Share

戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜
戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜
Author: 鳳小安

第1話

Author: 鳳小安
これは、朝霧玲子(あさぎりれいこ)が九条蓮(くじょうれん)を誘惑しようと試みた、通算九十九回目の夜だった。

黒いレースのネグリジェをまとい、裸足のまま、玲子は少しずつ蓮の胸元へと身を預けていったが、彼に容赦なく突き放された。

「夜は冷える。風邪をひくぞ」

その冷たい一言を聞いた瞬間、玲子の胸の奥で何かが軋む音がした。

玲子は衝動のままベッドの枕を掴み、蓮へ向かって投げつけた。

「蓮!私ってそんなに魅力がないの?それとも女が嫌いなの!?」

蓮は無表情のまま身をかわし、枕が床に落ちる音だけが部屋に響いた。

「早く寝ろ。書斎でまだ仕事が残っている」

それだけを告げると、蓮は部屋を出て行った。

残された玲子は、感情を爆発させるように泣き叫んだ。

けれど怒りが収まった後、玲子は牛乳を一杯用意し、書斎へと運んだ。

初めて蓮に会ったとき、黒のスーツに身を包んだ彼は、仏間に置かれた寒玉の像のように清冽で凛としていた。

その姿に、玲子は一目で心を奪われ、一生を誤った。

家に戻るなり祖父・朝霧宗一郎(あさぎり そういちろう)に縁談を願い出て、蓮以外の男とは結婚しないと訴えた。

朝霧家にとって玲子は政略結婚の駒であり、九条家との縁談は何より価値があったため、宗一郎はあっさりと承知して縁談を申し入れた。

思いがけないことに、蓮はその縁談を受け入れた。

それから三年。玲子が誘惑に失敗するたびに、蓮のそばに他の女の影がないことを理由にして、自分を慰めてきた。

玲子は書斎のドアをノックしたが蓮の姿はなく、代わりに部屋の片隅にある扉が目に入った。

「蓮……いるの?」

その扉を開けた瞬間、玲子の心は音を立てて地獄へ堕ちていった。

壁一面に貼られていたのは、蓮の義妹――九条すみれ(くじょうすみれ)の写真だった。

笑顔を浮かべ、弓なりの眉に愛らしいえくぼを湛えた少女の写真が、部屋中を覆い尽くしていた。

視線の先、ベッド脇には乱雑に転がるアダルトグッズ、乱れた寝具、湿ったティッシュ――

玲子の唇が震え、虚ろな笑みが浮んだ。

「……そういうこと、だったのね」

どれだけ下着を変え、どれだけ身体を投げ出しても、蓮が動じなかった理由がようやくわかった。

玲子が誘惑に失敗し、泣き叫ぶたびに、蓮はいつも淡々と言った。

「俺は仏道に帰依しているから、女色に興味はない。寂しさに耐えられないなら、離婚しても構わない」

だがそれは清廉の仏道ではなく、自分の罪深い愛欲を抑えるための仏教だったのだ。

玲子は、ただの隠れ蓑でしかなかった。

涙を拭いながら、玲子はスマートフォンを取り出し、祖父に電話をかけた。

「おじい様……私、九条蓮と離婚するわ」

電話の向こうで、宗一郎の苛立つ声が響く。

「あれほど彼としか結婚しないと騒いでおいて、たった三年で離婚とは何事だ……!」

玲子は震えながらも口を開いた。

「半月後、お見合いパーティーを開くわ。江城中の独身男性を集めて、朝霧家に九条蓮より強力的な後ろ盾を見つけるから」

「何を拗らせておる。夫婦なんだから、気持ちなんてなくても子どもを作れば、お前の立場は守られる。それに、お前みたいなバツイチを誰が貰うというんだ?」

三年前、九条家との政略結婚は江城市中の美談だった。

だが今となっては、自分自身が笑い者だ。

「蓮は……一度も私に触れていないの」

その言葉に宗一郎は黙り込み、やがて吐き捨てるように言った。

「それなら、お前次第だ。もっと条件のいい男を捕まえろ。ただ忘れるな、朝霧家は一切手を貸さない」

玲子は目を閉じ、深く息を吐いた。

「……わかってる」

電話を切った刹那、廊下から慌ただしい足音が響いた。

玲子が慌てて隠れ部屋の扉を閉めた瞬間、蓮が書斎に入ってきた。

彼は眉をひそめ、不機嫌そうに言った。

