新解釈「聖女」

新解釈「聖女」

last updateLast Updated : 2026-07-01
By:  酔夫人Ongoing
Language: Japanese
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聖女は、王家のもの――そんな常識を、北辺境の聖女は力で叩き壊す。 魔素汚染と魔獣に苦しむ辺境で育ったアリアは、神託で聖女に選ばれ、王家からの「求婚」という名の命令に激怒し、ふと、考えた。 「私が女王になれば、王子様と結婚しなくていいよね?」 革命を決意したアリアが手に入れた切り札は、超面倒くさがりな魔塔の主。 「研究費を優遇してくれるならいいよ」 恋愛感情ゼロの政略結婚はこの先どうなるのか。

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Chapter 1

第1話 戦神、聖女になる

(血の匂いにも、もう慣れてしまった)

雪解け水を含んだ地面はぬかるみ、倒れた魔獣の体液がアリア・ヴァルグリムの靴底にまとわりつく。

重く淀んだ空気を吸い込むたび、喉の奥が焼けるように痛んだ。

(また魔素が濃くなってる)

北辺境では珍しいことではない。

(王都の浄化は、ここまでは届かない)

聖女の浄化が届かないこの地では、魔素に侵された魔獣との戦いが日常だった。

「アリア、左!」

兄フィンの鋭い声が飛ぶ。

考えるより先に体が動く。

身を沈めたアリアの頭上を黒い爪が掠め、空気を切り裂いた。

「遅い」

アリアは地を蹴る。

銀色の剣閃が走り、魔獣の胴を一刀で断ち切った。

巨体が轟音を立てて倒れた、その瞬間だった。

「……え?」

胸の奥が熱い。

心臓から全身へ何かが溢れ出し、見えない波紋のように広がっていく。

「これは……浄化?」

少し離れたところにいるフィンの呟きにアリアは目を見開く。

アリアも周囲を見渡して、息を呑んだ。

灰色に濁っていた空気が澄み渡り、肺が驚くほど軽い。

まとわりついていた息苦しさが消え、冷たい風が心地よく頬を撫でる。

「……空気って、こんなに美味しかったのね」

思わず漏れた呟きに、その場にいた騎士たちが一斉にざわめいた。

浄化が使える女性は『聖女』と呼ばれる。

この瞬間、北の辺境の地で新たな聖女が誕生した。

 ◇◇◇

「終わったか」

城壁に立っていた長兄カイムは、離れたところから上がった狼煙に肩の力を抜いた。

弟妹が派遣された場所から上がる煙は、魔物が掃討されたと知らせるものだった。

次兄レオンハルトも肩を回しながら辺りを見渡した。

そして気づく。

「呼吸が楽だ……」

レオンハルトの呟きで、カイムも肺の重さが減ったことに気づく。

「王都から届く浄化が急に強くなったのか?」

その言葉にカイムは首を横に振る。

「そんなはずはない」

王妃であり聖女でもあった女性が亡くなって一か月。

国中が次の聖女を探しているという噂は辺境にも届いていた。

「兄さん……でもこれは、浄化だ」

「……どういうことだ」

.

