Share

第880話

Author: 楽恩
「さっきは少し用事があって……ただ、内容はお話できません。ご了承ください」

来依はそれを信じたように頷いた。「そう……なのね」

四郎も頷き返した。「ええ、そういうことです」

来依は微笑みを浮かべた。「あんたが用事で席を外してたとして……他の人たちは?」

「それぞれ別の任務がありまして」

「つまり」来依の目つきが一気に鋭くなった。「みんな忙しくしてて、ホテルの玄関に誰もいなかったってことね?海人とベッドにいるときに、敵が襲ってきたらどうするつもりだったの?殺されてもおかしくないよね?」

「……」

「男にとって、ベッドの上が一番無防備な時でしょ。あんたも男なら、それくらい分かるでしょ?」

四郎の頭の中が一瞬真っ白になった。まるで若様から「お前が何をやった?」と聞かれた時のような錯覚。その直後には冷たい口調でアフリカ行きを命じられる――一郎と同じように。

余計なことを言えば命取り。四郎はそれ以上の言い訳をやめた。「河崎さん、外は危険です。ホテルで若様をお待ちください」

来依はそんな「危険」なんて信じていなかった。今はとにかく勇斗の様子を見て、早く大阪に戻る必要があった。ここは土地勘もないし、海人の敵は多い。何かあったら命を落とすかもしれない。

「どかないなら、助けを呼ぶわよ?ここ、監視カメラあるし……」彼女は一歩詰め寄った。「それにね、もしあんたの若様が、私に乱暴しようとしてるって思ったら、どうなると思う?」

「……」

四郎は思った。菊池家は来依の素性が弱いからと、海人の足手まといになるのではと懸念していた。

だが、雪菜はどうだ?立派な家柄だったのに、道木家に連れ去られ、結局海人に泣きついて戻ってきた。

晴美は来依を罠にはめたが、あの頭の切れる海人でさえ術中にはまった。

それをすべて来依のせいにして、頭が悪い、支えにならないと言い切るのはおかしい。むしろ彼女は、なかなかの人物ではないか。

「河崎さん、一郎はアフリカに送られ、今残ってるのは僕たち四人だけです。もし僕がいなくなれば、高杉芹奈の薬の件を処理するのに、若様は相当苦労することになります。

「あなたもかつて若様のことが好きだったでしょう?彼が命を落としても構わないなんて、思っていませんよね?」

来依はまるで意に介さず言い放った。「私には関係ないわ。私は母親でも、恋人でもない。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1400話

    初めて駿弥と会ったとき、紀香は心の底から思った。――もしこの人が本当の兄だったら、どんなにいいだろう、と。そして後になって、それが事実だと分かったとき、彼女は素直に嬉しかった。家族がこんなにも増えたことも、やはり嬉しかった。自分にも姉にも、背中を預けられる存在ができたのだと思えた。理不尽な目に遭っても、帰る場所があるのだと。けれど――その「存在」こそが、彼女を行き場のない立場へ追い込み、さらには姉にあれほどの苦しみを味わわせる原因だった。結局のところ、彼女と姉は血を分けた姉妹だ。桜坂家の人間たちより、ずっと近い存在である。だからこそ、どうしても――姉のために、不公平だという思いを拭えなかった。「お姉ちゃんが行かないなら、私も絶対に行かない。人は誰でも、自分の過ちには責任を負わなきゃいけない。私も、お姉ちゃんも……あの人も」清孝は彼女を抱き締め、泣きじゃくる彼女を胸に受け止めた。「君の言うとおりだ」「だから罪悪感を抱く必要はない。他人の道義を押しつけられる筋合いはない」……東京。由樹は救急処置室に入り、すぐに出てきた。駿弥に向かって言った。「伝えることは今のうちに。後は葬儀の準備を」雨香叔母は足元をふらつかせ、駿弥が慌てて支えた。彼女は由樹に感謝を伝えたが、由樹は淡々とうなずき、そのまま大股で立ち去った。雨香叔母は駿弥の衣服を掴んだ。「もう一度、高杉先生に頼んでみて……」駿弥の唇は硬く結ばれた。「高杉先生が無理と言ったら、誰にも救えない」雨香叔母は声を上げて泣き崩れた。彩香叔母や茂叔父、そして涼美も駆けつけた。「どうして急に?」彩香叔母は病床に腰を下ろし、管に繋がれた父を見つめ、涙をぼろぼろこぼした。「ちゃんと養生すれば、まだ生きられるって言ってたのに」駿弥は言った。「俺のせいだ。お祖父さんを怒らせた」彩香叔母は呆然とした。駿弥が桜坂家に迎えられてから、彼はずっと父のもとで教えを受け、命じられたことを疑いもせずに実行してきた。父に逆らったことは、一度もない。あの時もそうだった。あの少女を救い、恋心を抱いたとしても、父がそれに気づき、彼女を遠くへ送ったとき――駿弥は、口論ひとつしなかった。どうして父を怒らせることなど

