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愛に尽したあなた、さようなら

愛に尽したあなた、さようなら

By:  真夏の猫Completed
Language: Japanese
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新婚の夜、藤原翔太(ふじわら しょうた)に手で初夜を奪われた後、楚山梓(そやまあずさ)はついに彼への未練を断ち切り、離婚を決意した—— 梓の下半身に異様な感覚が広がり、彼女はかすかな呻き声を漏らした。敷かれた白い布には、紅梅の花びらのように点々と赤い染みが広がっている。 梓は熱にうかされたように体をくねらせ、続きを待ち続けた。しかし、待っても次に進む気配はなく、かすんでいた目が徐々に焦点を取り戻し、「……続けないの?」と問いかけた。 「終わった。明日、この布をお婆さんに見せる。そのうち体外受精の手続きをしよう。あんなことに興味はない」翔太は淡々と言い放った。 「翔太、あなたはセックスそのものに興味がないの?それとも私という女に興味がないの?」梓の目尻が赤く染まった。彼の身体の変化は、確かに感じ取っていたのに。 「違いなどあるか?」翔太は右手を丁寧に消毒しながら、ゆっくりと返した。申し訳なさなど微塵も見せなかった。 梓は胸が締め付けられるようになり、言葉が出なかった。 「翔太……私たち、離婚しよう」

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Chapter 1

第1話

新婚の夜、藤原翔太(ふじわら しょうた)に手で初夜を奪われた後、楚山梓(そやまあずさ)はついに彼への未練を断ち切り、離婚を決意した——

梓の下半身に異様な感覚が広がり、彼女はかすかな呻き声を漏らした。敷かれた白い布には、紅梅の花びらのように点々と赤い染みが広がっている。

梓は熱にうかされたように体をくねらせ、続きを待ち続けた。しかし、待っても次に進む気配はなく、かすんでいた目が徐々に焦点を取り戻し、「……続けないの?」と問いかけた。

「終わった。明日、この布をお婆さんに見せる。そのうち体外受精の手続きをしよう。あんなことに興味はない」翔太は淡々と言い放った。

藤原お婆さんは古風の考え方の持ち主で、二人の新婚初夜の「証」を見たがっていた。だが、翔太は手で彼女の処女を奪った。

「翔太、あなたはセックスそのものに興味がないの?それとも私という女に興味がないの?」梓の目尻が赤く染まった。彼の身体の変化は、確かに感じ取っていたのに。

「違いなどあるか?」翔太は右手をゆっくりと丁寧に消毒しながら答えた。申し訳なさなど微塵も見せなかった。

梓は胸が締め付けられるようになり、言葉が出なかった。

翔太が背を向けて去ろうとしたその刹那、梓は突然、ありったけの勇気を振り絞って口を開いた。

「翔太……私たち、離婚しよう」

翔太は眉をひそめた。

「君のそういう気まぐれは好きじゃない。今夜からゲストルームで寝てくれ」

梓は彼の背中を見つめ、知らず知らずのうちに涙が頬を伝った。

藤原家と楚山家は古い付き合いで、二人は幼い頃から指切り婚約していた。梓は十数年も翔太のことを想い続けてきた。

ずっと翔太の好みに合わせ、理想の妻になろうと努力してきた。

彼のためにジャズダンスを諦め、バレエを習った。さっぱりしたショートが好みだったのに、彼のために腰まで届くロングヘアにした。彼は女が外出して遊び回るのが嫌だったので、20歳になっても一度もバーに行かず、友達もほとんどいなかった。

女に触られるのは嫌だと言われたので、本当に一度も彼に触れようともせず、結局、今日の結婚式の誓いのキスさえしてくれなかった。

だがこの瞬間、梓は悟った。彼が自分を愛していないばかりか、さらにはこのように辱め、離婚さえも彼女の気まぐれだと言い放ったのだ。

梓は傷心のまま主寝室を後にした。

書斎の前を通りかかった時、情欲に満ちたうめき声が聞こえた。

ドアの隙間から覗くと、翔太がソファに座り、スラックスを膝まで下ろし、写真を見つめながら自慰にふけっていた。彼の手の動きは速く、口からは言葉が零れていた。

「雪乃、たまらないんだ……

愛してる……雪乃……ああ、きつい……」

梓は雷に打たれたように立ちすくんだ。手の甲を噛んでようやく声を漏らすのを抑えた。

翔太が、なんと友人の娘――藤原雪乃(ふじわら ゆきの)を愛しているなんて!

