟の中から大幣(神主がお祓いに用いる白い紙のついた棒)を引き抜いてバッサバッサと左右に振るった。「これは悪霊ッ! この悪霊の邪気でお客さんが寄り付かなくなってるんです! 吐普加美依身多、寒言神尊利根陀見、祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給えー!」 一瞬、店内に清浄な風が巻き起こる。 黒い靄が吹き散らかされ、みすぼらしい老人の姿が明らかになった。老人は片手に赤く塗られた細い棒を持ち、もう片手に紙束を握りしめて震えている。目も、鼻も、口も、黒くポッカリとした穴のようで、とても人間のそれではない。口は裂けるほどに大きく開かれ、いまにも少女に喰らいつかんばかりであった。「くっ、先ほどまでとは邪気が桁違いに……。一体このわずかな時間で何が!?」 じりじりとにじり寄る老人の霊に、少女が立ちふさがる。 大幣を両手でかまえながら、女に向かって叫ぶ。「と、とても危険な状態です。お姉さんは逃げてください」「あ、悪霊ってマジでいたのかよ……」「わかったなら早く逃げて!」「ああン!? 待ちやがれ、この店はあっしの城だ! 城から逃げ出す大将がどこにいるってんだ! これでも喰らいやがれっ!」「
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第3話 特製松定食 3/3
 赤髪の女は「あいよっ!」と応じてなめらかに先ほどの調理を再現する。 悪霊がまじまじとその手先を眺めているが、邪気が高まる様子はない。むしろそれは徐々に穏やかに静まっていってるのではないかと少女は感じていた。「松定食、お待ちどお!」 ほかほかと湯気を上げる定食が、盆に載せて差し出される。 少女は巫女服の袖をめくり、白くたおやかな手で悪霊の前にそれを滑らせた。「これがあなたの心残りだったのでしょう。たんとお召し上がりなさい」 悪霊は、盆の上に身体を覆いかぶせ、目から、口からどろどろと黒い粘液を垂らしている。「ちっ、相変わらず食い方が意地汚えな。ほら、じいさん用に用意したもんだからな。こいつも使ってくんな」 赤い髪の女が悪霊の前に小壺を三つ置く。 それぞれに竹を薄く削って作った耳かきが刺さっている。「お姉さん、これは?」「右からヒマラヤ岩塩を荒く挽いたやつ。隣は藻塩と抹茶粉を混ぜたやつ。最後は藻塩を軽く燻製したやつだ。このジジイはソースが重たくなってきたっつうんでな。特製の塩を用意してたってわけよ」 悪霊は、『お゛お゛お゛、お゛お゛お゛』と唸りながらそれに見入っている。「それが食う前に死んじまうなんてよお。なっさけねえ。おら、折角用意してやったんだ。冥土の土産に食ってけよ!」『お゛お゛お゛、お゛お゛お゛』 悪霊が割り箸を手にし、それをパキリと割ってフライをかじっていく。 一口食べ進めるたびに、しなびた身体が生気を取り戻していくように見えた。「刺身を塩で食うのもたまには乙だぜ。この中だと燻製塩がおすすめだな。端にちょこんとつけるんだ。おっと、わさびは要らねえぜ。燻製の匂いが吹き飛んじまうからな」『お゛お゛お゛、お゛お゛お゛』 悪霊が、燻製塩をつけた刺身を頬張り、ぶるりと震える。 続いて白飯に手を出したところで、赤髪の女が止める。「うちのメシは硬く炊いってからな。ジジイにゃ食いにくいだろう。味噌汁をぶっかけて猫まんまにしてくれたって、あっしはかまわねえぜ?」『お゛お゛お゛、お゛お゛お゛』 女の言葉に従ったのか、悪霊が丼飯に味噌汁をかける。 それをざぶざぶとかき込むと、悪霊の纏う邪気が一層薄くなった。「なんでこれを私のときには出してくれなかったんですか……?」「ああン? テメェは若いだろうが。刺身だのフライだのを塩で食うな
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第4話 ダイエットアイドル 1/4