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1399話

    桜坂家の祖父の静けさはついに破られた。まるで穏やかな湖面に大きな石が投げ込まれたように、激しい波紋が広がった。「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」茶は血に染まり、言葉の続きを紡ぐことはできなかった。「お祖父さん!」駿弥はすぐに彼を病院へ運んだ。これまで距離を置いていた雨香叔母も騒ぎを聞きつけ、駆けつけた。「駿弥、お祖父さんが過ちを犯したのは確かよ。でも、あの頃は事情も複雑だったし……人は誰だって間違えるもの。一生、完璧でいられる人なんていないわ。もう身体が限界なの。せめて、安らかに逝かせてあげられない?」駿弥の唇は固く一文字に結ばれ、冷ややかな線を描いた。言葉が出なかった。雨香叔母は涙を拭った。桜坂家には四人の娘がいた。長女は聡明、次女は同じ父親じゃないが、性格が穏やかで人に好かれた。末娘は怖いもの知らずで、心の強い子だった。そして自分だけは、気が弱く、何もできなかった。あの出来事が起きた時も、止めたくても力がなく、ただ見ているしかなかった。今も必死に埋め合わせをしようとしているが、崩れかけた家を少しでも安定させ、温もりを取り戻そうと願うばかりだ。それでも、何一つうまくいかなかった。駿弥は清孝に電話し、由樹を呼んでくれるよう頼んだ。清孝は事態を察し、由樹を病院へ行かせた。そのうえで紀香に意見を求めた。「……お祖父さんは、もう駄目かもしれない」その頃、海人も知らせを受け、先に病院へ駆けつけていた。駿弥は彼に尋ねた。「もし由樹が二日延ばせるなら、お祖父さんにお前たちの子どもを見せられるか?」海人の返答は冷ややかだった。「もし俺の妻と妹が同じ扱いを受けてなければ、話の余地はあったかもな。死にゆく人に水を差すななんて言うが、それはただの道徳的な縛りだ。恨みを恩で返せと言われて、お前たちにできるのか?できるというなら、お祖父さんもあの時、あの怒りを飲み込んで……あの裏切りを黙って受け止めるべきだったはずだ」「……」駿弥は思った。来依が最も深く傷ついたと知った時から、予感はしていた。海人の性格でこの件を静かに流すはずがない。彼は根に持つ男だ。義兄の自分にすら、表では愛想よく、裏では仕返しをしてくるほどなのだから。この要求は確かに過ぎていた。「来