彼女は慌てて部屋に逃げ戻り、胸を押さえながらはあはあと息を弾ませた。

これまで梓は、翔太が年齢差を超えた親友への恩返しのため、その娘の雪乃を大切にしているのだと思い込んでいた。だが真相は、彼が雪乃に恋をしていたのだ。

だとすれば……彼が自分と結婚したのも、雪乃のためだったに違いない。

友人の娘を愛していることを誰にも知られたくなかったし、雪乃が世間の非難に晒されるのを防ぎたかったため、自分を盾にして、心の奥で雪乃を密かに愛し続けていたのだ。

梓の胸は締め付けられるように痛んだ。

階下から車のエンジン音が聞こえ、続いて少女の弾んだ声が響いた。

「おじさん、早く降りてきて!」

梓は窓際へ近づくと、ちょうど雪乃が翔太の胸に飛び込む瞬間を目にした。

「おじさん、本当に来てくれたの。今日は一日中一緒にいてほしいな」

長い髪を揺らし、笑みをたたえた彼女の顔は、優しく穏やかでありながら活気に満ちていた。

「いいよ」翔太は口元をわずかに緩め、まだ褪めきらぬ情熱の奥に、愛情たっぷりの眼差しが揺らいでいる。

「おじさんとおばさんの新婚の夜を邪魔しても怒らないの?」

雪乃は甘えた口調で続けた。

「だってわざとだもの。ほかの誰かと一緒になるなんて絶対嫌なんだから!」雪乃は翔太への強烈な独占欲を隠そうともしなかった。

「行こう」翔太は少しも腹を立てる様子はなかった。

「お姫様抱っこして」雪乃は彼の胸でさらに甘えた。

翔太は笑みを浮かべながら彼女の腰を抱き上げ、助手席にそっと乗せた。まるで宝物を扱うかのように。梓は二人が去るのを見つめ、心にぽっかりと空洞が開いたような感覚に襲われた。

