【愛屍の臨界】東京ゾンビサバイバル──人類最後の希望に焚くべられたふたりの恋人の物語

【愛屍の臨界】東京ゾンビサバイバル──人類最後の希望に焚くべられたふたりの恋人の物語

last updateآخر تحديث : 2026-01-19
بواسطة:  斉城ユヅルمستمر
لغة: Japanese
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【ゾンビサバイバル&極限ラブストーリー】 ──《愛してる。だから、殺せた》── 渋谷に現れた1体のゾンビが、秩序ある日常を24時間で破壊した。 美咲は死なせない。俺も死にたくない ならば、ふたりで生き抜くしかない。 そのためなら、なんだってやってやる。 ──なんだって── これは、美咲を愛した俺が、人類の英雄になるまでの物語だ。

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الفصل الأول

プロローグ ゾンビが、いる。この東京に。

ゾンビが、いる。

この東京に。

もしかしたら、ドアのすぐ先に。

いるかもしれない。

その現実に、玄関のドアノブに伸ばした自分の手が震えていた。

ガシッと後ろから肩を掴まれる。

ビクッと身体が飛び上がる。

振り返れば美咲みさきが励ますように頷いてきた。表情は落ち着いているのに、呼吸だけは浅く速い。

梅雨の外気とリビングの冷気が混ざり空気はひんやり淀んでいる。

玄関前。こげ茶のドア。銀色のドアノブが玄関灯を反射して、鈍く光っていた。

ほんの6時間前まで何気なく歩いていたドアの《外》が、今やいつ死んでもおかしくない地獄になっていた。

行きたくない。胸がギュッと軋んだ。

「……怖いな……」

「そうね……でも、行きましょう」

食料も水も僅かしかないのだ。

行くしかない。

「はぁ……はぁ……」

額から垂れる汗は緊張のせいじゃなく、夏なのに冬物コートを着ているせいだ。

冷たいドアノブに指を掛け、祈るように目を閉じた。

──もしも、だ。もしも・・・・・・ゾンビに出会ったなら

グッ、とドアノブを強く握り締め、背後で息を殺している美咲を思う。

──美咲を守る。この《命》に代えてでも

ゆっくり目を開き、言葉にはしなかった《覚悟》を込めて、美咲に告げた。

「……開けるぞ」

*

※ドアを開く6時間前。

【6月20日(金曜日)19:47】

──ブルブル

寝落ちしたまま握り締めたスマホが震えて、俺は目を覚ました。

──メッセージ1件。

19時47分。

美咲みさき:今からアンタんち行くから!

寝ぼけながら「了解」と返し、そのあまりに一方的なメッセージに苦笑する。

アプリを落としたスマホの待ち受けには、スーツ姿で腕を組む彼女の写真。

アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた奴だ。

後輩の彩葉いろはに撮らせたらしい。

ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。

「さてと……最低限片付けるか」

呟きつつ、ギシッと鳴る安物のシングルベッドから腰を上げた。

今日は金曜日。週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。

床には散らばったジャケットとズボン。机の上には置きっぱなしのコンビニ弁当の空き容器とビールの空き缶。

男の一人暮らしなんてこんなもんだろう?

八畳一間のワンルーム。服をクローゼットに、ごみはゴミ箱に。仕上げに掃除機をかけ終えるまで10分も掛からなかった。

*

──ガチャ、ガチャ。

──ガチャリ。

玄関のドアが閉まる音、直ぐに居室のドアが開いた。

「ちょっと、カギくらい開けておきなさいよ!」

開口一番、響く強気な声。

合鍵を渡したはずだが、と思いつつ、視線を向ける。

仕事帰りの美人がそこにいた。

しっかりと身体にフィットしたジャケットには女性らしいライン。

すらりと伸びる脚はタイトスカートに包まれ、一分の隙も無い。

セミロングの髪は緩やかに巻かれ、柔らかく波打つ。

頬にかかる一房が、彼女の勝ち気な美貌に柔らかさを添えていた。

美人、美女という言葉が似合う高嶺の花。

そして、何の因果か、俺の彼女様だ。

「へいへい。残業お疲れ様。エース営業も大変だな」

視線の先、ニヤリと笑う美咲。

ん・・・何か袋を提げている?

