「で、でも私は特別明るいわけでも面白いわけでもないので、先生を元気にできないと思いますよ」「……僕は別にそういうのを望んでいるわけじゃないよ。ただ一緒に居るだけで心が温かくなって……元気になるってこと」「えっ……」ただ一緒にいるだけで――その言葉の意味を考えるより先に、胸の真ん中あたりが急激に熱くなった。「な、七海先生。そんなこと言いますけど、先生は私のことをあんまり知りませんよね」失礼かとは思いながらも、思い切って質問した。「どうして? なぜ知らないって思うの?」先生のこの爽やかな優しい笑顔、本当に反則だ。「なぜって……先生は産婦人科のお医者さまなので、あまりお話する機会がないというか……。だから、私のことはそんなに知らないんじゃないかと思って……」確かに入院病棟は同じ階にあるので、他の先生方よりは会っているかも知れないけれど……「たまに藍花ちゃんとは話したりするよね」「は、話すというか、挨拶するというか……」「それで十分じゃない?」「えっ?」「僕はね。いつも藍花ちゃんの可愛い笑顔と、その優しい声に癒されてるんだ」「そ、そんな、可愛いなんてとんでもないです!」きっとからかわれている。私がこんなイケメンに可愛いなんて思われてるはずがない。それなのに、次の瞬間、七海先生は伸ばした手でそっと私の髪に触れた。「可愛いよ、すごく。もしかして藍花ちゃんは自分で気づいてないの?」私は、そのあまりにも近過ぎる距離に思わずのけぞった。七海先生のとても甘い声に、心臓が高鳴り、脈拍がどんどん早くなるのがわかる。この気持ちはいったい何なのか?「お、お世辞は辞めて下さい。私なんかより可愛い人は病院にたくさんいます。特に産婦人科の看護師さんは皆さん可愛いじゃないですか」「そうかな……。僕の中での可愛い女性の定義に当てはまるのは、藍花ちゃんなんだけど」
一瞬で顔が真っ赤になった。定義とかって言われても……次から次へと連続して押し寄せてくる私への褒め言葉に戸惑いが隠せない。「笑って。藍花ちゃんの笑顔は、僕の疲れた体に1番よく効くお薬みたいだから」七海先生……とびきりの優しい笑顔と共に放たれる甘いセリフにドキドキが止まらない。いったいどういう顔をして受け止めればいいのだろう。「さあ、行こう。お腹空いたな、何食べよっか」私達は駅の近くにある中華料理店に入り、そこでは他愛もない話をして楽しく食事をした。七海先生は聞き上手だし、話し上手。患者さんに人気がある理由が改めてわかった気がした。「すみません、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。本当にありがとうございました」「いえいえ。その代わり、またどこか行こうね。藍花ちゃんと一緒に大好物のエビチリとチャーハンを食べたら元気になれたよ。明日も……仕事頑張れる」「そ、そんな。また行こうなんて彼女さんに申し訳ないです」七海先生レベルなら、独身だけど、さすがに彼女はいるだろう。いないわけが……ないか。「彼女?そうだね。確かに2年前まではいたような気もするけどね。もう忘れたよ。君がうちの病院に入ってきた頃の話。それからはずっと1人でいる。全く寂しい男だよ」七海先生は苦笑いした。「彼女さん、どうしていないんですか?先生みたいに……その……イケメンさんなら女性がほおっておかないんじゃないですか?病院にも先生のファンはたくさんいますし」ミーハーのようでかなり失礼かとは思ったけれど、思わず聞いてしまった。うちの病院の七不思議の1つを――「ファン……ね。確かにこんな僕に好意を示してくれる人もいて有難いなって思うよ。でも……彼女を作るのは難しいね」
こんな僕……?七海先生みたいな素敵な人が、そんな言い方をすることに違和感を覚えた。まさか、七海先生、自分に自信がないのだろうか?「今日、先生と話してわかりました。私を気遣っていっぱい話をして下さって。すごく穏やかで優しい人なんだなって思いました。だから、皆さんが先生のことを信頼したり、素敵だなって思ったりするんだろうなって。……あっ、すみません、偉そうですよね」それに少し強引なところがあることも知った。人は、話してみないとわからないものだ。先入観だけで人を判断してはいけないと改めて感じた。「偉そうなんかじゃないよ。そんな風に言ってくれて素直に嬉しいよ。さっきも僕のことイケメンさんって言ってくれたしね。だけど、上手くいかないね。本当に想ってもらいたい人にはなかなか想ってもらえなくて……」たまに見せる七海先生の切なげな表情は、憂いを帯びていて、とても妖艶で胸を刺激する。「とにかく、また誘うね。今日は帰ろうか。駅まで送るよ」「あっ、はい。本当に今日はありがとうございました。美味しかったです」七海先生はわざわざ私を駅に送り届けてから、近くに止めてあった車で一人暮らしのマンションに帰っていった。今日の七海先生とのやり取りは、いったい何だったのだろうか?わけのわからない余韻を残した感情は、行き場を探しながら頭の中をぐるぐる回った。