「リョウコちゃん、やっこひとつ」「こっちは納豆単品で」「俺はお冷なー」「あいよっ! って、テメェらまともなメシを頼まねえか!」「いやーごめんごめん。ダイエット中でさ」「おいらはちょっと食欲が……」「水をいっぱい飲むと痩せられるらしい」「水しか飲まねえやつなんざ客じゃねえぞバカヤロー!」 少々寂れた商店街の一角。 旨い、安い、多いの三拍子がそろった間田木食堂には今日も多くの客が来る。普段であれば大盛りだのとお代わりだのと注文が飛び交うのであるが、今日はどうにも様子がおかしい。 来る客、来る客が、単品の小鉢だけを食べて帰っていくのである。「ちっ、テメェらは力仕事だろうが。ちゃんと食わねえともたねえぞ」 そんな客たちを前に眉を吊り上げるのは間田木リョウコ。 カウンターに並ぶ職人風の厳つい男たちを前にしても臆することなく、袖をまくりあげて三白眼でにらみつけている。 カウンターに並ぶ3人は間田木食堂の常連客で、先代のころから通い続けている顔なじみだ。「そう言われてもなあ」「ほら、OECのみんなもがんばってるし」「おいらたちも少しは痩せなきゃって。あ、お冷お代わり」「あいよっ! って水だけ飲んでんじゃねえよ! ここはメシ屋だ! メシを頼め!」 がなり立てながら、リョウコは氷水の入ったピッチャーをどんとカウンターに置く。水が飲みたければ勝手に飲めということだろう。「んで、なんだァそのおーいーしーとかいう気の抜けた名前の連中は?」「えっ、リョウコちゃんOEC48を知らないの!?」「ンなもん知るかよ。こちとら商売で忙しいんだ」「暇さえありゃ競馬新聞とにらめっこしてるくせに……」「ああン? なんか言ったか?」「い、いえ何も……」「あ、リョウコちゃん。ちょうどテレビでやってるよ」 客のひとりが天井の一角に据え付けられたテレビを指差す。 年季の入った14インチ液晶に、タイトな衣装を身に着けた少女たちが姿を現した。【こんにちわー! OEC48ですっ!】【あれー、今日もイスキちゃんはいないの?】 サングラスをした司会者が、少女たちにマイクを向ける。【すみませーん。イスキちゃんはまた計量にひっかかっちゃったみたいで……】【それ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第5話 ダイエットアイドル 2/4
「オメェではありません! 私は新進気鋭の天才除霊師稲荷屋トウカですっ」「お揚げさんが好きそうな名前だなあ」「いなり寿司もきつねうどんも大好物です!」「そ、そうか、そりゃあよかったな」 軽口に真正面から返されて、リョウコはずっこけかけた。 カウンターの常連たちは突如乱入してきた巫女服の少女に目を丸くしている。「それでトウカちゃんよ。悪霊ってのはどういうことだい? 競馬のじいさんみたいにぶっ倒れた客なんていねえぞ」「悪霊の正体はこれから見定めます! 祓い給え清め給え……破ァっ!」 トウカが懐から大幣を抜き、常連たちの頭の上でばっさばっさと振り回す。 すると常連たちの身体から黒い靄がわき上がり、空中に凝り固まって人型を成した。『……メ……ダ……チャ……ダメ……』 それはあちこちの縮尺が狂っていた。 身長は大人ほどもあるのに、頭は握り拳ほどの大きさしかない。ひらひらと飾り布がやたらについた服をまとい、腰は蜂のようにくびれ、手足は小枝ほどの太さしかない。肌は干からび、しなやかさはなく、干からびきったミイラを思わせる異形が常連たちの頭上に姿を現していた。「なんだこの出来の悪りぃ干物みてぇな野郎は……」「今日はいきなり塩とかはやめてくださいね!」「えっ、あ、ああ。ンなこたぁしねえって」 トウカに釘を差され、リョウコは塩壺に突っ込んだ手を止めた。『……ダメ……食ベチャ……ダメ……ダメ……ダメ……』 常連たちの身体から白い靄が生まれ、悪霊の口に吸い込まれていく。「ううっ……食欲がなくなってきた……」「リョウコちゃん、俺やっぱ納豆キャンセルで……」「お冷も飲みたくねえや……」 常連たちがぐったりとカウンターに突っ伏す。 みるみるうちに頬がこけ、目が虚ろになっていく。「くっ、これはいけません! 悪霊がこの方たちの生気を奪ってます!」「なんだとォ! こいつらはあっしの店の常連だぞ! なんてことしてくれてやがるんだ!」「そうなのです! 悪霊は善良な一般人を害する許しがたい存在なのです!」「昼から酒かっ食らうようなボンクラがいねぇと売上激減なんだよ!」「あ、そっち」 トウカは思わず大幣を落としそうになるが、慌てて持ち直す。「ん? 待て、酒……酒か。よっしゃ、これでも喰らいやがれっ!」「わー! なんでまた