「契約取って来たわよ! これで三半期連続トップは確実ね! お祝いのケーキ買って来たわ」

「スゲェな」と思わず拍手する。

ふふんと鼻を鳴らしながら、彼女は当然のように冷蔵庫を開け、ケーキを仕舞った。

「で、ご飯は?」

「……帰って寝てたから食べてないな」

「食材使うわね?……って、何もないじゃない!」

冷蔵庫のドアが勢いよく閉まり、呆れた目線が突き刺さる。だが、すぐにため息を落とし、中をもう一度覗き込む。

「卵と玉ねぎ。あとウインナー? 最低ラインね」

手早くジャケットをクローゼットに仕舞い、台所に立つブラウス姿の美咲が、エプロンもせずに卵を割り始める。

──まるで家主だな

そう思って、俺はまた苦笑した。

*

山盛りチャーハンが、ローテーブルにドンッと置かれる。

「ふかーく感謝してから食べること! いただきましょ」

「あぁ、作ってくれてありがとな。いただきます」

俺の部屋で男顔負けの勢いでチャーハンを食べる美咲を見ていると、ふとあの記憶がよみがえってきた。

──あの日、あの事件

美咲と拉致され、紆余曲折ありつつも力を合わせて、逃げ出したあの一件。

もしあれがなければ、今も俺にとって、美咲はただの憧れの《同期》だったはずだ。

──絶対に秘密

そう誓わされた。

だから、誰にも言わない、あのことは。

俺は彼女の弱さを知り、その奥にある輝きを知った。

そして、美咲は「アンタはやるときはやる男」と俺を評してくれた。

それが、きっかけ。

そして今、目の前でチャーハンを頬張る《美咲》がいる。

「何、じっと見てるのよ?」

美咲が手の止まった俺を見て小首をかしげる。いや、と首を振りつつ、その想いは言葉になる。

「お前が彼女なんてな。今でも信じられんよ」

笑うか、顔を顰めるか。彼女が迷っている。嬉しいけど不満。そういうことらしい。

スプーンを置いて、肩から力を抜いた美咲が言う。

「完璧ってのは疲れるものよ。気が抜けないから。そして、いつしか気を抜ける場所が無くなっていくの」

「そりゃ、あたしは才能あふれた美人よ? でもね、完璧ではないの」

「だから、アンタがそこにいる。その自覚を持って、もっと精進しなさい」

「もちろんだ」と答えつつも、その意味が俺にはまだしっかりとはわからない。

アンタはアタシを分かってる。

言い方は違えど、美咲はなにかにつけてそう言う。抽象的で掴みどころはないが、何となくなら分かっているつもりだ。

だからと言って、コイツの隣に立つのは簡単ではないんだけどな!

「その意気はいいけどさ。アンタ今期何位よ?」

「ん……3位だぞ」

「3位だぞ?じゃないわよ。早く2位に上がってきなさいよ、アタシが1位なのはいいとして、2位までは上がれるでしょ?」

こんな感じでエース営業様からコツコツ叱責を賜り、俺の営業成績は付き合い始めてから──ここ2年で急上昇していた。

(──最初は中間くらいを行き来していたんだぞ!?)

と、そんな恥ずかしいことは言えない。

「黒沢が2位だ。あいつも天才系だ。凡人枠なら俺はもうトップと言っていいんじゃないか?」

「言い訳せずに、上を目指す!」

このストイックさがコイツの完璧さを作っているのなら、隣に立つ俺もそれなりにならなければならない。

・・・まぁ、頑張るしかないわな。

「へいへい」

俺の返答にムーッと膨れていた美咲が萎んだ。

「ま、いいわ。悟司さとし、ケーキ食べましょ」

切替も素早く美咲が冷蔵庫からケーキの箱を持ってくる。

ケーキ屋さんのケーキだ。しかも、3つある!

「アタシは2つ。アンタは1つ。文句ある?」

「ありませんとも」

チョコケーキと赤いイチゴの乗ったショートケーキが2つ。

俺はショートケーキを手に取った。

美咲に差し出されたフォークを受け取り、ケーキを一口。

どこで買って来たかは知らんが、甘くてとろけるように美味しい。

一瞬で食べ終えた俺はやることもなく、「んっ~!」とケーキを交互に食べながら顔を溶かす美咲を眺めていた。

フォークを止めた美咲がケーキを見ながら呟く。

「凡人は天才に勝てない──みんなそう思い込んでる。でも、実際は数と粘り。天才は気まぐれだけど、凡人は積み上げられる。その差で勝てるの」

その一言は・・・。

きっと、今の俺が最も必要とする一言。

「その芯を突く能力はどうやったら身につくんだ?数と粘りで届くとは思えんぞ」

「アンタにもできるわよ。才能はあるもの」

──才能?

そんなもの、俺にあったか?

