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第156話

Author: 歩々花咲
白い、引き締まった腰を覗かせた女が、ドアに背を向けて窓辺に半ばもたれかかっていた。

紫色のワークパンツがそのヒップラインを完璧に見せている。

赤い唇にベリーショートの髪。

そのクールな出で立ちは目を奪われるほどだった。

蒼真はその女と並んで立っていた。

相変わらず自由奔放で気だるげな様子だ。

二人は寄り添ってもいなければ親密な仕草もしていない。

だがその光景は不思議と調和が取れていて、心地よく見えた。

何を話したのか、女は笑っていた。

その声は耳に心地よい澄んだ響きだった。

苑はその時になって初めて自分が無作法だったことに気づいた。

ノックをするべきだったのだ。

だがここ二日間、苑はいつもこうしてノックもせずにドアを開けて入っていた。

どうやら自分の意識もまだ正常ではなかったらしい。

さて、このまま入るべきか、退くべきか。

苑がためらっていると。

窓辺に立つ二人が何かに気づいたかのように、同時に振り返った。

苑を見ても気まずそうな素振りはない。

特に女の方は苑に向かってにこりと笑った。

「また、会ったわね」

相手がこれほど堂々としているのだ。

苑ももちろんもじもじしたりはしない。

「こんにちは、元気ですか」

「私は元気よ。あなたは大丈夫?」

女はからかうような笑みを浮かべ、苑を見つめた。

苑にはその言葉の意味が分かった。

彼女は中へ足を踏み入れたが、まだ口を開けないうちに女が蒼真に声を掛けた。

「ねえ次男坊。早く紹介してちょうだいよ。誤解がこれ以上深くならないうちにね」

蒼真の深く澄んだ眼差しはずっと苑の上に注がれていた。

ようやく苑の瞳の奥に動揺の波紋が広がるのが見えた。

ごくわずかなものではあったが。

少なくとも無風ではなくなった。

「自分で自己紹介しろ」

蒼真はそう言うと、苑の方へと歩み寄ってきた。

苑はさりげなく横へと移動し、蒼真をかわした。

そのささやかな動きを女が見逃すはずがない。

笑い声と共に蒼真へのツッコミが飛ぶ。

「次男坊。これこそがあんたの本当のラブラブアピールってわけね?」

「お前のせいだろうが」

蒼真は女を冷ややかに一瞥した。

「天城美穂よ」

美しい手が差し出される。

苑もその女の正体を知った。

天城蒼真の義姉。

財界のトップに君臨する大企業の令嬢。

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