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1398話

    桜坂家の祖父は椅子の背にもたれ、手に熱い茶を持ったまま、まだ溶けきらない雪景色を眺めていた。そして静かに口を開いた。「桜坂家の未来はお前にかかっている。二人の妹もお前に頼ることになるだろう。昔のことは、わしと一緒に棺の中に持っていく方がいいのだ」駿弥は無理に真実を知ろうとはしなかった。だが、先代の出来事はやはり自分たちに影響を及ぼしている。もし何も知らなければ、どうやって二人の妹との関係を守れるのか。ましてや――彼はお祖母さんの部屋の監視映像を確認し、世話をしていた家政婦からも話を聞いた。祖母が急に取り乱したのは来依や紀香を見たからではなく、「藤屋」という苗字を耳にした時だった。清孝の性格から考えれば、既に自分よりも深く真相を掴んでいるに違いない。祖父の元を訪れる前に、彼は試した。来依も紀香も、今年は桜坂家で年を越すのを理由をつけて断った。海人にも清孝にも聞いた。海人は「清孝が一番よく知っている」と言ったが、清孝は「今は国外にいる。帰国したら話す」と答えただけだった。――皆、避けているのだ。だからこそ、彼は時間を作り、祖父のもとを訪ねた。当事者にしか本当の経緯は分からない。自分や清孝がどれだけ調べても、全貌に及ばないかもしれない。「もし桜坂家に非があるのなら、妹たちとの関係を無理に保つ必要はない。あの子たちはもうそれぞれの家庭を持っている。過去を棺に持っていくつもりなら、無理に親族関係を押し付けるべきじゃない」桜坂家の祖父は笑った。「今や誰もが知っているだろう、河崎来依が桜坂家の人間だと」駿弥の表情が揺らいだ。「お祖父さんの打つ手は本当に鮮やかです。俺たちみたいな若い連中が、これまで一度もあなたに勝てなかった――それ自体が、もう答えみたいなものです」彼は思い出した。自分が祖父のもとで育てられることになったとき、青野家の祖母は激しく反対していた。だが、ある時を境に急に大人しくなった。その後、来依は姿を消した。「俺がお祖父さんの元に来たのは、父が外で子どもを作り、母を苦しめるのが許せなかったからです。母を守るため、強くなるために、お祖父さんのもとで学びたいと思ったんです。けれど結局、母は悲惨な最期を迎え、俺自身もお祖父さんの一手に過ぎなかったのですね」

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1397話

    「好きにしてろ。俺は書斎にいる。いつでも来ていい」「……」紀香は枕を投げつけた。「さっさと出てって」彼が本当にやることもなく、毎日付きっきりで自分の専属秘書をしているなんて、信じられるはずもない。清孝は会議に入った。長くはなかったが、終わるころには外はもう暗くなっていた。薬を受け取って部屋に戻る途中、針谷と鉢合わせた。針谷が言った。「旦那様、ほぼ準備できました」「うん」清孝は返事をしてから寝室に戻った。彼女が怖がっていないかと心配していたが、ベッドにうつ伏せになり、足をぶらぶらさせながら夢中でゲームをしている姿があった。「……」ベッドの縁に腰を下ろし、腰を軽く叩いた。「夜は古城が怖いって言ってたじゃないか?」紀香はゲームに全集中で、完全に無視。清孝は思わず苦笑した。余計な心配だった。邪魔をしないよう、先にシャワーを浴びた。出てきたときには、ちょうど彼女がゲームを終えていた。清孝は髪をタオルで拭きながらソファに腰かけ、無言のまま彼女を見つめる。紀香は数秒彼と視線を交わしたあと、ベッドから降りてドライヤーを手に取った。「私が乾かしてあげる」清孝は彼女の手を握った。「なぜ来なかった?」「あなた、忙しいんでしょ?」「さっき、古城の夜は怖いって言ってただろ?」紀香は不思議そうに眉を寄せた。「いつそんなこと言った?」言ってから思い出した。「まさか、本気で怖がってると思った?」クスッと笑った。「もしそれくらいで怯えてたら、あの頃真夜中に野外で撮影なんてできるわけがないのよ」清孝は彼女を抱き上げ、膝の上に座らせた。「悪かった」「なんで急に謝るの」紀香は彼の顔を軽く叩いた。「それにさ、今さら謝るなんて、意味ない」「実はあのとき――」「わかってる」彼女は遮った。「人を派遣してたけど、見殺しにしたんでしょう。あのとき私が命の危機に瀕してたのを助けてくれたのは、海人さんだった」清孝は観念したようにため息をついた。「……乾かしてくれ」紀香は吹き出した。「いつも弁が立つのに?」「間違いは間違いだ。何を言っても覆らないなら、黙ってる方がマシだ」紀香はドライヤーをつけ、部屋に低い唸りだけが響いた。彼の髪は短い