「勝手に入るなと言ったはずだ。さっき誰と電話していた?またお前の祖父に告げ口か?」

蓮はいつも最悪の解釈しかしない。

だが、彼は知らなかった。玲子が今日初めて、朝霧家に真実を告げたことを。

玲子はじっと蓮を見つめた。

月光に照らされ、銀縁の眼鏡をかけたその横顔は、よりいっそう禁欲的に見えた。

この三年というもの、彼が仏典を開けば側に付き添い、書道を好めば隣で墨をすり、香木の文鎮が欲しいと知れば、自らお寺まで文鎮を求めて彼の誕生祝いに贈った。

すべては、いつか彼の心を開かせるためだった。

今思えば、なんと滑稽だったことか。

「何を黙っている?」

「話すことなんて、何もないわ」

玲子の冷たい返事に、蓮は目を細めた。

いつもなら甘えて体を預けてくる玲子が、今日はどこか違う。

「金が足りないのか?」

「十分すぎるほど足りてるわ。毎月二億もらっているもの」

玲子は皮肉な笑みを浮かべ、机の上に置かれた文鎮を手に取った。

「それは俺がもらったものだ」

玲子は目を潤ませながら睨みつける。

「もうあげたくないの。返してもらうわ」

「好きにしろ」

蓮は視線を逸らし、またいつもの冷たい表情に戻った。

「明日はすみれの誕生日だ。兄嫁として、プレゼントを忘れるな」

玲子はゆっくりと口角を上げた。

「彼女が私からのプレゼントなんて、欲しがると思う?」

蓮の顔が青ざめるのを無視し、玲子は書斎を出た。

手に持った文鎮をゴミ箱へ放り込むと、通りかかった使用人が目を見張った。

「奥様、それは何百段もの階段を登って、ご主人に届けたものでは……?」

玲子は手を払うと、きっぱりと言った。

「もういらないわ」

文鎮も、九条蓮も――玲子には、もう必要のないものだった。
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第26話

    虚しくも、蓮の期待はあっけなく裏切られた。玲子は最後まで背を向け、一度たりとも蓮を振り返らなかった。「……九条様、お帰りになりますか?それとも――」傍らに控えていた者が恐る恐る問いかけると、蓮は力なく答えた。「……帰る」帰れば、また玲子に会えるかもしれない。彼女に会える機会さえあれば、それで十分だった。だが蓮は知らなかった。そのわずかな望みさえ、玲子は与えなかったのだと。蓮が九条家に戻ると、すでに御神木猛が人を遣わし、九条家の家具を大型トラックへと積み込んでいた。蓮の姿を見るや、九条夫妻は涙を滲ませて駆け寄ってきた。「蓮……お前、一体何をしたんだ……?あの連中が、我々を江城市から追い出すと言うんだ。もう二度と戻るなと……!」「……御神木猛め!」猛の冷酷さに蓮は震えた。生涯を過ごしたこの家を追われることが、両親にとってどれほど残酷なことか、蓮には痛いほどわかっていた。「やめろ!御神木猛の狙いは俺だろ!親まで巻き込むな……!」そのとき、御神木の使者が淡々と告げた。「九条様、御神木様のご意向は、あくまで江城市から立ち退いていただき、今後一切戻られぬことです。ご両親はお別れを惜しまれ、共に移られることをご希望されております。ご安心ください、御神木様は新しい住まいをすでにご用意され、九条グループもそちらへ移転となります。これも、玲子様のご意向です。どうかご理解ください」その言葉を聞いた蓮は呆然とした。「……これが、玲子の意思だと?」「はい。玲子様は、もう二度と会いたくないとおっしゃっています」その瞬間、蓮は空虚な笑みをこぼした。「……なるほどな。本当に……俺と会いたくないんだな」やがて九条家は江城市を去り、すみれの暮らしもまた暗転していった。養女として体の不自由な夫に嫁ぎ、家族に疎まれながら日々を送る中で、すみれは孤独に耐えかね、外の世界へと逃げ出そうとした。だが、すぐに菅田家の人間に見つかり、それ以降屋敷の門を出ることすら許されなくなった。一方で、玲子は優雅なセレブ妻としての日々を過ごしていた。ある日、御神木家のプライベートビーチ――サングラスをかけたしずくがパラソルの下でくつろぎながら、日焼け止めを塗る玲子へ声をかけた。「玲子!旦那さん、今出張でいな