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第6話 ダイエットアイドル 3/4
「へへへ、待たせたな。おっ、悪霊の嬢ちゃんもまだいるね」「祓わないと悪霊は消えませんよっ!」「そういうもんなのかい? それならもうちょい目利きにこだわってもよかったか」「よくないですっ!」 リョウコがエコバックを片手に上機嫌に帰ってきたとき、トウカは脂汗を流しながら悪霊と対峙していた。そんな様子がはたして目に入っているのか、リョウコは鼻歌交じりに仕入れてきたものを調理台に並べていく。「何はともあれ大物の処理からだな。こんな時間だけどよ、いい肉が残っててよかったぜ」 リョウコがまな板の上にドシンと置いたのは数キロはあろうかという大きな豚バラ肉の塊だった。 それをぐるぐると巻いていき、タコ糸でギュッと縛る。鉄のフライパンを火にかけて、タコ糸で結んだ肉塊の全面を丁寧に焼いていく。「表面を焼き固めて肉汁を閉じ込める……なんて話が昔は言われてたが、ありゃあ嘘なんだってな。肉にきっちり焼き目をつけて、メイラード反応で香ばしさを出す。こいつをやっておくと肉の臭みも抜けるから一石二鳥の寸法よ」 店内に肉の焼ける香りが充満する。 悪霊がぶるりと震え、トウカの口の端からよだれが垂れる。「キレイに焼き目がついたら今度はこれだ」 リョウコはきつね色に焼き目がついた肉塊を大鍋に入れ、そこに醤油、みりん、酒をドバドバと注いでいく。さらに砂糖をごっそりとぶち込み、ネギの青いところ、ショウガとにんにくを一欠、板昆布を入れたら火をつける。店内が煮汁の甘い香りで包まれていく。 トウカはもはや辛抱たまらず、悪霊と肩を並べてキッチンを覗き込んでいた。「弱火でじっくり、ふつふつするまで温めたら昆布を取り出し、強火でアルコールを飛ばしたら、とろ火にしてしばらく放置だ。この大きさだと小一時間くれぇはかかっちまうからよ。その間はこれでもつまんでてくんな」 リョウコは引き上げた昆布を包丁で細切りにすると、白ごまをさっとまぶして小皿に移していく。目の前に置かれたそれに、トウカはさっそく箸を伸ばした。 ほどよく歯ごたえの残った昆布に、甘じょっぱい煮汁が染み込んでいる。磯の香りが少々くどいが、胡麻の香ばしさがそれを中和した。「むはー! ただの昆布の煮物なのにおいしい!」「急ぎの作りだからな。出汁が抜けきる前に引き上げてっから旨味がかなり残ってんだよ。普段はこんな贅沢な昆
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第7話 ダイエットアイドル 4/4
「むはー! 濃厚、濃厚! これは罪の味です!」「こってり塩辛いのに箸が止まらねえ!」「この歳の胃袋には堪えるはずなのに!」「くぅぅ、こいつぁ医者に叱られたって止められねえぜ!」 トウカと常連たちが、野菜を、麺を、煮豚をわしわしとかき込んでいく。 荒々しい食感の極太麺にこってりとしたスープが絡み、一口すするとジャンクを通り越してもはや暴力的な旨味と塩味が襲いかかってくるが、よく噛むうちに小麦の香りが立ち上がる。口の中がくどくなったら野菜で中和し、煮豚をかじる。芯まで味は染みておらず、外から内に向かって味の濃淡がある。口の中の様子と相談しながら、次はどこをかじろうかと考えるのが楽しい。「インスタントの豚骨スープが出てきたときはびっくりしましたけど、こんなに美味しくなるんですね!」「おうよ、即席だって馬鹿にしていいもんじゃねえ。大食品メーカー様が威信をかけて開発してンだからな。マズイわけがねえんだ。麺だってスーパーで買ってきた出来合いのもんだぜ」「それならどうしてラーメン屋さんは自前でスープを作るんですか?」「店によって理由は違うだろうが、あっしは『微調整』ができるかどうかなんじゃないかと思うねえ。あっしにとってラーメンは定食屋の1メニューだが、ラーメン屋はその一品で勝負してるんだ。こだわって当然よ」「むむむ、ラーメン屋さんも奥が深いんですね……」「ったりめえよ! あっしの作ったラーメンなんざ、本物に比べたらままごともいいところ。けどよ、咄嗟に作ったにしちゃあなかなかの出来だろう?」「はいっ! めちゃくちゃおいしいです! おかわりっ!」