Masuk【ゾンビサバイバル&極限ラブストーリー】 ──《愛してる。だから、殺せた》── 渋谷に現れた1体のゾンビが、秩序ある日常を24時間で破壊した。 美咲は死なせない。俺も死にたくない ならば、ふたりで生き抜くしかない。 そのためなら、なんだってやってやる。 ──なんだって── これは、美咲を愛した俺が、人類の英雄になるまでの物語だ。
Lihat lebih banyak体育館に歓声が響いている。
業界団体主催のフットサル大会。俺もゼッケンを着けてコートに立っていた。
運動はそこそこだが、フットサルは得意じゃない。必死に走り、足元に転がってきたボールを、ただ前へと蹴り出した。
苦し紛れだ。 その先に、彼女──美咲がいた。俊敏にボールをトラップし、身体をひねって相手をかわす。
一瞬で加速、一直線にゴールへ。
──シュート! ネットが震え、体育館全体に歓声が広がった。仲間に囲まれ、満面の笑みでハイタッチする美咲。
汗に濡れたセミロングの髪が揺れ、光に照らされた頬は健康的に輝いていた。
・・・すげぇ。 声には出さない。俺はもう息が切れ、肺が熱を持っている。
膝に手を置き、俺はただ胸の奥で呟いた。
──才色兼備、文武両道。 まさに高嶺の花と言われるだけはある。だが、俺は、女というより、人としてアイツを尊敬していた。
住む世界が違う。見上げる高みに君臨するエリート。
悔しさすらなく、自然とそう思った。
同期として後ろから応援するだけ。それが相応しいし、それでよかった。
歓声の輪の中で、美咲が一瞬だけこちらを見る。 ふん・・・やるじゃない。 そんなニュアンスを感じた。気のせいだろう。
あのゴールは美咲のプレーだ。誰がやってもきっとゴールしていたはずだ。
* 【6月20日(金曜日)19:47】 ──ブルブル 懐かしい夢から俺を引きずり出したのは夢に出てきた張本人。 ──メッセージ1件。 19時47分。「了解」と返す。
待ち受けには、スーツ姿で腕を組む美咲の写真。 アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた。後輩の
ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。
「さてと……最低限片付けるか」 呟きつつ、ベッドから腰を上げる。 今日は金曜日。週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。
散らばったジャケットとズボンを拾い上げ、クローゼットに仕舞う。机の上に置きっぱなしのコンビニ袋とビールの空き缶をまとめてゴミ箱へ。
今週溜めたゴミを排除するのに10分もかからなかった。なんせ、8畳一間のワンルームだ。
仕上げに掃除機をかければやることもない。スマホを見る。
待ち受け画像の上、時刻は《20時》を回ろうとしていた。 * ──ガチャ、ガチャ。 乱暴にドアを引っ張る音。俺は動かない。
──ガチャリ。 美咲には合鍵を渡している。玄関のドアが閉まり、直ぐに居室のドアが開く。
「カギくらい開けておきなさいよ!」 開口一番、響く強気な声。 合鍵の存在意義とは・・・と思いつつ、視線を向ける。
仕事帰りのスーツ姿。 会社では見慣れた美人。だが、俺の家にいるとまた違って見える。
しっかりと身体にフィットしたジャケット。女性らしいラインが浮ぶ。
すらりと伸びる脚はタイトスカートに包まれ、一分の隙も無い。 セミロングの髪は緩やかに巻かれ、柔らかく波打つ。頬にかかる一房が、彼女の勝ち気な美貌に柔らかさを添えていた。
美人、美女という言葉が似合う高嶺の花。 そして、何の因果か、俺の彼女だ。 「へいへい。残業お疲れ様。エース営業も大変だな」 俺は肩をすくめてそう言った。 視線の先、ニヤリと笑う美咲。ん・・・何か袋を提げている。
「契約取って来たわ。これで三半期連続トップは確実ね!お祝いのケーキ買って来たわよ」 あの案件、まとめてきたのか。思わず無心で拍手していた。
