LOGIN御堂家は掟が厳しく、毎月1日は必ず先祖の供養を行う。 御堂家に嫁いで2年、篠原穂波(しのはら ほなみ)は毎月この日になると、夜も明けないうちに起き出していた。 手を清めて香を焚き、お供え物をして、仏壇の掃除をする。今まで一度も失敗したことはなかった。 誰もが彼女を御堂家の良い嫁だと言い、しきたりを重んじ、分をわきまえていると口を揃えて褒め称えた。 しかし今回の供養が終わった後、穂波は義母・御堂芙美子(みどう ふみこ)の部屋を訪れ、離婚の承諾を求めた。 芙美子は眉をひそめた。「何ですって?私が仏間で正座させたからって、冬凌と離婚するというのですか?忘れないで頂戴。この結婚は、2年前にあなたが自分から望んだことでしょう」 穂波は首を横に振った。「ただ突然気づいたんです。冬凌の心が私に向くことは、この先一生ないのだと。お義母様、結婚してからもう2年です。私は、彼を諦めることにしました」 「穂波、嫁いできた時に言ったはずですよ。冬凌は冷たい人間だと。2年経っても、そんなことにも慣れないのですか?」 穂波はふっと笑った。「慣れました。でも、もう疲れ果てました」 芙美子は手を振った。「いいでしょう、好きになさい。離婚の手続きは、こちらで手配しますから」 「ありがとうございます」
View More「連れてこい」「はい」瑶子はずっと遠巻きに様子をうかがっていたが、穂波が無事なのを見て、悔しさを噛み殺しながらもどうすることもできなかった。一旦その場を離れ、次の機会を窺おうとした。しかし、振り返った途端、2人の男に立ち塞がれた。「うちの桜井社長がお呼びだ」「呼ばれたら絶対に行かなきゃいけないわけ?」瑶子は焦った。「行かないわよ」ボディガードは冷笑した。「お前の意志など関係ない」引きずり出された瑶子の姿を見た瞬間、穂波の胸は激しく波打った。「夏目さん?まさかあなただったなんて」「私はただ馬に乗りに来ただけよ」瑶子は当然白を切った。「私を呼び出してどうするつもり?大人しく私を放した方が身のためよ。冬凌が来たら、あなたたちただじゃ済まないんだから!」「しらばっくれる気か?」蒼介は冷笑し、助手から防犯カメラの映像が入ったタブレットを受け取った。「お前が立っていた厩舎に防犯カメラがあることも知らなかったのか?」画面の中には、瑶子が果物ナイフを取り出し、鞍のベルトに細工をする様子がはっきりと映っていた。決定的な映像を見て、瑶子は完全にパニックに陥った。「わ……私、ついカッとなってしまって。人を傷つけるつもりはなかったの。篠原さん、どうか見逃してくれない?」そのあまりの身勝手さに、穂波は呆れ果てて言葉も出なかった。ただ首を横に振り、深い失望と軽蔑を顔に滲ませた。「罪を犯したなら、責任を取るべきよ。私に命乞いしても無駄だわ」結衣も強く頷いた。「お兄ちゃん、警察を呼びましょう。こんな悪質な女には然るべき罰を受けさせないと。穂波が無事だったからよかったものの、もし何かあったら、一生刑務所にぶち込んでやりたいくらいよ!」「嫌よ!刑務所なんて絶対嫌!私を捕まえないで。私、御堂冬凌の女なのよ!」「俺とお前は、もう何の関係もない」いつの間にか、彼らの背後に冬凌が立っていた。先ほどの事故の経緯を聞き、彼は瑶子を殺してやりたいほどの衝動に駆られていた。「冬凌!」瑶子はすがりつくように泣き叫んだ。「こんな仕打ちひどいわ。かつて愛し合った仲じゃないの。お願い、助けてよ!」冬凌の顔色はさらに冷え切った。「黙れ!俺はお前に立ち去るチャンスを与えたはずだ。それを無駄にしたのはお前自身だ。あろうこ
翌日。西山乗馬クラブ。結衣と穂波が乗馬服姿で現れると、瞬く間にその場にいたすべての男性の視線を釘付けにした。「おいおい、すげえ美女が2人もいるぞ。誰の連れだ?」「右側の赤い服の子、誰だ?すっごく可愛いな」「俺は左の白い服の方が好きだな。上品で冷たそうな雰囲気がたまらない。ベッドではどんな顔するんだろうな」男が下品な笑いを浮かべた直後、背後に氷のような殺気を感じた。振り返り、蒼介の姿を目にした瞬間、男は危うく膝から崩れ落ちそうになった。「さ、桜井様!」「お前は、藤原家の次男だったな」「桜井様が私をご存知で!?はい、藤原です!」男が揉み手をしながらごまをすろうとした時、蒼介は背後に控える助手に告げた。「今後、藤原家との取引は一切打ち切れ。こいつも二度とここに入れるな」「かしこまりました」すぐさま数人のボディガードが現れ、男を引きずり出した。「どうして!?何があったんですか!?桜井様、私がいったい何を間違えたっていうんですか!」男は引きずり出されてもなお、自分がどこで間違えたのかに気づいていなかった。それを見ていた他の客たちも、恐れをなして蜘蛛の子を散らすように逃げていった。「篠原さん、乗りたい馬は決まりましたか?」蒼介が自ら穂波のそばへ歩み寄った。陽光の下で彼の顔立ちはさらに美しく見え、どこか温かみすら感じられた。穂波は適当に1頭を指差した。「あの子にします」「乗れますか?」「少しだけ」「教えましょうか?」穂波は慌てて首を横に振った。「いえいえ、大丈夫です。1人で乗れますから」「そうですか。くれぐれも気をつけて」結衣は少し不満げだった。「お兄ちゃん、私は実の妹なのに、どうして少しも心配してくれないの?」蒼介は目を上げ、彼女を冷ややかに見下ろした。「お前の乗馬技術なら、俺が心配する必要もないだろう」「もー、ひいきなんだから!」結衣と穂波は同時に馬に跨った。しかし、少し離れた場所にいた瑶子が、すでに馬の装具に細工をしていたことなど知る由もなかった。風が草の香りを運び、清々しい気分にさせてくれる。穂波は身をかがめ、馬のたてがみを撫でた。「いい子ね、今日はよろしくね」「穂波、私先に行ってるね!」結衣が馬を走らせてあっという間に遠ざかる中、穂波はゆっ
