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第19話

Autor: 鉄壁のタワー
奈々美の治療が第2段階に入ってしばらく経った頃、突然、薬が効かなくなった。

高熱が何日も続き、何を食べても吐いてしまう。血小板の数値も、再び下がり始めた。

「長期間の栄養不良で、同年代の子どもに比べて体の蓄えが少ないんです。薬への耐性もあまり良くないので、治療方針を見直す必要があります」

私はICUの前から離れられず、2日間、一睡もしなかった。

病院のスタッフが、何度も私に休むよう勧めてくる。

「治療費の手配は済んでいます。先生方も今、合同で治療法を検討してくださっていますから、森下さんも少し休んでください」

私は首を横に振った。

5年前、私が一人で救命処置を受けていたとき、家族として同意書に署名してくれる人はいなかった。手術室の外で、私を待っている人もいなかった。

だから、奈々美が目を覚ましたときまで、私はここにいたかった。この子に、目を覚ましたらお母さんがいない、なんて思わせたくなかった。

3日目、医師から新しい治療法を提案された。

これまでより費用はかかる。けれど、確立された治療法の一つで、リスクが低いうえ、転院する必要もないという。

私はすぐ同意書に署名し
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    奈々美の治療が第2段階に入ってしばらく経った頃、突然、薬が効かなくなった。高熱が何日も続き、何を食べても吐いてしまう。血小板の数値も、再び下がり始めた。「長期間の栄養不良で、同年代の子どもに比べて体の蓄えが少ないんです。薬への耐性もあまり良くないので、治療方針を見直す必要があります」私はICUの前から離れられず、2日間、一睡もしなかった。病院のスタッフが、何度も私に休むよう勧めてくる。「治療費の手配は済んでいます。先生方も今、合同で治療法を検討してくださっていますから、森下さんも少し休んでください」私は首を横に振った。5年前、私が一人で救命処置を受けていたとき、家族として同意書に署名してくれる人はいなかった。手術室の外で、私を待っている人もいなかった。だから、奈々美が目を覚ましたときまで、私はここにいたかった。この子に、目を覚ましたらお母さんがいない、なんて思わせたくなかった。3日目、医師から新しい治療法を提案された。これまでより費用はかかる。けれど、確立された治療法の一つで、リスクが低いうえ、転院する必要もないという。私はすぐ同意書に署名し、返還されたお金から治療費を支払った。会計を済ませたあと、看護師が領収書を持ってきた。少し遠慮がちに尋ねる。「お父さんのほうからも病院に連絡があったそうです。治療費はあちらで負担するとおっしゃっていましたが……」「いえ、自分で支払います」「……分かりました」裕翔からは、それ以上連絡が来なかった。ただ、弁護士を通じて、私が選んだ治療方針を尊重し、そして、裁判所で定められた養育費については、これまでどおり支払い続けると伝えた。今回、彼はお金を出すことで、無理に私たちの意思を曲げようとしなかった。奈々美が新しい薬を使い始めたその夜、熱が少しずつ下がっていった。翌朝、奈々美が目を開ける。「……ママ、ご飯食べた?」最初に出てきた言葉がそれだった。「食べたよ」そう答えると、奈々美がじっと私の顔を見る。「ママ、元気がない」「ちゃんと食べてるから大丈夫」「嘘」仕方なく、私は看護師に頼んでおにぎりを買ってきてもらい、奈々美の目の前で食べた。それを見届けて、ようやく奈々美は安心したように微笑んだ。1週間後、奈々美の血小板の数値