カイムのこの疑問は数時間後に解決した。

「アリア?」

父と母も揃い、彼らは前庭で魔物の討伐に送り出した者たちを出迎えた。

アリアたちがやって来る。

元気な姿にホッとした次の瞬間。

家族の顔がぴしりと固まった

アリアを中心に澄み切った空気が静かに広がり続けている。

誰が見ても分かる。

浄化だ。

「まさか……」

レオンハルトが息を呑む。

アリアは照れくさそうに頬をかいた。

「私が、次の聖女みたい」

「「聖女って柄じゃないだろ、お前!」」

兄二人の声がぴたりと重なり、アリアは膨れる。

「兄さんたちまで、フィン兄さんと同じこと言わないでよ」

アリアが頬を膨らませると前庭に笑いが広がった。

しかし、その笑いは長くは続かなかった。

「旦那様! 奥様! 大変でございます!」

屋敷へ戻るなり、執事ハンスが血相を変えて飛び込んでくる。

普段ならドラゴンの群れが現れても「来ましたよ~」くらいの調子で報告する男が慌てている。

「何事だ?」

緊急事態だと察した父ローデリヒが問うと、ハンスは大きく息を吸った。

「王都から王太子殿下の使者が出発したそうです」

一瞬で部屋の空気が凍りついた。

◇◇◇

数週間後――。

全員が窓から外を見ていた。

彼らの視線の先には、雪煙を上げながら一直線に駆けてくる騎馬隊。

そして風になびく王太子の旗。

そして数十分後。

「辺境伯ローデリヒ様! 王都より、王太子殿下のお言葉をお届けに参りました!」

父ローデリヒは深く息を吐き、苦笑した。

「……来ちゃったよ」

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第2話 宛名が違います
「アリア」王太子からの使者が待つ部屋に入る直前。母エリスはアリアの両肩を掴み、真剣な眼差しを向けた。「あなたは私たちの自慢の娘よ」「ありがとう」「だから、使者に何を言われても気を強く持つのよ」「……なんで、私が傷つく前提なの?」アリアの言葉にエリスは首を傾げる。「だって、あなた、聖女らしくないもの」「え? 見た目はいけると思うんだけど?」恐る恐る尋ねると、エリスは優しく微笑んだ。「見た目は問題ないわ」微笑みが増す。「見た目"は"ね」「……それ。見た目しか褒めるところがないって意味になるよね」助けを求めるように兄たちを見る。「見た目は聖女っぽい」「父さん譲りの銀髪に、母さん譲りの蒼い瞳。色合いは完璧だな」「だが、中身が聖女じゃない」「最後の一言いらない!」アリアが抗議すると、父ローデリヒが咳払いをした。「エリス。最後に娘へ助言を」「ええ」「ちょっとお父様!」エリスはローデリヒに抗議の声を上げるアリアへ向き直る。「分厚い薄絹を何百枚も被ったくらいの気持ちで、おしとやかに振る舞いなさい」「……分厚い薄絹って。それは薄絹と言って良いの?」誰も答えてくれなかった。◇◇◇「聖女マリア様、王太子殿下よりお手紙を預かっております」応接室に響いた最初の一言で、アリアの眉がぴくりと動く。(マリア?)視線だけ家族に向ける。全員微妙な顔をしている。だが使者は気づかない。緊張しているのだと勝手に解釈し、胸を張った。「王太子殿下は、マリア様を正妃として迎えられることを大変喜んでおられます」「……そうですか」アリアの反応が薄い。使者は少し首を傾げながらも、赤いリボンを解いて便箋を広げた。「それでは、お読みいたします」咳払い。「"今夜、城下の灯りがとても綺麗に見えるらしい"」(……ん)「"マリア、それを君と見たい。いつか君が好きだと言った甘いミルク酒も用意しよう。お礼は、私のシャツ一枚だけを羽織った君の姿で――"」そこで使者の声が止まった。便箋とアリアの顔を何度も見比べる。「どうかなさいました?」アリアはにこやかに尋ねる。「わ、私は、その……」「私、王太子殿下にお会いしたことはありません。先日成人したばかりですので、ミルク酒も飲んだことがありませんわ」使者の背中を冷
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第3話 王子と結婚?
