控え室に待たせていた二人をもう一度病室に呼び寄せた。
医者からの説明を受けた二人はいまだに信じられないという顔を晒している。このバカどもが。「貴方達は、死にかけた私の側で、私が死んだ後の保険金の話をしてましたよね?
私が死ぬのがそんなに待ち遠しかったのですか?」「お、お前……葵!
さっきからその喋り方は何なんだよ!? 気持ち悪いっ!」「あらあ。何が気持ち悪いのです?
翔。 二人が話してたのを私、聞いてますのよ。」「は……!生き返ったとたん強気になりやがって!
あのまま死ねば良かったのに!!」「死ねば二人は再婚して、私の保険金で悠々自適に暮らす予定だったんですものね。
ああ……! なんてひどい人なの。 妻に死ねだなんて………」「だから、その気持ち悪い喋り方はやめ…」
「二人は何年不倫してたかしら?
確か私と結婚して1年も経たないうちに不倫が発覚しているから……もう5年くらい? オフィスで体の関係を持ったり、ホテルでも数えきれないくらい……それに不倫旅行? でしたわよね。」「……っ、だから何だ!
そんなのお前だって了承済みだった筈だろう! 今言うことか!」「了承済みだなんてそんな……
愛する夫に《不倫を黙認したら離婚だけはしないでやる》なんて言われたら大人しく従うしかないわよね…… あなたは本当にひどい人だわ。妻にそんな苦痛を強いるだなんて。」全く。気持ち悪いのは私だわ。
でも今は我慢よ?アデリナ。 可哀想で、悲劇的ヒロインを演じるの。思惑通り、クズ夫は挑発に乗ってく
その後、私とグズ夫はスピード離婚。 優の紹介で優秀な弁護士に依頼できた上に、費用も良心的だったので、慰謝料請求もスムーズ。もちろんこっちの圧勝である。 後から聞いた話しだと、二人の不倫関係は会社で大問題となり、クズ男の方は事実上のクビになったんだとか。 葵と共通の友人、知人からも冷たい目で見られ、親からも縁を切られたという。 またクズ女の方も不倫女と周囲に叩かれて居辛くなり、結局会社を退職したらしい。 お互い高額な慰謝料の支払いに頭を悩ませ、しかも二人して次の就職先がなかなか決まらず、ケンカばかりしていると。 そして二人はすぐに破局を迎えた。 「お前は掃除も洗濯もできなければ、ご飯もろくに作れないんだな! そうと分かってれば、お前となんて不倫するんじゃなかった!」 「何よ! 私だって……あんたみたいに無職でカッコ悪い男、もういらない!!」 「ああ!お前とは終わりだ……! こんな事なら葵と……葵と別れるんじゃなかった!!」 町中で二人が酷いケンカをしている場面を、葵の友人が偶然目撃したらしい。 それからクズ男の方は、本当に後悔しているとか、葵とやり直したいとか、お酒に溺れてはほざいているんだとか。 ふん。愚か者が。 今さら後悔して何になる。 それに私は葵ではないから、お前に対する愛など微塵もない。 ザマァみろだ。永久にお前の元に戻る事はないだろう。 葵を蔑ろにし、苦しめた罰だ! もがき苦しめ!!クズ男め!! そうして無事に葵の復讐を果たした私はと言うと…… その後の生活まで色々とサポートしてくれた優が、今日もまた私の側で囁く。 元々フリーランスで仕事をしていた優が企業し、今ではネットの通販会社を運営している。 そこで私は優に雇われ、働いている。 「義姉さん。これからも側にいてもいい?」 甘い言