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1396話

    紀香は彼の口元に浮かんだ笑みを見て、何か企んでいると感じた。「自分で着替えられるから」「本当か?」「本当!」「わかった」清孝は更衣室を出た。「俺は外で待ってる。困ったら呼べ」数日前に自分から差し出したことはあった。今日は、絶対に自分からはしない。だが、この乗馬服は思った以上に着にくかった。紀香は何度も格闘した末、諦めてしまった。――誰が言ったのよ、馬に乗るのに絶対これを着なきゃいけないなんて。彼女は専門でもないし、ただ楽しみたいだけなのに。乗馬服を放り出し、自分の服に着替え直そうとした瞬間、後ろから抱きすくめられた。「清孝!この変態!」清孝は顔を寄せ、彼女の肩に口づけた。「自分の妻に触れて、何が変態だ?」「……」紀香は口喧嘩を避けた。勝てるわけがない。必死に身をよじる。「離して……」意外にも、その言葉に彼はすぐ従った。「着られないんだろ?手伝う」「やめて……」彼女の拒否は全く効かず、まるで人形のように弄ばれ、あっという間に着せられてしまった。顔は真っ赤。結局、散々触れられてしまったのだ。「できたぞ」「……」紀香は彼の足を思い切り踏みつけ、そのまま駆け出した。清孝は二歩で追いつき、手を取った。「馬が大きい、俺が補助する」振りほどけず、そのまま手を引かれて行く。ふと彼女は尋ねた。「あなた、どうして乗馬服に着替えてないの?」「俺は乗らない」残念だった。白馬にまたがる彼の姿を見たかったのに。針谷が馬を草地に引いてきており、清孝に導かれて白馬の前へ。軽く抱き上げられ、鞍に座らされた。清孝は針谷から手綱を受け取り、馬をゆっくり歩かせた。思った以上に高く、紀香は少し怖くなった。「清孝」「ん?」「どうして馬に乗らないの?」「君はまだ慣れてない。まずは君が楽しめばいい。見たいなら、そのあとで乗る」心を見透かされ、紀香の頬は熱くなった。彼女は口をつぐんだ。ここは大阪や東京よりもずっと暖かい。石川に近い気候だ。紀香はこの温度と天気の方が好きだ。雪はきれいだけれど、寒すぎる。冷たい空気、人の心まで冷たくなる。熱さはすべて表面だけ。彼女の感情を隠すのは難しかった。清孝には簡単に伝わってし

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1395話

    「結局として、苦しんだのはうちの嫁だけだ」清孝はその冷えた声を聞き、聞いた。「それで、どうするつもりだ?」海人は来依の意見を聞くつもりだった。だが、たとえ聞かなくても問題はなかった。「腹の中に埋めておく」清孝の眉がわずかに動いた。「お前らしくないな。腹に収めておくだけでも、桜坂家を安穏とさせるとは思えないが」海人は冷たく笑った。「俺がこの件を暴いて、お前に何の得がある?それに、あの爺さんがあと何年生きられる?」清孝は海人が何か計画を立てていると感じた。少し間を置いて言った。「正月は帰らない。あとはお前たちで判断しろ」通話が切れた。だがスピーカーにしていた。紀香と清孝を案じていた来依も、一緒に聞いていたのだ。海人はスマホを放り、来依を抱き寄せた。手を背中に当て、静かに慰めるように叩いた。しばらくして、彼女が口を開いた。「お祖父ちゃんがそんなことをした理由は?」声は涙で震えていた。海人が答えた。「男なら誰も、裏切られた事実を受け入れられない。お祖父さんは自分に非がなかったし、名声もあった。だから世間に知られたくなかった。だが飲み込むこともできなかった」来依は理解できなかった。「でも、それが私と何の関係が?」海人は彼女の涙を拭った。「お祖父さんはただ、流れに乗っただけだ。桜坂家に一泡吹かせたいと思っただけで、お前をわざと失わせたわけじゃない。病は心労によるものだ。お前たち姉妹が戻った時には、もう限界だった」桜坂家については、彼は詳しく調べていた。だが桜坂家の祖母の言葉はあまりに隠されていて、誰もその方向に思い至らず、調べることもなかった。「もしお前が溜飲を下げたいなら、俺が代わりに……」「いいの」来依は言った。「今さら掘り返しても意味がない。私たちには子どもがいる。少しは徳を積みたい」海人は心の中でうなずき、話題を変えた。「息子を見に行こう」……プライベートジェットが着陸したのは翌日の昼。古城に着いたのは午後二時だった。機内で軽く食事をしたが、清孝はすぐに厨房へ行き、彼女にラーメンを作ってやった。食べ終えると、古城の中を案内した。紀香が前回来たのは彼と喧嘩していた時で、外から見て「大きなお城みたい」と思っただけだった。中を回っ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status