「スゲェな、ほんと」 ふふんと鼻を鳴らしながら、彼女は当然のように冷蔵庫を開け、ケーキを仕舞う。 「で、ご飯は?」「……帰って寝てたから食べてないな」
「食材使うわね?……って、何もないじゃない!」
冷蔵庫のドアが勢いよく閉まり、呆れた目線が突き刺さる。だが、すぐにため息を落とし、中をもう一度覗き込む。
「卵と玉ねぎ。あとウインナー? 最低ラインね」 美咲が手早くジャケットをクローゼットに仕舞う。台所に立つブラウス姿の美咲が、エプロンもせずに卵を割り始める。
──まるで家主だな そう思いながら、苦笑した。 * ローテーブルに座る俺の前に、山盛りチャーハンがドンッと置かれる。 「ふかーく感謝してから食べること! いただきましょ」「あぁ、作ってくれてありがとな。いただきます」
二人でスプーンを動かす。 美咲は男顔負けの勢いで食べるのに、スタイルは崩れない。運動量の差か、代謝の差か。
少したるんだ自分の腹を意識し、そっと背筋を伸ばした。
モリモリ食べても下品にならないのは、彼女が日頃から気を配っているから。 「会食があるから色々練習してるの!」 以前、そんなことを言っていた。 ふと、記憶がよみがえる。 ──あの日、あの事件。 二人で拉致され、力を合わせて、逃げ出したあの一件。もしあれがなければ、今も俺にとって、美咲はただの憧れの《同期》だったはずだ。
──絶対に秘密よ。 そう彼女に誓わされた。だから、誰にも言わない、あのことは。
俺は彼女の弱さを知り、その奥にある輝きを知った。 そして、美咲は・・・ 「アンタはやるときはやる男」 そう、俺を評してくれた。 それがきっかけ。そして今、目の前でチャーハンを頬張る《美咲》がいる。
「何、じっと見てるのよ?」 美咲が手の止まった俺を見て小首をかしげる。いや、と首を振りつつ、その想いは言葉になる。
「お前が彼女なんてな。今でも信じられんよ」 笑うか、顔を顰めるか。彼女が迷っている。嬉しいけど不満。そういうことらしい。
肩を軽く落として美咲が言う。珍しく素直な声だった。
「完璧ってのは疲れるものよ。気が抜けないから。そして、いつしか気を抜ける場所が無くなっていくの」「そりゃ、あたしは才能あふれた美人よ?でもね、完璧ではないの」
「だから、アンタがそこにいる。その自覚を持って、もっと精進しなさい」
その言葉の意味、俺には分かる。 「もちろんだ」 アンタはアタシを分かってる。 言い方は違えど、美咲はなにかにつけてそう言う。抽象的で掴みどころはないが、何となく分かる。
だからと言って、コイツの隣に立つのは簡単ではないんだけどな! 「その意気はいいけどさ。アンタ今期何位よ?」「ん……3位だぞ」
「3位だぞ?じゃないわよ。早く2位に上がってきなさいよ、アタシが1位なのはいいとして、2位までは上がれるでしょ?」
こんな感じでエース営業様からコツコツ叱責を賜り、俺の営業成績は付き合い始めてから──ここ《2年》で急上昇していた。 (──最初は中間くらいを行き来していたんだぞ!?) そんなことは言えない。 「黒沢が2位だ。あいつも天才系だ。凡人枠なら俺はもうトップと言っていいんじゃないか?」「言い訳せずに、上を目指す!」
このストイックさがコイツの完璧さを作っているなら、隣に立つ俺もそれなりにならなければならない。まぁ、頑張るしかないわな。
「へいへい」 声に覇気がないのくらいは、許して欲しいところだ。 俺の返答にムーッと膨れていた美咲が萎んだ。 「ま、いいわ。ケーキ屋さんのケーキだ。
しかも、3つある。
「アタシは2つ。アンタは1つ。文句ある?」「ありませんとも」
どこで買って来たかは知らんが、甘くてとろけるように美味しかった。 「んっ~!」と顔を溶かす美咲を見る。コイツは甘党だ。だが、外ではそれを見せたくないという。
そういうわけで、デートで甘味処に行くことはなく、もっぱら家で食べている。食べ終えた俺はやることもなく、美咲を眺めていた。
ふとフォークを止めた美咲がケーキを見ながら呟く。 「凡人は天才に勝てない──みんなそう思い込んでる。でも、実際は数と粘り。天才は気まぐれだけど、凡人は積み上げられる。その差で勝てるの」 その一言は・・・。きっと、今の俺が最も必要とする一言。