二人の声が絶妙に重なる。 それから、ベッドから起き上がった私を優が自然と支えてくれた。 まるでこちらが本物の夫みたいだ。 「とりあえず帰ろうか、義姉さん。 すぐにでも退院できるみたいだから、手続きはしておいたよ。」 「ええ、良くってよ。」 「……?」 「どうしたの?」 「え?いや……義姉さん、何か死にかけてから雰囲気変わったね……」 優が困ったようにふわりと笑う。 まあ、そうね。 残念だけれど、もう貴方の好きだった葵はこの世界にはいないのよ。 「おい、待て……お前ら!」 まだあのクズ夫が何かをほざいている。 愚か者め。 お前はもう終わりだ。 振り返り、私はまたポケットの中で再起動させていた動画の画面をクズ夫に見せた。 傲慢な笑みを浮かべながら。 「あなた、このスマホの前で暴力を振るう勇気があるんですか?」 「え!?……また動画を撮ってたのか!?」 画面は写ってなくても、生々しい音声は録音されている。 今、マヌケな格好をしているクズ夫にスマホを向けて録画ボタンを押せば、かなりいい絵が撮れるだろう。 またもやクズ夫は愕然とした。本当に学習しない奴だ。 そんなんでよく不倫なんかできたな。 「や、やだあ、どうしよう……上司から電話が……」 ずっと黙っていたクズ女が、スマホを手にしながら震えていた。 「うふふ。 上司に同僚、友人、知人から暫くは熱烈に問い詰められますわね? 自業自得なんですのよ? 葵を……私を裏切った罰なんです。 そして、あ・な・た。 私は貴方とは離婚します。 だから星乃さんとともに、慰謝料の準備
また調子に乗ってモラハラ感を取り戻してきたクズ夫と、ベラベラと自分の不貞を話すクズ女の前で、私はスマホの画面を見せた。 ただ今、録画中である。 「は…………?」 マヌケなクズ夫がマヌケな声を出して静止した。隣のクズ女と二人してピタっと行動が止まる。 ニヤっと笑い、私は停止ボタンを押した。 「この世界は本当に便利よねえ。 そして、不貞行為にはとことん厳しい。 ねえ? 今のやり取り……貴方達の会社の上司や、同僚が聞いたら何て言うかしら?」 元々、葵とクズ夫は同じ職場で働いていた。 だから葵のスマホの中にはクズ夫が働く会社の上司や同僚の連絡先が登録してある。 つまり簡単に情報を共有できる。 サアアッと顔を真っ青にするクズ夫とクズ女。 「や、やめろ……バカな真似はよせ……!」 ベッドの上で握っているスマホを、クズ夫が奪おうと手を伸ばす。 私の手は間・違・えて、動画を一斉送信してしまった。 「ああ、手元が……つい押してしまったわ。 ごめんなさいね?あ、な、た。 うっかり手が滑って、あなたの会社の上司、同僚、そして共通の友人、知人達に今の動画を送ってしまったみたい。 今の最低な会話が皆に聞かれてしまうわね。可哀想な、あ、な、た。」 「このっ………!!」 怒り狂ったクズ夫がブンッと手を振り挙げ、私を殴ろうとしている。 本当にこの愚民が、懲りないわね。 「やめろ………!」 そこにタイミングよく一人の男性が現れた。 顔はクズ夫には似ても似つかないが、正真正銘クズ夫の弟、優《ユウ》である。 「優……?何でお前がここに?」 クズ夫は
控え室に待たせていた二人をもう一度病室に呼び寄せた。 医者からの説明を受けた二人はいまだに信じられないという顔を晒している。このバカどもが。 「貴方達は、死にかけた私の側で、私が死んだ後の保険金の話をしてましたよね? 私が死ぬのがそんなに待ち遠しかったのですか?」 「お、お前……葵! さっきからその喋り方は何なんだよ!? 気持ち悪いっ!」 「あらあ。何が気持ち悪いのです? 翔。 二人が話してたのを私、聞いてますのよ。」 「は……!生き返ったとたん強気になりやがって! あのまま死ねば良かったのに!!」 「死ねば二人は再婚して、私の保険金で悠々自適に暮らす予定だったんですものね。 ああ……! なんてひどい人なの。 妻に死ねだなんて………」 「だから、その気持ち悪い喋り方はやめ…」 「二人は何年不倫してたかしら? 確か私と結婚して1年も経たないうちに不倫が発覚しているから……もう5年くらい? オフィスで体の関係を持ったり、ホテルでも数えきれないくらい……それに不倫旅行? でしたわよね。」 