はてなを浮かべた俺を面白そうに見つめてヒントをくれる。

「相手の気持ちを理解する。それを素直に受け止める。それは才能よ。根っこが掴めるから、一番効く言葉が浮かんでくる」

頭の中に、美咲に首根っこを掴まれて、押さえつけられる俺が浮かぶ。

なるほど。心臓をズサズサと刺されるわけだ。

「……少し分かった気がする」

そういう俺をジト目で笑って、美咲は残りのケーキを口に運んだのだった。

*

ケーキを食べ終え、満足げな美咲。

お茶を一口飲み、どこか試すように俺を見つめてきた。

「ねぇ、悟司。金曜日の夜に美人の彼女がケーキを買ってきてくれたのよ。何か言うことないの?」

「……あっ」

「ほら、何?」

「ありがと」

あれ、ミスったか。

「……はぁ。あなた、今、とても大きなものを逃したわ」

「・・・?」

ジトッとした視線が突き刺さる。少しご機嫌斜めだ。

俺の視線を確認して、美咲はさりげなく胸を寄せた。

──あ。

そういうことか。

自分の鈍さが恨めしい。

「……なぁ、美咲、今夜、いいか?」

「致命的に遅い!……まだ場数が足りないようね」

挑むような言葉とわずかに浮かぶ口元の笑み。叱責と甘さが混じった声に、胸が高鳴っていく。

「じゃ、先にシャワー入ってきて。アタシは後から入るから」

*

窓の外、車が走る音が小さく響く。それ以外にこの部屋を満たす音はない。

美咲は俺の胸に頭を乗せている。濡れた髪が肩口にかかり、甘い匂いが漂っていた。

呼吸はもう整っている。

けれど、その体温はまだ消えずに残っていた。

甘えるように美咲が、頭を擦りつけてくる。

──あぁ、もうこのまま寝ちゃお

そう、思った時だった。

──ブルブル

震えるスマホ。

だらんとした美咲をゆっくりと脇に寝転がして、スマホに手を伸ばす。

画面が光る。

──メッセージ1件。

23時53分

彩葉:先輩、これやばくないっすか!?

