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第5話

Author: 真夏の猫
梓は翔太から電話を受けた。藤原グループ傘下のショッピングモール開業式のテープカットに夫婦で招待され、彼が車で迎えに来るという。

彼女は別荘でずっと待っていたが、残り三十分という時点で翔太から連絡が入り、自分で行くようにと言われた。

梓は冷笑し、着替えると自分で車を運転してショッピングモールへ向かった。

藤原グループ傘下のショッピングモール開業式。翔太夫婦を招いたテープカット式典は大々的に行われていた。

梓が到着した時、翔太も到着していた。彼と一緒にいるのは雪乃だった。

今日の雪乃は特別に盛装し、オートクチュールのロングドレスを身にまとえ、億単位の宝石を輝かせ、翔太の腕を組んで満面の笑みを浮かべている。

梓の姿を見るや、不機嫌そうに顔をそむけた。

翔太は彼女の視線を追うように梓を一瞥して、すぐに目を逸らした。

梓は二人に目もくれず、静かに式の始まりを待ち、あたかも他人行儀のように振る舞っていた。

モールの支配人は熱のこもったスピーチで、翔太と梓のテープカット出席に謝意を表し、自ら金色のハサミを二人に手渡した。

雪乃は自分に用意されていないことに気付くと、表情を曇らせ、目には失望な色が溢れていた。

翔太は直ぐに彼女の変化を察知し、自身のハサミを譲り渡した。二人が手を取り合って赤いリボンを断ち切ると、彼女の顔にはたちまち笑みが戻った。

二人の親密な仕草と絡みつくような眼差しは、知らぬ者から見ればまさしく夫婦と見紛うほどだった。

その瞬間、数人の人影が人混みをかき分けてステージへ駆け上がってきた。

梓の目の前がちらりと揺れたかと思うと、雪乃の悲鳴が響いた。

「キャーッ!おじさん助けて!」

瞬く間に、雪乃は数人の男に脇へ連れ去られ、翔太は阻止できなかった。

彼女は恐怖で顔色を失い、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「おじさん、助けて、怖いわ……」

「彼女を離せ!」翔太は全身が硬直し、思わず拳を固く握りしめ、険しい表情で男たちを睨みつけた。

「このクズ社長め!俺たちを見殺しにするなら、お前の女房を道連れにしてやるからな!」先頭の男が刃物を雪乃の首元に押し当て、目は血走り、首筋に血管が浮き出ていた。

翔太は眉を顰め、殺気立った眼差しで彼らを見据えた。「何の話だ?彼女を解放しろ!何か問題があれば話し合いで解決しよう!」

「あいつとむだ話はするな。家族を引き裂かれた俺たちと同じように、お前の女房も殺してやる!」

この男たちは藤原グループ子会社の鉱山労働者だった。先日、鉱山で事故が発生したが、適切に被害者の対応がなされず、賠償も支払われず、操業も再開されなかったため、彼らは生活の道を絶たれていた。

翔太に説明を求めるために何度も訪ねたが、一度も面会できず、逆に散々に殴られて傷だらけになった。彼らは深い恨みを抱え込んで、翔太と共倒れにしようと決意していたのだった。

雪乃の泣き声に翔太は胸を締め付けられた。ふと横を見ると梓が立っているのに気づき、そっと自分のそばに引き寄せた。

「こっちが俺の妻だ。お前たちは人を取り違えた。彼女を放せ。代わりに俺の妻を人質に取れ。この件は、俺がちゃんと解決するから」

翔太が自ら彼女に触れたのはこれが初めてだったが、それは梓を突き出して雪乃を救うためだった。梓は彼に触れられた箇所が焼けつくように痛むのを感じた。

「翔太……」梓は口を開いたが、自分の声が喉元で潰れていることに気づいた。

何を言っても無駄なようだった。

翔太は既に彼女を押し出していた。梓はよろめきながら前のめりになり、雪乃の側にいた男にぶつかってしまった。

雪乃を捕らえていた男はバランスを崩し、その拍子で雪乃の首に刃物が走り、傷をつけてしまった。雪乃は突然声を失い、首から流れる血を見て目を見開き、恐怖のあまり卒倒しそうになった。

翔太は一歩踏み出して駆け寄り、雪乃を傷つけた男を蹴り飛ばし、しっかりと彼女を腕に抱き上げた。

「怖がるな、もう大丈夫だ」

「おじさん、私、死んじゃうの?」

「大丈夫だ!俺がいる」翔太は真剣な面持ちでそう言うと、彼女を抱き上げて病院へ急ごうとした。しかし数歩進んだところで足を止め、すでに拘束されている梓を振り返った。彼女の平静な目付きが、彼に不安を掻き立てた。

「今すぐ手配してこの件を処理させる。梓、待っててくれ」翔太は雪乃を抱いたまま人混みを掻き分けて去っていった。

梓は苦笑して、涙が零れ落ちて止まらない。

突き出されたその瞬間から、彼に対してかすかに残っていた最後の感情も消え去った。

「皆さんは正当な権利を主張し、汗水流して稼いだお金を取り戻したいだけでしょう。法に触れるような真似はやめてください。私の口座にはお金があります。必要な分を自由にお引き出しください。他人の過ちで、自分自身の人生を棒に振るようなことはしないで」梓は鞄をそのうちの一人に差し出し、暗証番号を伝えた。

「ご安心ください、この件は追及しませんから」梓の誠実な態度に心を動かされ、彼らは彼女を解放した。

梓はその場を去ることなく、ただ静かに佇んでいた。

「あんな夫、捨てちまえよ。あんな男、お前にふさわしくない」

先頭の男が梓を憐れんで言った。

「他の女とベタベタしておきながら、いざとなれば自分の女房を差し出して助けようだなんて、男の風上にも置けねえ」

「もう要らないわ。彼は私にふさわしくない」梓は頷いた。陽射しがまぶしくて、目がしみるように痛く、熱くなった。

金を受け取った連中はすぐに立ち去った。彼らとの出会いを通じて、梓は翔太の心の中における自分の立場を安全に見極めたのだった。

愛してくれなくてもいい。だが、繰り返し傷つけることは許されない!

この件は翔太によって闇に葬られた。彼はひたすら雪乃のそばに寄り添っていたが、終始梓に一言の詫びの言葉すらかけようとはしなかった。

梓は気にも留めなかった。翔太に係わる一切のことに、もう心を動かされることはなかった。

ビザを手にしたら、彼女はここを去るつもりだった。

しかし、去る前に、翔太にとっておきの「贈り物」を用意してやろうと決めていた。
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