Masuk私は佐伯春菜(さえき はるな)。彼氏の江口亮介(えぐち りょうすけ)と付き合って、もうすぐ五年になる。 ようやく亮介が「親に挨拶してもいいよ」と言ってくれたのに、食事会の途中で「会社から連絡が来た」と言い訳して、そそくさと店を出ていった。 私は無理やり笑顔を作って両親を見送り、ひとりになったところで、黙ってスマホを取り出す。 案の定、亮介の「異性のダチ」がまたインスタのストーリーを更新していた。 【結婚しろってプレッシャーかけられても、親に挨拶してくれる「神対応男子」がいれば余裕〜 ご褒美のキス一発、次もこの調子で~】 一枚目の写真は、亮介がその子と腕を組んで、年配の人たちにお酌しているショット。もう一枚は、女の子が彼の頬にぴったりくっついてキスしているアップ。 その投稿の下に、亮介の「いいね」がついていた。それに気づいた私は静かにインスタを閉じて、父さんに電話をかける。 「父さん、もう決めた。そのお見合い相手と、結婚してもいい。 うん……背中を押してくれたのは、あの人だった」
Lihat lebih banyak「おめでとう、妊娠してる!……双子だよ!一条くん、きっと驚くね!」
専属医の三上先生の言葉が何度も頭の中で復唱されている。
「信じられない!嘘?本当に私のお腹に子どもが?しかも二人も!?」
嬉しいというよりも頭の中が真っ白だ。結婚して三年。妊活に励み子どもを授かることを待ちわびていた。ずっと、ずっと待ち望んでいた瞬間が今日、いきなり二倍になってやってきた。
病院からの帰り道、窓の景色を眺めながら私は夫の瑛斗に報告する場面を何度も想像した。彼のくしゃっと笑った顔。少し照れたような心の底から嬉しそうな顔。早くその顔が見たかった。
長年仕えている運転手が私の変化に気づき話しかけてきた。
「華お嬢様、何か良いことでもあったのですか?さきほどからとても幸せそうなお顔で微笑んでいらっしゃいますね。」
「ええ、とっても素敵で幸せなことがあったの。」
夫の一条瑛斗は、一条グループの若きCEO。切れ長の瞳、通った鼻筋、そしていつも自信に満ちた佇まい。初めて見た時、私はその完璧なまでのルックスに息を呑んだ。瑛斗のことを高校の時からずっと好きで初恋の人だった。
神宮寺家の令嬢である私は、父や祖父が決めた相手と結婚をしなくてはいけなかった。いわゆる「政略結婚」だ。家のために自分の気持ちとは関係なく結婚することは絶望的な未来に思えた。しかし、運命は残酷なだけではなかった。
お見合いの席で、一条家の御曹司として瑛斗が現れた時は信じられなくて言葉を失った。まさか初恋の相手が夫になるなんて想像もしていなかった。その夜、喜びと幸せで胸がいっぱいになり興奮して眠れなかった。こうして私たちは夫婦になった。
あれから三年。瑛斗は社長に就任して多忙な毎日を送っているが、私は初恋の相手瑛斗の妻になれたことに幸せを感じながら毎日を過ごしている。
(念願の妊娠だもん。こんな嬉しいニュースは直接伝えて瑛斗の喜ぶ顔が見たい)
病院を出てすぐに電話で報告しようと思ったが直接伝えることにした。
病院から帰ってきてすぐに瑛斗が好きなラザニアを作って帰りを待つことにした。もちろんソースは一から手作りだ。料理長の作るご飯も美味しいが、こんな特別な日は自分で作って瑛斗を喜ばせたかった。
(どんな顔をするだろう。どんな言葉をくれるだろう。)
ソースを煮込みながら、彼の喜ぶ姿とこれから始まる家族4人の生活を想像しながら彼の帰りを待っていた。出来立てを食べて欲しくて帰りが何時になるか連絡したが返事は来ない。ソファで待っているうちにうたた寝をしてしまい、車のエンジン音で目を覚ました時には既に22時を過ぎていた。
瑛斗を出迎えるため慌てて玄関へ向かう。
「おかえりなさい」
「ただいま。」
「なんだか疲れているみたいだけど大丈夫?」
「ああ。……話があるんだ。少しいいかな」
いつもより冷たく沈んだ声で瑛斗が静かに言った。疲れ切った様子の瑛斗だが、大人の男の色香をまとい、疲れた顔さえも魅力的だった。3年たった今でも瑛斗と目が合うとドキドキして胸が高鳴る。
表情がどこか硬い瑛斗の後ろを歩きリビングへ入った。
(仕事で疲れているのかもしれない。でも妊娠のことが分かったら気持ちも変わるかも!)