次の瞬間、彼女のスマホが光り、SNSのタイムライン更新通知が届いた。

雪乃のタイムラインには、男と抱き合う後ろ姿の写真がアップされていた。

【私のためなら、あの人は美しい花嫁さえ捨てられるなんて、本当に愛されてるわ】

梓はふっと笑った。青ざめた微笑だった。

愛されている者とそうでない者の差は、これほどまでに明白なのか。

今までどうして気づかなかったのだろう。

その夜ずっと、彼女は泣いては笑い、笑っては泣いた。

やがて涙が枯れ果てた時、かつて熱を帯びていた心も完全に麻痺していた。

翌朝、梓は離婚届を用意した。

これは決して衝動的な行動じゃなかった。翔太とは本当に別れるつもりだった。
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第1話
新婚の夜、藤原翔太(ふじわら しょうた)に手で初夜を奪われた後、楚山梓(そやまあずさ)はついに彼への未練を断ち切り、離婚を決意した——梓の下半身に異様な感覚が広がり、彼女はかすかな呻き声を漏らした。敷かれた白い布には、紅梅の花びらのように点々と赤い染みが広がっている。梓は熱にうかされたように体をくねらせ、続きを待ち続けた。しかし、待っても次に進む気配はなく、かすんでいた目が徐々に焦点を取り戻し、「……続けないの?」と問いかけた。「終わった。明日、この布をお婆さんに見せる。そのうち体外受精の手続きをしよう。あんなことに興味はない」翔太は淡々と言い放った。藤原お婆さんは古風の考え方の持ち主で、二人の新婚初夜の「証」を見たがっていた。だが、翔太は手で彼女の処女を奪った。「翔太、あなたはセックスそのものに興味がないの?それとも私という女に興味がないの?」梓の目尻が赤く染まった。彼の身体の変化は、確かに感じ取っていたのに。「違いなどあるか?」翔太は右手をゆっくりと丁寧に消毒しながら答えた。申し訳なさなど微塵も見せなかった。梓は胸が締め付けられるようになり、言葉が出なかった。翔太が背を向けて去ろうとしたその刹那、梓は突然、ありったけの勇気を振り絞って口を開いた。「翔太……私たち、離婚しよう」翔太は眉をひそめた。「君のそういう気まぐれは好きじゃない。今夜からゲストルームで寝てくれ」梓は彼の背中を見つめ、知らず知らずのうちに涙が頬を伝った。藤原家と楚山家は古い付き合いで、二人は幼い頃から指切り婚約していた。梓は十数年も翔太のことを想い続けてきた。ずっと翔太の好みに合わせ、理想の妻になろうと努力してきた。彼のためにジャズダンスを諦め、バレエを習った。さっぱりしたショートが好みだったのに、彼のために腰まで届くロングヘアにした。彼は女が外出して遊び回るのが嫌だったので、20歳になっても一度もバーに行かず、友達もほとんどいなかった。女に触られるのは嫌だと言われたので、本当に一度も彼に触れようともせず、結局、今日の結婚式の誓いのキスさえしてくれなかった。だがこの瞬間、梓は悟った。彼が自分を愛していないばかりか、さらにはこのように辱め、離婚さえも彼女の気まぐれだと言い放ったのだ。梓は傷心のまま主寝室を後にした。書斎の前
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第2話
梓は身支度を済ませ、藤原お婆さんが用意してくれた着物に着替えると、藤原家の本邸へと向かった。出発前に、彼女は離婚届を鞄にしまった。玄関を出た途端、翔太からの着信が入った。「今日の本邸行きは、お前が先に行け。俺は遅れて合流する」電話の向こうの声はいつもの冷たい口調で、昨夜の件について説明する気配は微塵もなかった。梓はもうどうでもいいと思っていた。藤原家の本邸に着くと、翔太の親族は既に大半が集まっていた。梓は赤い染みの付いた白い絹の布を納めた桐箱を藤原お婆さんに差し出すと、お婆さんは彼女の手を優しく握り、満足げに微笑みながら藤原家の伝家の宝を彼女に授けた。「これは藤原家があなたを認めた証だ。一日も早くひ孫の顔を見せておくれ」「おばあちゃん、ありがとうございます」藤原お婆さんのご厚意は断れず、彼女はひとまず受け取ることにした。後日翔太に返せばよいと考えた。