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第5話

Author: コーヒーミルク
医師が立ち去ると、寝室には重苦しい静けさだけが残った。

和久はベッドの端に腰掛け、江津子の包帯を巻かれた手に目を落としていた。傷は深く、包帯の端から薄黄色い滲出液がにじみ出て、消毒薬の鼻を突く匂いと混ざり合っている。

腕の発疹はまだ引いておらず、青白い肌の上でひときわ痛々しく浮き上がっていた。

彼はようやく、医師が口にした「命に関わる」という言葉を思い出した。

「江津子……」

彼の声は低かった。彼女の指先に触れようと手を伸ばしたが、触れる直前で止める。

「麗子に手を上げるべきじゃなかった。あいつも、ただ少し我儘を言っただけだ」

江津子はベッドの頭にもたれたまま虚空を見つめ、何も答えなかった。

その沈黙はどんな言い争いよりも和久を苛立たせた。

彼は立ち上がり、声をいつもの冷淡さに戻した。

「2日後に、幹部懇親会がある。お前も来い。いつまでもそんな様子でいるな、俺に恥をかかせる気か」

懇親会は大ホールで開かれた。

会場は賑わい、和久は余裕たっぷりに人々と談笑し、麗子は「妹分」という立場でそばに付き添い、愛らしく微笑んでいた。

誰も、須賀隊長の妻がまるで存在しないかのように静かにしていることを気に留めなかった。

座が盛り上がり、誰かが余興の質問ゲームを提案したときのことだった。

順が和久に回ってくると、酔った分隊長のひとりが笑いながら聞いた。

「須賀隊長、最後に女性関係で問題を起こしたのは、いつ、誰とです?」

どっと笑いが起こる中、和久はグラスを揺らしながら淡々と答えた。

「5年前の、結婚初夜だ」

空気が、ふっと静まり返った。

誰もが、5年前に和久が江津子と結婚したことを知っていた。

「あの夜」

彼は続けた。視線は何気なく江津子に向けられた。

「俺の寝室で、麗子とだ」

死んだような沈黙。

麗子は頬を染めて彼の肩を軽く叩いた。

「和久さんったら、冗談ばっかり言って」

「事実を言っただけだ」

和久は笑いながら、彼女の手を握った。

無数の視線が江津子に注がれる。同情、嘲り、見世物を眺めるような目。

彼女はグラスを手にしたまま、指先は氷のように冷たく、顔にはこれといった表情もなかった。まるで今話されているのが、自分とは関係のない誰かの物語であるかのように。

彼女の番が回ってくると、誰かがわざと尋ねた。

「奥様、須賀隊長がいちばん大事にしているものって何でしょうね。答えられなかったら、何か一曲いきましょうか」

和久がいちばん大事にしているもの?

かつては彼の勲章だと思っていた。その後は麗子だと思った。そして、その後は。もう、わからなかった。

記憶の霧は、払いのけられないほど濃い。

彼女は長いこと考え、やがて小さく答えた。「……忘れました」

罰ゲームとして、歌を1曲歌わされることになった。

かすれた歌声がホールに響く。音は外れていたが、誰も笑わなかった。

和久は彼女を見つめ、ふと動きを止めた。

彼女は人前で歌うことなど決してない人だったはずだ。なのに、どうして……

そして何より、その目に浮かぶ茫然とした色は演技ではなかった。

彼女は本当に忘れているのだ。

懇親会が終わると、外は土砂降りの雨だった。

和久は部下に先に麗子を送らせ、江津子を振り返ると、冷ややかな目で言った。「お前は、自分で歩いて帰れ」

彼女は何も言わず、ただ頷くと、そのまま雨の中へ歩き出した。

たちまち、全身がずぶ濡れになった。

服が体に貼りつき、髪が頬に張りついている。

彼女はふらつく足取りで歩き、靴が水たまりに踏み込んだ拍子に足首を捻った。

和久は車の中から、バックミラーに映る、どんどん小さくなっていくその後ろ姿を見ていた。

雨が強すぎて、やがて何も見えなくなった。

彼は苛立たしげに煙草に火をつけ、運転していた部下に言った。「ゆっくり走れ」

車は這うような速度で進んだが、バックミラーにその姿が戻ってくることはなかった。

「戻れ」ついに、彼はそう言った。

元の場所に戻ったとき、江津子はすでに泥水の中に倒れていた。

顔は蒼白で全身ずぶ濡れ、手の甲の傷は泥水にまみれ、首元の発疹は一面に広がっていた。

彼女を抱き上げたとき、和久はその体の熱さにぞっとした。

総合病院で、医師は険しい表情を浮かべた。

「40度の高熱です。重いアレルギー反応から喘息発作を起こし、手の傷にも感染が起きています。もう少し遅ければショック状態に陥っていたでしょう。

須賀隊長、前にもはっきり申し上げましたが、奥様の体は限界まで張り詰めた糸のようなものです。これ以上の無理は、命取りになります」

和久は病室の外に立ち、ガラス窓の向こうに横たわる、意識のないその姿を見つめていた。

彼女はひどく小さく、ひどく脆く見えた。まるで今にも砕け散ってしまいそうに。

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