「先にご飯にする?今日ね、話をしたいことがあって瑛斗の好きなラザニアを作って待っていたんだ。」
「……そうやって機嫌でも取っているつもりなのか。」
「え……?」
瑛斗の言葉に耳を疑った。普段はそんなことを言う人ではない。頭の回転が早く、いつも冷静で落ち着いて、人が不快に思うような台詞は今まで一度も言ったことがないので信じられなかった。
「瑛斗、仕事で何か嫌なことや問題でもあったの?何か疲れている?私に出来ることがあるなら……」
ソファに座る瑛斗に近寄り、膝をついて手を重ねると怪訝そうな顔をしてすぐさま振り払った。
「触るな。もう放っておいてくれ。それよりここにサインをしてくれないか?」
彼は深くため息をついた後、鞄から一枚の白い封筒を取り出した。
何の書類か分からず受け取ったがタイトルを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
(なにこれ……)
【離婚協議書】 彼から渡された書類にはこう記されてあった。
「先に悪いことしたのは、俺のほうだろ。」ビルの入口を見上げたまま、亮介が低く言った。「あんたが?あいつのどこに謝る必要があんの?親の金でふんぞり返ってるお嬢様に、本気なんてわかるわけないじゃん!」まさにそのとき、私は会社のビルから外へ出てきた。耳に飛び込んできたのは、ちょうどその一言だった。私に気づいた亮介は、反射的に美紗を押しのけて、一歩前に出てくる。美紗はすかさず彼の腕をつかんで、離すまいとした。「はる、ちょっとだけ話せないか……?」ほとんど懇願に近い声だった。美紗は鼻で笑う。「なにそれ、頭下げんの?この女ホントにあんたのこと愛してるならさ、こんな扱いはしないよ」私は立ち止まりもせず、そのまま待たせてある車のほうへ歩いていく。背後で突然、ドンっていう鈍い音と、もつれ合う足音が響いた。振り返ると、亮介が美紗を思いきり突き飛ばしているところだった。アスファルトに尻もちをついた美紗は、甲高い悲鳴をあげて立ち上がり、そのまま亮介の顔に爪を立てる。かつては「仲良し」と呼ばれていた二人が、今は会社のビルの前で、獣みたいに取っ組み合いのケンカをしている。あっという間に人だかりができ、やがて誰かが警察に通報した。パトカーが到着したとき、亮介の顔は爪痕で血まみれになっていた。それでも彼は、連れて行こうとする警察官の腕を振り切り、こっちに向かって叫んだ。「はる、ごめん!本当に悪かったって、今は心から思ってる!許してくれよ、頼むから!」私は、その光景を少し離れたところから静かに見つめていた。ふいに、一年前のことを思い出す。あのときも、ちょうどこんな夕暮れだった。亮介からのメッセージを、今でも鮮明に覚えている。【美紗がケンカして警察署に連れて行かれた。迎えに行かなきゃ。俺、ああいうまっすぐな性格、嫌いじゃないんだよな】——そう、彼は誇らしげに言っていた。あの夜、私はベッドの中で一晩中泣き続けていたのに、今こうして同じような光景を目にしている私の胸にこみ上げてくるのは、涙なんかじゃない。……ただ、「うるさいな」という感想だけだ。車に乗り込むと、すぐに悠真から電話がかかってきた。「今日、晩ごはん一緒にどう?」「うん、行く。」そう返事をしてから、ふと窓の外を見る。パトカーはもう遠く
しばらくのあいだは家にこもって、昔の出来事が本当に自分に何の影響も及ぼさなくなったって思えるまで、わざと外の世界から距離を置いていた。ざわつきがやっと静かになった頃、ようやく外に出て仕事を探してみようかなって悠真に話したとたん、彼は本当にうれしそうに私の頭をくしゃっと撫でてきた。「春菜も大人になったなあ。自分の考えを顔に出さないってことまで覚えたんだな」こっちはとっくに成人してるんだけど、悠真の中の私はいつまでも「昔のちょっと生意気で可愛い近所の女の子」のままらしい。だから、私がほんの少しでも成長したところを見つけると、それだけで全力で褒めてくれる。そんなふうにいつも甘やかされてきた日々のなか、「ひとつ仕事を用意したよ」と悠真が言ってくれたときも、私は結局それを断らなかった。ここ数年で、水川家の商売は一気に大きくなり、この街でもトップクラスの企業グループにまで成長したことくらい、私もわかっている。彼と結婚すると決めた以上、その家で仕事をもらうことに、いまさら変な意地を張る必要なんてない。