暖かい日差し。珍しく気温が高い、穏やかな午後。
快晴の雪解けの山がくっきりと見える。王妃宮の庭園のガゼボで、私はローランドと久しぶりにゆっくり過ごしていた。
妊娠6ヶ月。 そろそろお腹が重たくなってきた。「あ……今、蹴ったな。」
ふっくらとしてきたお腹に耳を押し当て、胎児の胎動を感じるローランドの姿があった。
こうして二人でゆっくり過ごすのも、もう何度目かな? まるで本物の夫婦みたい。いや、一応夫婦ではあるんだけど。「ふ……アデリナに似て、活発な子だな。」
「え?それって悪口ですか?」
「違う。悪い意味で言ってるんじゃない。
お前は……この間もサディーク国との間に色々と伝説を残したし、フィシとルナールの件もうまく解決してくれた。 私ができずにいたことを…アデリナ。 お前は本当にすごい妻だ。」「あ、ありがとうございます、陛下。」
本当に、このところローランドが私にべったりだ。
なんだか犬みたいに可愛くて、このままだと離婚した時に寂しくなりそう。 ローランドはいいよね。リジーに出会って愛し合うんだから。 あれ?そう言えば何か肝心なことを忘れているような……?「はあ〜。クブルクの国王陛下はいいですよねえ。
癒しの力を持つ聖女様を独り占めですか?」それを少し離れた場所から傍観しているオディロンがいる。
「何ですか。和平交渉は終わったのですから、サディーク王太子はそろそろ国に戻られては?」
オディロンをローランドが睨みつけて言う。
そう。
あの酒宴の後、オディロンは本当に病気のサディーク王をクブルクに呼び寄せたのだ。 私は例の癒しの力を使い、サディーク王の病気を本当に治してしまった。それによって、クブルクとサディークは、これからはぜひ仲良くしまし
ホイットニーにレェーヴ。二人も目撃者がいる今の状況だと、明らかにリジーが不利だけど。 「ひ、ひくっ、……ひ、ひどいです。王妃陛下…それにレェーヴ様…… 私はただ、触診しようとしただけなのに突き飛ばすなんて……」 え…………?えええええ!!! 「い、いや、リジー?今のはどう考えても明らかに、私を椅子から突き落とそうとしていたわよね?」 呆気に取られてズバッとリジーに言い返してしまった。 「今のは明らかに王妃への殺人行為だっだよな!? あんた、よっぽど殺されたいんだな?」 力が抜けてしまった私の両腕を支えるレェーヴも、リジーに対して激しく怒鳴った。 さっきは本当にレェーヴのお陰で助かった。 「ひ、ひどい……!! 私は決してそんなつもりはありませんでしたっ、なのにどうしてそんな、濡れ衣を……」 「ぬ、濡れ衣?」 今のが濡れ衣だって言うの? 明らかに私を狙っておいて? しくしくと泣くリジーの姿を見て兵達が騒ついている。どちらの証言を信じたら良いか分からないようだ。 「やはり王妃陛下は……私がローランド様と懇意にしているのが許せないのですねっ…… だからこんな風に私を罠に嵌めようと…… やはり王妃陛下はお噂通りのお方……」 ええええええええええ!!! いやいやいやいや、何言ってんの?リジー。 ローランドと懇意って何? 今はまだ、看護師として侍医に付き添ってるだけでは? それにしても、さっきの顔。 明らかに殺意あったよね? ……はっきり、ローランドは私のものだって言ったよね?
