愛は救いでもあり、苦しみでもあった。 もしやり直せるなら、中尾南月(なかお なつき)は絶対に藤村白羽(ふじむら しらは)を愛さなかった。
view more二年後、南月と時弥の教育支援プロジェクトが終了した。彼らは帝都に戻り、二人の願い通りに素早く婚約した。時弥は南月の手を握りしめ、満面の笑みを浮かべながら言った。「本当、あのとき一緒に教育支援に行ってよかった。じゃなきゃ、こんな最高の妻が見つからなかったよ」「まだ結婚式も挙げてないのに、誰があんたの妻よ」時弥は悩まず、ただ南月と十指を絡めて、彼女の耳元で何度も何度も、愛おしそうに囁いた。「南月ちゃん」結婚式はとても盛大だった。会場の飾り付けはすべて、南月の好みにぴったり合わせて用意されたものだった。多くの人々に見守られながら、南月と時弥は指輪を交換した。そして、みんなのキスコールに押されながら、二人は互いを強く抱きしめてキスした。披露宴の最中、時弥は南月をしっかりと抱え、周囲に宣言した。「酒なら全部僕にまかせて。家内は胃が弱いから、一滴も飲ませないよ」その瞬間、南月の胸の中に幸福感が溢れた。ああ、私も、こんなふうに愛されてる存在なんだ。夜になって、二人はベッドの上で、互いの心を打ち明け合った。時弥の目に愛しさが溢れた。「やっと、君と結婚した」南月の目が赤くなった。「よかった……あなたで、本当によかった」その後、二人はそれぞれの仕事に戻った。家に帰ると、寄り添いながら抱きしめて互いを励ました。彼らは白黒猫を飼い、自由で幸せな生活を暮らしていた。白羽という人間は、まるで南月の人生から完全に姿を消したようだった。だがある日、会社で仕事をしていた南月のもとに、白羽の両親が訪ねてきた。二人は以前の気品ある様子とは違い、まるで一気に十歳の年を取ったように見えた。そして、彼らは南月に懇願した。「どうか、白羽に会ってやってくれませんか」その言葉で、南月は初めて白羽が病気にかかったことを知った。しかもその病気は、一生動くことのできない植物状態だった。南月の目に、驚きの色が浮かんだ。しばらく考えた後、彼女は頷いた。なにしろ、自分はかつて藤村家の一員だったのだから。白羽があんな状況になった以上、彼女は彼を見舞いに行く必要があった。車の中で、白羽の両親は彼の状況を南月に語って、彼女は初めて白羽が長い間病気だったということを知った。南月はため息をつき、思わず呟いた。「本当に、人生ってどう
白羽は帝都に戻ったが、南月の近況をどうしても気にせずにはいられなかった。探偵から送られてくるすべての写真には、時弥の姿があった。白羽は瞳が暗くなり、かつての彼とはまるで別人のようだった。南月と時弥が付き合っていると知った後、彼はまるで魂が抜かれたかのようだった。彼は自信を失って、ただロボットのように毎日仕事を繰り返した。一日三食はきちんと食べていたが、彼の顔から笑みは一切消えていた。それでも彼は、頑なに南月の部屋を元通りに整えた。まるで南月が今もそこにいるかのように、自分を騙した。彼の精神も次第に異常になった。夜になれば、彼は南月の部屋で眠り、彼女の名前を何度も呟いていた。そして、彼女の携帯番号を何度も何度もかけ直したが、返ってくるのは、電源が切れているという無機質なアナウンスだけだった。それでも彼は止めようとしなかった。あまりにも彼女に会いたくて、せめて声だけでも聞きたくて、彼は新しい電話番号を何度も登録して、南月の番号に電話をかけ続けた。彼女の声が聞こえたとき、彼は何も言わず、ただ静かに切られるのを待った。それだけで、彼はもう満足していた。白羽の様子を見た彼の両親は、次々と帝都の令嬢たちを彼に紹介してきた。誰もが才色兼備で、申し分のない女だった。しかし白羽は、まるで女性に興味を失ったかのように、一瞥すらしなかった。そのまま半年が過ぎた。ある日、友人に連れられて病院へ行った彼は、医師から診断を下された。彼はうつ病にかかった。それに、重度のうつ病だった。医師は何度も薬を飲むように彼に説得を続けた。友人たちも何度も彼を慰めて、治療に協力すると勧めた。だが白羽は首を横に振るだけで、薬も一切飲まなかった。薬なんて、自分には意味がないことを知っていた。彼の病気に効く薬がどこにあるのか、彼自身が一番よく知っていた。だが彼は、それを手に入れることはできなかった。やがて軍隊からは、「しっかり養生しろ」と通達が届き、彼は正式に除隊となった。彼は家に一人で引きこもり、完全に外の世界を遮断した。外の日差しがどれだけ眩しくても、彼はカーテンを固く閉め、一切の光を拒んだ。そしてある日、彼はふっとかつて南月に言い放ったあの冷酷な言葉を思い出した。「君のラブレターなんて、意味
