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第119話

Author: 楽恩
……冗談じゃないって、わかってた。

来依に迷惑をかけるのも嫌で、仕方なく折れた。

「……わかった」

下に降りる前、来依はまるで山田先輩みたいに、ロング丈のダウンを私に羽織らせて、帽子まで被せてくれた。

「大げさって思わないでよ」

そう言いながら、来依は私の頭をつんと指で突いた。

「ネットで見たんだけど、流産直後に寒い風に当たると、あとで頭痛になりやすいんだって」

「はいはい、さすが来依。ほんとありがと」

彼女の気遣いがありがたくて、私は素直にうなずいて、適当に靴を履き替え、階段を降りた。

マンションの前に出ると、宏がじっとこっちを見てきた。目がどこか深くて、暗い。

「なんでそんなに着込んでんだ。風邪でも引いたか?」

「……私のこと、気にかける余裕なんてあるんだ?」

もう、宏とまともに会話をする力すら残っていない気がした。

彼が本当に私のことを気にかけていたなら――たとえ妊娠していることを知らなかったとしても――

昨日、私がどれだけケガをしたのか、ひと言くらい聞いてくれてもよかったはずだ。

重かろうが軽かろうが、車に轢かれたってことに変わりはないのに。

「なんでそんなひねくれた言い方しかできないんだ」

宏の言葉を受け流し、私は本題に戻した。

「で、わざわざ呼び出して、何の用?」

真夜中にこんなやり取り、付き合ってる余裕なんてなかった。

宏は眉をひそめ、「なんで俺を待たなかったんだ」と言った。

「……」

私は冷たく視線を返す。

「なんで待たなきゃいけないの?」

正直、自分でも、あのとき宏を待たなかったことにほっとしていた。

私が病院を出て、もう五、六時間は経ってるのに。

それでも、彼は当然のように、「なんで待たなかった」と言う。

まるで、彼の頭の中では、私はいつだって彼の決めた場所で、彼が振り返ってくれるのを、ずっと立って待っているべき存在みたいだった。

案の定、宏は機嫌が悪くなり、冷笑を浮かべて言った。

「そんなに急いで、あいつと行きたかったのか?」

……あいつ。山田先輩のことだと、気づくまで少し時間がかかった。

本当に、話のすり替えがうまい。

私は深夜の冷気を吸い込みながら、無感情に答えた。

「……好きに言ってれば?私は帰るから」

そう言って背を向けると、

「南」

宏が急に私の方へ踏み出して、私
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