今日は美しい花が咲いた王妃宮にリジーを招いてお茶会をしている。 あの日以降リジーは私を避けているようだったが、ローランドの診察時には毎回、立ち会っているらしい。 「リジー?ああ、あの看護師のか? 何?何かを感じたか?…いや、特に何も?」 ついにヒロインに出会ったのだから、ローランドが何か運命のようなものを感じたのではないかと尋ねたが、特に変わりはないみたいだった。 「なぜ、そんな事を……?」 「え……い、いえ。特に意味は。」 その時はローランドに尋ねられて少し戸惑った。 ……確かに私は、なぜそんな事を……? 庭園の、日当たりの良い場所に用意したテーブル。 その上に上品なティーカップセットや、用意されたお茶、豪華なお菓子がズラっと並んでいる。 私は妊婦だから甘いものは控えるように言われてるけど、今日はリジーのために色々用意した。 できるならあんなにドロドロした展開ではく、ヒロインとは仲良くなって終わりにしたい。 清々しい気持ちでローランドと一緒に幸せになって貰いたいから。 向かい側に座っているリジーは、この前よりはいいものの、やはり表情が引き攣っている。 「リジー。今日はお茶会に来てくれてありがとう。遠慮なくいっぱい食べてね。」 「あ……ありがとうございます……王妃、陛下……」 凛とした可憐な声。だけど距離を感じる。 側に控えているホイットニーが心配そうに見ている。 だから大丈夫よ、と私は目配せをした。 しばらく堅苦しい会話を交わした。リジーは遠慮がちにミルクティーを飲んだり、ケーキを少しだけ食べて、やがて視線を逸らしがちに言った。 「王妃陛下……その……お腹を触っても?」
お許し……って?何を………? 「あ、あの?リジー。私は別に何も。」 懸命に怖がらせないように話しかけてみる。 だがリジーは私と一切目を合わそうとしなかった。 結局リジーは、ブルブルと震えて侍医の後ろに隠れてしまった。 明らかに私を怖がってる。 え?何で? 本当に何もしてないんですけど? 「す、すみません。王妃陛下。リジーは少し緊張しているようです。」 代わりに侍医が気を使って私に謝ってくる。 そのあと諫めてもくれたが、具合が悪そうなリジーは、その日は仕事もせずに退勤するという事態に。 ……え?これも、物語の強制力?補正というやつなの? 元々、原作でのアデリナは、とにかくリジーに対して酷い行いばかりした。 でも今の段階ではまだ初対面だし、リジーはローランドと恋仲ではない。 それに私もあんな風に怯えさせるような振る舞いをしたつもりはないんだけど、どうして? とにかく落ち着こう。そしてまずは私に異常に怯えているリジーと仲良くなって、誤解を解くことから始めなきゃ。 ◇ 「私は反対です。アデリナ様。」 「……え?」 リジーと仲良くなるために彼女をお茶会に誘いたいと相談すると、なぜかホイットニーに不満気な顔をされた。 「あの看護師様は……どうにも嫌な感じがするのです。」 「リジーが?そんな、何かの誤解よ。」 確かに今日、ホイットニーはあの場にいた。 だけど、普段穏やかな彼女がここまで露骨に言うなんて。 「とにかく、私はあの者とアデリナ様が仲良くなるのは反対です。 何か、本当に悪い予感がするのです。 ……ただの杞憂だといいのですが……」 「ホイットニー…&hellip
それは冬が終わって、短い春が訪れた矢先のことだった。 妊娠7ヶ月目。 かなり膨らんだお腹を抱える私と、ローランドの前に現れた女性。 それは紛れもなくこの世界のヒロイン、白衣の天使、リジーだった………! 絹糸のような質感の黄色い髪。銀の瞳。 白くて柔らかそうな肌。 シュッとスマートな体型。細い腰。 垂れ下がっている目尻。 全体的に虚弱気味で、庇護欲を掻き立てられる、そんな女性。 ついにヒロインが登場した……! 本編が始まる………!? ちょっと予定より早くない? まだヴァレンティンは産まれてないのに。 そうか……私が戦争の火種となったイグナイトとオディロンの陰謀を消しちゃったから、戦争が起きなくて代わりのストーリーが……! これが物語の強制力というやつ!! ◇ それは、ローランドのあのお抱え医師が、年齢のせいで時々診断を間違うようになってしまったのが、きっかけだった。 