「その芯を突く能力はどうやったら身につくんだ?数と粘りで届くとは思えんぞ」 「アンタにもできるわよ。才能はあるもの」 ──才能? そんなもの、俺にあったか?はてなを浮かべた俺を面白そうに見つめてヒントをくれる。
「相手の気持ちを理解する。それを素直に受け止める。それは才能よ。根っこが掴めるから、一番効く言葉が浮かんでくる」 頭の中に、美咲に首根っこを掴まれて、押さえつけられる俺が浮かぶ。なるほど。心臓をズサッと刺されるわけだ。
「……少し分かった気がする」 そういう俺をジト目で笑って、美咲は残りのケーキを口に運んだのだった。 * ケーキを食べ終える。満足げな美咲。
お茶を一口飲み、試すように俺を見つめてきた。
「ねぇ、悟司。金曜日の夜に美人の彼女がケーキを買ってきてくれたのよ。何か言うことないの?」「……あっ」
「ほら、何?」 「ありがと」 あれ、ミスったか。 「……はぁ。あなた、今、とても大きなものを逃したわ」「・・・?」
ジトッとした視線が突き刺さる。さっきから少しお怒りムード。
俺の視線を確認して、美咲はさりげなく胸を寄せるように腕を寄せた。 ──あ。 そういうことか。自分の鈍さが恨めしい。
「……なぁ、美咲、今夜、いいか?」「致命的に遅い!……まだ数が足りないようね」
挑むような言葉とわずかに浮かぶ口元の笑み。叱責と甘さが混じった声に、胸が高鳴っていく。
「じゃ、先にシャワー入ってきて。アタシは後から入るから」 * 窓の外、車が走る音が小さく響く。今は・・・それ以外にこの部屋を満たす音はない。
美咲は俺の胸に頭を乗せている。濡れた髪が肩口にかかり、甘い匂いが漂っていた。
呼吸はもう整っている。けれど、その体温はまだ消えずに残っていた。
甘えるように美咲が、頭を擦りつけてくる。 ──あぁ、もうこのまま寝ちゃお そう思った時だった。 ──ブルブル 震えるスマホ。 ・・・こんな深夜に誰だよ。だらんとした美咲をゆっくりと脇に寝転がして、スマホに手を伸ばす。
画面が光る。眩しっ。
──メッセージ1件。23時53分
彩葉:先輩、これやばくないっすか!?
SNSのリンク。開いた。
『渋谷、20時。人間ってこんなんで動けるの?』動画付きだ。再生する。
* 雑居ビルが映る。大通りの脇道。
中央にひとりの人間が立っている。 ──腹部から、ヒモのように内臓がだらりと零れ落ちていた。 血塗れだ。それでも、そいつは歩いている。
遠巻きに見つめる何人かの人。スマホを構える手が震えているのか画面が揺れる。
誰かの悲鳴が響いた。
そいつは、声の方向を見る。歩いていたはずが、早足になる。
そして、走り出す。 揺れる画面。悲鳴。
──暗転 * 心臓が一拍、ドンッと乱暴に脈打った。全身に鳥肌が広がるザワザワした感覚。
まるで、背中に鋭い刃物が一ミリ食い込んだよう。
ただの映像だと頭では分かっているのに、体が勝手に反応した。 胸を押さえ、ふぅふぅと息を吸う。全身が《これは異常だ》と叫んでいた。
背中に寄り添う美咲の気配。咄嗟に、肩越しに美咲の顔を見る。
スマホ画面の明かりに照らされた美咲の目が、大きく見開かれていた。瞳は揺れている。
呆然・・・。 こんな美咲の表情、初めて見た。 だが、その揺れは一拍だけ。直ぐに焦点が合い、目が細くなる。
彼女の視線が俺に突き刺さる。 「今すぐ調べるわよ」 その声の鋭さに、俺は無言で頷いた。「パソコン、貸しなさい!」そう言って、美咲はクローゼットからジャージとTシャツを引っ張り出し、ノートPCを立ち上げる。「アンタはスマホ。関連情報を洗って。真偽と実態を」命令口調。けれど、それでこそ美咲だ。あの動画はなんだ・・・という興味のまま指を動かそうとした。ふと、胸を締め付けるような不安がよぎる。あれ、エロサイトを見て、そのままスリープしてなかったか?冷や汗。サッと視線を向けた先、美咲の立ち上げた画面はホーム画面だった。──セーフほっと息を吐いて、検索窓に指を走らせる。まずはSNSだ。