「御堂さん、私たちもういい大人でしょ。十分に説明したつもりよ。これ以上付きまとわないでくれる?」冬凌は動かず、甘栗を宙に差し出したままだった。「まだ温かい。食べてみてくれ。お前が一番好きなあの店で、2時間も並んで買ってきたんだ」堂々たる御堂グループの社長が、自ら並んで甘栗を買ってきてくれたなんて。以前の彼女なら、間違いなく大喜びしていただろう。だが今の彼女の心には、さざ波一つ立たなかった。「御堂さん、一度手放したものは、もう二度と元には戻らないこともあるの。私たちの関係も、そういうことよ。これで最後に言うわ。もうあなたの顔は見たくない。あなたを見るたびに、死んだ父のことを思い出すから。あなたが父の最期に会わせてくれなかった。もし私がこれからもあなたと一緒にいたら、あの世の父が私に失望するわ」そう言い終えると、穂波は背を向けて家の中に入っていった。彼女の背中を見つめながら、冬凌は黙って甘栗の袋を引っ込めた。一つ殻を剥いて口に入れたが、ちょうど傷んだ栗だった。ひどく苦かった。車に乗って立ち去ろうとした時、瑶子の姿が目に入った。「何しに来た?」彼女を見た瞬間、彼の顔色は険しくなった。瑶子は苦笑した。「冬凌、そんなに私の顔を見たくないの?」「お前と話すことなど何もない」冬凌が身をかがめて運転席に乗り込むと、瑶子も強引に助手席に乗り込んできた。「降りろ」「降りないわ」瑶子は彼に顔を向け、大粒の涙をこぼした。「冬凌、さっきの一部始終を見ていたわ。篠原さんはもう、二度とあなたを許してくれない!私が間違っていたことは分かってる。やり方が卑怯だったと認めるわ。でも、すべてはあなたを愛しているからやったことなの。どうせ彼女があなたを捨てたんだから、もう一度2人でやり直しましょうよ。あなたの心の中には、まだ私がいるはずよ」「もう一度言う。降りろ」冬凌が冷え切った声で言い放つと、車内の温度が急激に下がったように感じられた。しかし瑶子は引き下がらず、しつこく食い下がった。彼女は、冬凌の心にまだ自分が残っていると確信していた。あれほど長い付き合いだったのだ、そう簡単に断ち切れるはずがないと。「降りない!冬凌、私はどこまでもあなたについていくから!」冬凌はシートベルトを外し、車を降
かっこいい男、息を呑むほどかっこよかった。穂波は、冬凌も十分に顔立ちが整っていると思っていたが、結衣の兄は明らかに彼を凌駕していた。「篠原さん、妹を送り届けていただきありがとうございます。よろしければ、お茶でもいかがですか?」穂波は断ろうとしたが、なぜか無意識に頷いてしまっていた。「はい」ソファに座ると、彼女はひどく緊張していた。桜井蒼介(さくらい そうすけ)から放たれる強烈なオーラに、息が詰まりそうだった。「篠原さん、お茶をどうぞ」「ありがとうございます」「お礼を言うのは俺の方です。妹を送り届けていただいて。ワガママで手のかかる妹ですが、ご迷惑をおかけしていなければいいのですが」「ちょっと、お兄ちゃん!私がいつワガママで手がかかるなんて言ったのよ?」結衣は唇を尖らせて不満を露わにした。「私と穂波は一番の親友なんだから。お兄ちゃんみたいに、いつも私を煙たがったりしないわよ」穂波は微笑んだ。「ええ、結衣のことを鬱陶しいなんて思ったことないわ」彼女は手にしていたティーカップを置いた。「そろそろ帰りますね。お邪魔しました」「お気をつけて」「穂波、また今度遊びに誘うね!」穂波が去った後も、蒼介は彼女の消えた方向をじっと見つめたまま、しばらく動かなかった。結衣が彼の手前でヒラヒラと手を振った。「お兄ちゃん、なんで私の友達をずっと見つめてるの?あ、分かった!穂波のことが好きなんでしょ?」「うん、好きだ」迷いの一切ない返事に、結衣は目を丸くした。「……何言ってるの?本当に穂波が好きなの?だって、まだ数回しか会ったことないじゃない」「2回も会えば十分だ」蒼介の口元に、微かな笑みが浮かんだ。「彼女、離婚したばかりだそうだな」その笑みを見て、結衣は瞬時に彼の思惑を理解した。「そうよ。お兄ちゃん、アタックするなら早い方がいいわよ!でも、穂波はお父さんが亡くなったばかりで、今はひどく落ち込んでいる時期だけど」「なら、お前が友人としてもっと寄り添ってやるべきだ」蒼介の視線が結衣に向けられた。「西山乗馬クラブの馬たちも、そろそろお前が乗りに行くのを待っているんじゃないか?」兄の意図が分からないほど結衣も鈍くはない。彼女は迷わず指でOKマークを作った。「任務は必ず遂行してみせます!穂波