SNSのリンクが続く。

タップして開いた。

『渋谷、20時。人間ってこんなんで動けるの?』

動画付きだ。再生する。

*

大通り沿いの雑居ビル。

脇道の中央に立つ男。

腹部から、ヒモのようにズルリと垂れ下がる血塗れの内臓。

画面が揺れる。誰かの悲鳴が響いた。

そいつは歩きながら、声の方向を探している。

そして、カメラに向かって走り出す。

カメラが酷くブレ、暗転。

*

心臓が一拍、乱暴に脈打った。

全身に鳥肌が広がるザワザワした感覚。

まるで、背中に鋭い刃物がズッと一ミリ食い込んだよう。

ただの映像だと頭では分かっているのに、体が勝手に反応した。

胸を押さえ、ふぅふぅと息を吸う。

背中に寄り添う美咲の気配。

咄嗟に、肩越しに美咲の顔を見る。

スマホ画面の明かりに照らされた青白い美咲。その目は大きく見開かれていた。揺れる瞳。こんな呆然とした美咲の表情、初めて見た。

だが、その揺れは一瞬だけのことだった。

直ぐに焦点が合い、目が細くなる。

「今すぐ調べるわよ!」

その語気の鋭さに、俺は無言で頷いた。

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プロローグ ゾンビが、いる。この東京に。
ゾンビが、いる。 この東京に。もしかしたら、ドアのすぐ先に。 いるかもしれない。その現実に、玄関のドアノブに伸ばした自分の手が震えていた。 ガシッと後ろから肩を掴まれる。 ビクッと身体が飛び上がる。振り返れば美咲が励ますように頷いてきた。表情は落ち着いているのに、呼吸だけは浅く速い。梅雨の外気とリビングの冷気が混ざり空気はひんやり淀んでいる。 玄関前。こげ茶のドア。銀色のドアノブが玄関灯を反射して、鈍く光っていた。ほんの6時間前まで何気なく歩いていたドアの《外》が、今やいつ死んでもおかしくない地獄になっていた。行きたくない。胸がギュッと軋んだ。 「……怖いな……」「そうね……でも、行きましょう」 食料も水も僅かしかないのだ。 行くしかない。 「はぁ……はぁ……」 額から垂れる汗は緊張のせいじゃなく、夏なのに冬物コートを着ているせいだ。 冷たいドアノブに指を掛け、祈るように目を閉じた。 ──もしも、だ。もしも・・・・・・ゾンビに出会ったなら グッ、とドアノブを強く握り締め、背後で息を殺している美咲を思う。 ──美咲を守る。この《命》に代えてでも ゆっくり目を開き、言葉にはしなかった《覚悟》を込めて、美咲に告げた。 「……開けるぞ」 *※ドアを開く6時間前。【6月20日(金曜日)19:47】 ──ブルブル 寝落ちしたまま握り締めたスマホが震えて、俺は目を覚ました。 ──メッセージ1件。 19時47分。美咲:今からアンタんち行くから! 寝ぼけながら「了解」と返し、そのあまりに一方的なメッセージに苦笑する。アプリを落としたスマホの待ち受けには、スーツ姿で腕を組む彼女の写真。アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた奴だ。後輩の彩葉に撮らせたらしい。ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。 「さてと……最低限片付けるか」 呟きつつ、ギシッと鳴る安物のシングルベッドから腰を上げた。今日は金曜日。週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。床には散らばったジャケットとズボン。机の上には置きっぱなしのコンビニ弁当の空き容器とビールの空き缶。男の一人暮らしなんてこんなもんだろう?八畳一間のワンルーム。服をク
last updateآخر تحديث : 2025-10-30
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第1節 俺はゾンビが存在する世界でドアノブに手をかけた。
「パソコン、貸しなさい!」 そう言って、美咲はクローゼットからジャージとTシャツを引っ張り出し、ノートPCを立ち上げる。 「アンタはスマホ。関連情報を洗って。真偽と実態を」 命令口調。けれど、それでこそ美咲だ。さっ、と検索窓に指を走らせる。 まずはSNSだ。映像の断片が次々と流れてくる。渋谷の路地。誰かが悲鳴をあげ、群衆が散る。複数のアングルで同じ場面が映っている。立っている男の腹部から、ヒモのようなものが垂れ下がっていた。 ・・・内臓?いや、ベルトにしては太いし、血に濡れている。 警察が駆けつけ、取り押さえられている写真もあった。 返信欄を追う。 「薬物中毒らしい」「精神病だって」「内臓はコスプレ小道具だろ」 ・・・真偽不明のコメントが洪水のように流れてくる。 いくつか動画を確認し、どうやら本物っぽいと判断するが、何なのかが分からない。 世の中には、意味不明な暴れ方をする奴なんて沢山いる。