異星マサクーンには「ティン王国」という有角人の国が有った。そこでは頭部に生えた角を「ティン」と呼んでいる。女性の場合は二本生えているので「ティンティン」という。 ティンには特殊な力が宿っており、その威力はティンの大きさに比例した。その為、王国では「ティンの大きさこそが人の価値を決める」と信じられていた。 この物語は、「史上最大のティン」を持つ王国の王子デッカと、「史上最大のティンティン」を持つ王国辺境伯貴族令嬢リザベルとの、愛と勇気と力と技と、勢いと思い付き、行き当たりばったりで構成するラブ×∞+コメディである。
Lihat lebih banyak麗らかな春の陽射しが射しこむ白亜の城。
姦しい小鳥の合唱に煽られながら、簡素な黒いドレスにエプロン(メイド服)をまとった女性達が忙しく動き回っていた。「今日の掃除当番は、私の班――」
「洗濯物はうち――」 「こっちは今からお昼の準備だよ。大変だ――」全員、城詰めの侍従(侍女)だった。彼女達の仕事は、午前中が最も過酷だった。それでも、余計なことを喋っている余裕はあった。
外から聞こえる小鳥達との鳴き声と相まって、和やかな雰囲気を醸し出していた。その光景を目にすれば、自然と笑みが零れる。 しかし、笑っていられたのは、侍女達の姿を遠目に眺めていたときまで。近くに寄って見てみると、彼女達の頭から「奇妙なもの」が生えているのに気付く。 侍女達の額、左右の蟀谷辺りから、それぞれ「大人の指ほどもある突起物」が生えていた。有体に言えば、それは「角」だ。
それぞれ形や大きさは違えども、共通して先端部分が「真っ赤」に染まっていた。しかも、金属のような光沢があった。
実際、先端部分は金属並みに硬質化している。侍女達から頭突きを食らえば、痛いでは済まない。頭に凶器を持つ侍女、「鬼メイド」と呼ぶべきか。
しかしながら、頭部以外は至って普通の少女達。「只の城詰めのメイド」として、忙しいながらも、毎日楽しく過ごしていた。 侍女達の誰しもが、「これからも、きっと楽しい日々が続く」と想像して、それを信じていた。 しかし、今日、この瞬間(午前十時半頃)、侍女達の日常は破壊された。(((駄目っ、ダメダメ駄目ですぅっ!!)))
「「「「「!?」」」」」突然、城の奥から「女性の絶叫」が轟いた。それを聞いた侍女達の顔から笑みが消えた。
「何?」「今の?」
互いに顔を見合わせて、一斉に首を傾げた。その間も、城の奥から女性の声が轟き続けていた。
(((嫌っ、駄目っ、ダメええええっ!!)))
「「「「「!!」」」」」 (((これ以上は、無理です、駄目ですっ!!))) 「「「「「――――っ!?」」」」」声が聞こえる度、侍女達の顔から色が失われた。
「一体――」「何が起こっているの?」
侍女達は様子を探ろうと耳を澄ませた。
すると、少女の声に混じって「男性のもの」と思しき低音の美声が聞こえてきた。(((大丈夫だ。もう少し――)))
年若い男性の声。それも、聞き惚れるほどの美声だった。しかし、どうやら性根の方は捻じ曲がっているようだ。
(((駄目ですっ)))
(((何が駄目なものか。未だまだ――))) (((あっ、あっ、ああああああっ!!))) 「「「「「…………」」」」」謎の男女の会話。それを聞く侍女達の顔に、恐怖と「嫌悪感」が滲み出ていた。
もしかして、ろくでもない男が女の子をイジメているのでは?