今日はまた白川先生に注意された。中身は全然たいしたことじゃない。それほどキツく言われたわけでもないのに、勝手に落ち込んでしまってる。私だけが白川先生に睨まれてる気がして……最近、先生と話すのが少し憂鬱になっている。中川師長に相談しようかとも思っているけど、何だか言えないまま時間が過ぎていた。それに、先生は正しいことを言ってるだけで、私が強くなって成長すればいいだけの話。グジグジ悩んでいる自分がいけないんだ。だけど……苗字の呼び捨てはそろそろ止めてもらいたいし、色々考えると負のループに陥っている気がする。「邪魔」「えっ!あ、すみません」振り向くと白川先生がいた。驚いてすぐに横にズレたけど、こんな広い廊下で特に邪魔になっているとは思えなかった。「蓮見」「は、はい!」「お前、今日の夜の予定は?」「えっ、よ、予定……?」「無いんだな。わかった、じゃあ今夜付き合え」えっ、えっ!?私にはかなりヘビーな内容過ぎて、何を言ってるのか理解できなかった。「あの……私、予定が無いとか何も言ってません」「無いんだろ?」定期的に会ってくれる彼氏もいない上に、確かに今日は何も予定は無い。それでも、勝手に決めつけるなんて失礼な話だ。「な、無かったら何なんですか?」白川先生の言い方が気に入らなくて、つい反抗的な返事をしてしまった。「仕事が終わったら、フラワーショップの前で待ち合わせ。いいな。必ず来いよ」何を言われてるの?フラワーショップは、病院を出て数分行ったところにあるけど、そこで待ち合わせをするの?誰と誰が?頭がパニックになる。「あ、あの!ちょっ、ちょっと無理やり過ぎませんか?急にそんなこと言われても困ります」日頃の恨みだろうか。まだまだ新人の看護師が、白川先生にこんな言い方をするなんて。自分の発言に自分で驚いた。「黙って待ってろ。いいな」え、嘘、行っちゃった……白川先生の行動に呆気にとられて動けない。勝手に決めて、待ってろなんて、めちゃくちゃ強引過ぎる。まさか、私があまりにどんくさいからお説教されるのだろうか、それとも、もしかしてクビにされるとか!?
どうしよう……私はもっと看護師を続けたいし、誰かの役に立ちたい。しっかりしていないにしても、辞めさせられたらあまりにも悲しい。無理やり約束させられて、白川先生の意図がわからなくて困惑する。とにかく――今は何も考えないようにするしかない。モヤモヤはするけれど、きちんと仕事をしなければ。私は、気持ちを切り替え、仕事に戻った。***言われた通りフラワーショップに向かいながら思った。今日は外来がかなり混んでいたから、白川先生の方が遅いはず。きっと疲れているだろう。イライラしていないか心配になる。いったい今日は何を言われるんだろうか。考えていると自然に足取りが重くなる。「あ……」目の前にはフラワーショップ。もう着いてしまった、先生はまだ来ていない。少しホッとしている自分がいて、変な気分だ。確かに、本来なら、何を言われるのかもわからないのに、こんなにも不安になる必要はない。必要はないのだけど……白川先生は、本当にカッコ良い。認めざるを得ないくらいの「超イケメン」だと思う。だけど、私の中ではあの意地悪な感じのせいで全部台無しになっている。白川先生も、七海先生みたいに優しかったら……きっともっと素敵な男性だと思えるのに。「藍花!!」その時、誰かが私の名前を呼んだ。藍花……って、この声、いつも聞いてる……って、嘘!!「し、白川先生!」どうして先生が私の名前を?いつもは「蓮見」としか呼ばないのに。いったい何が起こってるの?「待たせたな、悪かった」「え……」白川先生が、私を名前で呼んだ上に謝っている。こんな展開、予想もしていなかった。この人は、本当にあの白川先生なのか?いつもとの違いに大いに違和感を感じた。「藍花、どうした?そんな顔して」「あっ、えと、すみません。……ちょっと驚いてしまって」つい本当のことを口走ってしまった。「なぜ驚く?」「な、なぜって……」