駅前で怒鳴り散らす酔っ払いも、電車で急にキレる男も見てきた。 日本は広い。変な奴はいる。 でも・・・あの内臓みたいなものは、なんだ?結論の出ぬまま、美咲に話しかける。 「動画は本物っぽいぞ。複数の角度で撮られてて整合性もあるし、犯人は捕まっている。ニュースもあった。《錯乱の可能性》だって。……あれは、ベルトでも垂れてたのかなぁ?内臓は無理だろ」「動画を拡大してみたけど、あれは大腸ね。腹腔が裂けている。痛みで呻くことしかできない重症のはず。走るなんて絶対無理。それに、あの出血量は致命傷レベル」「でも、走ってたぞ」「だから異常なの」 美咲の声が部屋に冷たく響いた。 「あり得ないことが起きている」「つまり──死にかけでも動ける人間がいる。もしくは、死んでも動く人間がいる」 ──死んでも動く人間 俺はそれを知っている。ほら、何度も人類を滅ぼしてきた、《アイツら》だ。 「それって……ゾンビじゃん」 真顔で頷く美咲。ためらいもなく、論理の延長として。 ゾンビ?あのゾンビだって。あり得ないだろ。物理的にも、生物学的にも考えられない。 仮にゾンビがいると認めたとしよう。流石に人類は滅ばないよな? ──本能のままに動くだけの素手相手だぞ?と頭の中でゾンビの愚かさについて検討していると、美咲がPC画面をこちらに向けてきた。
last updateآخر تحديث : 2025-10-30
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第2節 あの男はゾンビか人間かそれが分からないのが大問題。
ドアノブを握る手が汗で滑る。静かに回し、少しだけ押す。隙間から覗いたマンションの廊下。毎朝見慣れた、白い廊下。だが、何かが違った。音がない。人の気配もない。匂いもない。──真空のような静寂心臓の音だけがやけに煩く響く。ドアを押し広げて、死角を確認する。非常口の赤いランプ。廊下には誰もいない。背中にひやりとした感覚が走る。夜の廊下って、こんなに静かだったか。この違和感が、深夜午前2時にいつもは外に出ないからだとしても、今は、否定せずに受け止めた方がいい。そんな気がした。その瞬間、美咲が俺の横をすり抜ける。下は黒いジャージ。上は真夏にはあり得ない冬物コート。見えないが、その袖の下、左腕にはタオルとガムテープが巻かれ、即席の護りになっている。セミロングの髪は緩やかに巻かれ、廊下の光を拾って柔らかく波打った。少し身をかがめ、足音を抑えて歩く姿は、戦場の兵士のよう。美咲は音を立てず、階段に向かう。俺はその背中を目で追い、自然と深く息を吸い込んだ。──これが、俺たちの《フォーメーション》だ鍵は開けたままにする。追われたとき、鍵を開けている間に死にたくはない。美咲と俺は、誰にも出会わず、マンションのエントランスまで降りた。「ここで待ってて」囁いた美咲が大通りに面した出入り口から外を覗き、手招く。後ろや死角を覗き込みながら追いかける。深夜2時。終電も終わった《護国寺駅》前。閑散としているどころか、人が一人もいない。「この時間に外出できたのは幸運だったわね!」美咲が囁きながら喜ぶという芸をしていた。「よし、緑と赤どっちに行く?」「大通りを渡りたくない。緑に行きましょ」チキンが美味しいコンビニはエントランスを出て、右手に80メートルくらいだ「ついてきて」最後に全周を見渡した美咲が壁沿いを歩き始める。俺も後を追う。彼女は前方に集中している。その分、俺は、脇道の奥、マンションの入り口を覗き、ときおり、背後を振り返る。街路樹の影、美咲がぴたりと止まった。振り返りざまに、指先で「動くな」と合図を寄越す。ピタッと立ち止まり、ゆっくり周囲を見渡した。・・・誰もいない。夜の護国寺は不自然なほど静まり返っている。風もなく、街灯だけが淡く道を照らしていた。「……あっ」美咲の視線の先に人影を見る。大通りの向こう側。
last updateآخر تحديث : 2025-11-12
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第3節 可愛い彼女に、優しい世界を。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に目が覚めた。隣では、美咲が静かに寝息を立てている。こちらを向き、毛布が規則正しく動いている。眉は凛としていて、まつ毛は長い。普段は勝ち気に光る瞳は閉じられ、今だけは可愛らしさが見て取れる。張りのある唇は柔らかく結ばれ、まるで守られるべき少女のようだ。これは、目が覚めればすぐに消えてしまう《幻》。その安らかな寝顔を、今は、壊したくなかった。 窓の外からは小鳥の鳴く声、信号待ちの車のエンジン音が聞こえてくる。まるで深夜の買い出しが悪夢だったみたいだ。暑苦しい《ツーマンセル》。あれが一夜の笑い話になればいい。いや、そうあってほしい。 祈るようにゆっくりスマホを手を伸ばす。待ち受けには午前9時08分の文字。