侍女達の脳内に、「女性的には最悪」と言える可能性が次々閃いた。それは杞憂であって欲しかった。
ところが、謎の男女の会話は「侍女達の最悪」を全力で保証した。それどころか、より混沌さを増した斜め上の方向に突き抜けてしまった。(((私の、私の、私の――)))
(((『私の』――何だ?」)) (((『ティンティン』ですっ、私のティンティンが、どうにかなっちゃうっ!!)))大絶叫。それこそ「魔物の咆哮」と錯覚するほどの轟音が、侍女達の鼓膜を劈いた。
その瞬間、侍女達は一様に「奇妙な行動」を取った。
それぞれ両手を頭に掲げて、蟀谷辺りから生えた「角」を隠した。何故、そのような行動を取ったのか? その答えは「角の名称」に有った。
この国、「ティン王国」では角のことを「ティン」と呼ぶ。女性の場合は「二本」生えている為、ティンとは別に「ティンティン」という別称が有った。さて、この地球上に角のことを「ティン」、或いは「ティンティン」と呼称する国が有るだろうか? それを問われたならば、「無い」と答えるだろう。多分、無い。
少なくとも、角の生えた人間が住む「ティン王国」という国は無い。 そう、ここは異世界だった。いや、地球と同じ世界に有る――「異星」だった。星の名を「マサクーン」という。地球から遠く離れた場所、M111星雲に浮かぶ「元・地球人の創造神」が創りし惑星だ。
マサクーンという名前は、実は神が人間だった頃の本名から捩っている。 創造神が地球出身の為、マサクーンにも同じ(或いは『似た』)要素が幾つか有った。 しかし、「全く地球そっくりなのか?」と問われると、首が斜めに傾くだろう。そもそも、世界創造のコンセプトが「俺流ファンタジー世界」なのだ。地球とは似て非なることの方が多かった。
一応、主要民族は「人間種」といえる。しかし、「ファンタジー世界」である為、中には角が生えている者とか、耳が長過ぎる者とか、背中に羽の生えた掌サイズの者とか、獣の顔をしている者――と、所謂「亜人種」が含まれていた。その事実だけで、お釣りがくるほど地球と異なっている。
しかし、そこはファンタジー世界。
定番の設定、「魔法」や「超能力」と言った、物理法則を無視し、捻じ曲げ、卓袱台返しをかますような異能力も完備していた。 それらの力は余りに便利であった。その為、マサクーンでは科学が全く発展せず、その文明のレベルは(創造神の目論見通り)「地球の中世」辺りで停滞していた。 それらの事実を鑑みると、角が生えていたり、それを「ティン」或いは「ティンティン」と呼んでいたりすることなど「些事」、或いは「普通」と断言しても良いだろう。 そんな普通の国、ティン王国は今、滅亡の危機を迎える――かもしれない。その切っ掛けになりそうな事件が、王城内最奥、ティン王国第一王子、「デッカ・ティン」の執務室で起こっていた。亡国の引き金となりそうな事件が発生したのは、現在から遡ること三十分ほど前、時計の針が丁度「午前十時」を指した頃のこと。
このとき、デッカは一人ぼっちで執務室に籠っていた。デッカの執務室は、王城深奥に位置しながら窓から陽光が入っていた。その為、とても明るかった。
デッカは、部屋の窓際中央部に配置された豪奢な執務机の席に座っていた。その机上に積まれた「紙束が詰まった分厚いファイル」を読み漁りながら、「むむむむむ」
唸っていた。
貴公子然とした美男子が、紙束の山と睨めっこしている。その現場に居合わせたならば、殆どの者の首が斜めに傾いた。 しかし、傾いた首は、一瞬で元に戻った。デッカを見た者は、総じて、いや、敢えて「すべからく(そうすべき)」と表現しよう、直ぐに「別のこと」に意識を奪われた。別のこと。それは、デッカの額に聳える角――「ティン」だ。
ティン王国の主要民族である「ティン族」には、先述の通り角が生えている。
男女とも、「上向きに反り返っている」と言う大まかな形状をしていた。しかし、明らかに異なる点が大きく「二つ」有った。女性の場合、蟀谷辺りから一本ずつ。
男性の場合、額のど真ん中から一本。 ティンの先端部分に関しても、女性が「赤」であるのに対して、男性は「黒」く染まっていた。一般的なティンの特徴は、デッカのものにも備わっていた。しかし、それでも、彼のものには「異常」と言わざるを得ない特徴が有った。
デッカのティンは、余りに大きかった。それを見た者に「頭から大人の腕が生えている」と錯覚させるほどに。
ティン族の者であろうと、いや、ティン族ならば、「デカい」と言いながら唸っている。
実際、デッカのティンは「ティン族史上最大」だった。 そもそも、デッカが生まれるまでは、ティンの最大サイズを評した言葉は、「大人の手」だったのだから。 最早、「異次元」と言わざるを得ない大きさ、デカさだった。ティン族でなくとも視線が吸い寄せられる。そんな規格外にデカいティンを持つ貴公子が、書物と睨めっこしていた。
デッカが「内容を読もう」と顔を近付けると、硬質化したティンの先端部分が紙面に突き刺さった。ああ、やってしまった。
デッカは溜息を堪えながら、それでも書物と睨めっこを続けていた。その様子は、他者の目には「奇行」と映っただろう。
しかし、デッカ本人は至って大真面目だった。その端正な顔を気難しげに歪めながら、王領(国王の直轄地)の「経済状況」に付いて考えていた。ここ数年、王領の人口は増えている。それなのに、税収、税収率が下がっている。何故なのか?