藤原夫人は梓のことが気に入っておらず、わざと彼女に正座させるよう命じた。梓は反論しなかった。もう直ぐ翔太と離婚するし、二度とこの屋敷に来ることもない。これが最後だからと、耐えればいいのだ。しかし藤原夫人は彼女を苦しめるため、正座のまま三十分も待たせ続けた。ふくらはぎが痺れて倒れそうになった時、翔太が雪乃を連れて帰宅した。梓の青ざめた顔と震える膝を見て、翔太の目に微かな動揺が走った。翔太は彼女に近寄り、「これからこんな儀式は免除する」と告げた。所詮は他人の前での芝居だ。今も彼の衣服に纏うクチナシの香り――雪乃と同じ香りが、梓の胃を掴み上げた。梓は軽く頷いた。もうこれ以上続けるつもりはない、これが最後だ。離婚届にサインさえもらえれば、この地を離れる。「孫もようやく人を思いやれるようになったのか。よかったわ。ひ孫の顔が見られる日も近いな。私は疲れたから休むことにしよう。皆さんはごゆっくり」藤原お婆さんは藤原夫人に支えられて二階へと上がっていった。親戚たちは空気を読んでそそくさと立ち去った。皆が立ち去った後、雪乃は梓に近づき、背後に隠していた贈り物の箱を取り出した。「おばさん、新婚のプレゼントだよ」悪戯っぽい笑みを浮かべ、雪乃は箱を梓の手に押し付けると、振り返って翔太に向かって舌を出した。翔太の目に甘やかすような光が走った。「
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第3話
梓が目を覚ました時、既に病院の病床の上だった。全身がだるくて力が入らず、蛇に咬まれた腕は完全に感覚を失っていた。ぼやけた人影が視界を揺らし、その度にめまいと吐き気が襲ってきた。医師は毒性が強いが、幸い搬送が早かったと言った。診察室を出た医師と入れ替わるように、翔太が現れた。冷たい瞳の奥に、かすかな後悔の色が浮かんだ。「雪乃に悪気はなかった。店主に騙されていたんだ。あの蛇に毒があるなんて知らなかった。彼女自身もすごく驚いている。この件はこれで終わりにしよう。俺が償うから」梓は静かに彼を見据え、もはや心に揺らぎは感じなかった。「翔太、あなたは本気で彼女がわざとじゃないって信じるの?」翔太は眉を顰めた。彼女の眼差しがなんとなく彼をイライラさせた。「彼女はまだ子供だ。どうしてもと言うなら、直接謝罪させるよ」梓は胸が締め付けられる思いだった。自分の命は、雪乃のたった一言の謝罪と同価値なのか。「そのうち、パリのファッションショーに連れて行ってやる」彼は再び上から目線で言い放った。梓は唇を歪ませた。五年前からずっと、ショーに同行してほしいと懇願し続けてきたのに、一度も聞いてくれなかった。今さら雪乃の謝罪の代わりに、自ら連れて行くと言い出すなんて。「結構よ。帰って。あなたの望み通り、彼女に迷惑はかけないから」翔太に背中を見せて、目を閉じて、込み上げる失望を押し殺した。翔太は彼女がわがままを言ってるだけだと思い、そのうち機嫌を直すだろうと高をくくって、さっさと立ち去った。「ゆっくり休め」梓は黙ったまま、彼の足音が遠のいていくのを聞いていた。その後、二度と彼の姿を見ることはなかった。……翔太が寸刻も離れず雪乃を見守り、彼女の肌が少し赤くなっただけなので、病院中の主任医師を総動員して診察させた。さらに彼女の好みに合わせて病院のフロア全体を飾り付け、飼い猫や犬まで連れてきて付き添わせた。看護師たちはこぞって雪乃を羨み、誰もがこんなに自分を寵愛してくれるおじさんが欲しいと思った。梓の心はすでに静まり返り、まるで他人事のように感じていた。退院当日、駐車場で翔太と雪乃に出くわした。雪乃は大きな百合の花束を抱え、花のように笑っていた。翔太は車もたれかかり、雪乃を見つめる目には秘めたる深い愛情が宿っていた。「おば
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第4話