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    2ヶ月後、正式な判決が下された。由梨は、財産の横領、関係書類の偽造、傷害、そして個人情報の不正な取得・流出などの罪に問われ、懲役刑を言い渡された。さらに、不正に得た金銭の返還も命じられた。美江名義の不動産や車、預金口座は法に基づいて差し押さえられ、海外にある資産についても追徴の手続きが進められることになった。裁判所は、10億円が私の手元に渡った事実はなく、海外の不動産や高級品の購入についても、私とは一切関係がないと認定した。その判決書によって、5年間ずっと私にまとわりついていた疑いは、ようやく晴れた。奈々美の個人情報を流布した配信者たちにも、次々と判決が下った。彼らには損害賠償が命じられたほか、それぞれのSNSアカウントに、謝罪文を固定表示することも命じられた。最初に病院へ押しかけてきた配信者は、その後、謝罪動画を投稿した。今度は商品を宣伝することも、自分が被害者であるかのように振る舞うこともなかった。奈々美が嫌がっているにもかかわらず撮影を続けたこと。そのうえ、奈々美の個人情報をインターネット上に拡散したこと。そして、その行為によって奈々美を傷つけたこと。自分がしたことを、一つずつ認めていた。私は、その動画に「いいね」も、リポストもしなかった。遅れて届けられた謝罪は、彼ら自身が負うべき責任の結果だ。私が感謝を返すようなものではない。その後、差し押さえられた資産から、最初の返還金が振り込まれることになった。弁護士から連絡を受け、私は受け取りの手続きに向かった。返還されたのは、元金と利息、さらに差し押さえた資産を換価した分を合わせて、8億6千万円あまり。残りの金額についても、引き続き追徴手続きが進められているという。同じ頃、裕翔から1通の書類が届いた。個人名義で保有している藤田グループの株式のうち、5%を奈々美に譲渡するという株式譲渡契約書だった。それだけではない。これから先の奈々美の医療費、教育費、生活費も、すべて自分が負担すると書かれていた。私は、その書類をそのまま弁護士に返した。弁護士が尋ねる。「株式だけでも、10億円を大きく上回る価値があります。それに、何の条件もついていません。それでも、お子さんのために残しておくことは考えませんか?」「法で定められた養育費は受け取ります。

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    公判が開かれた日、奈々美の容体はもうだいぶ落ち着いていた。陽菜が病院に残って奈々美についていてくれたため、私は一人で裁判所へ向かった。由梨が法廷へ入ってくる。そのとき、彼女は反射的に傍聴席へ目を向けた。最後列に、裕翔が座っている。由梨は何も言わず、すぐに視線を落とした。続いて、検察官による証拠調べが始まった。提出されたのは、10億円の流れを示す記録、偽造された口座が開設された時の資料、中絶薬の購入記録、病院の来訪者名簿、そして復元された写真だった。5年前、私が救急搬送された際に処置を担当した医師も、証人として出廷した。検察官が尋ねる。「患者が搬送されたときの状態を説明してください」「搬送された時点ですでに、出血性ショックの状態でした。検査の結果、妊婦には適さない薬剤を服用していたことが確認されています。ただし、服用量が適切ではなかったため、胎児が排出されず、その結果、大量出血を起こしたと考えられます」「もし、あと少し搬送が遅れていたら、どうなっていましたか?」「母体、胎児ともに死亡する可能性がありました」やがて、私の本人尋問の番になった。周りが静まり返っている。私は、妊娠初期のことから話し始めた。あの頃の私は、裕翔がただ仕事で忙しいだけだと思っていた。由梨についても、金銭管理が厳しい人だと思い、疑わなかった。けれど、葉酸を買うにも、妊婦向けの栄養補助食品を買うにも、マタニティワンピースを買うにも、すべて由梨の許可が必要だった。そこで初めて気づいた。私は、結婚生活の中で、自分自身のことを何一つ決めることができなかったのだと。私は何度も会社へ行き、裕翔に直接訴えた。けれど、裕翔はいつも同じ答えを返した。「由梨に任せておけばいい」その後、由梨が薬を持ってきた。「これを飲めば、つわりが楽になるから」と言われ、私は薬を飲んだ。ほどなくして、激しい腹痛が始まった。それでも由梨は救急車を呼ばず、私に数枚の書類を差し出し、サインを強要した。私は何度も、救急車を呼んでほしいと頼んだ。けれど、由梨から「裕翔はこの子を望んでいない」と言われた。「目を覚ましてから、私は17回、裕翔に電話をかけました。でも、一度もつながりませんでした。退院したその日に、私はこの街を離れることを決めまし

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