……けど、その仕事が亮介と繋がっているなんて、夢にも思わなかった。というか、海外から帰ってきたばかりの悠真も、まさか亮介が自分の会社で働いているなんて、さすがにそこまでは知らなかったらしい。……入社初日、私はかなり早めに本社ビルに着いた。人事部長が手続き一式をてきぱきと済ませ、そのまま私を自分のフロアの部屋へと案内する。初めてそのガラス扉をくぐったとたん、その場に固まった男と目が合った。亮介だ。彼の手には、私に——つまり新しく着任した直属の上司のために用意されたらしいコーヒーカップが握られている。驚きすぎて、指先から滑り落としそうになっていた。あまりにもおかしい光景に、つい笑いがこみ上げる。昔の彼は、私の給料が安いだの、彼の仕事のしんどさをわかっていないだの、散々こぼしていたのに。その「給料の安い彼女」が、今は彼の直属の上司としてここに立っている。人事部長は、簡単に私の経歴を紹介した。父の話を出したとたん、亮介の顔色がさっと変わる。さらに「婚約者の水川悠真は、この会社のオーナー側の人間です」と一言添えられたとたん、彼は本気でふらつき始めて、今にもその場に崩れ落ちそうになった。それでも、なんとか平静を装
ずっと待ち望んでいたセリフのはずなのに、いざ耳にしてみると、どんな顔をしていいのかわからなかった。膝をついている亮介を見下ろしながら、私はふと思う。かつて私の心をズタズタにしたこの男が、今はひどく遠い他人みたいに見える。これで裏切りが帳消しになると思っているの?ひとりで朝まで泣き明かした夜の数々まで、「スターリースカイ」の指輪一個でチャラにできると本気で信じているの?もしその答えが「はい」だと思ってるなら、それは相当な勘違いだ。張りつめた沈黙の中、私は小さく息を吐いて、視線をそらした。少し離れた街路樹の陰に向かって、わざと普段どおりの調子で声をかける。「ねえ、あなた。いつまでそこで見物してるつもり?」……「……あなた!?」その一言が響いた瞬間、そこにいた全員の動きが止まった。一斉に、私が見つめている街路樹のほうへと視線が向く。まさか、私の口から「あなた」なんて出てくるとは、誰も思っていなかったのだろう。木陰から、ひとりの男性がゆっくりと姿を現した。白いシャツに金縁のメガネ。袖はラフにまくり上げて、両手をポケットに突っ込んだまま。口元には、笑っているのかいないのかわからない、淡い笑み。悠真だ。「こんな面白いショー、最後まで見ずに出ていくわけないだろ、ダーリン」そう言って、彼はごく自然な仕草で私の腰に腕を回した。「……え?」その呼び方に、亮介の目が思わず見開いた。みるみるうちに、その顔から血の気が引いていく。さっきまで「ちょっと拗ねているだけだ」と勝手に決めつけていたくせに、目の前に「結婚相手」本人が現れたとたん、ようやく事態を飲み込んだようだった。「こいつは……?」かろうじて絞り出した声は、わずかに震えている。それでもまだ、どこかで「嘘だ」と信じたがっているのが丸わかりだ。悠真は軽く会釈し、私を抱く腕に少し力を込めた。「初めまして。春菜の婚約者、水川悠真と申します。二ヶ月後に結婚しますので、そのときはぜひ披露宴にいらしてください」その一言を聞いた瞬間、亮介の目から光が消えた。手に持っていたリングケースが、「パチン」と情けない音を立てて地面に落ちた。「なんで……なんで一度もそんなこと言わなかったんだよ……」「何度も言ったよ。あんたが聞かなかっただけ」私は悠真の
亮介の言葉を聞いた瞬間、頭の中が一気に「?」で埋め尽くされた。なんでそんな馬鹿げた質問ができるのか、本気でこの人の脳みそを取り出していじってみたい。だってこの前、「他の人と結婚する」って内容のメッセージは、ちゃんと送っておいたはず。それなのに、今ここで「俺のことどうでもいいのか」なんて真剣な顔で聞いてくる。あと少し来るのが遅かったら、私、子どもでも抱きながらここを歩いていたかもしれないんだけど。「私たち、もう別れたよね。今さら何してんの?引き止め?」声は、自分でも驚くくらい冷たかった。余計な期待を一ミリも持たせないように、きっぱりと言い切る。「悪いけど、もう手遅れよ」「俺は認めてねえんだよ!」亮介は本気でムッとして、声を上げた。「俺は『別れよう』なんて一言も言ってねえからな!