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第397話

作者: 楽恩
雨が絶え間なく車窓を叩きつけていた。

車窓越しに外を見ると、まるで奇妙で幻想的な別世界のように見えた。

私は微笑みながら言った。「あなたが探した専門家、大阪にはいつ来る予定なの?」

江川宏は答えた。「明後日だ」

「分かった」

私は頷き、右手で車のドアハンドルに手を置いた。「じゃあ、私はこれで」

「送るよ」

「大丈夫、車はすぐ隣に停めてあるから」

「それでも送る」

その言葉を聞いて、少し驚いた。彼が助手席の傘を取るために身を乗り出したのを見て、ようやくその意味を理解した。

彼は黒い長柄の傘を差し、雨幕の中で車体を回り込んで、私のためにドアを開けてくれた。「行こう」

道路の両側には少し水たまりがあり、足音が妙にはっきりと響いていた。

彼と肩を並べて車のところまで歩き、私はドアを開けて車に乗り込んだ。すると、彼の片側の体がすっかり濡れているのに気づいた。

しかし、特に何も言わなかった。「ありがとう」

そう言いながら、手首に力を入れて車のドアを閉めた。エンジンをかけてアクセルを踏むと、車は走り出した。

バックミラーには、傘を差しながらその場に立ち尽くしている彼の姿が映っていた。彼はじっと私の車の方向を見つめていたが、

私は車のスピードを緩めることはしなかった。

もしかしたら、ある意味で私は情深くも薄情な人間なのかもしれなかった。

愛しているときは、心の底から愛し、全てを捧げた。

しかし縁が尽きたときには、一言も、一瞥さえも無駄だと思たんだ。

……

去り行く車を見つめながら、江川宏は雨幕の中に長い間立ち尽くしていた。

彼は思った。かつて、自分が何度も南を置き去りにしたとき、彼女がどんな気持ちだったのか、今になって初めて理解したような気がする。

胸のあたりが苦しくてたまらなかった。

自転車に乗った通行人が彼の近くを通り過ぎ、泥水を跳ねかけた。

それでも、彼は気づいていないかのようだった。

彼の目にはただ名残惜しさだけが残っていた。

視界から車が消えるまで、江川宏はようやく車に戻った。

彼は電話をかけ、声がかすれていた。「飲みに行かないか?」

「いいよ。いつもの『夜景』か?」

「ああ」

「了解」

電話の向こうで、伊賀丹生は宴会を抜け出し、代行を呼んで「夜景」へ向かった。

実のところ、彼は驚かなかった。

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