答えに困っていると、「まあいい、歩くぞ」白川先生は、そう言って黙って歩きだした。とても横には並べなくて、私は少し下がって着いていった。ん……?先生の歩幅、いつもと違う……病院ではかなり足早に歩く先生に、私は小走りで着いていくのが必死だ。なのに、今日は私に合わせてくれてるのだろうか。そんなこと、あるはずないとは思うけれど。「ここでテイクアウトしよう」「……ハンバーガーですか?」「ハンバーガーは嫌いか?」「い、いえ、好きです。でも、テイクアウトしてどこかで食べるんですか?」「ああ。いいところがある」テイクアウトしたハンバーガーを、白川先生と一緒に食べるなんて信じられない。何が起こっているのか、理解に苦しむ。私達はハンバーガーを買って、また歩きだした。目的地がどこなのかはわからない。ただ2人の地面を踏む音だけが、夜の静けさの中に響いている。「ここ」先生が足を止めたのは、病院から歩いて7分くらいの場所だった。目の前に流れる浅めの川。その両側が川原になっていて、土手を降りて、広いスペースに置かれたベンチに腰掛けた。3人がけのベンチの真ん中にはドリンクが2個。見上げると夜空に綺麗な月が浮かび、それが川面に写って何とも幻想的な雰囲気をかもし出している。時折、秋の風が優しく頬をかすめ、体に当たる澄んだ空気がとても心地良かった。遠くの方に目をやると、大きな陸橋をライトを付けた車が行き交っているのが見えた。「寒くないか?」「はい、大丈夫です。すごく気持ちの良い夜ですね」「ああ、そうだな」高い位置に光る星がこんな綺麗に見える場所……今まで知らなかったのが残念だ。白川先生は、いつからこの場所を知っているのだろう?「はい、これ」私は、袋からハンバーガーを取り出して渡してくれた先生に、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。まだ少し温かい。「すみません。ご馳走になります」「ハンバーガーで悪いな」「いえいえ、嬉しいです」先生、また謝った……今日の先生は、本当に別人なのかも知れない。もしかして双子だったりして、入れ替わって私を騙してるのかも……なんて、思わずバカな想像をしてしまう。
「いただきます。あの……先生、ちょっといいですか?」食べる前にどうしても聞きたくなった。「何?」「私、今から外科医の白川先生と2人でハンバーガーを食べるんですよね。なんかこの組み合わせがどうもよくわからなくて。なぜ、私はここにいるのでしょうか?」「……内科医なら良かったか?」「え?えっと……その……」真面目な顔をして困ってたら、白川先生は突然私の目の前に顔を近づけた。「真剣に考えるな。笑え」この距離感に、思わずハンバーガーを落としてしまいそうになった。今、すぐ目の前にある白川先生の笑顔。月の光にほんのりと照らされて、一つ一つの顔のパーツがはっきりと私の視界に入り込んできた。ほんの数秒でギブアップ――あまりの美しさに直視することができない。私はサッと正面を向き、冷静を装うためにハンバーガーを口にした。小刻みに震える手。緊張で飲み込みにくいことを悟られないように、ドリンクで必死に流し込んだ。「ど、どうして私に声をかけてくれたんですか?今日ここに来た理由は……?」念を押すように、また質問した。確かに嫌な答えなら聞きたくない気もするけれど、早く答えを聞きたい気もした。「理由……か」「は、はい。私、今日誘われてからずっと思ってました。白川先生に……怒られるのかなって。だからすごく緊張してて」「なぜ?俺がどうして怒る?」「え?どうしてって……あの、私、いつも先生に注意されてばかりなので……。もちろん、私が仕事ができないのが悪いんですけど」「……藍花は俺に怒られたいの?」「そ、そんなわけないです!怒られたいなんて思ってません。思ってるわけないです。それに、私のことを藍花って呼ぶのも変ですよ。いつも病院では「蓮見」って呼ぶのに」「お前は「蓮見 藍花」だろ?だったら蓮見でも藍花でも同じだ」その理屈、かなり変――同じじゃない、全然。