6時間弱寝たことになる。SNSで情報収集を始めた。 ──なん、だよ、これ 加速度的に状況は悪化していた。SNSのトレンドは昨夜の事件のニュース、暴力事件も入っている。それは野球やテレビ番組の中に異物のように紛れ込んでいた。渋滞、運休の文字も踊っている。 都心ヤバすぎのSNS投稿。首都高で複数箇所の玉突き事故。通行止め。都内の路線は始発こそ動いていたが、複数の列車で車内トラブルのため、一時停止。今はまだ動いているが、断続的に列車が止まっている。 『山手線が動いては止まるを繰り返していてウケるwww』 列車が止まる。犯人は暴れて、ケガ人が感染するならその人たちはどこに行く? 警察署と病院だ。ケガ人と暴徒の対応で電車が止まる。1箇所じゃない。ポツポツそういう人がいるだけで、列車のダイヤは崩壊した。脆すぎる・・・。 『梅雨なのに東京は大雪状態w』 幹線道路の渋滞情報を見る。川越街道、不忍通り、明治通り・・・都心の太い道路が黄色、オレンジでベタ塗になっている。赤ではないから、詰まってはいない。でも、渋滞だ。複数の玉突き事故と放置車両? 放置車両ってなんだ。道路上に車だけが置いてあるってことか。 何故? 事故処理車も渋滞に巻き込まれてスタックしている報告がSNSのドライバー経由で上がっている。 『事故した人たちが乱闘中』 もう、動画を開く気にはならない。見なくても分かる。《暴徒》と一般人だろう。 いつの間にかスクロールする指が止まっていた。握ったスマホの裏側がじんわり暖かい。画面を見ているようで俺
last updateآخر تحديث : 2025-11-15
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第4節 絶望という感覚を、生まれて初めて俺は知った。
「おはよう、悟司」 ぼんやりと微笑んだ美咲。だが、その可憐さは、一瞬で消え去った。 「今何時!」 叫びながら飛び起きると、カーテンを開け放ち、外を確認する。差し込む朝の光。遠くで小鳥の声、信号待ちの車、子どもの笑い声。 「10時。外は平和だよ。見える範囲では」 俺の返事に、美咲がこちらを振り向いた。その目は問う──「見える範囲では?」と。 息が詰まる。胸が痛い。それでも首を横に振り、言葉を絞り出した。 「状況は最悪だ。調べた限り、明確に悪化している。俺にはこれからどうなるか、もう分からない」 俺の話を聞きながら、美咲は立ち上がり、冷蔵庫から昨夜の弁当を取り出した。電子レンジにかけながら、ぼそりと呟いた。 「しっかり食べて、生活を崩さない。サバイバルの基本……って聞いたことがある。守りましょう」 ご飯を口に運び、着ていたパジャマを脱ぎ捨て、黒いジャージに着替える。それだけで美咲はもう戦場モードに切り替わっている。 「さて・・・」 テーブルに腰を下ろすと、開口一番。 「これは現実かどうか。その判断は終わり。これは現実よ!」 その言葉に頷く。 「手当たり次第に調査するのは時間の無駄。最優先は安全な生存手段の確定!まずは政府対応と公式発表を探すわ。生き延びるための避難指示や対処指針を拾いましょう」 その方針に沿って、俺は、美咲と手分けして政府系のサイトから《生存のヒント》を探していく。厚労省、内閣府、警察庁。 ・・・何もない。 あるのは、危機管理局が出した「自宅待機」の指示だけ。 「そっか。今日は土曜日。政府の対応力は下がっている……国会も、省庁も休み」 画面をスクロールする手が止まる。 「あ、運休。そもそも役人の人たち、省庁に出勤できないんじゃないか?」 ──政府の機能不全 「物理的に会議を開けない。決められない?そういうのはリモートで……手軽にできるのかしら」 美咲の呟きは、虚空に溶けた。 「避難所開設の公式発表はないな。護国寺の近くに学校ってあったか?体育館だろ?」「災害時はね。でも、これは違う」 美咲が珍しく迷っている。 「悟司、どうしたらいいと思う?」 頼られると頑張りたいが、俺の凡人発想力じゃあなぁ。 「……幸い、先行事例は多い。大抵の場合、避難所、ショッピングセンター、自宅籠城、自警団の結成で
last updateآخر تحديث : 2025-11-17
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第5節 ゾンビとの初遭遇で、俺たちは徹底的に破壊された。