王領税務課の資料を見ると、税収に関する項目、その数値が軒並み減少していた。
封建制度下に有って、「王領の税収が芳しくない」と言う事実は、他領土を支配する上級貴族達の不信感を煽りかねない。中には良からぬ二心を抱く者も出るかもしれない。その可能性を想像する者は、デッカに限った話ではない――と、デッカ本人は思った。ところが、王領の税務課も、王領の最高責任者であるデッカの父、第十六代ティン王国国王「ムケイ・ティン」も、誰も解決を図ろうとはしていなかった。
何故、誰も何も言わないのか?
税収に関する問題に付いて考えるほど、デッカの首は斜めに傾いだ。傾き続けて、終に机上に積まれた資料の山と殆ど平行になっていた。これ以上傾けば首が外れていただろう。
しかし、「そうはさせじ」とばかりに、予想外の救助隊(デッカにとっては邪魔者)がやってきた。デッカの首が外れかけたその瞬間、執務室のドアから「トトトト」と小気味良い打音が響き渡った。その音は、「上下」に向いたデッカの耳にも届いていた。
「何方かな?」
デッカは首を元に戻しながら、即応で返事をした。すると、ドアの向こうから重低音の美声が響き渡った。
「『ケイン・モータル』でございます」
ケイン・モータル。彼は王領に居を構える貴族であり、王城内の侍従を統括する「家令」を務めている。
他家(王族)に仕えている為、貴族としては「下級」、その爵位は「男爵」だ。 しかし、モータル家は建国以来王族に仕え続けてきた古貴族。デッカにとっては幼少期以来の顔馴染み、気の置けない旧知の間柄であった。その為、少し油断した。ケインなら、まあ、別に――って、今は拙いのか。
「少し待ってくれ」
デッカはケインを牽制した後、超速で机上の資料を片付けた。
しかし、余りに多い。その為、引き出しにしまう訳にもいかなかった。どうしたものか?
デッカはコンマ数秒悩んだ後、資料群を強引に机下に突っ込んだ。
デッカの暴力的な行為によって、机上から資料は完全に消えた。その事実を確認したところで、デッカは再びドアの向こうにいるケインに声を掛けた。「どうぞ」
「失礼します」デッカが許可を出すと、静かに執務室のドアが開かれた。
開いた隙間から、初老の男性が入ってきた。その厳めしい顔は、デッカにとっては良く見知ったものだった。その際、デッカの視界に「男性の額」が映り込んでいた。そこには大人の指、それも三本分は有ろうかというほどのデカい「ティン」が生えていた。
デッカとは比べるべくもない。しかし、一般ティン族が「羨望の眼差し」を向けるほど、黒光りする立派なティンだった。
因みに、一般的なティンの大きさは「指の第一関節」か、或いは「第二関節」ほどである。「指そのもの」と言うほどデカいティンとなると、特別な存在、「貴族」と呼ばれる者しか持っていなかった。
尤も、「指」で例えられる大きさは「下級貴族の平均」だ。市井は兎も角、王城ではよく見かけるティン(或いはティンティン)だった。その為、デッカを含めて、王城内の人間ならば誰も気にも留めなかった。 ところが、ケインを見た瞬間、デッカの秀麗な眉が歪んだ。 おや? まさか「連れ」がいたとは。ケインの左隣に、子どもと錯覚するほど小柄な女性がいた。
その女性、いや、少女は「ティン王家に仕える侍女の制服(メイド服)」を着用していた。「王城に勤める侍女」となれば、デッカの顔見知りである可能性は高い。 しかし、「何者か?」と確認しようにも、少女の顔は「自棄に長い前髪」に隠されていた。それを見て、即応で「お前か」と断定することは難しい。 しかし、デッカには思い当たる節が有った。あの長い前髪、どこかで見たような?