「先生は他の看護師には「さん付け」なのに、私だけ「蓮見」って呼び捨てにするの、ちょっと……嫌でした。怖い感じがして、嫌われてるような気もして。それに、いきなり藍花って呼ばれるのもやっぱり……何だか変です」ずっと心でモヤモヤしていたことをようやく口に出せた。「名前で呼ぶのは歩夢も一緒だ」「それは歩夢君が男子だからいいですけど……」白川先生は少し黙ってしまった。もしかして怒らせてしまったのか?この空気に耐えられないと思い始めたその時、白川先生は空を見上げながら言った。「蓮見も、藍花も……どちらもとても美しい名前だ。だから、つい呼び捨てしたくなる」「えっ……」「藍花……って呼ばれるの、そんなに嫌か?俺は……お前を藍花って呼びたい」私の耳元まで近づいて甘く囁いたその声が、あまりにセクシーで艶っぽくて、私は腰が砕けそうになった。何なのか、この展開は?かろうじてベンチから滑り落ちないように耐えたけれど、今、私の体は急激に熱くなっている。心臓も激しく動き出し、何だかよくわからない状況に動揺が隠せなかった。自分に何が起こっているのか、まるで理解できない。七海先生に感じた妖艶さ、それとはまた違う白川先生の色気――どちらからも、大人の男性として申し分ない魅力を感じるけれど、やはりタイプは全然違う。当然、同じわけない。正直、今の今まで白川先生のこんな一面を見たことがなかった。全く知らなかった男としての部分を発見し、すごく不思議で複雑な感じがした。そうか……白川先生のファンは、みんなとっくに気づいてたのだろう。この、何とも言えない先生の魅力に。いつもすぐ近くにいたのに、私が先生のことを怖がり過ぎて気づかなかっただけなんだ。好きとか嫌いとか、よくわからない。まだ苦手意識だって全然消えないけれど……それでもたぶん、今までよりは白川先生に怯えなくて済むような気がして、少しホッとした。「あ、ありがとうございます。名前を褒めてもらえて嬉しいです。両親も喜びます」何を言ってるんだろか、動揺し過ぎだ。気の利いたことを言えない自分が情けなくなる。白川先生に呆れられたかも知れない。
翌日、堂本先生が内科の診察前に、私に会いに来てくれた。「済まなかったね、昨日は」「まさか蒼真さんに電話されるとは……びっくりしました」「何だかね……無性に電話しないとって体が勝手に動いてた。自分でもよくわからないけど……そうしなきゃいけないって」「先生は優しい人です」「買いかぶりすぎだよ」「いいえ。じゃなかったら、電話なんかしないですよ。でも……本当にありがとうございました」「え?」「蒼真さん、喜んでいましたよ。堂本先生が電話をくれたこと。そして……堂本先生に申し訳なかったって言っていました」「……そっか……。久しぶりに昨日は学生時代の頃のことを思い出しながら眠った」「そうなんですか?」「ああ。不思議と楽しかった思い出ばかりが浮かんできて……なんだか懐かしかった。いつまでも彼女のことを引きずっているなんて、未練がましくて情けないってことがわかったよ。ほんと、バカだった」先生の顔は、優しくて安堵感に溢れていた。「堂本先生……」「これからは、僕も新しい人生を楽しみたいって思ってる」「よかったです。めいっぱい楽しくて幸せな人生を送ってくださいね。私も蒼真さんも、堂本先生に素敵な未来が訪れるって信じてます」「ありがとう、嬉しいよ」「私も先生に負けないよう、楽しい人生を送れるようにしたいと思います」蒼真さんと蒼太と3人で……「そうだ。新しい病院が決まったんだ。僕の実家がある近くに友達のクリニックがあるんだけど、ずっと前から声をかけてもらっててね。そこで一緒に頑張っていこうと思う」「そうなんですね。寂しいですけど……頑張ってくださいね」「ああ。彼女とならうまくやっていけそうだし」「彼女?女医さんですか?」「僕の幼なじみ。幼稚園の頃からのくされ縁でね。本当に優秀な内科医なんだ。……なんだかね、昔から僕のことが好きみたい」「えっ!」「もちろん、僕にはまだ彼女に対して恋愛感情は無いけどね。まぁ、でも、この先はどうなのかわからないしね」幼なじみの間柄、何だか勝手に恋の予感を巡らせた。堂本先生がとても嬉しそうだからかな。いろんなことが吹っ切れたような爽やかな表情に、私は心からホッとした。「いつかまた……蒼真さんに会いに来てください。いつでも堂本先生のこと大歓迎ですよ。あの人も楽しみにしていると思います」「……そうだね、またいつか
