Masuk俺は潟梨翔平(かたなししょうへい)大学生。 毎日無気力に生きて、年の瀬のバイト帰り、除夜の鐘をたまたま撞くことになるが、その時に何かが体から解脱する感覚を得る。 特に意識もせずに家に帰った元旦の朝、そこには赤褐色の肌を持つギャル鬼の羅璃(ラリ)がいた。 ぶっきら棒でガサツで喧しいそのギャル赤鬼は、自分の煩悩が分かれて生み出されたのだと語る。 煩悩を受け止めて昇華しないと消えてしまうという羅璃がオレのことを連れまわすことになるのだが…果たしてその煩悩の塊である彼女の行動に振り回される俺はこの問題を受け止めて解決することができるのか?
Lihat lebih banyak朝日が差し込み始めた部屋で、俺は目を覚ました。
いつもの、何もない天井。
いつもの、何も変わらない部屋。ダルい朝だ。二度寝しようかと思った、その時。
視界の端に、何か、違和感のある動くものが。 ……あれ? 何か、いる? ゆっくりと視線を向けて、俺は固まった。ベッドサイドの、何も置いていないはずの床に、誰かが立っている。
しかも、とんでもないのが。 燃えるような赤色の肌。染めたのか地毛なのか分からない金髪と黒髪のストライプカラーで
ハーフツインテ?で緩やかなウェーブのかかった髪は肩まで伸びている。頭からは、尖った二本の角が伸びている。
全身には、見たこともない禍々しい文様が、まるでタトゥーかアザのようにびっしりと刻まれている。
なのに、顔立ちは妙に整っていて、大きな瞳はギラギラと輝いている。そして、身に纏っているのは、どう見ても都会で見かける派手なギャルファッションだ。
ミニスカートに派手なへそや肩が隠れないトップス、ダボ付いたソックスに厚底ブーツ。 そのアンバランスさが、目の前の存在の異常さを際立たせていた。 「……え?」 思わず声が漏れた。状況が理解が飲み込めない。
寝ぼけているのか? 悪い夢でも見ているのか?
赤鬼ギャルは、俺の戸惑いを楽しむようにニヤリと笑った。「あー、やっと起きた。
けたたましい、だけど印象に残る声。開いた口の中には立派な犬歯が並んでいる。
聞いているだけで全否定でダルくなるような、遠慮の欠片もない物言い。なんだこいつ。どうして俺の部屋にいる?
「誰だ…あんた…」
恐怖で声が震えた。 現実じゃない。こんなこと、ありえない。 「えー? 私、「は…?」
「いや、意味わからないです…てか、何勝手に人の部屋に上がり込んでるんですか…!
出てってもらえますか?!」 布団から半身を起こして、
「は? 何言ってんの? 出てけるわけないじゃん。
私、あんたの体から出ちゃった煩悩せいで、このままだと消滅しちゃうんだけど? あんたに生きる気力取り戻してもらわないと、困んの、私なんだから!」「消滅? 知りません… けど、消えるならご自由に」
「うっわ、マジ鬼畜〜!お前が鬼か?!
そーいうとこがマ・ジ・で、無気力っつーかクソダルいっつーか、ヤバイんだって! だから、私が強制的にアンタに喝入れて、生きる楽しさ教えてあげなきゃなんないワケ!」 一方的にまくし立てる
そして、次の瞬間。
「ハイ! じゃ、早速だけど今日から一日中付き合ってもらうから!
とりま街とか連れ回して、アンタのくすんだ目に鮮やかな色を焼き付けてやる!」
その力強さに、俺はなす術もなかった。
物理的に抵抗するのもダルいし、何より目の前の現実についていくのが精一杯だった。
改めて、目の前の
そして、その肌を隠しきれていない、際どいギャルファッション。
ミニスカートからは健康的な太ももが覗き、胸元も結構開いている。一般的な感覚なら、いやでも目に焼き付くような、刺激的な光景のはずだ。
俺は、ただ純粋に、その身体に刻まれた文様や、肌の赤さについて考えていた。
どういう原理でこうなってるんだ? すると、
「ふーん? しょーへーも、やっぱ男じゃん? 私のナイスバディに見惚れちゃったわけ?」
そう言って、
俺は、彼女のプロっぽい(ように見える)ポージングに、感心とも呆れともつかない感情を抱いた。
煩悩がどうとか言ってたけど、こいつ、すげぇ承認欲求強そうだな。「……別に。その文様見てただけ」
俺は正直に答えた。煩悩とかどうでもいいから、早く元の生活に戻りたい。
そのためには、こいつが消える条件を知る必要がある。 俺の言葉を聞いた
「はぁぁぁぁぁ!?!? は? モンヨウ?