デッカは記憶の糸を手繰った。その先に、「目の前の少女」と重なる侍女の姿が有った。
ところが、「そこに手が届く」と思われた瞬間、重低音の声が上がった。「殿下に、お詫びしたいことが御座います」
ケインは、その場で跪き、両手を床に着いて――平伏した。すると、隣の侍女までもが、ケインに倣って平伏していた。
二人の行為に意味は、きっと有るのだろう。しかし、デッカにとっては全く意味不明なものだった。え? 何この状況。
デッカは首を傾げた。彼としても、二人の行為の意味を理解したかった。しかし、それ以上に「現況」が気になって仕方なかった。
中年男性と、歳の頃十代の少女が、執務室の出入り口で平伏している。部屋の主として、「このような現場を衆目に晒すこと」は、全力で避けたかった。その想いが、デッカの端正な口を衝いて出た。
「兎に角、中に入ってくれ」
デッカの要求に、ケイン達は即応した。
二人は直ぐ様立ち上がった。ケインが執務室のドアを閉めた。それがシッカリ閉まったことを確認した後、二人揃って部屋の真ん中まで移動して――、「申し訳ありませんでした」
ケインが声を上げた。その直後、再び二人揃って平伏した。
すると、二人の様子を見詰めていたデッカの口が「一」から「へ」の字に歪んだ。一体、「何だ」と言うのだ?
デッカの首は盛大に傾いだ。相手の意図が分からなければ対応のしようもない。だからと言って、訳も分からず平伏され続けることは、デッカにとって迷惑以外の何ものでもなかった。
こちらから、埒を開けるしかないか。
デッカは心中で溜息を洩らしながら、平伏し続けている二人に向かって声を掛けた。
「どういうこと、なのかな?」
デッカは状況の説明を求めた。それに応じたのはケインだった。彼は平伏したまま声を上げた。
「この者、我が娘『リィン』が、殿下に『トンデモない無礼』を働いたのです」
リィン。その名前はデッカの記憶に有った。その事実を直感した瞬間、ケインの左隣で平伏する少女の正体をハッキリ理解した。
数日――一昨日だったか? 俺の世話係班に配属された新しい子(侍女)だった。
灯台下暗し。余りに至近の記憶であったが故に見落としていた。
俺も、未だまだだな。
デッカの顔に苦笑が浮かんだ。しかし、笑っていられたのは、再びケインが声を上げるまでの僅かな間だった。
「こやつ、殿下の寝所で、有ろうことか『殿下の枕に顔を埋めて』――」
「!?」ケインから「リィンの所業」を聞いた瞬間、デッカの顔から表情が消えた。
もしかして、この子、俺のことが――好き?
枕に顔を埋める。相手が異性となれば、デッカでなくとも「思慕の情」を想像する。それが「当り」と思えるような言葉が、ケインの口から飛び出した。
「自分の『ティンティンを弄って』おったのですっ!!」
「!」ティンティンを弄る。誤解のないよう適切な言葉に置き換えると、「角を弄る」となる。それは幼少期のティン族に有りがちな悪癖だった。
自分の額に角が生えていたならば、誰だって触りたくもなるだろう。弄りたくもなるもなるだろう。そんなことで一々目くじらを立てていたら、周りから「短気な人」だと思われるだろう。
しかし、「子どもの悪癖」と言えども、場合によっては許されざることも有る。 リィンの行為は、デッカが表情を無くすほどの大罪だった。「この件、他に知っている人はいるのかな?」
「いえ、発見者は私ですし、この子も今回が初めてだったようで」 「そう――か」リィンの所業を知っている者は、この場にいる三人だけ。その事実は「幸運」と言えた。しかし、「次も大丈夫」とは、誰も保証できなかった。
「これからは、しないで欲しい」
デッカはリィンを諫めた。すると、リィンの頭が更に下がって――「ゴン」と、強かに頭を打った。その痛々しい音が上がった直後、初めてリィンの声が上がった。
「申し訳、ありません」
リィンはデッカに謝罪した。その直後、さめざめと泣き出した。
ああ、面倒なことになった。
執務室の中に少女の鳴き声が響き渡った。デッカはリィンの声を掛けるべきかどうか考えていた。その最中、
「えぐぅ、ぐすぅ――……」
唐突にリィンの鳴き声がピタリと止んだ。その行為は、デッカにとっては意外なものだった。
何だ、俺が何もしなくても泣き止んでくれるのか。
デッカの顔に苦笑が浮かんだ。しかし、それは直後に凍り付いた。
それまで平伏していたリィンが、突然上半身を起こしたのだ。「?」
デッカは反射的にリィンをジッと見詰めた。すると、リィンは右手を掲げて、
「実は――」
長い前髪を両手で掻き上げた。すると、あどけなさの残る可愛らしい顔が現れた。それを見た誰もが「前髪で隠すなんて勿体ない」と思っただろう。デッカも、「これからは髪を上げていれば良いのに」と思った。
しかし、リィンには前髪を伸ばす必要が有った。彼女には「隠さねばならないもの」が有った。それは、彼女の「蟀谷」を見れば直感できた。
そこには「有るべきもの」が無かった。普通の人間と全く同じだった。そう、リィンは「ティンティンが生えていなかった」のだ。その事実は、デッカに強い衝撃を与えた。
この子はティン族ではないのか?
