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第6話

Author: コーヒーミルク
江津子は2日間、意識を失ったままだった。

目を覚ますと和久がベッドの脇に座っていて、目の下にはうっすらと隈ができていた。

彼女が目を開けたのを見て、彼は珍しく柔らかな声を出した。

「気がついたか。

医者が、静養が必要だと言っていた」

彼は温かい白湯を彼女の唇に運びながら言う。

「しばらくは、俺がそばについている。

それと、あの懇親会で言ったことはただの冗談だ。気にするな」

江津子は白湯を受け取らず、ただ彼を見つめていた。

その眼差しがあまりにも澄んでいて、あまりにも見知らぬもののようで、和久の胸の奥にわけもなくざわめきが広がった。

「江津子」彼はふいに言った。「体が良くなったら、家に代々伝わる指輪をお前にやる」

それは須賀家に代々、跡取りの妻だけに受け継がれる品だった。

彼女はかつて、その指輪のことで彼と揉めたことがあった。

「あなたは心の中で私を妻だと思っていない」と。

今、彼はそれをくれるという。

けれど彼女はただ茫然と尋ねた。「指輪……そんなに大事なものなの?」

和久の動きが止まった。

「前はあれほど欲しがっていたじゃないか」

彼は彼女の目をじっと見つめた。

「そうだったのね」

彼女は小さく笑った。

「ふふ……それなら、たぶん昔のことなんでしょうね」

あの苛立ちがまた込み上げてくる。

「お前さ」

彼の声が沈んだ。

「俺にそんな態度を取り続けるつもりか。指輪もやる、謝りもした。これ以上、何を望むんだ」

彼女は答えず、ただ窓の外へ目をやった。

退院した日、和久は彼女を連れてある医学会へ向かった。

「お前は昔、こういう会がいちばん好きだったろう」彼は言った。「今日は、お前の母親が受賞した当時の研究を振り返る特別展示もある」

江津子の目にようやく光が宿った。

会場で、彼女は母のパネル展示の前に長い間立っていた。

それは母が研究者として最も評価されていた時期に手がけた研究で、かつて大きな話題を呼んだものだった。

だが、立ち去ろうとしたところで、最新成果の展示コーナーに見覚えのある症例分析報告が目に入った。

署名、梅野麗子。

論文名、「急性外傷感染に対する革新的治療法」。

それは3年前、江津子自身が書いた研究原稿だった。ずっと研究室の机の引き出しに鍵をかけてしまい込み、誰にも見せたことのないものだ。

その場に立ち尽くしたまま、彼女は全身が冷たくなっていくのを感じた。

「この論文、気に入ったか」

和久の声が背後から聞こえた。

「麗子が今回発表した論文、ちょうど若手医学賞を取ったところだ」

江津子はゆっくりと振り返り、彼を見つめた。

「これは私の研究よ」

和久は眉をひそめた。

「何を言っている」

「この『急性外傷感染に対する革新的治療法』は、私が3年前に書いたもの」

彼女は一語一語、はっきりと告げた。

「原稿はずっと私の研究室の机の引き出しに鍵をかけてあったわ」

和久の顔色がわずかに変わった。

もちろん知っている。あの引き出しの鍵を持っているのは、彼と彼女のふたりだけだ。

そして1カ月前、麗子が江津子の研究を見てみたいと言い出し、彼は確かに引き出しを開けたことがあった。

「記憶違いだろう」彼は冷たく言った。「これは麗子が独自に研究したものだ」

「原稿を出すこともできるのよ!」

「江津子」彼が遮った。「やめろ。今日はこれだけ人がいるんだぞ。麗子に恥をかかせたいのか」

彼女は彼を見つめ、ふいに何かを悟った。

「……あなたが、彼女に渡したのね」

和久はしばらく沈黙し、やがて認めた。「そうだ。麗子にはチャンスが必要だった。あの論文は彼女が持っていたほうが価値を発揮できる。お前が何か欲しいなら、俺が与えてやる」

「あれは母の十回忌に捧げるつもりだった研究なのよ!」

「発表できるように俺が手配してやる」彼は当然のように言った。「お前の名前を共同研究者として加えてもいい」

江津子は笑った。目の縁が赤くなっていた。

彼女は演台のほうへ歩いていき、マイクを手に取った。

「皆様にご報告があります。今回の若手医学賞受賞論文『急性外傷感染に対する革新的治療法』は、私の未発表の研究を盗用したものです」

会場がどよめいた。

麗子は真っ青になり、涙ぐみながら言った。

「江津子さん、どうしてそんなひどい濡れ衣を……この論文は私が半年かけて……っ」

和久がマイクを奪い取り、鋭く言い放った。

「江津子。いい加減にしろ!」

彼は、その場にいる全員に向かって宣言した。

「妻は最近、頭部の怪我の影響で記憶が混乱し、おかしなことを口走っています。皆さんにご迷惑をおかけし、申し訳ない」

その日の午後、江津子が3年前に受賞した医学賞について、「研究不正の疑いがある」という匿名の告発が相次いだ。

関係する審査機関は緊急に対応し、彼女が3年前に受賞した医学賞をすべて取り消した。

和久がその受賞取消通知を目の前に投げつけたとき、その声は氷のように冷たかった。

「これが、お前が騒いだ結果だ!」

「……あなたが?」彼女は小さく尋ねた。

「そうだ」

彼はあっさりと認めた。

「これは教訓だ。お前が大人しく言うことを聞くなら、今後、名誉を回復してやることも考えてやる。

麗子にはチャンスが必要だ。そしてお前は……」

彼は一拍置いた。

「隊長の妻として、譲ることを覚えるべきだろう」

江津子はその通知を長い間見つめていた。

そして最後にそれを静かに、細かく引き裂いた。

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