Mag-log inモニターを見つめるユーザーの中には、自らを箱庭内のキャラクターに転移させる者もいた。 理想の世界をシミュレーションするという箱庭システム、偉大なる神の御業を模倣する、その実験を推進する適任者として選ばれし者たちであった。 今回イレギュラーとなったセーラやオルドは開発側から強制的に制御することが叶わなくなった。 本来起こりえない事が起こり、リセット機能は動作しなくなった。また、彼らをデータごと削除するコマンドもエラーが出て実行できなかった。 代わりに開発者が行った対策は、二人のイレギュラーを賞金首として箱庭内で抹殺消去する、というイベントプログラムを組み込むことであった。
view more「セーラ。よくぞ"魔物の父"を討ち果たしてくれた」
ノートパソコンの前に座るオルドは、安堵にも似た微笑を浮かべた。 金髪ロングヘアの天使がゆっくりと目を開く。「……わたし、生きてる? オルド様?」
セーラは視線を落とし、自分の裸身を見て真っ赤になった。 「な、なんで裸なのっ!」 両手と羽根で慌てて身体を覆う。「心配はいらん。お前の傍らにいた〈天の光虫〉が、神の残光を媒介にして肉体を再構成したのだ」
オルドの声には興奮が滲む。 「これで我々は神の法則の外へと踏み出した。誰にも縛られぬ、真の自由だ」 「よく分からないけど……助かったのね。マリアは? カイは?」 「お前を探していたが、諦めて故郷へ帰って行ったよ」 「アルメリアね! わたし会いに行ってきます!」セーラは塔のバルコニーに駆け出し、四枚の翼を広げて飛び立った。
風の中でオルドは静かに髪を掻き上げる。 「さて……上層システムは既に気づいているはずだ。 私たちの存在が、この世界の均衡を変えることを」 その瞳に興奮と恐怖が混じる。◆
アルメリアの村は、戦火からの復興を終えつつあった。
「マリア~~!」 セーラはマリアの家の風呂場に行き、ちょうど湯船に浸かっているマリアを呼んだ。 「セーラ!?」 ガラガラと風呂の扉を開けたセーラは、マリアの入っている浴槽に無理やり飛び込んだ。 「お邪魔しまーす♪」 浴槽は二人で入るには狭く、セーラ達は身体を密着させざるを得なかった。 「本当に……セーラなの?」 マリアが涙声で問う。 「うん! 裸だからマリアに服を借りたくて」 「セーラ…セーラぁ……会いたかったよぅ」 マリアが甘く妖しい声でセーラの首に両腕を回す。 「わたしもだよ。マリア」 二人はごく自然な流れでキスをした。覗き穴から二人を見ていたカイは、複雑な気持ちで、湿った手を握りしめていた。
そしてカイはあらためて確認した。 セーラは半分天使、半分悪魔、人間じゃない、それに天使や悪魔には性別などないと聞いた事もある。 マリア…マリアに危険はないのか…オレのマリアに…。 揺れる嫉妬と混乱。カイは覗くことをやめられなかった。「セーラ……抱いて。貴女が好き。愛しているの」
マリアの濡れた髪と甘い吐息がセーラの鼻をくすぐる。 「マリア…ありがとう。でもこれは悪魔の遺物。マリアの綺麗な身体をこんなもので穢せないよ」 「いいの、とにかく抱いてっ」 マリアはひたすら性欲が強かった。「そこまでだ、猫たち」
顔を真っ赤にしたカイが荒い息を吐きながら浴場に躍り出た。 「きゃああああ!!」 マリアとセーラは悲鳴を上げてカイに石鹸やたらいを投げつけた。 「痛っ! やめろ、聞いてくれ」 そう言うとカイは一枚の貼り紙を示した。"賞金首:セーラ・オルド。世界崩壊の原因。討伐者には莫大な報酬を与える。"
「ど、どういうこと、セーラは世界を救ってくれたのよ?」