雪乃は翔太の胸に飛び込むと、梓を指差しながら涙に濡れた顔で泣きじゃくった。「雪乃に謝れ!」翔太は冷ややかな眼差しで梓を見据え、彼女の悲痛な表情に思わず眉をひそめた。「梓、お前には本当に失望した!」梓は彼を見上げると、心の愛情がじわりと消えていった。「何があったか聞かないの?」「どうでもいい。謝れ!」翔太は梓の反論に違和感を覚えた。従順だったかつての彼女の方が好ましかった。梓は苦い笑みを浮かべ、確かにどうでもいいと思った。雪乃の泣き声がさらに激しくなり、翔太にしがみついて離そうともしない。翔太は部下に命じて梓を押さえつけ、雪乃への謝罪を強要した。彼女は無理やり腰を折られ、抵抗する力もなく、体の痛みが増すばかりだったが、それでも決して口を開かなかった。彼女は翔太のために十数年間も妥協してきたが、もうこれ以上自分を犠牲にするつもりはない。「私に間違いはない。謝る必要などない」翔太は梓の強く失望に満ちた視線を受けて、胸がざわめき、得体の知れない感情が胸中に広がっていった。彼女のこんな姿を見るのは初めてだった。「おばさんが謝らないなら、こっちから仕返しするわ!」雪乃はボディガードに梓の頬を押さえつけさせ、力任せに二発のビンタを浴びせた。翔太は制止せず、雪乃の目は勝ち誇った色に輝き、さらに何度も彼女の頬を叩き続けた。梓の口角から血が滲み、翔太に向けられた視線には深い失望がにじんでいた。「雪乃、もう止めろ!」翔太は雪乃の手首を掴み、梓の大きく腫れ上がった頬を見て眉を強く顰め、瞳にかすかな動揺の色が浮かんだ。「うん……手が痛いからやめる」雪乃は涙目で手のひらを翔太に差し出した。「おじさん、痛いからフーフーして」翔太はそっと彼女の手を下ろし、気まずそうに梓の方へ視線を移した。「今夜はオークションがある。後で運転手が迎えに行く」梓はぐったりと床に座り込み、瞳には深い絶望が広がり、涙が止めどなく溢れ出た。痛みが全身に走り、梓は凍えるように床で縮こまった。やがてゆっくりと立ち上がると、彼女は結婚写真をゴミ箱に投げ捨て、自分の持ち物をまとめると、アイスランド行きのチケットを手配した。日が暮れる頃、翔太の運転手が彼女を迎えに来た。断る余地などなかった。オークション会場は活気に満ち
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第5話
梓は翔太から電話を受けた。藤原グループ傘下のショッピングモール開業式のテープカットに夫婦で招待され、彼が車で迎えに来るという。彼女は別荘でずっと待っていたが、残り三十分という時点で翔太から連絡が入り、自分で行くようにと言われた。梓は冷笑し、着替えると自分で車を運転してショッピングモールへ向かった。藤原グループ傘下のショッピングモール開業式。翔太夫婦を招いたテープカット式典は大々的に行われていた。梓が到着した時、翔太も到着していた。彼と一緒にいるのは雪乃だった。今日の雪乃は特別に盛装し、オートクチュールのロングドレスを身にまとえ、億単位の宝石を輝かせ、翔太の腕を組んで満面の笑みを浮かべている。梓の姿を見るや、不機嫌そうに顔をそむけた。翔太は彼女の視線を追うように梓を一瞥して、すぐに目を逸らした。梓は二人に目もくれず、静かに式の始まりを待ち、あたかも他人行儀のように振る舞っていた。モールの支配人は熱のこもったスピーチで、翔太と梓のテープカット出席に謝意を表し、自ら金色のハサミを二人に手渡した。雪乃は自分に用意されていないことに気付くと、表情を曇らせ、目には失望な色が溢れていた。翔太は直ぐに彼女の変化を察知し、自身のハサミを譲り渡した。二人が手を取り合って赤いリボンを断ち切ると、彼女の顔にはたちまち笑みが戻った。二人の親密な仕草と絡みつくような眼差しは、知らぬ者から見ればまさしく夫婦と見紛うほどだった。その瞬間、数人の人影が人混みをかき分けてステージへ駆け上がってきた。梓の目の前がちらりと揺れたかと思うと、雪乃の悲鳴が響いた。「キャーッ!おじさん助けて!」瞬く間に、雪乃は数人の男に脇へ連れ去られ、翔太は阻止できなかった。彼女は恐怖で顔色を失い、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「おじさん、助けて、怖いわ……」「彼女を離せ!」翔太は全身が硬直し、思わず拳を固く握りしめ、険しい表情で男たちを睨みつけた。「このクズ社長め!俺たちを見殺しにするなら、お前の女房を道連れにしてやるからな!」先頭の男が刃物を雪乃の首元に押し当て、目は血走り、首筋に血管が浮き出ていた。翔太は眉を顰め、殺気立った眼差しで彼らを見据えた。「何の話だ?彼女を解放しろ!何か問題があれば話し合いで解決しよう!」「あいつとむだ話はするな。