まだみさのこと怒ってんなら、アイツにちゃんと謝らせるからさ。はる、もう拗ねるなって。一緒に帰ろうぜ?俺たち、もうすぐ結婚する予定だったんだろ?」私はこくりとうなずいてから、淡々と返す。「付き合うには同意がいるんだけど、別れるのにあんたの許可なんていらないよ。あんたの言うとおり、私はたしかに結婚するつもりだけど、残念ながら相手はあんたじゃない」「そんなくだらねえ意地張ってんじゃねえよ!俺以外に誰がいるんだよ」くだらない質問に答える価値なんてない。そんなうぬぼれた男と、これ以上口をきく時間がもったいない。私はそのまま彼の手を振り払い、階段を上がった。踊り場に差し掛かったところで、背後から叫び声が追いかけてくる。「俺は、お前を諦めねえからな!はる、見てろよ。世界で一番お前を愛してるのは、この俺だって証明してやる!」亮介の言葉を、正直そのときは少しも本気にはしていなかった。まさかその「証明」があんなに早くやってくるなんて、夢にも思わずに。……翌朝。私は階下から聞こえてくる妙にざわついた声で目を覚ました。ベッドからむくりと起き上がり、カーテンを少しだけ開けて下をのぞき込む。視界に飛び込んできたのは亮介、その横に美紗、それから見覚えのある「つるんでる連中」が何人か。メガホンを手にしたあいつらは、どう見てもサプライズ系の何かをやらかす気満々だった。……心の底から、悠真が医者でよかったと思った。朝から病院に出勤していて、本当に助
この五年間、自分で自分を安売りしてきたのは、これだけではない。いつも感情をぶつけきって、ひとりで勝手に落ち着いて。それから、わざと何でもないみたいな声で聞く。「……で、ごはんどうするの?」「会社の下にさ、海鮮料理の店できたんだよ。来れば?」ある日、亮介は淡々とこう答えた。けど私は、魚アレルギーだ。もちろん、亮介も知っていたはず。それなのに……軽く頭を振って、バカみたいな思い出をこれ以上掘り返すのはやめる。代わりに、指にはめていた指輪を外して、カウンターの店員さんに差し出した。「さっき言ってた金額でいいです。ここのVIP会員なので、そのまま口座に振り込んでください」
【明日着くよ】って一言だけ返事をして、私はスーツケースの取っ手をつかみ、そのまま玄関へと向かった。亮介は、さすがに少し焦ったらしい。早足で距離を詰めてきて、私の行く手をふさごうとする。「はる、お前本気か?もう大人なんだぞ。家出ごっことか、さすがにガキっぽくねぇ……?」言い終わる前に、亮介のスマホが鳴った。画面に表示されたのは、見慣れた名前——美紗。スピーカーから、弾んだ甘え声が部屋中に広がる。「亮介、ハルナちゃんは許してくれた?許してくれなかったら、もうあたしに会いに来ちゃダメだからね?人の感情ぶち壊すような女だと思われたら、マジで安っぽく見えるし」とろけそうな声な
ぐっすり眠った翌朝、私はいつもより早く目を覚まして、黙々と荷物をまとめ始めた。五年前、私と亮介が正式に付き合い始めた頃、二人で住めたのは、アパート一階の十畳ちょっとの半地下ワンルームだけだった。道路より少し低くて、隣のマンションに挟まれているせいで、夏は雨水が染み込んでくるし、冬はすきま風が止まらない。それにベッドは狭いし、エアコンも古くてろくに効かないから、少しでも離れると、すぐ冷気が入り込んでくる。いちばんきつかった時期は、本当に抱き合って寝るしかなかった。そのうち、私の指先はあかぎれだらけになった。それを見かねた父さんが、昔の仲間に頭を下げてくれた。そして、亮介をSグルー
私は佐伯春菜(さえき はるな)。彼氏の江口亮介(えぐち りょうすけ)と付き合って、もうすぐ五年になる。ようやく亮介が「親に挨拶してもいいよ」と言ってくれたのに、食事会の途中で「会社から連絡が来た」と言い訳して、そそくさと店を出ていった。私は無理やり笑顔を作って両親を見送り、ひとりになったところで、黙ってスマホを取り出す。案の定、亮介の「異性のダチ」がまたインスタのストーリーを更新していた。【結婚しろってプレッシャーかけられても、親に挨拶してくれる「神対応男子」がいれば余裕〜ご褒美のキス一発、次もこの調子で~】一枚目の写真は、亮介がその子と腕を組んで、年配の人たちにお酌し
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