「ぶっ殺すぞ、このクソババァ!!」破裂するような怒声が窓ガラスを震わせた。真剣に暴徒の動画分析をしていた俺は、その場でビクリと跳ねた。見れば、美咲すら肩を強張らせている。さっきまで子どもの笑い声が響いていたはずの昼下がり。今はただ、威嚇する獣の咆哮だけが響いていた。美咲がしなやかな猫のように機敏に席を立ち、窓際へ駆け寄る。「下かも。見えるかな」隣に立った俺に美咲が囁く。彼女は真剣な表情でカーテンを指先でかき分け、音を立てぬように窓を開ける。2Fのベランダに身を伏せ、目だけを外に出して覗き込んだ。俺も習う。視線の先。片側2車線の大通りの向こう側。正面だ。歩道に地味な服装の小柄な女性が倒れていた。一つ結びの白髪交じりからして中年だろうか。その女性に怒鳴りつけているのは身長180センチはある大男だった。分厚い肩と太い腕。汗に濡れた顔を歪め、怒声を繰り返している。──どう見てもカタギじゃない。どういう状況だ?混乱するが目が離せない。状況が動く。四つん這いになった小柄な中年女性が起き上がり、大男に向けて全力疾走する。女の体当たりを肩で弾き飛ばす大男。後ろに吹き飛ぶ女。だが、激突の勢いに男も体勢を崩す。飛び跳ねるように起き上がった女が男に迫る。ファイティングポーズを取った男の拳が閃いた。顎先、鼻梁、こめかみ──人間なら即座に沈む急所を容赦なく狙い撃つ。女の鼻から血が噴き出し、首がねじ切れそうに顔が揺れる。鈍く重い音が続けざまに響いた。「上手いわね」横で美咲が低く
last updateآخر تحديث : 2025-11-19
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第6節 絶望の中でも選べる選択肢。
美咲の血の気の失せた白磁のような頬を涙が伝う。無表情の中、目だけが僅かに揺れていた。 彼女は考えて、《死》という結論を得た。今、感情が追いついてきたんだろう。 俺は警官のいない交番を見て、ゾンビが増えることを考えて、頭で《死》を理解した。でも、まだ、感情が追いついていない。 「何とかなるさ」というカラ元気も、「きっと政府が何とかしてくれる」という希望的観測も、今は何の役にも立たない。そんな小手先の言葉では、美咲の明晰な理性の前で、慰めにすらならない。 ──あまりにも無慈悲だ 美咲が見せる絶望の涙。拭くことも、顔を覆うこともなく。俺を見ているようで、何も見ていない。・・・美咲のこんな表情、見たくはなかったなぁ。慰めたい。でも、言葉なんて思いつかない。 だから、そっと美咲を抱き寄せる。 「……助からない」 力なく引かれるままもたれ掛かる美咲を、ギュッと強く抱きしめる。 「どこにも可能性がない」こんなに熱くて柔らかい美咲の身体が、冷えて硬くなるなんて、俺には信じられなかった。でも、頭では理解している。どう動いても、死ぬ以外の選択肢が見つからない。 ゾンビに齧られて、激痛の中、息絶えるのか。停電になって冷房が無くなった部屋で渇き死にするのか。 選べるのは死に方だけだ。 ──美咲だけでも助けたい だが、状況は俺の命を使ってどうこうできる領域には、ない。 どうせ死ぬなら・・・ 「一緒に死ぬか……」覚悟もなく、考えもせず、ただ、想いが口から漏れる。俺の腕の中で、美咲がビクリと震えて止まる。言っていてなんだが、悪くない選択肢に思えてくる。昨日まで自殺願望などなかったんだがな。ゾンビにならず、あまり苦しまずに、一緒に逝けるなら。飛び降りで即死するには何階以上に登ればいいんだろう・・・? 俺の頭が死に逃げ始めたとき、美咲の声が引き留めた。 「死にたく、ない。アンタに死んでほしくない。アタシも、まだ生きていたい」 絶望の中で美咲が呟く「生きたい」。その言葉が、どうしようもなく胸を揺らす。思わず、歯を食いしばった。視界が滲んでくる。死のうかと言ったときには出なかった《涙》が今更に込み上げる。 俺だって生きたい。まだプロポーズすら・・・できていないのだ。生きたいと言い、強く俺にしがみ付く美咲の肩に顔を埋めた。涙が零れていくが
last updateآخر تحديث : 2025-11-25
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第7節 俺の質問、美咲の発想が、生存の可能性を繋ぐ。
美咲を追って、クーラーの効いた室内に戻る。重く閉じられたカーテンの隙間からは、さっきまでの修羅場の音も届かない。快適ないつもの日常だ。ローテーブルを挟んで、美咲と向かい合った。彼女は姿勢を正し、冷たい声で切り出す。「現時点で、アタシたちに生き残る可能性はない」俺は唇を噛み、頷いた。美咲は表情を変えず、言葉を積み重ねていった。「最善の選択は籠城。でも、さっきの女性を見たわね?顎を殴られても鼻を潰されても、止まらなかった。小柄な女ですら致命的脅威よ。もし大柄な男だったら? 勝てるわけがない」事実の羅列。希望の余地は削られていく。「つまり、最善手を打ち続けてもアタシたちは死ぬ。もって……1週間ってところね」淡々としたその言葉は、絶望を告げているのではない。ただの事実確認だ。何故だろう、彼女の顔は、唇を固く結び、《重苦しい覚悟》に染まっていた。美咲は何を思いついたんだ?身じろぎすらせず、彼女に言葉を待った。美咲は俺を真っ直ぐに見つめ、言う。「そして、アンタの問い。答えは一つ」「この状況で生き延びる人間は、既に生き延びる準備をしてきた人間だけよ」「アタシたちが生き延びる方法は、生き延びる準備をしてきた人の保護を受ける、寄生する、または、乗っ取る……。それしかない。他人が作った生存の可能性に相乗りするわよ」──生き残る準備をしてきた人間あぁ、なるほど、確かに。可能性の細い道。暗闇の中、さっきまでは無かった未来に続く一本のラインが見えた。生き残る用意をしている人間は、助かりうる。その人間に助けを求める。だが、美咲は言葉を繋いだ。──乗っ取る。寄生する。助けてくれと言って助けてくれるわけがない。