ティン族にはティンが生えている。生えていなければティン族ではなかった。その事実を鑑みると、デッカの想像は的を射ているように思える。
しかし、「ハズレ」だった。その事実が、リィン本人の口から告げられた。「私のティンティン、凄く『小さい』んです」
よく見ると、蟀谷の上がホンノリ赤くなっていた。しかし、それを「ティン」と呼ぶのには、抵抗が有り過ぎた。
「だから、その、殿下に肖りたくて、つい――」
リィンと同じ想いを抱く者は、ティン族には存外に多い。「デッカを除く全員」と言っても過言ではない。
しかし、リィンのやり方が拙かった。拙過ぎた。デッカが表情を無くすほどに。それに止まらず、「王国の滅亡」を想像させるほどに。最悪の可能性を想像した者は、デッカだけではなかった。「『つい』で済むことかっ!!」
「「!?」」執務室にケインの怒声が響き渡った。その瞬間、リィンとデッカの体が大きく震えた。
ケインは怒り心頭していた。その火勢は凄まじく、辺り一面を焼き尽くすまで収まりそうもなかった。「お前と言う奴は、自分の我が儘の為に、大恩有る殿下に御迷惑を掛けるなどっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」 「そも、殿下には『リザベル様』という許嫁がいるのだぞっ!!」 「「!!!」」リザベル。その名前がケイン口から出た瞬間、リィンとデッカの体が大きく跳ねた。
リザベル・ティムル。彼女は辺境伯アズル・ティムルの長女にして、デッカの「許嫁」だった。
辺境伯令嬢となれば、確かに「やんごとないお家柄」だ。しかし、それら全ての特徴は、どれも「王国の滅亡」を想像させる理由ではなかった。 問題は、リザベル本人。その理由、或いは「象徴」と言うべきものが、彼女の両蟀谷から生えていた。リザベルのティンもまた、とてもデカかった。デッカと並んでも遜色が無いほど。
デッカのティンが「史上最大」ならば、リザベルのティンティンもまた「史上最大」だった。史上最大のティンを持つ者の許嫁にして、史上最大のティンティンを持つ者。ティンを持つ者、ティン族にとって、二人が「特別な存在」であることは想像に易いだろう。
そんな二人の仲を拗らせるような出来事が起こればどうなるか? それがどんなものかと想像するだけで、ティン族のティン(或いはティンティン)は恐怖で縮こまった。その中に、デッカも含まれていた。このことが「リザ(リザベルの愛称)」の耳に入ったら拙い。
リザベルは、父親アズルから「辺境伯の娘として誰よりも強くあるように」と厳しく育てられていた。その為、プライドが高い。恥に敏感で、負けず嫌い。許嫁という立場にも強い拘りを持っている。 デッカに近付く女性がいれば、それに張り合おうとする面倒な性質を持ち合わせていた。
有体に言えば、「嫉妬深い」。その性質に関しては、デッカも隠れて涙するほど思い知らされていた。
まあ、「泣く」だけで済むならマシか。
今回の一件がリザベル耳に入れば、面倒臭いことになることは確実。その可能性を想像すると、デッカの喉下まで「津波の如き巨大溜息」が押し寄せた。
本当に、どうしたら良いんだろう?