映像の断片が次々と流れてくる。渋谷の路地。誰かが悲鳴をあげ、群衆が散る。複数のアングルで同じ場面が映っている。立っている男の腹部から、ヒモのようなものが垂れ下がっていた。・・・内臓?いや、ベルトにしては太いし、血に濡れていた。警察が駆けつけ、取り押さえられている写真もあった。返信欄を追う。「薬物中毒らしい」「精神病だって」「内臓はコスプレ小道具だろ」・・・真偽不明のコメントが洪水のように流れてくる。眉を寄せながら情報をまとめていく。「複数の角度で撮られてる。捏造じゃなさそうだ。錯乱ってニュースもある」本当っぽい。だが、何なのかは分からない。世の中には、意味不明な暴れ方をする奴なんて沢山いる。駅前で怒鳴り散らす酔っ払いも、電車で急にキレる男も見てきた。日本は広い。変な奴はいる。でも。あの内臓みたいなものは・・・なんだ?結論の出ぬまま、美咲に話しかける。「動画は本物っぽいぞ」こちらを向く美咲にスマホを見せる。「複数の角度で撮られてて整合性もあるし、犯人は捕まっている。ニュースもあった。《錯乱の可能性》だって。……あれは、ベルトでも垂れてたのかなぁ?内臓は無理だろ」「動画を拡大してみたけど、あれは大腸ね。腹腔が裂けている。痛みで呻くことしかできない重症のはず」一拍置いて、冷ややかに断じた。「走るなんて絶対無理。それに、あの出血量は致命傷レベル」心臓が跳ねる。「でも、走ってたぞ」「だから異常なの」美咲の声が部屋に冷たく響いた。「あり得ないことが起きている」「つまり──死にかけでも動ける人間がいる。もしくは、死んでも動く人間がいる」──死んでも動く人間俺はそれを知っている。ほら、何度も人類を滅
体育館に歓声が響いている。業界団体主催のフットサル大会。俺もゼッケンを着けてコートに立っていた。運動はそこそこだが、フットサルは得意じゃない。必死に走り、足元に転がってきたボールを、ただ前へと蹴り出した。苦し紛れだ。その先に、彼女──美咲がいた。俊敏にボールをトラップし、身体をひねって相手をかわす。一瞬で加速、一直線にゴールへ。──シュート!ネットが震え、体育館全体に歓声が広がった。仲間に囲まれ、満面の笑みでハイタッチする美咲。汗に濡れたセミロングの髪が揺れ、光に照らされた頬は健康的に輝いていた。・・・すげぇ。声には出さない。俺はもう息が切れ、肺が熱を持っている。膝に手を置き、俺はただ胸の奥で呟いた。──才色兼備、文武両道。まさに高嶺の花と言われるだけはある。だが、俺は、女というより、人としてアイツを尊敬していた。住む世界が違う。見上げる高みに君臨するエリート。悔しさすらなく、自然とそう思った。同期として後ろから応援するだけ。それが相応しいし、それでよかった。歓声の輪の中で、美咲が一瞬だけこちらを見る。ふん・・・やるじゃない。そんなニュアンスを感じた。気のせいだろう。あのゴールは美咲のプレーだ。誰がやってもきっとゴールしていたはずだ。*【6月20日(金曜日)19:47】──ブルブル懐かしい夢から俺を引きずり出したのは夢に出てきた張本人。──メッセージ1件。19時47分。美咲:今からアンタんち行くから!都合を聞かないこのやり取りにも、もう慣れた。「了解」と返す。待ち受けには、スーツ姿で腕を組む美咲の写真。アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた。後輩の彩葉に撮らせたらしい。ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。「さてと……最低限片付けるか」呟きつつ、ベッドから腰を上げる。今日は金曜日。週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。散らばったジャケットとズボンを拾い上げ、クローゼットに仕舞う。机の上に置きっぱなしのコンビニ袋とビールの空き缶をまとめてゴミ箱へ。今週溜めたゴミを排除するのに10分もかからなかった。なんせ、8畳一間のワンルームだ。仕上げに掃除機をかければやることもない。
Komen