「魔物の残党の陰謀か……」 「いいえ」 セーラは静かに首を振った。 「オルド様のところへ行きましょう。世界が、誰かに書き換えられている気がするの」 バスローブ一枚を借りてセーラは翼を羽ばたかせる。 三人はオルドのいる塔へ向かった。 世界の均衡が音もなく崩れ始めていた。 それは、人の手によって……。「……どうかしてる、わたしは」 パトラは紺碧の海のような濃い青色の瞳で、鏡の中の自分を見つめていた。肩までの巻き髪がゆるやかに揺れ、少女とは思えぬ怜悧な光を宿している。 かつて彼女は魔族の幹部ヘドロスライムと呼ばれた存在であった。大戦の果てにエンシェントドラゴンを討ち滅ぼし、転生の秘宝を奪ったが人間として蘇った瞬間に傷が開き、命を落とした。 ※前作 第十六章「ヘドロの末路」参照。 その後、魔法都市パルマノーバの名門パムル家に長女として転生。富裕な家の娘として何不自由なく暮らしてはいたが、彼女の心には前世の残響、やり切れぬ憎悪と悲しみが残っていた。「だけど……わたしの中にどうしても消えない"何か"がある」 両親からパトラと名付けられた彼女は前世の記憶を断片的にしか持たなかった。 幼い頃から魔法の才を発揮したパトラは、十四歳にして魔法の専門学でトップクラスの成績を修めた。 将来は宮廷魔術師を目指すよう親からは勧められたが、彼女はそんなものに興味は無かった。 両親はパトラの才能を認めつつも、不可解な言動が目立つ故にその精神の不安定さを懸念していた。「お兄ちゃん」 広い中庭の中央で剣術の鍛錬をしている兄、スルトに声をかけるパトラ。「なんだパトラ。また前世だかの話か?」 スルトは上半身裸で額に汗しながら、木刀の素振りを行っていた。 スルトもまた、魔物の父に取り込まれ絶命した後、記憶を失いパムル家の長男として、パトラより四年ほど早く今世に転生していた。「知らん知らん。兄ちゃんは忙しいんだ」 スルトは面倒くさそうに片手を振って、パトラを追い払う。「お兄ちゃん、わたし世界を周ろうと思うの」 意を決したようにパトラは告げた。「世界を? 旅にでも出るのか?」「はい」「お前の事だから、従者も連れずたった一人で行くつもりだろ」「必要ないから」「というかお前はまだ14歳だろ。父さん達には話したのか?」「ちょっと行って帰ってくるだけだよ」「駄目だ。いくらお前が強くとも女子供の一人旅なんて……」「大丈夫、わたしには全てを焼き尽くす爆炎の魔法があるんですから」「コールドの魔法を使う奴だっているだろ。仕方ないな…俺も行ってやるよ」「いいの?」「ちょうど暇だし、腕試しもしたいしな」 スルトは鍛え上げられた大胸筋を震わせながら言った。「なに
セーラの《智天使の羽ばたき》が放たれた瞬間、光は音を追い越して塔の空気を震わせた。 侍たちは壁際まで吹き飛び、鎧が軋み、意識を失った者たちは静寂に沈む。 だが、一人だけが立ち上がった。 刀身が冷たい光を返し、虚ろな眼に微かな生の炎が宿る。 侍はジュリアンの命令があるまでは微動だにせず、無表情な目に刀身だけがキラリと光った。 恐らく刀も魔法で強化されているのであろう。 命令ではなくコードで動く、魂を模したプログラム。「お前が秘密裏に行ってきた改変に私が気づかないとでも思ったか?」 ジュリアンは悲しげにオルドに告げた。 「オルド…私の目的に協力しろ。さもなくば…ここで死ね」 「目的、だと……?」 その問いには答えずジュリアンは再び侍を操るコードを唱え始めた。「させるかよ!」 カイは結氷の呪文をアレフに唱えた。 鋭利な氷の刃がアレフの無意識に纏うシールドにより弾かれる。 「魔法が、効かない!?」 「アレフの纏うオーラが強すぎて、治癒の魔法をかけるために近づくことすら出来ない!」 マリアが泣きっ面で叫ぶ。 「わたしが行く!」 全裸にタオル一枚のセーラが天使の鉞を手に取る。 「待つんだっ、セーラ」 オルドが制する。 「何故!? オルド様……殺されるわ!」 「お前の身が、危険だ」 「どうして…」 涙ぐむセーラ。 血が滴る羽根の付け根を片手で抑えて止血を試みるオルド。 