デッカは目を閉じた。気持ちを落ち着けて、喉下まで押し寄せた巨大溜息を押し戻した。それが完全に胃の中に納まったところで、今回の打開策に付いて考えた。
リザのことも問題だが、リィンのティンティンもそのままにはしておけんか。
ティンを持つティン族にとって、ティンの大きさには拘りが有った。拘り過ぎて拗らせていた。まして、貴族の身であれば、居場所を無くす可能性も有った。
「ティンティン――」
小さいティンティンを大きくする。それができたならば、リィンは救われるだろう。
デッカは右手を掲げて、その指先を見た。「そこ」にはリィンを救う手段が有った。その事実を、デッカは直感していた。
しかし、少なからず躊躇いも覚えていた。うむむ、「これ」を実行すると、絶対面倒なことになる。
デッカの喉下に「雪崩の如き巨大溜息」が押し寄せた。それを、デッカは必死に飲み込んだ。それが胃の中に納まって、胃液で消化し切ったところで――デッカは目を開けた。
「俺が――何とかする」
「「!?」」デッカの声に、ケインとリィンが反応した。そのまま無言で、ジッとデッカを見詰めた。その視線を浴びて、デッカが動いた。
デッカは、リィンの眼前まで近付いて、その場にしゃがみ込んだ。
「君のティンティン」
「はい……」 「俺がどうにかする」 「お願い、します」 「俺は今から――」後に続いたデッカの言葉。それを告げた瞬間、リィンだけでなく、ケインまでもが驚いて目を剥いた。
「君のティンティンに触れる」
「「!!!」」 「君のティンティンに、直に俺の『ティン力(ティン・ポウ)』を注げば――」ティン力。それはティンに宿った摩訶不思議な力。マサクーンの創造神から与えられた、所謂「超能力」だった。
ティン力は念じるだけで発動する。しかし、その力はティンの大きさに比例した。
ティン小さき者にできることは少ない。しかしながら、デッカほどのデカいティンであれば、神の奇跡を期待できた。因みに、「力」を「ポウ」と発音する由来は、「力を表す『パワー』という言葉が訛ったもの」と言われている。
神に届くデッカのティン力。それを、デッカは使う気満々だった。リィンを救う自信も有った。ところが、
「いけませんっ、それだけはっ」
「リザベル様に怒られてしまいますっ!!」モータル親子は全力で拒否した。
モータル親子の反応は、他国人には理解し難い。「ティンティンくらいらで大袈裟な、触らせてやれば良いではないか?」と、誰もが思う。
しかし、ティン族であれば、誰もが「それは確かに駄目だ」と全力で頷いた。ティン族間では始祖の代から「ティンに触れることは主従関係を結ぶことと同義」と内外で喧伝していた。その思い込みが因習となり、月日の経過と共に拗れに拗れ、現在では本当に「主従関係を結ぶ儀式」として定着していた。相手が異性となると、「婚姻関係を結ぶ儀式」と解釈された。
デッカがリィンのティンティンに触れたなら、二人は婚姻関係を結んだとみなされる。それは、「現婚約者に対する裏切り」と受け取られても仕方がない。少なくとも、嫉妬深い辺境伯の娘の逆鱗に触れるのは「必定」と言わざるを得ない。
デッカとて、面倒事になる可能性を「有り得る」と直感していた。その為、許嫁に対する「言い訳」を用意した。「『素手』ではない」
「「えっ?」」 「手袋を嵌める」 「「それは――」」 「だから、赦せ」 「「…………」」 「『直に触っていない』から儀式は無効だ」デッカの言い訳は、薄氷の如き危うい「屁理屈」だった。それを聞いたモータル親子の顔から表情が消えた。
本当に良いのだろうか?
モータル親子の背中に冷汗が滴った。親子共々「止めるべき」と直感していた。しかし、彼らが見詰める先では、既にデッカが両手に白い手袋を嵌めていた。
殿下にお任せするしか――ない。
モータル親子も覚悟を決めた。
その直後、デッカの両手がリィンの蟀谷に伸びた。その指先が、リィンの「赤らんだ箇所」に触れた。その瞬間、「!」
リィンは息を飲んだ。その反応はデッカにも伝わっていた。しかし、
「ティン力を注ぐぞ」
デッカは無視した。そのまま両手の人差し指と親指を使って、リィンのティンティンを強引に摘まんだ。
その瞬間、リィンの体がビクリと震えた。殿下――デッカ様の指から、何か、何か熱いものが伝わってくる!?