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第6話
梓は別荘に残っていた最後の私物を整理し、大切に保管していた菩提樹の指輪を取り出して、藤原家の伝家の宝と一緒に置いた。この指輪は翔太が自ら作ったもので、藤原おばあさんにせがんで譲り受けたものだったが、彼女の指にはサイズが合わなかった。きっと雪乃のために作られたものに違いない。本来の持ち主に返す時が来たのだ。梓は荷造りを終えると、親友からの電話をもらった。涼子(りょうこ)は出張のため彼女と翔太の結婚式に出席できず、食事でお詫びを兼ねてプレゼントを渡したいと言ってきた。梓はまもなくこの地を離れることを考え、友達にも別れを告げるべきだと考えて会うことを承諾した。そして思い切ってバーに行くことにも初めて同意した。梓は真っ赤なドレスに着替え、薄化粧をし、車を運転して出かけた。生まれて初めてのバー体験。轟くような音楽、きらめくライト、ダンスフロアで揺れる男女……すべてが彼女にとってはあまりにも見知らぬものだった。彼女は入口に立ち、少し居心地の悪さを感じた。涼子は彼女を見つけると、個室へ引っ張り込んだ。「梓、まさかバーに来るなんて!翔太が怒らないの?」梓は苦笑を浮かべた。「私たち……離婚したの」涼子は驚き、彼女の額に手を当てた。「熱ないわよ。何言ってるの?結婚してまだ一ヶ月も経ってないじゃない!」「冗談じゃないわ。もう彼のことなんて愛してない!」騒がしい音楽の中で、梓は声を張り上げて叫んだ。その瞬間、心がふっと軽くなるのを感じた。涼子は一瞬黙り込み、真剣な表情で梓を見つめた。「本当?」梓は静かに頷いた。涼子は彼女の腕を握りしめ、「やっと目が覚めたのね!あんな男、あなたがそこまで尽くす価値なんてなかったわ!」「ええ、私はもっと素敵な人と出会う価値があるわ」梓は自らグラスを手に取り、一気に飲み干すと、むせ込んで激しく咳き込んだ。普段は酒を飲まない彼女は、二杯目を飲み干す頃には、少し頭がくらくらしてきた。涼子は彼女の変化を喜び、酔いが回ると若いイケメンと熱狂的に踊りに行き、梓は一人立ち上がり、トイレへと向かった。薄暗い廊下の奥で、抱き合い、激しく絡み合っている男女の姿が目に入った。トイレから出てくると、どうやら女性の方が不機嫌そうな様子だった。たちまち二人は揉み合い始めた。女性は男に壁に押し付けられ、無理
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第7話
「お嬢ちゃん、ちょっと遊んでくれよ?」梓は一歩後ずさり、恐怖を必死にこらえながら、「あなたたち、何者なの?」と声を震わせた。二人は顔を見合わせると、左右から梓をがっちり掴み、そばの個室へと引きずり込んだ。「放して!何する気なの!」梓は激しくもがき、鋭い声で叫んだ。二人はまったく動じず、彼女の服を乱暴に引き裂くと、両手で彼女の体をあちこち触り回した。梓が必死に抵抗すると、一人が彼女の頰を強く叩きつけ、彼女は目がくらむほどの痛みを感じた。「触らないで!」彼女は力いっぱい抵抗した。「いけすかない真似すんなよ。こんな所に来るんだから、刺激が欲しいんだろ?俺たちがたっぷり楽しませてやるよ」そう言いながら、男は彼女のスカートをずたずたに引き裂いた。胸元が冷たくなった瞬間、梓の心は奈落の底へと沈み込んだ。両手は頭上で押さえつけられ、足は無理やり開かれ、嫌らしい手が彼女のおっぱいを這い回っていた。「放して!」「叫びたいならもっと大声で叫べ。お前の声がたまらんのだ」男は彼女の頬をぽんと叩くと、頬から鎖骨へと貪るように唇を滑らせた。もう一人の男の手はふくらはぎから這い上がり、じかにスカートの中へと侵入してきた。新婚初夜に翔太から味わった屈辱が蘇り、苦痛と無力感に襲われた。胃の内容物が逆流するような吐き気に襲われ、一気に嘔吐してしまった。