last updateآخر تحديث : 2025-12-11
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第1章 最終節 さらば愛しき法と秩序の日々。
パソコンを閉じ、美咲もローテーブルに座る。「駐屯地に受け入れてもらえるか……これは賭けね。フェンスを乗り越えて入る。保護されている内に役割を見つけて軍内で価値ある人材になる」「今の時点で、自衛隊がアタシたちに危害を加えるとは思えない。保護される可能性は十分にある。入れてもらえないかもしれないけど……そのときはそのときね。諦めず侵入する手を探しましょう」──もし断られたら?そのリスクを指摘しようとして、だからなんだと言う答えを自分で得る。ここに残っても、受け入れられなくても、死ぬだけだ。動いて、受け入れてもらえるなら生きる可能性が繋がる。もはや、0ではないという可能性に縋るしかない。「問題はどう行くかだな」練馬駐屯地の最寄り駅『平和台』まで電車で15分。一瞬で行ける。・・・動いていればな。最新の情報で運休が確定した。ダイヤ調整は諦めたらしい。「……徒歩で行く」「護国寺から練馬までか?」頷く美咲。「それしかないわよ」──ゾンビがいる中、歩きで延々と?正直怖い。危険すぎる。心はそう言っている。「幹線道路は渋滞。車は無理。音が出るバイクもダメ。自転車はいいけど、警戒が疎かになる。タックルされたら転倒して死ぬ」「だから、静かに偵察しつつ移動できる徒歩移動しかない」しかし、美咲の言葉を頭で《理解》してしまう。それしかない。ならば、問題はいつ動くか?そして、どうゾンビと戦うか?スマホを傾ける。勝ち気な美咲の待ち受け画像に時刻が出る。──14時38分まだ明るいが、もうす
last updateآخر تحديث : 2025-12-15
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第2章 プロローグ 甘い匂いと柔らかな熱と俺の死。
【第2章 犯罪者の成れ果て、或いは、異様な戦士】──首筋を噛まれた。 皮膚に食い込む鋭く硬い歯の感触がやけに生々しい。 背中と胴体に回った腕が俺の身体を拘束する。肩口に絡みつく細い指。必死にしがみ付いて離れない。爪が布越しに食い込み、痛みを訴えている。 胸に押し当てられる身体は熱い。柔らかさと汗ばみが混ざった温度。だが、胴体に回された腕は固く、逃げ場を与えない。 目だけ動かして美咲を見る。髪が頬を掠めた。 セミロングの髪──光を受けて黒に近い茶色。 汗とシャンプーの匂いが混じった甘さが、呼吸のたびに肺に侵入してくる。艶めく毛先が唇に触れ、ざらつく。 肩から首筋を圧迫する重さ。歯の硬さと、熱い液体が皮膚に広がっていく感覚。圧迫感は痛みよりも、なぜか安堵に似ていた。 ──これで死ぬ 目の前にいるのは、美咲。その甘い匂いと、柔らかな抱擁に包まれながら。 美咲に噛まれ、抱かれ、死んでいくのだと理解した。*美咲に甘噛みされることしばし。触れる吐息は温かいのに、噛まれるたびに皮膚がひりつき、心臓が跳ねる。 彼女の顔には、冗談も色香も一切なかった。 研究者のような冷静さで、俺の身体に食らいつき、部位ごとに判定していく。 首筋。肩口。肩から手先。そのたびに「ここは噛みやすい」「ここも危険」と低く結論を落とす。 「ベッドに横になりなさい」 との美咲の声。 次に膝下に体重をかけ、噛みつこうとする美咲が「ゆっくり蹴って」と注文を付ける。 太ももに近いと膝で押しのけられる。足先や脛を噛む動きは丁度蹴りやすい。 下肢は守りやすいと彼女は頷いた。 キスから始まり、次々噛みつかれる感覚に耐えながら、俺は身を固くする。 「アンタを襲ってみたけど……顔面、首筋、肩口、肩から手先。ここは危険すぎる。他は噛みつきにくい。守れる。胴体と脚は難しいわね。転倒しているならもう死んだも同然だから守りは後回しでもいいか」 そこに感情はない。ただ生存のための分析。 ──しっかり検証するわよ ホントに噛むの!?と驚く俺に美咲は断言した。やれる準備はすべてやると。 それが逆に俺の胸を締め付ける。そこまでしても、生き残れるか分からないのだから。 こうやって、守るべき箇所を選んでいるのは理
last updateآخر تحديث : 2026-01-05
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