「げっ、もう食いやがったのか!?」 リョウコが次の麺を茹ではじめようとするが、その前に丼の前でふるふると震えている悪霊の姿が目に入った。山脈級の爆盛りラーメンに白飯と昆布の煮物が並んだ様子は、完全にラーメンライスセットである。「なあ、悪霊の嬢ちゃんよ。そのままにしてっと麺が伸びちまうぜ?」『ウアア……ダメ……ダメ……食ベチャ……ダメ……』「食っちゃあダメなんてこと、あるわけねえだろうが。人間食わなきゃ死んじまうんだ。人間はうまいもんを食ってなんぼの生きもんなんだよ!」『食ベ……食ベチャ……食ベチャイタイぃぃぃいいい!!』 悪霊は割り箸を二膳つかむと、それを前歯でパキパキっと割って左右の手に構えた。 
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第8話 真祖吸血鬼 1/4
「うへへへ、見てくださいよリョウコさん」「へい、らっしゃ……って、まったオメエかよ」「オメエじゃないです。天才除霊師稲荷屋トウカです!」「名前で呼んで欲しけりゃ注文しな。お客以外に売る愛想は持ってねえんでな」「もうー、ケチだなあ」 昼下がりの商店街の一角。 よく言えば風格のある、率直に言えば少々オンボロな定食屋、間田木食堂にやってきたのはまたしても巫女服の少女であった。食堂の女主人、間田木リョウコは入ってきたのがトウカであることがわかると、再び競馬新聞に目を落とした。「ちょっとちょっと、今日はおすすめとかないんですか? 店長なんだからちゃんと接客してくださいよ」「っても今日は昼営業が混んでたからな。夕方の追加仕入れが来るまであの有り様よ」 リョウコが指差す先には、ホワイトボードに書かれたメニューがある。 しかしその大半に赤いペンでバツがされ、売り切れであることがわかった。「ええー、ほとんど売り切れじゃないですか! どうしちゃったんです?」「ここんところ変なことが続いて客入りが悪かったろ。そンで仕入れを絞ったら急に客が増えてな……。あっしとしたことがしくじったぜ」「へえ、客商売は水物ですもんね。そしたらナポリタンください!」「素人がわかったような口を利くんじゃねえよ。あいよ、ナポリタン一丁な」 リョウコは中華鍋にトマトソースとケチャップを入れて軽く煮詰め、そこに薄切りのベーコンとウィンナー、野菜を加えてさっと炒める。そこに冷蔵庫から取り出した茹でおきのパスタを加えてざざっとかき混ぜ、平皿に移して端にパセリを添えた。「はい、お待ちどお。ナポリタンだ。好みでタバスコと粉チーズを振ってくんな」「わっ、早い! ひょっとして、私が相手だからって手抜きしてませんか?」「バカヤロウ。あっしの料理に手抜きはねえよ。ナポリタンってのはこれ以上手間を掛けても旨くならねえ。それにトマトソースはうちの自家製だ。見えねえところで手間ァかけてんだよ」「へえ、そういうものなんですねえ。除霊師が道具をあらかじめ清めておくのと同じですね」「ンなこたぁ知るかよ。ほら、くっちゃべってねえで冷めないうちに食いやがれ」「いただきまーす!」 もとより腹ペコだったトウカは、まずは何もかけずにそのままのナポリタンをフォークに絡めて頬張った。甘く、かすかに酸味のあるソース
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第9話 真祖吸血鬼 2/4
「ぎゃぁぁぁああああああ!! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあああ!!」「リョ、リョウコさん落ち着いてください。これは悪霊の仕業ですっ!」「ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあああ!!」「ちょっ、リョウコさん何しようとしてるんですか!?」 恐怖でパニックに陥ったであろうリョウコを見たトウカは、思わず固まった。 三角巾をかぶり、ゴーグルをつけ、マスクをしたリョウコが、片手にホウキ、片手に殺虫剤を構えていたからだ。「ぎゃぁぁぁああああああ!!」『こ、こら! 何をする!? やめろっ!』 リョウコは奇声を上げながらコウモリの群れに突撃し、ホウキを振り回しながら殺虫剤を振りまく。「何やってるんですか!? 悪霊を怒らせちゃいますよ!?」