「藍花……」「蒼真さん……?」「もっともっと俺のことを好きになって……」「……あっ……」蒼真さんの手のひらが私の頬に触れる。そこから直に伝わってくる愛情。蒼真さんへのどうしようもない愛しさが、私の体を巡る。「でも、どれだけ俺を好きになっても、俺が君を好きな気持ちには勝てないけどね」キュンと胸を貫く甘い言葉。自然に唇を塞がれて、蕩けそうになる。こんなことが私の日常にあることが今でもまだ不思議で仕方ない。上から下まで、とてつもなく美しい蒼真さん。年齢を少し重ねた私達。それでも、この妖艶な魅力を醸し出す蒼真さんに、私はいつだって心を奪われる。「堂本先生の話を聞いて、改めて思った。君の心は、誰にも奪わせない。どんな宝石をも盗み出す怪盗にだって……この体と心は盗ませない」「蒼真さん……」「何があっても俺のそばから離れるな」「はい。絶対に離れません……」幸せだった。いくつになっても蒼真さんに抱かれる幸せは、私の最上の喜びだ。「藍花のこと気持ちよくしてやるから」その言葉をきっかけに、蒼真さんの愛撫が始まった。嬉しい……本当に……嬉しい。「ああんっ……はぁ……っ」「ここ、気持ちいいんだろ?」「はあっ、ダ、ダメっ」「ダメじゃないだろ……こんなに濡らしてるくせに」「で、でも……っ」「もっとしてほしい……って、言って」耳元にかかる熱い吐息。蒼真さんの唇がそっと耳に触れると、体が勝手に身震いした。「ああっ、も、もっと……して……」体中がしびれ、我慢できないほどの快感に包まれる。言葉で表すことのできない刺激的な快楽が押し寄せる。「藍花……可愛いよ」「蒼真さん……はぁっ、い、いいっ、気持ち……いい」蒼真さんの舌が私のいやらしい部分に這う。どうしようもなく濡れている場所をさらに愛撫され、私はもうどうなってもいいと思った。「イキたい?」「は、はい……もう……我慢できないっ」蒼真さんは、人差し指で私の秘部の奥を何度も突いた。こんなことをされたら……「ああっ!ダ、ダメぇ!もう……イッちゃう……」案の定、私は簡単にあっけなく絶頂を迎えた。蒼真さんに私の敏感な部分を全て知られ、逃げることなんてできない。もちろん……逃げたいなんて思わないけれど。「蒼真さん……」「ん?」「蒼真さんは……本当に私の体で満足してます
「……残念だな。確かに……嘘だよ」「……う、嘘?」「彼は、僕の彼女の告白を見事に断った。僕のことを裏切った彼女にも腹が立つけど、1番憎いのは白川先生だよ。彼は何もかも持っているのに、誰1人女性を相手にしようとしなかった。そういうところがめちゃくちゃ嫌いだったよ。余裕があるっていうか……」嘘だったと聞いて、信じていたとは言え、心からホッとした自分がいた。「蒼真さんは誠実な人なのに、勝手に悪者にしないでください。そんな理由……ひどいです」「……君はほんとに彼のことが好きなんだね。よくわかったよ。それに、白川先生も……嘘偽りなく藍花さんのことが好きなんだろうね」「……」そうだといいなと、一瞬考えてしまった。蒼真さんに嘘偽りなく愛されたい――私は心からそう思った。「どんな女も寄せつけない男が選んだんだ、君は相当良い女なんだろう」「そ、それは……。で、でも、これ以上、蒼真さんに何か言ったり変なことしたら私、許しませんよ」「強いな、君は。別に、今まで彼に何かをしようと思った事はないよ。もう忘れていたし、僕は僕の道を進んでいた。なのに、白川先生が突然連絡してきて……。あれだけ女性を相手にしなかったくせに、君みたいなとても素敵な女性を奥さんにしていたから……。結局、ああいう男が、君みたいないい女を手に入れるんだと思うと、なんだか無性に腹が立ってきて……。あの時彼女を奪われた僕の気持ちを白川先生にも味合わせてやろうと思ってね」「そんな……」「僕の密かな企みは結局失敗に終わったけどね。残念だけど、僕じゃ、彼には到底かなわないってことだな」堂本先生は苦笑いした。「僕はね、あれから誰かを好きになることができなくなってしまったんだ」「えっ?そんな……」「本当のことだよ。彼女ができても、またフラれるんじゃないか、誰かに盗られるんじゃないかって思うと怖くてね。情けないけど、誰かを好きになることができなくなってしまって」「堂本先生……」何だかその告白に胸が痛くなった。トラウマになってしまった先生の気持ちはわからなくはない。でも、それは蒼真さんのせいではない。彼氏がいながら、他の男性に告白した女性が悪いと思う。「今の病院すごくいいでしょ?働きやすくて、みんないい人ばかりだ。正直、そんな中でこんな歪んだ心を持った自分が、これから先、うまくやっていける自信は