「その出血量、さぞ痛かろう」 ジュリアンは憐れむようにオルドに声をかけた。 「お前は間違っている」 「な、何が」 「箱庭の世界では理想郷など決して実現しない。結末は常に暗黒の世界しか無いのだ」 ジュリアンが両手をかざすと、見る見るうちにオルドの失った片羽根が再生していく。 「はぁはぁ…目的とは何だ」 オルドはすぐさま訊いた。 ジュリアンはざんばらの前髪をかき分けながら答えた。 「お前の行動は邪魔なんだ。現世に戻り、我々と再び箱庭のプログラムを組み直せ、そして」 ジュリアンはセーラを一瞥する。 「あの異端の天使、セーラを消すことだ。あれは私たち創始者の力すら脅かす」 「馬鹿な…それに私はここが気に入っている。戻る気はない」 「ソロ……私は君を信じていた」 オルドにとってそれは懐かしい名であ
塔の最上階。 夜気のような沈黙の中で、甲冑の侍たちが円陣を組み、無音のまま刀を抜いた。誰ひとりとして息をしていない。その存在は、生きているというより稼働していると表現すべきだった。 セーラは静かに羽を広げた。 黄金の光が溢れ、部屋全体が微かに震える。「誰も死なせない。死なせないんだから」 その言葉と同時に四枚の翼が風を生み、侍たちを弾き飛ばした。光の奔流は暴力的でありながら、どこか悲しみに満ちていた。 オルドはその羽根で宙に浮いてセーラの戦いを俯瞰していた。その視線の端で、アレフが小さく笑う。 アレフは吹き飛ばされた侍のひとりに手をかざし、短いコードを唱えた。 再起動命令:身体強化モジュールを展開。目標、オルド。 侍の眼に赤い光が灯り、信じ難い跳躍でオルドへと斬りかかる。 一閃。 刃が閃き、オルドの片翼が根元から断たれた。白い羽が雪のように舞い落ちる。「うぐっ……!」 バランスを保てず上空から落下していくオルド。 それを眺めてアレフは呟く。 「私は何でも知っているんだ。お前の本当の名前がオルドなんかじゃない事も……。我が友よ」 「まさか…お前は」 オルドは地面に着地して体勢を立て直す。 「この世界ではアレフだ、そしてお前はオルド…」 「自ら降臨してくるとは、予想していなかった」 脂汗をかきながらニヤリと笑うオルド。 その落とされた片羽からはどくどくと流血していた。 「傷が痛むか。修復してやろうか」 眉をひそめてアレフが呟く。 状況をただ眺めていたマリア達は、二人の会話の内容よりもまずアレフが使った魔法に驚いた。 何故ならアレフは生粋の戦士職であり、魔法の類は一切使用できなかったからだ。 「カイ、アレフが魔法を使ったところなんて見たことある?」 「ないな。少なくとも生きている時は」 「どういうこと?」 「あのアレフ……何かおかしい」 セーラが訝しげに言った。 「ああ…」 「生き返って使えるようになったのかしら」 「そんな事あるの?」 「いや、そうは思えない」 カイは顎に指をやりながら思案していた。 「前にオレはオルドさんが持っているノートパソコンの中の、妙なアプリを見せてもらったんだ」 「それで強くなれるかもって言ってたわね」 「結局、その仕組みは分からなかったが
セーラ達がオルドの元へ向かった数刻後。 村外れにある墓場の土が突如盛り上がり、地中から一人の死者が這い出した。 それはアンデッドとして蘇ったアレフであった。 ユートピア創造の実験システム"箱庭"の開発者の一人であるジュリアンは、死亡しているアレフとして箱庭に転移した。 と言っても彼は創造主たるプレイヤー、どのような厄災も起こせるし、いかなる傷病に対してもほぼ無敵である、チートキャラクターとしてこの世界に存在する。 箱庭のシステム設定やイベントプログラミングなどを行った開発者は他にもいるが、彼らは致命的なバグを恐れてキャラクターを引き上げ、世界の外から監視をしていた。 しかし、ジュリアンにはある目的と使命感があった。 彼の身体がノイズのように歪み、異端者オルドの潜む塔の最上層へと転移した。 