電撃のように峻烈な、それでいて、皮膚が蕩けるような甘美な刺激だった。それが、デッカの指先からリィンのティンティンに染み込んでいく。
デッカが与えた刺激はリィンの全身に広がって、彼女の心と体を痺れ、蕩けさせていた。「ふっ……くっ……ううっ」
リィンにとって初めての経験だった。抗い難い刺激だった。幾ら堪えようとしても、口から声が漏れた。それでも、最後まで耐えきるつもりだった。ところが、
「あああっ!!」
できなかった。耐えられなかった。
一般ティン族にとって、デッカのティン力は余りに強力、余りにデカかった。「私のティンティンが、どうにかなっちゃうっ!!」
リィンの大声は、執務室を突き抜けて荘厳な白亜の王城中に響き渡っていた。
果たして、リィンのティンティンはどうなってしまったのか? リザベルのことはどうするのか? そもそも、リザベルはいつ出てくるのか?
次回、「第二話 私のティンティンがデカくなってる」
良かったね。
※拙作をお読み下さり感謝いたします。
宜しければ評価、感想などを頂けますと有難く思います。 今後とも宜しくお願い致します。アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア
アゲパン大陸の中央部に「オニクランド共和国」という国が在る。 君主制の国が多い惑星マサクーンに於いて、「珍しい」といえる国民主権の国だ。地球の歴史を鑑みれば「将来有望」と言える。その主要民族は、やはり普通の人類種――ではなく、「オニク族」という亜人種だ。 オニク族。その外観は豚面で大柄、太っちょだ。地球で言うところの「オーク」に近いだろう。その戦闘能力も、オークに勝るとも劣らない。 実際、オニクランドの軍隊は他国が一目置くほど精強だ。新しい戦法を練ったり、武器を開発したりしている。いつでも、どことでも戦争をする準備は整っていた。 しかし、実際にオニクランドから喧嘩を吹っ掛けたことは、建国以来一度も無かった。彼の国には、それを躊躇う「地政学的理由」が有った。 オニクランドは「大陸中央」に位置している。「全方位他国に囲まれている」のだ。 何れかの国と揉めれば、それ以外の国が「これ幸い」と攻め入ってくることは、予想に易いだろう。 戦争する訳にはいかなかい。他国に戦争の口実を与える訳にはいかない。 オニクランドでは「富国強兵」と「他国との友好」は絶対的な国是なのだ。文字通り「国の支柱」だ。どちらかが折れれば国はアッサリ傾く。だからこそ、国民に選ばれし為政者達は、何を措いても「支柱の維持」に腐心する。その為に有効な手段が有れば、迷わず飛び付く。「何か凄い強化してくれるカップルがいるぞ」と聞けば、試してみたくもなる。「では、呼びますか?」 「「「「「そうですね」」」」」 オニクランドの評議会で「デッカとリザベルを国賓として招待する」という議案が賛成多数で可決された。 かくして、デッカ達は二名のお供を従えて国境を渡ることとなった。勿論、それを実現する為のオニクランド側の努力も抜かりなし。 ティン王国との軍事同盟の締結。 デッカ達が外遊中、オニクランド大統領(国家元首)の子ども達(兄妹)が(人質として)ティン王国首都オーティンに滞在する。 今回の件に対する賂、無表情で有名なアリアナ・ティルト侯爵令嬢がにんまり微笑むほどの大量の「黄金色の菓子」——等々。 ティン王国の為政者達が揃って「うむむ」と唸り声をあげるほどの旨味が、湯水のように提供された。それ等を目の当たりにして、ティン王国側でも「オニクランドと仲良くしよう」とか、「