蒼太が小学校の高学年になり、私は蒼真さんの勧めで、近くの病院で看護師として働きだした。蒼真さんの知り合いの内科の先生がいる地元では有名な総合病院。松下総合病院と比べると、かなり規模は小さいがそれなりに立派な病院だった。いろいろ教えてくれる中川師長のような頼りになる先輩がいてくれて、とてもありがたかった。私は、外科の病棟に勤務していた。「藍花さん。少しは慣れましたか?」「あっ、堂本先生。はい……と言いたいところですが、まだまだです。堂本先生がこちらの病院を紹介していただいたおかげで本当に助かりました。ありがとうございました」「いえいえ。白川先生から頼まれると断れません。彼は僕の学生時代の友達ですから」「主人からも聞いています。堂本先生はとても優秀だから、勉強させてもらいなさいと」スラット背が高く、白衣も似合っていて、とても落ち着いた雰囲気のある真面目な先生だ。病院内の評判もとても良い。看護師達からの信頼も厚く、患者さんにも人気がある。松下総合病院で頑張っている蒼真さんと同じだ。「とんでもない。学生時代から彼の方がとても優秀で、僕なんか足元にも及ばないですよ」「……あっ、いえ。短期間ですが、先生を見ていて立派な方だとわかります」「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえると嬉しいです」「よかったら、1度、食事でもいかがですか?」「本当ですか?主人も喜びます」「……あ、いや。できれば、藍花さんと2人で話がしたいんですけど……。いろいろと……」えっ、2人きりで?……と、心の声が口から出そうになった。堂本先生の突然の誘いに驚き、なんと答えればいいのかわからなかった。「……ダメかな?」「す、すみません。2人きりはちょっと……。ナースステーションの誰かを誘ってみんなで行きませんか?」そう言った途端、堂本先生の顔つきが険しくなった。「みんなでワイワイするのは好きじゃないんだ。落ち着いたところで、白川先生の学生時代の話とか……できたらいいんだけど……」「主人の学生時代の話ですか?」そう言われると、とても興味がある。それでも蒼真さんに内緒で行くことはできない。「ああ、そうだよ。学生時代の白川先生のことを君に教えてあげたくて。聞きたくないの?」「き、聞きたくないことはないです。でも……」「とても興味が湧く話だと思うけどね」
僕はその結果に心からホッとしながらも、正直、自分を情けなく思った。自分にとって何よりも大切な人がこんなになるまで頑張っていたのに……無理していることに気づいてあげることができなかった。結果、桜子に不安を与えてしまい、痛い思いをさせてしまった。医師として、そして、彼氏として本当に申し訳ないことをしたと心底反省した。医師だから、体も心も強いわけではない。もがきながら、苦しみながら、逃げ出したい気持ちもある中で、みんな必死に患者さんのために頑張っている。僕も今回の事を教訓にして、桜子の体調も気にしながら、お互い励ましあって、支え合って生きていきたいと思った。もう二度と桜子を不安にさせないと、心に誓った。「ごめんね。本当に心配かけて。何だかみんなに心配をかけてしまって……恥ずかしい。これからは、一生懸命、妊婦さんや婦人科の病気を抱えている人のために頑張っていくね。あ、でも、自分の体にも気をつけていきます」「……うん。そうだね。僕もたくさんの人の命を守りたい。その気持ちを永遠に持ち続けて、そして、桜子のこと、必ず……幸せにしたい」「蒼太さん……?」「本当はもっとロマンチックな形で言いたかったけど、今どうしても君に伝えたいから」「えっ?」「桜子。僕たち結婚して、夫婦にならないか?」「……蒼太……さん?」「お互いに支え合って、いつまでもずっと一緒にいよう。絶対幸せにするから、僕についてきてほしい」「……嬉しい。蒼太さん、私、とっても嬉しいよ」「ほんと?」「うん、私を選んでくれて本当に本当にありがとう」「こちらこそ……。うわっ、すごくドキドキした」あまりの緊張に思わず心臓を抑えた。「私もドキドキしたよ。ありがとう、ほんとに嬉しい」「うん、僕も嬉しい。良かった……」病院の片隅、僕たちは永遠の愛を誓った。泣きながら笑うなんて変だけど……でも、こんなに幸せでいられることに感謝しかなかった。***それからしばらくして、両親と僕たちは川の近くにあるキャンプ場にやってきた。流れる水がとても綺麗で、心地よい風が吹いている。最高のキャンプ日和だ。早速、近くにテントを張ってバーベキューの準備をする。父も母も、桜子の元気な姿を見て、とても嬉しそうだった。「何だか蒼太の子供の頃を思い出すわね。川辺で遊んでいる姿がとても可愛かったわよね。ほ