「……っ、だから何だ! そんなのお前だって了承済みだった筈だろう! 今言うことか!」 「了承済みだなんてそんな…… 愛する夫に《不倫を黙認したら離婚だけはしないでやる》なんて言われたら大人しく従うしかないわよね…… あなたは本当にひどい人だわ。妻にそんな苦痛を強いるだなんて。」 全く。気持ち悪いのは私だわ。 でも今は我慢よ?アデリナ。 可哀想で、悲劇的ヒロインを演じるの。 思惑通り、クズ夫は挑発に乗ってく
病室でバチっと目を覚ました上坂葵———— ではなく、アデリナ。 「あ、葵……お、お前、目を覚まして?」 呼吸器をし、ベッドに横になったままギロっとクズ夫の翔を睨みつける。 なるほど。これがあのクズ夫ね。 葵を散々泣かし、葵を苦しめた最低不倫男。 ふん……見た目もローランドに比べたら天と地ほどの差があるわね。 背も低いし、輝きもオーラも全くない。こんな奴、どんな男よりも下の下だわ。 葵は何でこんな男が好きだったの? 全く理解に苦しむわ。 それと…… 「あ、……奥さん。良かったあ。目を覚まされて……」 翔の隣にいる、略奪女の星乃麗。 確かに体つきは豊満だが、顔も性格も頭も下の下の下品なだけの女。 全く。こんな女の何がいいの? 良かったなんて、本心じゃないくせに。 翔が惚れてるのはこの、体だけでしょ? まさか顔とか言わないわよね? ふ。だとしたら大笑いだわ。 だってこの女、実はめちゃくちゃ整形してるわよね(浮気調査で発覚した、葵の記憶では)。 まあ、いい。 それにしても葵が住んでるこの国、いや、この時代は何と便利なのだろう。 葵の見てきたもの、知識は全てこの頭の中に入ってる。 さあ。そろそろ初めましょう。 葵に代わって、この元アデリナ・フリーデル・クブルクが、クズ二人に華麗なる復讐を。 まずは呼吸器をブチイッと外した。それに驚くクズ二人。ゆっくり起き上がる。 「あなた……私のバッグを取って下さる? 私の両親が持って来てくれていたでしょう? そこに置いてあるわよね。 化粧ポーチを……自分の顔を見たいの。」 にこりと私は二人に向
◇ 「一人で城を出る……? そんな身重な体で……?」 とぼとぼと自分の部屋に帰った私を、レェーヴが腕を組んで待ち構えていた。 ホイットニーもいる。さっきの話を聞いて泣いていた。 「うん……直ぐにでも出ようかなと。 ローランドがリジーに恋に落ちてしまったのなら、今後、セイディや大臣達の私に対する風当たりが強くなるはずよ。 毒の件で最悪、濡れ衣を着せられる可能性もあるわ。 そんな苦痛に絶えてまで、王妃でいる必要なんてない。 幸い、アデリナの預貯金はいっぱいあるし、暫くはどこに行っても暮らしていけると思うの。 実家には帰れないわ。お父様は離婚には反対みたいだし…… とにかくもう離婚届を準備するから。 ホイットニー。お願い。私が城を出たらそれをローランドに渡してくれる?」 「い、嫌です……!私はっ、私も一緒にアデリナ様と城を出ます……! お願いです、アデリナ様! どうか私も一緒に、連れて行って下さい…!」 そう言ってホイットニーは、私の隣で、子供みたいに泣いてしまった。 いや……私も泣きたい気分。 「……アデリン。 あんたがここを去るなら、俺がここにいる意味はない。 だから俺も一緒に行くぜ。」 それまで冷静に対話していたレェーヴまでもが、ぽつりと呟く。 「レェーヴ……私に着いて来たら、今みたいな贅沢はできないのよ?」 「…だから?言ったじゃないか。 俺はあんたの腹心だって。 自分の仕える主人に、腹心が着いて行くのは当然だろう?」 格好良くレェーヴが笑った。 まさか、そんな風に言ってくれるとは……&helli