私のこの完璧なナイスバディを前にして、モンヨウとか見てんの!? マジありえんのだけど!? あんた、本当にチ〇コあんの!?!?」
俺は淡々と答える。別に嘘じゃない。本当に何も感じないんだから仕方ない。
「なっ…! ウッソだろ!? ちょっと! これ見ても何も感じないワケ!?」
しかし、俺の心は氷のように冷たいままだった。
何も響かない。全く、これっぽっちも。 (なんか、大変そうだな…こんな一生懸命アピールして。疲れないのかな) むしろ、
「ヤバ…ヤバすぎる…このしょーへーって奴、マジで欠陥品じゃん…私の存在意義に関わるんだけど…」
ブツブツと何かを呟きながら、
「改めて…その、身体の文様」
俺の言葉に、
「これ。なんだかよく分かりませんが、すげぇ禍々しい感じの文様。これって何ですか?」
俺の質問に、
「これはね、アンタが今まで見て見ぬふりして、心の奥底に押し込めてた『煩悩』が、私の体を縛りつけてる『呪印』みたいなもんなんだよ」
「呪印…?」
煩悩が呪印? 意味が分からない。
「そう。食欲とか、物欲とか、怒りとか、嫉妬とか、めんどうくさい人間関係とか、将来への不安とか…アンタが『ダルい』とか言って向き合ってこなかった全部」
「それが、私という存在を形作り、同時にこうやって私の体を縛りつけてる。
だから、私がこんな禍々しい見た目なのも、性格がワガママで騒がしいのも、全部アンタの煩悩のせい!」「俺のせい…?」
なんだか理不尽な言い分だと思った。
勝手に現れておいて、俺のせいだと?「そうだよ! で、この呪印…この文様が消える条件はただ一つ。
アンタが、その文様になってる煩悩とちゃんと向き合って、受け入れて、そして乗り越えること」
「アンタが煩悩を一つ克服するたびに、私の体から文様が一つ消える。そして、文様が全部消えたら…」
「文様が全部消えたら、私は完全に自由になる! この煩悩の呪縛から解放されるんだ!」
「だから、私は必死なの! アンタが煩悩を抱えたまま無気力だと、私もこの禍々しい姿のままだし、下手したら存在すら不安定になる。
私の綺麗な肌を取り戻すためにも、そして…完全に自由になるためにも、アンタには絶対に煩悩を解放してもらわなきゃ困るわけ!」 相変わらず意味不明な状況だけど、
こうして、俺の無気力な日常は、煩悩まみれの赤鬼ギャルによって、問答無用にかき乱され、そして「煩悩解放」というよく分からないミッションが加わったのだった。
ライブの興奮冷めやらぬまま、俺と羅璃は三軒茶屋のライブハウスを後にした。 耳の奥ではまだ轟音が響いているような、身体中にビリビリとした振動が残っているような感覚だ。 圧倒された。でも、どこか、心地よかった。 観客の熱狂、ミサト先輩の歌声、そして……サクラのギター。 あの場の全てが、俺の中に何かを刻みつけた。 ◇ ライブハウスの狭い入り口から外に出ると、夜の冷たい空気が肌を刺す。 周囲には、ライブ帰りらしき若者たちがまだ多く、興奮した様子で感想を言い合っている。 俺も、羅璃も、言葉少なだった。頭の中が、今日の出来事でいっぱいだ。 すると、後ろから声を掛けられた。「……潟梨君」 聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこに立っていたのは……思わず息を飲んだ。 衣装もメイクもそのままの、天宮司さくらさんだ。 白いゴシックロリータファッションに、切れ長のアイメイクと黒いリップ。 普段の、大学のマドンナとしての姿とは全く違う、まさに「白き堕天使達」のギタリスト「サクラ」の姿だ。その姿は、羅璃のほとんど人間になった(でも角と赤い瞳は健在の)羅璃姿にも負けず劣らず、夜の街中で異彩を放っている。 羅璃の赤い肌と、サクラの白い衣装のコントラストが、鮮烈だ。 周囲の視線が、一斉にサクラさんに集まる。さすがにあの格好では、ただ歩いているだけでも周囲をざわつかせてしまうだろう。 天宮司さんことサクラは、振り向く俺たちに微かに会釈した。そして、まっすぐに俺の目を見て、言った。「……明日……講義のあと……話しましょう」 それだけ言うとサクラは、周囲のざわめきを気にする様子もなく、踵を返し、人混みの中に消えていった。まるで、幻を見たかのような、あっけない立ち去り方だった。