ブラリオ・ツィンコがオッタマン・ゲイツに決闘を申し込まれてから一週間が経った。 ティン王国時間、午前九時。 王城の敷地内に設けられた石製の巨大円舞台、「ティン王国御前試合場」の上に、二つの人影が有った。 ブラリオとオッタマン。 どちらも王国騎士の鎧に身を包んでいた。それぞれティン弧剣」を背負っていた。 二人は今日、決闘する。その理由が、オッタマンの口から飛び出した。「勝った方が殿下の護衛だ」 ブラリオは、返事代わりに静かに頷いた。 どこまでも青い空の下、色の無い風が「ビュウ」と音を立てて二人の体を薙いだ。その瞬間、どちらともなく右手を掲げてティン弧剣の柄を握った。「ブラリオ。貴様がデッカ殿下の専属護衛に相応しいか否か――この俺が見極めてやる」 「宜しくお願いします、ゲイツ先輩」 二人は同時にティン弧剣を抜いた。その直後、オッタマンが飛んだ。 ゲイツ流の極意、超身体能力強化。 オッタマンは、人の領域を超える速度で円舞台を駆けた。その際、ブラリオも前に出ていた。 ブラリオは、オッタマンよりも身長が高く、腕も長い。その分だけ剣の間合いが広かった。必然的に先手が取れた。 オッタマンが間合いに入った瞬間、ブラリオのティン弧剣が宙を薙いだ。 真上から、真下へ。その長い身体を存分に活かした豪快な縦一文字切り。ティン力も加わっている為、常人では受けとめ切れない。 しかし、オッタマンは常人ではなかった。 オッタマンは、両手握ったティン弧剣を「左腕に添える」ように構えていた。それを左腕と同時に押し出した。 二振りの孤剣が重なった。その刹那、鈍い金属音が鳴った。その直後、ブラリオの孤剣の軌道が変わった。いや、「変えられた」と言うべきか。 ブラリオの孤剣は、オッタマンの孤剣の刃に沿うように「斜め下」へと流れていった。その現象が起こった瞬間、ブラリオの背筋が凍り付いた。 拙いっ!? 現況は「オッタマンの間合い」だった。 オッタマンの孤剣が、ブラリオの腹に迫った。ブラリオは、即座に浮遊剣で防御した。しかし、アッサリ弾かれてしまった。「くっ!」 ブラリオは、即座に後ろに飛んで間合いを開けた。その際、追撃は無かった。 オッタマンは、その場に立ち尽くしていた。無言でブラリオを見詰めていた。彼が追撃していたならば、その時点で勝負は付
決闘。額面通りに受け取れば「命を懸けた殺し合い」になる。しかし、ティン王国では飽くまで揉め事の決着方法の一つ。運悪く落命する場合も否定できないが、そうならない工夫が施されていた。 ティン弧剣士の場合、双方「刃の潰れたもの」を使用する。地球(日本)の時代劇でいうところの「峰打ちセーフ」である。 尤も、命は賭けずとも「名誉」は掛かっている。敗者には、それなりの代償が有った。「勝者の言うことを『何でも』一つ聞く」 何でも。仮に命を要求されたならば、それを差し出さねばならない。拒否したならば、名誉が大きく損なわれる。その事実に対して「命を奪われた方がマシ」と断言する者は、貴族達の中には存外に多い。 ブラリオ・ツィンコは貴族だった。しかも、近衛騎士で、流派の直系だ。その出自の宿業からは、生涯逃れることはできないだろう。 絶対に拒否はできない。その事実は、オッタマン・ゲイツも熟知している。その上で、彼は非情な条件を告げた。「俺が勝ったら、『デッカ殿下の護衛の役目』を代わって貰うぞ」 デッカの護衛。ブラリオにとって、デッカは「竹馬の友」といえる存在だ。その役目を仰せつかった際、「身命を賭して完遂する」と誓約した。ブラリオの脳内には、「他の者に譲る」という選択肢など微塵も無かった。 絶対に、譲れない。だけど、決闘を回避することはできない。「承知」 ブラリオは、オッタマンの条件を受け入れる他無かった。彼には「オッタマンと戦って勝つ」以外の選択肢は無かった。 その日から、ブラリオは有休をとって「森」に籠った。 王都後背に広がる針葉樹林帯、通称「モリッコロの森」。群生する白と赤い樹木の間を、痩身の人影が駆け回っている。それも、早朝から夕方まで、休むこと無く延々。 ブラリオは、ご飯を食う暇を惜しんで修行を続けていた。しかし、その甲斐は残念ながら無い。彼には「勝ち筋」が見えていなかった。 闇雲に動いても、無駄に疲れるだけだな。 修行開始から三日目。ブラリオは、現況に対する「徒労」の可能性を覚え始めていた。だからと言って、軽々に休めなかった。 ブラリオが動きを止めた瞬間、彼の脳内に「オッタマンの戦う姿」が閃いた。すると、ブラリオの心臓が「肋骨を折る」と錯覚するほど跳ね回った。 ゲイツ先輩の「ゲイツ流」――恐るべし。 ゲイツ流。オッタマンの曾祖父、「
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