まるで深海に沈んでいくかのように、溺れそうな窒息感が恐怖を増幅させた。二人の男の吐息が神経を逆撫でし、巨大な恐怖が全身を包み込んだ。体は小刻みに震え、助けを呼ぶ力さえ失っていた。視界も次第にぼやけていった。彼女の様子がおかしいと気づいて、手を拘束していた男は離し、傍に立った。「藤原社長は脅かすだけだって言ってたんだ。殺せなんて命令はなかったぞ」「もういい、さっさと行こう。最悪だ、服まで吐きやがって」梓が意識を失う直前、かすかに翔太の名を耳にしたような気がした……再び目が覚めると、梓は病院に運ばれており、涼子が泣き腫らした目で付き添っていた。「梓、びっくりしたわ。死ぬかと思った!アルコールアレルギーなのに、どうして飲んだの!勝手に外出なんかして……二人のろくでなしに絡まれて……全部私のせいだ。もう二度とバーなんか連れて行かないよ」「涼子のせいじゃないわ。自分でもアレルギーだって知ら
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第8話
その夜、雪乃は大きな百合の花束を抱えて現れた。「おばさん、おじさんと離婚して。私、奪い合うなんか嫌いなの」雪乃はぶっきらぼうに本音を吐いた。梓はくしゃみをし、ベッドから起き上がって窓を開け換気すると、百合を病室のドアの外に放り投げた。「雪乃、あなたは翔太を愛しているの?」梓は彼女を一瞥し、淡々と問いかけた。「ええ、愛してるわ!だからずっと前からあなたが嫌いだったの。おじさんが婚約を解消しようとしないから」雪乃は眉をひそめ、怨めしげに訴えた。「おじさんの心の中で私が一番大切だとしても、彼に妻がいるのは許せないの。これ以上あなたを傷つけたくないから、自分で出て行って。分かってるでしょう、私が何をしようとおじさんは許してくれるのだから。あなたも、おじさんと寝るたびに手で済ませられるのは嫌でしょう?」梓の心が震えた。雪乃はこのことを知っていたのだ。彼女の顔色は一瞬で青ざめ、唇を噛み締め、口の中に血の味が広がるまで噛んだ。「あなたがやらせたの?」梓が喉から絞り出すように言った。「そうよ。ただ、あなたに触ってほしくないと言っただけ。でも処女のままじゃ……」雪乃は得意げに笑った。梓の心が引き裂かれるようだった。翔太は彼女をここまで軽く見ていたのか!「私は出て行く。二人の邪魔はしない」梓は目をふせ、長いまつ毛で溢れる涙を隠した。「本当に?」雪乃は喜色満面だった。「もし約束を破ったら、ただでは済ませないわ」梓は静かに頷いた。「翔太が愛しているのはあなたよ。私がこれ以上苦しむ必要なんてない」「まさか……おじさんも私のことが好きなの?」雪乃は抑えきれぬ興奮を露わにした。梓は唇を歪ませた。翔太は雪乃を愛していた。いや、狂気じみたほどに溺愛していたのだ!雪乃は上機嫌で立ち去り、二度と梓を困らせることはなかった。梓は旅立つ前日までずっと病院にいた。退院後、別荘に荷物を取りに戻ると、彼女が植えた向日葵は全て抜かれ、代わりにブランコが設置されていた。翔太が雪乃を優しく押して揺らしている。彼の冷厳な顔に浮かんだ笑顔は、彼女がこれまで見たことのないものだった。梓は二人を眺め、かすかに微笑んだ。実に似合いの二人だ。「どうして戻ってきたの?おじさん、行こうよ。この人なんか見たくないわ」雪乃は不機嫌そうに立ち上がり、翔太の手
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第9話
翔太は雪乃を迎えて実家へ向かう途中で梓に電話をかけたが、応答がなかった。彼の胸に漠然とした不安が込み上げてきた。何か悪いことが起こりそうな予感がした。翔太は別荘に引き返して梓を同行させようと考えたが、雪乃が不機嫌そうに唇を尖らせ、今にも泣き出しそうな様子で言った。「おじさん、行かないで。おばさんに会いたくないの、嫌いだから」「わかった」翔太は一瞬ためらった後、うなずいてハンドルを切り、そのまま実家へ向かった。藤原家の実家。すでに家族全員が揃っているのに、梓だけが姿を見せていない。藤原夫人は上座に着席しながら、不機嫌そうに辺りを見回して梓を探していた。