「悪霊は、この中にいます!」「へい、らっしゃい! って、いまなんて?」 昼下がりの商店街。 シャッターの降りた店がちらほら見える、少々寂れたその片隅。 古びた2階建ての1階、定食屋間田木食堂での出来事だった。 その少女は建付けの悪い引き戸をガラリと開け放つと、店内の一角をびしりと指して黒い前髪をかき上げた。白地に朱色の縁取りが入った巫女服の袖から細い指が伸びているが、その先をたどっても別に何もいない。「悪霊です。そこに悪霊がいるんです!」「ああン? ちょっと待て、イヤホン外すから」 オープンキッチンのカウンターの中にいた赤髪の女が、怪訝な顔をして片耳に挿したイヤホンを抜き、念入りににらんでいた競馬新聞を置いた。爪を短く切った人差し指で、こめかみをぽりぽりとかきながら聞き返す。「えーと、あっしの聞き間違いじゃなきゃあ、悪霊っつったか?」「ええ! 悪霊です! このお店は悪霊に取り憑かれています!」「で、て、い、け」「はい?」「出てけっつってんだこの三流詐欺師がっ!」 赤髪の女は刺身包丁を握りしめ、血走った目で少女をにらみつけた。 巫女服の少女はその剣幕にたじろぎ、思わず二歩、三歩と後ずさる。「ここ何日か客がぱったり来なくなったのを見透かして、ペテンにかけようってンだろ! テメェら詐欺師のやり口なんてわかってンだからなっ!」 そう言うと、女は刺身包丁の切っ先で入り口の脇を指した。 そこには、奇妙に捻くれた壺やら極彩色の仮面やら招き猫やらなんとも醜怪な笑みを浮かべる七福神像などが並んでいた。「い、いかにも怪しげな霊感グッズの山……」「もういい加減だまされねえ! そこに並んでるのはな、あっしの血と汗と涙が染み込んだなけなしの売上と引き換えに手に入れた反省の結晶だ! あっしからこれ以上一銭でもむしろうってンなら容赦しねえぞ!」「ええと、あの、お金とかはいいんで、とりあえず話を聞いてもらえると……」「ハッ、ここはメシ屋だぜ! お話をするところじゃねえ。注文しねえんならさっさと帰りな」「ううんと、それならこの日替わり定食の『松』を……」「ハハッ! いくら1200円の松定食を頼んだってあっしの気は変わら……えっ、松定食? お客さん、マジで松定食?」「は、はい。お昼はまだだったのでついでに……」「松定食一丁! かしこまり
Última actualización : 2026-07-13 Leer más