突然現れたアレフを見て、一同は歓喜の声を上げる。 「!?」 「アレフ…アレフなの?」 「ははっ、お前! やはり生きていたのか!」 「ああ。こんなナリだがな」 アレフは自嘲のように肩を竦めた。 その外見はもはや人間とは言いがたかった。肌は灰色に枯れ、眼窩は薄暗く沈み、衣服は墓土に汚れている。 それでも、笑みだけはかつてのままだった。「気にするな。どう見たってゾンビのアレフじゃないか」 カイが冗談めかして言うが、場の空気は凍っていた。 「久しぶりだな…みんな、それにセーラ。随分と感じが変わったが……」 アレフことジュリアンはボロボロの衣服と、ところどころ禿げた髪や皮膚を恥ずかしげに掻いた。 「う、うん」 セーラは複雑な面持ちで曖昧に頷く。その瞳の奥には、わずかな違和感が揺れていた。 「お前が魔物の父を滅ぼしたんだな」 「オルド様や神様の力を借りてやっと倒したんだよ」 会話を聞きながらオルドは警戒していた。 目の前の男がアレフなどでは無いことを直感で見抜いていた。 安寧を取り戻した世界を塔から見下ろしノートパソコンの内部データと重ね合わせると、今はやはり魔物はもう存在していない。しかし高い知能を持つ野生動物やドラゴンやエルフといった種族は残っていた。 だが、このアレフの姿をしたアンデッドはそのいずれでもない、恐らくは……。 塔の上層から見下ろす箱庭の地形データを、オルドは頭の中に重ね合わせる
「セーラ。よくぞ"魔物の父"を討ち果たしてくれた」 ノートパソコンの前に座るオルドは、安堵にも似た微笑を浮かべた。 金髪ロングヘアの天使がゆっくりと目を開く。「……わたし、生きてる? オルド様?」 セーラは視線を落とし、自分の裸身を見て真っ赤になった。 「な、なんで裸なのっ!」 両手と羽根で慌てて身体を覆う。「心配はいらん。お前の傍らにいた〈天の光虫〉が、神の残光を媒介にして肉体を再構成したのだ」 オルドの声には興奮が滲む。 「これで我々は神の法則の外へと踏み出した。誰にも縛られぬ、真の自由だ」 「よく分からないけど……助かったのね。マリアは? カイは?」 「お前を探していたが、諦めて故郷へ帰って行ったよ」 「アルメリアね! わたし会いに行ってきます!」 セーラは塔のバルコニーに駆け出し、四枚の翼を広げて飛び立った。 風の中でオルドは静かに髪を掻き上げる。 「さて……上層システムは既に気づいているはずだ。 私たちの存在が、この世界の均衡を変えることを」 その瞳に興奮と恐怖が混じる。◆ アルメリアの村は、戦火からの復興を終えつつあった。 「マリア~~!」 セーラはマリアの家の風呂場に行き、ちょうど湯船に浸かっているマリアを呼んだ。 「セーラ!?」 ガラガラと風呂の扉を開けたセーラは、マリアの入っている浴槽に無理やり飛び込んだ。 「お邪魔しまーす♪」 浴槽は二人で入るには狭く、セーラ達は身体を密着させざるを得なかった。 「本当に……セーラなの?」 マリアが涙声で問う。 「うん! 裸だからマリアに服を借りたくて」 「セーラ…セーラぁ……会いたかったよぅ」 マリアが甘く妖しい声でセーラの首に両腕を回す。 「わたしもだよ。マリア」 二人はごく自然な流れでキスをした。 覗き穴から二人を見ていたカイは、複雑な気持ちで、湿った手を握りしめていた。 そしてカイはあらためて確認した。 セーラは半分天使、半分悪魔、人間じゃない、それに天使や悪魔には性別などないと聞いた事もある。 マリア…マリアに危険はないのか…オレのマリアに…。 揺れる嫉妬と混乱。カイは覗くことをやめられなかった。「セーラ……抱いて。貴女が好き。愛しているの」 マリアの濡れた髪と甘い吐息がセーラの鼻をくす
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