数日して、桜子が胃カメラを受ける日がやってきた。一旦腹痛も治まり、翌日には退院して、仕事にも戻っていた。僕の両親と桜子、4人でその話をしたら、父も母もとても心配していた。父は外科医、母は看護師、2人とも熱い志を持って今も仕事をしている。2人とも可愛い桜子に対して何かしてあげたいとの思いを語ってくれた。「お父さん、お母さん。私のことをそんなに心配してくださって、本当にありがとうございます。産婦人科医として働いている自分が病気になるなんて……すごく情けないです」桜子は沈痛な面持ちで頭を下げた。「何を言ってるの。人間は病気になるものよ。でも病院に行って治療を受ければ大丈夫。病院と先生を信じてね。きっと良くなるわ。情けないなんて言っちゃだめよ」母が丁寧に諭すように言った。看護師としての母も、普段の母も、とても穏やかで優しい人だ。「お母さん……。励ましていただいてとっても心強いです」「いえいえ、私は昔、外科医である主人によく怒られていたのよ。笑顔で患者さんに接して、決して不安にさせてはいけないって」「別に怒っていたわけじゃないよ」父が照れながら言う。僕にはわかるけどね、父は母のことが大好きで、でも、うまく気持ちを伝えられずに、そういう態度で接してしまっていたんだって――「とにかく患者さんに優しく不安を与えずに治療を続ける主人を見て、とても感動したの。患者さんは先生に頼るしかない。わからないから不安になる、だから、先生に優しくされたら心から安心するのよね。主人と関わる患者さんは皆そうだったわ」「……そのくらいでいいから」「お父さん、照れすぎだよ。お母さんはそんなお父さんのことをいつだって尊敬していた。僕もその姿を見ていたから、お医者さんになりたいって子供の時から決めてたよ。無事に父さんと同じ外科医になれて本当に良かったと思ってる」「そうよね。だってそのおかげで蒼太は、桜子さんと出会うことができたんだもの」「お母さんがお父さんと出会ったように……ですね」桜子が少し目を潤ませて、そう言った。「そうね。私も主人と出会えて本当に幸せよ。可愛い桜子さん、本当に蒼太と出会ってくれてありがとうね。病気の事はきっと大丈夫だから。信じましょう。元気になったら、みんなでバーベキューでも行きましょう」「うわぁ、楽しみです。バーベキューなんて小学生の時以来で
優秀な外科医である父の背中を見て育った僕は、昨年研修医を経て、無事に父と同じ外科医となった。まだまだ未熟だけれど、志は熱い。これからたくさんのことを学んで、多くの患者さんを救いたいと心に誓っている。大学病院の外科での仕事は大変だけれど、それを支えてくれる父や母、そして、僕の彼女の「相川 桜子」、みんなのおかげでモチベーション高く頑張れている。桜子は同じ大学で医学を学んだ同士であり、現在は産婦人科医として頑張っている。父や母の知り合いの七海先生の話はよく聞いていたが、僕も、産婦人科医はとても大変で尊い仕事だと認識している。桜子とは新米の医者同士、励ましあったり、知識を共有したりして、お互い尊敬しあっていてとても良い関係だ。そう、彼女は、僕の最高のパートナー。来年あたり結婚して、仲の良い楽しい家庭を作りたいと思っている。もちろん、授かることができれば、かわいい赤ちゃんも欲しい。僕の両親もそのことをとても喜んでくれていて、優しくて品があって、努力家の桜子のことをすでに娘みたいに可愛がってくれている。***そんなある日のこと。桜子はいつものように実家から大学病院に向かった。電車を降りて病院まで歩いている途中の事だった。桜子が急に腹痛を訴えて倒れ込み、たまたま近くにいた人が救急車を呼んでくれ、僕たちが勤める大学病院に運ばれた。知らせを聞いて、僕は慌てて桜子の元に飛んでいった。桜子はお腹を押さえ、冷や汗をかいてベッドに横たわっていた。「桜子!大丈夫か?」「あっ、ごめんね。仕事中なのに」「何言ってるんだ。そんなこと気にするな。それより大丈夫なのか?」「……うん、急にお腹を刺すような痛みがして……」僕は目の前にいる桜子を見て、胸が張り裂けそうなくらい不安になった。一体何が起こったのかと心配で心配でたまらない。なのに、今の自分には何もしてあげることができず、医師として情けなくて悲しくて、無力さを痛感した。「蒼太先生。桜子先生は今から検査に入ります。すみませんが、しばらく待っていて下さいね」「わかりました。先生、どうかよろしくお願いします」 「大丈夫ですよ。しっかり検査させていただきます。終わったらまた連絡しますね」「お世話になります。ありがとうございます」僕はそう言って、担当の先生に頭を下げ、不安な気持ちを抱えたまま外科に戻った