高橋先輩のバンドのライブは、三軒茶屋のライブハウスで行われるらしい。 ダルい。 三軒茶屋なんて、普段降りることもない駅だ。 ネットで調べたところ、そういった店や人が集まる街として割と有名らしい。 全く興味がなかったので本当に縁がなかった。 そして、『ライブハウス』……行ったこともない場所。 高橋先輩に教えてもらったライブハウスの住所を頼りに、羅璃と共に三軒茶屋の街を歩く。 羅璃は新しい服を着て、上機嫌だ。 俺も、新しい服と髪型で、少しだけ……ほんの少しだけ、いつもよりダルさが少ない気がする。 でも、ライブハウスという未知の場所への不安の方が大きい。 細い路地に入っていくと、それらしい場所が見えてきた。 ライブハウス。 想像していたよりも、ずっと入り口が狭くて、古びている。 雑居ビルの地下にあるらしく、入り口のドアも小さくて目立たない。 中から、かすかに音が漏れてくるけれど、それがどんな音なのかもよく分からない。(……やめようかな……) 覚悟を決めて来たつもりだった……でも未知に対する抵抗……怖気づいた。 こんなところに、入るのか? 何が待っているのか分からない場所。 人がひしめき合っているであろう場所。 ダルい。 面倒だ。 ……帰りたい。 何度も引き返したくなった。 羅璃に「やっぱりダルいから帰る」と言おうかと思った。 でも、羅璃は、期待に満ちた目でライブハウスの入り口を見つめている。 彼女の身体に僅かに残る文様。 それを全て消すためには、俺は進まなければならない。 すると、俺たちの横を、それらしい若者たちが通り過ぎていく。 黒っぽい服を着て、少しだけ尖った雰囲気の人たち。 彼らは、何の躊躇もなく、吸い込まれるようにライブハウスの
羅璃に連れられ、古着屋の衣装に着替えて美容院で髪型変えた後、その足で俺は羅璃を伴ってコンビニのバイトに入った。 見習いとして働くことになった羅璃は、意外とバイトを楽しんでいるようだった。 デカい声で接客したり、商品の陳列に勝手に手を加えたりと、相変わらず騒がしいが、佐藤店長はため息をつきながらも、もう何も言わない。 羅璃の持つ、場を掻き乱すけれど、なぜか憎めない雰囲気にチャラにされているのかもしれない。 その日のシフトも、高橋先輩と一緒だった。 そして、高橋先輩は、俺の姿を見た途端、目を丸くして固まった。「……え……潟梨くん……!?」 高橋先輩の声が、驚きに震えている。その視線は、俺の新しい服と髪型に釘付けだ。「……うわ……マジで……え!?」 高橋先輩は、俺の全身をまじまじと見て、感銘を受けたような、信じられないような表情をしている。 いつものサバサバした高橋先輩からは想像できない、完全に動揺した様子だ。「……ずいぶん……変わったね……」 高橋先輩が、絞り出すように言った。 その言葉には、素直な驚きと、そして、何か別の感情が混じっているように聞こえた。 隣にいた羅璃が、得意げに胸を張った。「でしょー! 高橋先輩! マジ別人でしょ? 超イケてるでしょ?」 羅璃は、高橋先輩に詰め寄る。高橋先輩は、まだ俺から目が離せないでいる。「あ、あの……うん……すごい……どうしたの? 急に…」 高橋先輩は混乱している。 無理もない。普段スウェットとTシャツで、髪もボサボサだった俺が、いきなりそれなりに整った格好をしているのだから。 羅璃は、ニッと笑った。「いやー、それがさ! せっかく高橋先輩のバンドのライブ見に行くのに、いつものしょーへーのくそダサいカッコじゃ、話になんないなーって思って! だから、私が手伝って、コーディ
大学での授業の合間、羅璃と一緒に学食でご飯を食べていた。 羅璃は、俺の学食のメニューに興味津々で、「うっわ、これ安いのに美味しそうじゃん!」と俺のトレイから勝手に唐揚げを一つ摘んだ。 ダルい。 人のもの勝手に取るなよ。「ねーねー、学食って毎日メニュー違うの? 明日は何があるかな?」 羅璃は、学食という場所自体を楽しんでいるようだった。 俺は、味がどうこうより、ただ腹を満たせればいい、という考えだったので、羅璃のように食事自体に興味を持つことはなかった。 食堂でもふりかけだけ持ち込んで白飯で済ますことさえあった。 これも、羅璃が言うところの「食欲」という煩悩を、俺が軽視していたということなのだろうか。 羅璃とそんな他愛もないやり取りをしていると、近くを通りかかった人物に気づいた。 天宮司さくらさんだ。 学食には、いつも一人で来ていることが多い。 今日も、トレイを持って席を探しているようだ。羅璃も、天宮司さんの存在に気づいたらしい。 一瞬、羅璃の顔に緊張の色が走ったが、天宮司さんはただ普通に、少し離れた席に座った。 何も起きない。羅璃の身体の文様が消えることもない。 羅璃は、警戒を解いたのか、「なーんだ」という顔をして、再び唐揚げを頬張った。 天宮司さんは、座った席から、俺と羅璃の方をちらりと見た。 そして、微かに、本当に微かにだが、口元に笑みを浮かべたように見えた。「……上手くやっているみたいね」 声に出して言ったわけではないだろう。 でも、視線と表情で、そう言われたような気がした。 俺と羅璃が、食卓を囲んで一緒に食事をしている。 その様子を見て、天宮司さんは何かを感じ取ったのだろうか。 羅璃の本質を認識できる天宮司さんだからこそ、羅璃が俺に