使者が帰ったあと、応接室には何とも言えない空気が流れていた。しばらくの沈黙を破ったのは父ローデリヒだった。「さて……どうするか、ではないな」ローデリヒは娘を見る。「アリア。お前はどうしたい?」アリアは迷うことなく答えた。「結婚はしない」「そうだな」ローデリヒは満足そうに頷く。「うちの娘が、相手の名前さえ間違えるほどのアホに嫁ぐ必要はない」「そこは私も同感」アリアは小さく笑う。しかし、母エリスは表情を曇らせた。「でも、聖女の浄化は必要よ」部屋の空気が引き締まる。「魔素は年々濃くなっている。このまま聖女が現れなければ、辺境だけじゃない。この国のどこかで、これからも大勢の人が苦しむわ」アリアは黙って頷いた。そのことは誰よりも理解している。だからこそ、聖女になったことを嫌だとは思わなかった。嫌なことはアホと結婚することだ。「聖女は、やっぱり王都へ行かなきゃ駄目なんだよね」「ええ」エリスは静かに頷く。「王城には魔力増幅装置があるもの」魔塔が何代にも渡って完成させた巨大な魔導具。聖女の浄化を何倍にも増幅し、国中へ届ける唯一の装置だった。しかし巨大すぎて動かすことはできず、王城から持ち出すこともできない。「つまり、聖女が王城にいればいいんだよね?」「そういうことね」アリアは腕を組み、小さく唸る。「それなら教えて」「何だ?」ローデリヒが促す。「どうして王子様と結婚する必要があるの?」家族全員が一瞬黙った。「えっと……」フィンが口を開く。「そう言えばそうだな」「だよね」アリアは満足した顔で頷く。「だったら、結婚しなくても私がお城に住めば同じじゃない?」確かに理屈は間違っていない。だが、誰もすぐには反論できなかった。「でも、どうやって城に住むの? 行儀見習いとか? まさか侍女になるとか言わないわよね」エリスが言うと、アリアはにっこり笑った。「もっと簡単な方法があるじゃない」「……何かしら」「私がお城の主になればいいのよ」エリスは嫌な予感がした。「アリア……」「つ・ま・り」アリアは満面の笑みで宣言した。「私が王様になります!」部屋が静まり返る。「……何てことを考えるの、あなたは」エリスは額に手を当てた。「無理よ」「そうかな?」首を傾げる娘に頭を抱える母親とは対照的に、父親は
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第4話 王都の常識
王都ルクスハイム。白い城壁に囲まれた王城では、国王オスヴァルトが宰相ヴァルターを呼び出していた。「辺境から聖女が見つかったと聞いた」王妃であり聖女でもあった女性が亡くなって一か月。ようやく次代の聖女が現れたという知らせだった。「はい。北部辺境伯ヴァルグリム家の令嬢、アリア様でございます」「ほう」オスヴァルトは満足そうに頷いた。「ようやく見つかったか」王座の横に立つ王太子セドリックへ視線を向ける。「求婚の使者は送ったのだろうな」「もちろんです」セドリックは胸を張る。「辺境ですからね。時間が掛かると思い、すぐに送りました」「珍しく気が利くな」「求婚状なんて、どれも似たような内容ですから。以前書いたものを、そのまま使いました」ヴァルターの眉がぴくりと動く。嫌な予感しかしない。「失礼ですが、殿下」「何だ」「聖女様のお名前をご存知ですか?」「マリア」即答だった。「ちょうどマリアに宛てる手紙があったから、それを送っておいた」ヴァルターは頭を抱えたくなった。「殿下。聖女様のお名前はアリア様でございます」「そうだったか?」「はい」「大丈夫だろう」セドリックは気にも留めない。「マリアのほうが聖女らしい名前じゃないか」(そういう問題ではない)フレデリックのほうが王子らしいと言われたら改名するのか。しないだろう。ヴァルターは心の中だけで盛大に突っ込んだ。「名前など些細なことだ」今度は国王まで頷く。「聖女は王家へ嫁ぐ。それは建国以来の決まりだ」「辺境育ちの娘でしょう?」セドリックは肩を竦める。「多少礼儀がなっていなくても、こちらで教育すれば済む話です」「そうだな」国王は笑った。「聖女は浄化を行い、王家の子を産み、国を支える。それだけでよい」「辺境の娘が王家に迎えられるのだ」セドリックも笑う。「むしろ感謝されるでしょう」その場にいた貴族たちも小さく頷いた。誰一人、その考えを疑わない。ヴァルターだけが静かに息を吐く。(報告書を読まない陛下も、思い込みだけで話を進める殿下も……)言いたいことは山ほどある。だが、言って聞く相手ではないことも、長年仕えてよく知っていた。「使者が戻れば話は進む」国王は満足そうに玉座へ深く腰掛ける。「婚礼の準備も始めるとしよう」王城の誰もが信じていた。聖女は
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第5話 追い返された使者