「確かにアデリナの言う通りだ。 もし、私達の子に何かあってからでは遅い。」 初めの頃は私の意見を訝しがっていたローランドが、ここへきて、あっさりと医師の交代を決めた。 そうしてあの弟子医師が、侍医として抜擢された。 それに伴い彼もまた、弟子や補助役の看護師を雇う事に。 その中に何と、ヒロインのリジーが含まれていたのだ……!! 「王妃陛下は妊娠されていますので、女の看護師がいた方が心強いと思ったのです。 こちら、王妃陛下の出産までを手伝います、リジーと申します。」 侍医にそう紹介されて私の前に立った、白衣の天使、リジー。 う、うわー、可愛い〜!! 顔、小っさい!! 小説にあった通りの美しさ。 コスプレみたい
暖かい日差し。珍しく気温が高い、穏やかな午後。 快晴の雪解けの山がくっきりと見える。 王妃宮の庭園のガゼボで、私はローランドと久しぶりにゆっくり過ごしていた。 妊娠6ヶ月。 そろそろお腹が重たくなってきた。 「あ……今、蹴ったな。」 ふっくらとしてきたお腹に耳を押し当て、胎児の胎動を感じるローランドの姿があった。 こうして二人でゆっくり過ごすのも、もう何度目かな? まるで本物の夫婦みたい。いや、一応夫婦ではあるんだけど。 「ふ……アデリナに似て、活発な子だな。」 「え?それって悪口ですか?」 「違う。悪い意味で言ってるんじゃない。 お前は……この間もサディーク国との間に色々と伝説を残したし、フィシとルナールの件もうまく解決してくれた。 私ができずにいたことを…アデリナ。 お前は本当にすごい妻だ。」 「あ、ありがとうございます、陛下。」 本当に、このところローランドが私にべったりだ。 なんだか犬みたいに可愛くて、このままだと離婚した時に寂しくなりそう。 ローランドはいいよね。リジーに出会って愛し合うんだから。 あれ?そう言えば何か肝心なことを忘れているような……? 「はあ〜。クブルクの国王陛下はいいですよねえ。 癒しの力を持つ聖女様を独り占めですか?」 それを少し離れた場所から傍観しているオディロンがいる。 「何ですか。和平交渉は終わったのですから、サディーク王太子はそろそろ国に戻られては?」 オディロンをローランドが睨みつけて言う。 そう。 あの酒宴の後、オディロンは本当に病気のサディーク王をクブルクに呼び寄せたのだ。 私は例の癒しの力を使い、サディーク王の病気を本当に治してしまった。 それによって、クブルクとサディークは、これからはぜひ仲良くしまし
どうやらオディロンは背中を刺されたらしい。 身体がぐらりと傾き始め、それを私が真正面から必死に受け止める。 「サディーク王太子殿下!? しっかり!しっかりして下さい!!」 「く、くそっ……なぜっ、!!その女を捕まえ…ろ…」 「貴方が悪いのです……!オディロン様! 私を、私を弄ぶから!!!」 オディロンを背後から刃物で刺した女性は、血まみれの手をブルブルと震わし、泣きながらそう叫んだ。 先ほどのメイド達と同じ服。 従事させるため、サディークから連れてきたメイドだろう。 これはオディロンが愛を信じられず、人を弄んだ結果。因果応報だとすぐに理解する。 兵が駆け寄ってきて、女は瞬く間に取り押さえられた。 「アデリン……!?」「アデリナ様!?」 この騒ぎでレェーヴや外交官達もさすがに酔いが冷めたらしい。外からクブルクの兵達も慌てて駆け寄ってくる。 事態は深刻だ。 まさか親交の証として開いたこの酒宴で、こんなことが起きるなんて。 ますます両国間の関係は悪化してしまう。 せっかくローランドを説得したのに! [オディロン▷傷が深く出血が止まらない 手術および早めの輸血が必要 さもなければ死亡する] 「手術……!?こんな医療が中世の世界でどうやって……」 ピロリン。このタイミングで鳴る通知音。 [癒しの力を使いますか? ▷イエス ▷ノー] 「は?はい………?」 おいちょっと待て。何ですかそれ。 まさかあの時のイグナイトの…… [イエスですね 了承しました] 「え……?勝手に?」 私の手から何か