南月の涙は、もうとめどなく流れていた。彼女は顔を両手で覆い、しゃくり上げながら答えた。「うん」その一言を聞いた瞬間、時弥の目には抑えきれないほどの興奮が溢れた。まるで夢で見ているかのような気分だった。南月が本当に、彼の彼女になるのか?じんわりと喜びが心の奥から湧き上がってきて、次の瞬間彼はもう我慢できず、ぎゅっと南月を抱きしめた。彼は南月の耳元で、優しく囁いた。「僕は、一生かけて君を大事にする」……だが南月に断られた白羽は、まだ諦めなかった。かつて南月にした仕打ちを思えば、今彼が経験しているのは何でもないことだった。帝都に戻った彼は、一ヶ月の休暇を申請し、再び飛行機に乗って、遠く離れた漁村へやってきた。だがそこで目にした光景が、彼を完全に凍りつかせた。村の奥まった壁際で、時弥が手を壁について、南月を抱き込んでいた。そこにはただならぬ雰囲気が漂っていた。白羽の瞳が見開かれたその時、時弥が腰をかがめて南月に顔を近づけ、キスをした。激しく、情熱的に。そのキスには、所有欲に満っていた。時弥に抱きしめられていた南月も、そのキスに情熱的に応えた。それを見た後、白羽の目が真っ赤に染まって、力を込めて握りしめられた拳はぶるぶると震えた。時弥と南月のキスを見た前に、白羽はずっと、自分が南月に感じていたのは疚しさだけだと思っていた。それは愛情ではないと信じていた。二人が付き合っていると聞いた時も、怒りのほうが強かった。だが今、彼の脳裏には、ただ一つの気持ちがあった。それは間違いなく嫉妬だった。狂いそうなほどの嫉妬だった。もしただの親としての感情なら、こんなに妬むはずがなかった。だから、答えはひとつ。彼は南月を好きになった。そして、ずっと前から彼女を好きになったのだ。ただ、南月はずっと彼のそばにいて、他の誰とも付き合っていなかったから、彼は彼女が永遠に自分のことを想ってくれると、思い込んでいた。だが今、彼女は本当に、彼を置いていってしまった。白羽は怒りで飛び出して、二人を引き離そうとしていた。でも、自分にはもう、何の資格もなかった。今さら南月の前に立っても、ただ彼女の嫌いと疎遠を招くだけだった。彼はただ、じっと見つめるしかなかった。彼は時弥の腕の中で頬を染めた南月を
「そうよ。私は彼と付き合ってる。それが何か?」南月の顔は冷たくなり、その口調も氷のような冷たさだった。だが白羽は厳しい声で言った。「許せない!あいつがどんな奴か、君が知らないの?そんな奴、今まで何人の女と付き合ってきて、全部遊びだ。本気なんてありえない!」南月は皮肉っぽく口元を上げた。「そうね、彼がどんな人かなんて、私が分からないわ。でも、あんたがどんな人かは、私が一番よく知ってる。言おうか?あんたが私にしたこと、ひとつずつ列挙して?それに、今の私が誰と付き合おうと、もうあんたには関係ないでしょ。悪いけど、来た道そのまま戻って。ここは、あんたを歓迎しない」その言葉に、白羽の目に悲しみが浮かんだ。「南月。あいつのために、俺を突き放すのか?俺は君のためを思って言ってるんだ。俺は、君を傷つけるわけないだろ!」南月の口調に嘲笑の色を帯びた。「そうね、あんたは『私のため』だった。だから、麻酔なしで私を小林柔音に腎臓を提供させたんだよね。それが『私のため』っていうなら、ごめん、私には受け止めない」そう言い終わると、南月は時弥の手を取り、立ち尽くしていた白羽を無視して、その場を立ち去った。白羽は彼女に会うために、山も谷も越えてここまで来て、一睡もしていなかった。だが目にしたのは、南月が他の男と幸せそうにしている現実だった。彼はまるで雷に打たれたように、全身が凍りついた。一方その頃、時弥は緊張して南月を見つめた。「南月、ごめん、さっきの、言いすぎたかも……僕はただ……」言い終わる前に、南月が口を挟んだ。「いいのよ。謝らなくて。あんたの気持ちは分かってるから。むしろ、ありがとうね」その言葉に、時弥は目がパッと明るくなり、頭をかいた。「本当に?」南月はコクリと頷いた。彼は少しためらいながらも、説明し続けた。「さっきあいつが言ったこと、全部嘘だからな。僕は君を好きになってから、他の女と付き合うことなんて一度もなかった。本気だよ。僕は自分の産業もあるし、世間に言われてるチャラ男じゃない」南月は笑みを隠すように前を向き、数歩進んだ。「分かってるよ」その瞬間、時弥の顔が一気に赤くなった。彼はどもりながら言った。「じゃあ……僕が君に告白するチャンス、もらえてるってこ