不作法な女だ。もう宴会が始まろうというのに、まだ現れようとしない!「翔太、梓はどこ?」藤原夫人は翔太を鋭く睨みつけ、「またあの子に皆を待たせる気か?」翔太は胸がざわつき、眉を寄せた。「俺が迎えに行く」「もう探さなくていい。娘はもう引き上げたわ!」楚山夫人が突然立ち上がり、離婚届受理証明書を取り出した。「二人はもう離婚しました。梓があなたの誕生祝いに出席する義理なんてないでしょう」「翔太、これを受け取りなさい」楚山夫人は離婚届受理証明書を翔太の手に押し付け、藤原夫人に向かって杯を捧げた。「末永くお健やかに。今後は両家の付き合いも商売だけとさせていただきます」「離婚?」翔太は愕然し、離婚届受理証明書を見ながら動揺した。「そんなはずがない。俺たちは離婚なんてしていない!」「離婚協議書にはあなた自身が署名したはずよ。これまで、ずっとあなたが良い子だと思っていた。梓を愛していなくても、傷つけるようなことはしないと」楚山夫人は失望した表情を浮かべた。「でも実際には、あの子の心も体もずたずたに傷つけてしまったのだ。あなたがしでかしたすべてのひどい事、梓はもう知ってる」楚山夫人は携帯電話を取り出し、動画を再生した。梓の声が流れた。「翔太、長い間お邪魔してしまってすまなかった。私が悪かった。これからはあなたは自由に心から愛する人を追い求めてください。法律上も血縁上も、あなたと雪乃さんには何の関係もない。どうぞお二人で堂々と一緒になってください。あなたは雪乃さんを愛し、雪乃さんもあなたを愛してる。二人の幸せを祈ってるよ。書斎にあったあの写真……もう見る必要はないよね。本物の
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第10話
翔太は山頂に駆けつけると、崖際に立つ雪乃の姿が見えた。彼女は背を向けたまま、微かに震える身体が今にも崩れ落ちそうだった。いつもなら胸が締めつけられるはずなのに、なぜか今回はただただ煩わしかった。「雪乃、こっちへ来い」低く渋い声で呼びかけた。その声に雪乃が振り向くと、涙に濡れた白い顔が露わになった。「おじさん……ごめんなさい」「聞け、こっちへ来るんだ」翔太は辛抱強く諭すように言った。雪乃は首を横に振り、さらに崖際へと一歩近づいた。「おじさんに恥をかかせてしまって…あなたを慕うなんて、私、いけなかったのに…でも抑えられなくて。ただひそかに想い続けられるとばかり……こんなことになるなんて……梓の言ったことは本当なの?おじさんも私のことが……?」雪乃は涙声で、翔太は眉をひそめた。梓という名を耳にした瞬間、翔太の心臓は一瞬止まり、思わず彼女の穏やかな顔が浮かんだ。ぼんやりする翔太を見て、雪乃は声を張り上げた。「おじさん!答えてください!」「まずこっちへ来い」翔太は我に返り、崖ぎりぎりに近づく彼女に焦りを覚えた。「おじさんと一緒になりたい。恋人になりたい」雪乃は声を震わせながら熱を込めて訴えた。翔太はたじろいだ。雪乃を愛しているはずなのに、この瞬間だけは躊躇してしまった。「おじさん?」雪乃の頬を涙が伝い、瞳には失望と悲しみがにじんでいた。「嫌なの?一緒になってくれないなら、もう生きていてる価値ないわ」雪乃が崖へ片足を踏み出し、身を宙に浮かせた。翔太は彼女が本当に飛び降りてしまうのではないかと恐れ、仕方なく折れるしかなかった。「分かった、雪乃、一緒になろう」彼は近寄って雪乃を抱きしめ、「帰ろう」と囁いた。雪乃は涙を笑顔に変え、翔太の腕を絡めた。「嬉しい!これから私はおじさんの恋人ね。おじさん、翔太って呼んでもいい?」翔太の身体が微かに硬直した。梓もかつて同じ問いを優しく投げかけたことがあった。あの時自分はどう答えたのだろう?はっきりとは思い出せなかった。「翔太?翔太!」雪乃は陽気に何度も彼の名を呼んだが、彼の胸の奥にはもやもやとした感覚が広がっていた。帰り道、雪乃が彼の耳元でひっきりなしに喋り続ける中、普段なら彼女の話に丁寧に耳を傾ける翔太の頭の中は、今や梓の面影でいっぱいだった。梓もかつて、極端
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