「悪霊もへったくれもあるかっ! コウモリってのはなあ、ノミ、ダニ、寄生虫にバイキンの塊っていう空飛ぶウンコみてぇなやつなんだよ!」「はぁ?」「ンなもんが店ン中で大量発生したって知られてみろ! 鬼より怖ええ保健所様から営業停止をくらっちまう!」「は、はあ」 呆然とするトウカを尻目に、リョウコはホウキと殺虫剤を振り回す。「出てけ! 消えろ! 死ね! この不快害虫!」『わ、我を害虫呼ばわりだと……』「ああン? 焼き鳥にもならねえ空飛ぶウンコが一丁前に人間様の言葉をしゃべってんじゃねえ!」『この誇り高き吸血鬼を、言うにこと欠いて、ウ、ウ、ウンコだと!? 絶対に許さぬ!』 店内に満ちた邪気が高まり、コウモリがさらに密度を増す。 舞い狂うコウモリたちで空間が黒く塗りつぶされ、息をするのも難しくなったときであった。 羽音の嵐の向こうから、鈴を転がすような声が静かに響いた。「レヴ、それくらいにしておくのですわ」 『我が君よ。しかし、それでは我が誇りが……』「ヴラドスゥ家に代々仕えし真祖吸血鬼にしてわたくしの守護者、レヴナント・フメレーツィクィイの誇りとはその程度のことで傷つく安いものでしたの?」『ぐっ、承知した。ここは我が君の顔を立てて退いてやろう』 邪気が急速にしぼまり、無数のコウモリが一箇所に集まっていく。 コウモリたちは絡み合い、溶け合い、陽光さえも吸い込みそうな漆黒の塊となると、それが徐々に人型を成していく。 そして現れたのは、病的に青白い肌をした痩せた少年であった。片目を黒い眼帯で覆い、残る瞳も黒曜石の
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第10話 真祖吸血鬼 3/4
「だぁー! 言わんこっちゃねえ。ほら嬢ちゃん、椅子並べてやっからここに寝てな」 リョウコは床に倒れたメアリーを軽々と抱え上げ、並べた椅子の上に寝かせた。 2階に駆け上がって毛布をつかんでくると、それを少女の上にかける。「腹ァ空かしてんのにあんな大道芸をすっからだ。さて、どんなもんが食いたい? 好物はあるかい?」「わ、わたくしは聖餅とミルクしか……」「我は処女の生血と上等の赤ワインしか嗜まん。こんな下賤な店のメニューなど知るものか」「おいおい、いい加減役から離れろって。まあいいや。苦手なもんはあるかい?」「わかりませんの……」「何度も言わせるな。我に下賤の食事などわからぬ」「はいはい、わかりやしたよ。そんじゃあこっちで勝手に作るぜ」 メアリーの額に冷たいおしぼりを乗せ、リョウコはカウンターへ入る。 そして冷蔵庫からタッパーを取り出して、一口大にカットされた濃いピンク色の肉片をまな板の上に並べていった。「リョウコさん、それは何です?」「ああ、こいつは牛レバーよ。たっぷり時間をかけて流水で洗ったあとに、酒と醤油に漬けといたもんだぜ。世が世なら生でも食える逸品よ」「ええ、レバーですかあ……。私、正直苦手なんですよねえ」「誰がテメェの好き嫌いを聞いてるんだこのトンチキが。まあ、レバーが苦手ってのはわかるがな。独特の食感と臭みがあるし、調理や下処理が悪りぃとそれが際立ってクソ不味くなる。論より証拠だ。ちっと焼いてやるから試してみやがれ」 リョウコはレバーの両面に塩コショウを振り、フライパンで両面をさっと焼いた。 湯気を上げるそれを小皿に置き、ごま油を垂らし小ねぎを散らしてトウカの前に置く。「はい、お待ちどお。味見してみな」「えっ、ぜんぜん焼いてないけど大丈夫なんですか?」「いいから騙されたと思って食ってみねえ」「は、はい……」 トウカは恐る恐るレバーに箸を伸ばす。 そしてそれを口の中に入れ……表情が一変した。「むっはー! おいしいです! プリッとしているのに舌の上でドロっと溶けて、濃厚なのに臭みが全然ない! レバーって言えばねちゃねちゃしてるのにボソボソで、そのうえ鉄臭くって嫌いだったのに!」「へへへ、そうだろうよ。レバーってのは火入れに気を使う食材でな。焼きすぎるとどんな上等なレバーでもぼそぼそで鉄臭くなっちま
last updateLast Updated : 2026-07-13
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