数日後。王城の謁見の間には、何とも言えない空気が漂っていた。「……追い返された?」王太子セドリックは、戻ってきた使者を見下ろした。「はい……」使者は青ざめた顔で跪いている。「求婚状をお渡ししたところ、聖女様から『私の名前はアリアです』と……」「それで?」「『マリア様とお幸せに、と王太子殿下へお伝えください』とのことで……」「は?」セドリックの眉が寄る。「そのあと、『私への求婚でしたら、次はちゃんと私宛てのお手紙を持ってきてください』と仰られ……屋敷を出るよう促されました」部屋が静まり返る。やがて一人の貴族が乾いた笑いを漏らした。「名前を間違えただけで、ですか?」「辺境育ちですからな。礼儀を知らないのでしょう」別の貴族も苦笑する。「王太子殿下からの求婚ですぞ。普通なら涙を流して喜ぶ場面だ」「まあ、田舎娘ですからな」笑いが広がる。しかし、宰相ヴァルターだけは笑わなかった。(だから言ったのだ)言ってはいない。だが、心の中では何度も言っている。ヴァルターは何度目か分からないため息を吐く。「失礼ながら陛下」ヴァルターは国王へ向き直る。「改めて正式な使者を立てられてはいかがでしょうか」「必要あるまい」国王オスヴァルトは一蹴した。「聖女は結局、王都へ来るしかない」居並ぶ貴族たちも頷く。「王城には魔力増幅装置がありますからな」「あれは城から動かせない」「つまり、聖女が力を最大限に使うには王都へ来る以外に道はない」誰もが当然のように言う。「少々気が強いようですが、王城で教育すれば済むことです」「兄たちと魔獣退治ばかりしていた娘でしょう」「戦神などと呼ばれて調子に乗っているだけですよ」「王城へ来れば現実を知ります」セドリックは鼻で笑った。「所詮は辺境の娘だ」その言葉に、その場の誰も異を唱えなかった。ただ一人、ヴァルターを除いて。(……嫌な予感しかしない)名前を間違えた求婚状を見て怒るのは当然だ。それを「気が強い」で済ませている時点で、この場の誰も聖女アリアという人物を理解しようとしていない。だが、その危惧を口にしても聞く耳を持つ者はいなかった。「ともかく」国王が話を締める。「聖女は王都へ来る。それまで婚礼の準備を進めよ」「はっ」謁見の間に一斉に声が響く。王家も、貴族たちも、誰一人
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王都のはずれにある魔塔。真っ黒の石壁から「黒曜魔塔」と呼ばれているが、元は真っ白な石壁を清掃する予算がないだけのボロボロの塔である。高くそびえる塔の最上階で、この塔の主であるルシアン・ノクスは書類を睨んでいた。「……また、減ってる」机に広げられた予算表を、その長い指で叩く。「防衛魔術研究費、三割減。代わりに“聖堂改修費”の増額……か」ルシアンの向かいに座る研究員が、苦笑した。「王都は平和ですからね」「平和だから王都から出ない。出ないから、知らない振りができる」ルシアンは椅子にもたれ、天井を仰ぐ。「王都には聖女がいる。天然の対魔物結界だ。だから、魔術師は要らない。魔術師たちの研究棟であるこの塔もぼろぼろ……世知辛いな」「でも、ほら、貴族からの依頼は、増えています……から」「そんな下らないもの、増えなくていい。俺が欲しいのは、好きな研究をする時間と金だ。注文品の魔導具を作るために魔法を学んだわけじゃない」ルシアンはぴしゃりと切り捨てる。貴族からの依頼。自分を三割増しによく見せる魔導鏡。身にまとうだけで威圧感が出る魔導マント。肌のハリや艶を増す魔導香炉。(馬鹿馬鹿しい。誰が美人になろうが、それで俺に何のメリットがある)このルシアンは究極の面倒臭がりだ。できれば一日中ベッドの上で過ごしていたいという人物である。「人間の三大欲求は全部ベッドですませられるのに、なんで排泄はそうはいかないんだ」ルシアンの夢は体内の排せつ物が自動で別の場所に転移される魔導具と、ベッドの上から動かずに体を常に清潔に保てる魔導具を作ることである。 「そもそも、何だって聖堂改修費が必要なんだ?」「聖女が見つかったからです」「だから?」「聖女と王太子殿下が結婚式をするから、聖堂をキレイにしようってことですよ」呆れたようにルシアンは肩を竦める。「今度の聖女様、一体どんな夢を見ているのだか」王子様との華やかな結婚式を夢みているだろうと思ったルシアンは悪くない。それは一般的な意見である。ただ、今代の聖女が規格外なだけ。今代の聖女、アリアが考えているのは王位簒奪である。ある意味で、夢と言えば夢である。 ルシアンは、予算削減の紙を丸めてくず籠に放った。ナイスイン。流石、動かないためにコントロールを磨いただけはある。そして、あくびを一つ。
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5