白羽がトラックに乗って漁村に辿り着いたとき、彼は自分の目を疑った。かつて兵を率いて過酷な訓練地に行ったことは何度もあったが、こんな環境に出会ったのは初めてだった。道がすべて泥にまみれている村なんて、彼は今まで一度も見たことがなかった。南月がどうしてこんなところで苦労していたのか、彼は理解できなかった。そして、村の小学校に辿り着いた時、彼は初めて南月に「他人」のような違和感を覚えた。彼の記憶の中の南月は、小さい頃から大切に育ててきた箱入りのお嬢様だった。だが今、教室の窓越しに見えたのは、子どもたちに語りかける南月の姿だった。彼女は目を輝かせて、一番安い麻のシャツを着ていた。彼女の流れる発音は、教科書のつまらない文章さえも、生き生きと聞こえさせていた。白羽はその光景に、しばらく言葉を失って見入っていた。まるで今日は初めて南月を知ったような気がした。チャイムが鳴り、彼は南月の元へ行こうとしたその瞬間、彼より先に、一人の少年が南月の元に駆け寄っていった。その横顔を見た瞬間、白羽はすぐに誰だか分かった。浅間時弥、かつて南月をしつこく追い求めていたあの帝都のチャラ男だった。彼がどうしてここに?まさか、南月のために?訝しんでいたその時、時弥が南月の頭を優しく撫でた。それを見た後、白羽の首に青筋が浮かび、彼は勢いよく二人の間に割って入った。そして、彼は時弥を指差し怒鳴った。「浅間時弥!帝都の令嬢たちじゃ飽き足らず、今度はうちの藤村家の人に手を出す気か?警告しておく。南月には近づくな!」時弥は白羽を見て頷いて、そして南月の方を向き、柔らかく問いかけた。「南月、君は藤村家の人なのか?」南月は一瞬白羽を見た後、きっぱりと否定した。「違う」その口調は冷たく、まるで他人に対するようだった。その一言に、白羽は言葉に詰まった。時弥は挑発するように白羽を見て言った。「聞こえた?南月が言ったよ。離れるべきなのは、僕じゃなくて。お前だ」白羽の目に悲しみが浮かんだ。彼は南月を見つめ、細い声で言った。「南月、ごめん。昔、君を傷つけたことは謝る。でも、俺は一度だって君を見捨てようと思ったことなんてない。俺の心の中で、君はずっと藤村家の人だ。藤村家は、ずっと君の家だったんだ」その言葉を聞いて
日差しが少年の体を包み込み、その瞳をより一層輝かせた。チャイムが鳴ると、時弥は遠くへ駆け出し、後退しながらひらひらと手を振ってきた。明るくて情熱的だった。南月は一瞬うっとりした。その瞬間、彼女は時弥が太陽より眩しいと思った。教育支援プロジェクトの期間は二年間。ここ数日を経て、南月はすでにこの漁村の村人たちとすっかり打ち解けていた。村人たちは温かくて優しかった。週末には彼女に漁船に乗って漁の体験までさせてくれるほどだった。こんな素朴な生活を、彼女はずっと夢見ていたのだ。そして今、その夢が叶った。……一方、遠く離れた帝都では、白羽がアルコール中毒により、病院に搬送されていた。柔音の件は、彼にとってあまりにも大きな衝撃だった。彼は毎日後悔し続けていた。なぜ、あの時南月の言葉を聞かなかったのか。なぜ、柔音の本性をもっと早く見抜けなかったのか。だが、すべてはもう手遅れだった。南月は、もう出て行った。本当に誰も知らないのか、それともわざと隠しているのか、白羽は知っていそうなすべての人に聞いたが、南月の行方を知る者は、一人もなかった。彼が雇った探偵も、何の手がかりも得なかった。まさか、彼女が海外に行ったのか?さもないと、なぜ何の情報も得られなかったのか?彼は空港の出国記録を隅々まで調べ上げたが、どこにも南月の名前はなかった。世界というものが、こんなにも広く感じられたのは初めてだった。彼女がただ姿を消しただけで、すべての情報が絶たれてしまうなんて。だから、彼は酒で自分を麻痺させて罪悪感を緩めるしかなかった。なにしろ、彼がやったことは普通のことではなかった。人の体に腎臓が二つしかなかった。だが、彼は柔音のために、恥も良心もかなぐり捨てて南月の腎臓を奪った。白羽の友人たちは、次々と彼の見舞いに訪れた。皆が口を揃えて彼を慰めたが、彼が酒に溺れている本当の理由を知る者は、誰もいなかった。唯一の内情を知る人は、白羽に対して何の同情も抱いていなかった。恋愛は個人の自由だ。そこに正解も間違いもなかった。だが、白羽は自分の愛情のために、身勝手に他人を傷つけた。たとえ彼が白羽の友人であっても、白羽に一言の擁護すらできなかった。なぜなら、これはすべて自業自得だったから。病院での三日間
Mga Comments