伯母さんに結婚をせかされてから数日後、僕は、いつものように松下総合病院で仕事をしていた。「歩夢さん。あの……私、もうすぐ退院ですよね」「そうですね。よく頑張りましたね」「あの……退院する前に話しておきたいことがあって……」しばらく入院していた田川 紗英さんに、突然話しかけられてびっくりした。「……どうかしましたか?田川さん」「……入院中、仲良くしてくれてありがとうございました。すごく不安で仕方なかったけど、歩夢さんのおかげでリラックスして手術も受けれたし、術後もいっぱい励ましてもらったから今日まで頑張れました」僕より2つ年下の彼女。気づけば、田川さんは僕のことを名前で呼んでくれていた。「ありがとうございます。そう言ってもらえたら嬉しいです。少しでも田川さんのお役に立てたならよかったです」「少しだなんて。歩夢さんにはたくさんたくさん励ましてもらいました。私、すごく……幸せでした」「そんな大げさですよ、幸せだなんて。これから先、あなたにはたくさん幸せなことが待っていますから」「そうですかね……。私にも何か良いことありますかね」「もちろんですよ。絶対あります。田川さんは、退院したらやりたいこととかあるんですか?」田川さんは、小柄で女性らしいふんわりとした印象のある、とても可愛らしい人だ。しかも、性格が良い。趣味の話や、テレビや食べ物の話など、いろいろなことを話している中で意気投合することも多かった。きっと、こんな人と結婚したら毎日楽しんだろうなと、ほんの少し思ったりもした。「……やりたい事はたくさんありますよ。映画も見たいし、ショッピングもしたい。キャンプに行ってバーベキューもしてみたいし、夜空の星を見るツアーにも参加してみたい。あっ、遊園地にも行きたいですね。あとは……う~ん、まだまだやりたい事がいっぱいあってまとまりません」必死に語る田川さんが可愛く思えた。「いいじゃないですか。楽しみがいっぱいですね」「でも……」「でも?」「どれもこれも1人では寂しいです。2人でなら楽しいことばかりですけど……」田川さんは目を閉じて、そして、何かを想像するかのように微笑んだ。「ん?仲良しの友達がいるんですか?」「……友達はいますけど……そういう楽しいことを一緒にしたいと思うのは、やっぱり……」田川さんは、急に僕から視線を外し戸惑
「歩夢、いい加減、そろそろあなたも結婚とか考えたらどうなの?いつまでも1人じゃ寂しいでしょ」伯母の中川師長にまた同じ質問をされた。もう何度目だろう。もちろん、伯母さんだって本当は言いたくないだろうけど……「だから、いつも言ってるように、僕には彼女がいないんだから結婚なんてできないよ。相手がいなきゃ、結婚はできないんだからね」「当たり前でしょ。そんなことわかってるわ。ほんとに毎回毎回同じことばかり。歩夢にはその気がないの?」今日の伯母さんはいつも以上に必死だ。「その気がないわけじゃないよ。でも……病院にいたら出会いなんてないよ」「そうはいうけど、今どきネットとか出会いはたくさんああるんでしょ?何か試して前に進んでみたら?この間も、私の知り合いの娘さんが、その……なんて言うのかしら?マッチングアプリ?そういうので、素敵な人と出会ったらしいわよ。いろんな相手がいてね、こちらが興味を示したらボタンを押すんですって。それを見て相手も興味を持ってくれたら、会ったりするんですって~。すごいわよねぇ~」伯母さんの口からマッチングアプリなんていう言葉が飛び出すとは思ってもみなかった。確かに……伯母さんの助言は有難いと思う。だけど、今の僕には誰かと付き合うなんてまだ考えられない。正直、藍花さんと離れて数年、他の誰かを好きになることはなかった。無理して誰かを好きになろうとも思わなかった。僕は……きっとこのまま独身のまま人生を終えるのだと……そんな気がしていた。それでもいいとさえ思っていた。「伯母さんの気持ちは本当にありがたいけど、もう少し今は仕事を頑張っていたいんだ。まだまだ未熟だし、仕事が1番楽しい。もっと勉強して、いろんなことを知りたいから。そうだ、伯母さんこそマッチングアプリとかしてみれば?良い相手が見つかるかも知れないよ」「な、な、何を言ってるのよ!伯母さんをからかわないで。ま、全く何を言ってるのかしらね。私がマッチングアプリなんてするわけないでしょ」かなり慌ててる伯母さんをみたら、さらにからかいたくなった。「伯母さんも第2の人生を楽しんでみたら?イケメンでお金持ちの人もいるかも、僕、断然応援するよ」「私のことはいいのよ、ほんとにもう。歩夢……。あなた、もしかして、まだ藍花ちゃんのことを?」伯母さんにはとっくの昔から僕の気持ちを見抜かれ