「やることは簡単なのです。聖女として城に入って、王様たちを制圧します。聖女の護衛ということで、お兄様たちが帯剣して謁見する許可も下りています」「三人とも、か?」「ええ、三人全員です。辺境の田舎者である兄たちに、滅多にできない王城見学を許す……みたいな手紙が王子様から届きました」アリアの言葉に、誰かが深いため息を吐いた。「……馬鹿なのか?」「馬鹿なんだな」「馬鹿だろう」馬鹿の三段活用。「ヴァルグリム三兄弟の武力なら国一つを落とせると言われているのだぞ」辺境伯たちの呆れた声に、アリアが口を開く。「だから、その、国落としをしにいくんですってば!」「あ、ああ、そうだったな……自分たちの国だけどな……」アリアを宥めるように頷きつつも、むうっと彼は眉間にしわを寄せる。「王族の守りである近衛兵たちはどうする? 国の騎士たちの中でも屈強な者たちが揃っているぞ」「お母様の古巣ですね」”ああ、そうだった”という空気がこの場で流れ、視線がエリスに向かう。エリスは一つ咳払い。「近衛隊の同期に連絡してみたところ、”いいんじゃない? 協力するよ”という返事をもらいました」エリスの答えに、全員が仰天する。「近衛騎士と言えば、王家への忠誠心が高いことで有名ではないか」「そう言うことになっていますが、実態は違います」噂と実態が異なる。よくあることではあるが、いいことではない。 「この国で真面目に騎士になりたいと思っている者は、辺境伯家の騎士団に憧れています」エリスの言葉に、その憧れの騎士団の管理者である辺境伯たちは満足気に頷く。「私も、騎士学校で優秀な成績を納め、『牙』の入団テストを受ける日のことを指折り数えておりました。それが、”美人だから、この子にする”という感じに近衛兵に抜擢されてしまった。このときの悔しさが分かりますか?」確かに美人だからなあ、と多くの者が思った。しかし、誰もそれを言うことはできなかった。いまエリスが握っている彼女の愛槍は小刻みに揺れていたから。下手なことを言ったらアレが飛んでくると、全員が口を噤んだ。「それが近衛兵の三割の実態です」「努力を侮辱する行為だな。残り七割は?」「王様たちのそばにいれば、覚えもめでたくなって、遊び放題、女の子たちは入れ食い状態。俺ら勝ち組、ウウェーイという、高位貴族のバカ息子たちで
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第6話
「お婿様……早くも難問がやってきたわね」「難問やってくるの、早くないか?」困った声を出したアリアの隣で、フィンが呆れる。ヴァルグリム家の三兄弟はそろってシスコンである。だが、その愛の重さ、程度には差がある。三兄弟の年齢は、上から二十八歳、二十五歳、十九歳。長兄カイムと次兄レオンハルトは、父ローデリヒと同様に「目に入れても痛くない」レベルでアリアを可愛がっている。「アリアは可愛いから、夫くらいすぐに見つかるだろう」カイムは全てが父親似で、天然ボケ。「兄さん、普通の夫ならすぐに見つかっても、女王の夫は簡単には見つからないよ」長兄がボケ担当なのでレオンハルトは自然とツッコミ担当になった。今回はボケでもツッコミでもないが、兄カイムの言葉に自然と応えるのが習慣となっている。「女王の夫、王配となった男は常に命を狙われてきていた歴史がある」ルクスハイム王国の法典では、独身の女王は認められない。例外は未成年の王子が成人するまでの繋ぎの女王だが、今回のアリアのように正統な後継者を排して王位を簒奪しようとしてきた女王の場合は既婚者が絶対条件。既婚者でなければ王位に就けず、不慮の事故などで王配である夫が死んだ場合は一ヶ月以内に再婚しなければいけないという無情な法典がある。王の系譜を維持するため子をなさなければいけないからという理由なのだが……。「男女不平等すぎるわよね。男性の王様は妻である王妃のほかに公的愛人の皇妃と私的愛人の愛妾山ほどもてるのに、女性の王様は王配しか夫を持てないんでしょう?」「アリア、もしかしてハーレム願望があるのか?」末兄でアリアと年子の兄であるフィンは、アリアのツッコミ担当であることもあって、アリアに対して兄たちほど盲愛していない。「嫌よ、むさくるしい。女の子のハーレムなら欲しいし、すぐに作れると思うのだけどね」「クッソ羨ましい」妹に対する謎の対抗心により、とにかくシスコンでも盲愛ではない。.「アリアが女王となったら、公約通り積極的に辺境に赴くことになる。どうしたって城の騎士の数は減るし、それを中央の貴族たちは見逃さないだろう」「過去にも聖女が辺境へ浄化の旅に出たちと進言したこともあるが、中央の貴族がことごとく潰してきたからな」「それがおかしいのよね。辺境といっても王都をぐるっと囲むような形よ、常に王都は聖女の浄化
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第7話
生き残る、つまり、死なない。死なない男ならいいじゃないか。アリアの出した解決策に、フィンが呆れた。「なんだ、その条件は?」フィンはアリアのツッコミ担当。呆れつつも、仕事はこなす。「誰かが言っていたんだけど、兄弟から紹介された人との結婚ってうまくいくらしいの」「俺が言った条件はそっちではないが、“誰か”なんて出典の怪しいものを信じるなよ」「でもフィン兄さんも、私の周りに可愛い子がいたとき“紹介して”って強請るじゃない」「……そうだな」肩を落としたフィンに、レオンハルトが呆れる。「お前、そんなことを妹に頼んでいたのか」「仕方がないだろう、アリアのほうが女の子にモテるんだから」フィンのため息交じりの言葉に、レオンハルトとカイムは顔を見合わせて苦笑した。「確かに、そうだな」.ヴァルグリム家の三兄弟は領内の女性たちにかなりモテるが、アリアはその比ではない。「老若男女、アリアはモテまくっているからな」「問題の若い男性が少ないっていうのが問題だが」「アリアの隣に並ぶと自信をなくすらしい」美形で、武芸に秀でていて、女子どもなど庇護対象にはとことん優しく紳士的。アリアは女性にとって理想的なアイドル。そんなアリアを「お姉様」と慕う女性多数。彼女たちの中には、アリアの遠征に補給物資をたんまり乗せた馬車でくっついていくほどのファン、通称「ガチ勢」もいる。このガチ勢について、三兄弟の認識は違う。カイムとレオンハルトの場合、彼女たちとの年齢がやや離れ気味であることから、ガチ勢の行動は可愛らしい・微笑ましいものとして映っている。さらに、カイムとレオンハルトの場合、同年代の女性たちが二人に対してかなり積極的なため、人口の少なめの厳しい土地でも二人はうまいこと“彼女”に困らずにいる。ちなみに、その女性たちがカイムやレオンハルトに対して積極的なアプローチを試みるのは、ヴァルグリム家の女主人の座を狙ってといるというわけではない。彼女たちは「アリア様みたいな妹が欲しい」と思っており、アリアの義姉の座を主に狙っており、ヴァルグリム家の女主人の座は一緒にくっついてくるオマケの感覚でいる。つまり、カイムとレオンハルトが女性のモテるのもアリアの威光であるのだが、兄の矜持で二人ともそこのところは黙っている。一方で、フィンの恋愛対象の女性たちはアリアのファン
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第8話
黒曜魔塔。王都の端、聖堂や貴族街から意図的に距離を取らされた場所に、その塔はそびえ立っていた。その塔の入口に、四人の人影が立っていた。四人は揃って全身を長いマントで包んでおり、ここが王都の端でなければ『不審者』として憲兵隊に連れていかれてもおかしくない姿だった。.「……ここ?」「そうだ」訝し気なアリアの言葉に、カイムが頷く。「ここって、お城から大分離れてはいるけれど……お城の敷地内なんだよね」目測で五百メートルほど先に見えるのは城の中央にあるという尖塔。「城壁を超えてきただろう?」「……城壁」来た道を見れば、五十メートルほど先にアリアの腰の高さの壁。それが城壁。越えてというより、アリアは跨いできた。「城内に侵入するのがこんなに簡単でいいの?」「普通はダメだと思うが、実際にこうなのだから、あれこれ言っても仕方がないだろう」「だからアリアが城を落とすと言ったとき、誰も『無理だ』とは言わなかったんだな」.「さて、これからの計画だが……」カイムが懐から幾重にも折った紙を取り出した。「母上に、現地の確認をしておけと言われたから、俺とレオンハルトはこれの確認をしてくる」カイムが広げた紙は城の見取り図だった。エリスの古巣、近衛隊にいる友人たちが“協力の証”として送ってくれたものだが……。「これ、何人の協力者がいるんだ?」地図に書き込まれた“注意点”の筆致は様々。どう見ても、協力者は一人や二人ではない。さらに“注意点”として書き込まれている内容は、【見張りの兵、常に四名】など実用的なものもあれば、【見晴らし最高】や【城内案内受付所】のように城内の観光ガイドかと思ってしまうものもある。さらには……。「【占拠後におすすめ☆アリア様の部屋候補③】……って、①と②があるのか?」「どこかにあるだろう」「見ているだけで、目が痛くなる地図だな」「老眼じゃなくて良かったね」「これ、全部確認しなきゃだめか?」「……できる限りにしよう」そうして決まった役割分担。カイムとレオンハルトは城内の下見、そしてアリアとフィンはルシアン・ノクスの攻略。アリアは黒曜魔塔に近づくと、背を反らして上を見る。見える限り、上から下まで真っ黒の塔。「ここまで黒いとは、さすが『黒曜魔塔』と呼ばれるだけはあるわ」フードの裾を軽く上げて、アリアは感心し
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