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第25話

    蓮は無力感に襲われ、手の中の拳銃を無造作に甲板へ投げ捨てた。金属音が冷たく響き渡り、沈黙があたりを覆う。「……彼女を、連れて行け――」震える指先を強く握りしめ、込み上げる感情を歯を食いしばって押し込める。ゆっくりと顔を上げた蓮の瞳は、必死で縋るような哀願で濡れていた。「玲子……俺たち……まだ、友達でいられるか……?」玲子は冷たい視線で彼を見据え、赤い唇を静かに開いた。「無理よ。もう、あなたの顔すら見たくない――」その冷酷な一言が、蓮の心の最後の砦を粉々に砕いた。立っていることすらできず、蓮は膝をつき、その場に崩れ落ちた。「なぜだ……どうして、ほんの少しのチャンスすら俺にくれない……?」「忘れたの?かつて、あなたも同じことを私に言ったじゃない――」あの夜、必死で彼に想いを伝え、縋ろうとした自分に向かって、『お前に触れることはない、永遠に』と冷たく吐き捨てた蓮の声が、今も耳にこびりついている。玲子は凍てつくような微笑を浮かべながら振り返り、猛の胸へ身を預けた。「……疲れたわ。もう帰りましょう」「そうだな、帰ろう」猛は玲子を抱きかかえるようにしてヘリコプターへ乗り込んだ。プロペラが回り、機体が上昇すると、玲子は疲れ果てたように猛の胸へ顔をうずめた。「すまなかった、玲子……君をこんな目に遭わせてしまって。今朝、本来なら君との結婚式を挙げるはずだった教会が火事になって、急いで駆けつけていたんだ。まさかその間に、君がこんな危険に巻き込まれているなんて……」玲子は微かに苦笑いを浮かべた。「それも……九条蓮の仕業でしょうね」猛は優しく玲子を抱きしめ、熱い眼差しを向けた。「玲子。君さえ望むなら、俺はあいつを一生立ち上がれないようにできる」玲子は目を閉じ、吐息を落とした。「じゃあ……九条家を江城市から追い出して。京城からもよ。二度とあの男が、私の視界に入らないようにして」「わかった。全部、君の望み通りにするよ」猛は玲子の顎をそっと持ち上げ、瞳を覗き込んだ。「……俺の奥様、今日の君は、とびきり綺麗だよ」「本当に……?」玲子は不満そうに唇を尖らせた。「悲惨にしか見えないと思うけど?」「綺麗だよ。……ただ、もう一声呼んでくれたら、その美しさがもっと増すんだけどな」玲子は

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第24話

    猛が片手を挙げると、甲板に響いていた乱闘の音がぴたりと止んだ。海風を切り裂く静寂が戻り、御神木家のボディガードたちが即座に動きを止める。猛の瞳が、鷹のように鋭く光り、蓮を鋭く射抜いた。「九条蓮――玲子の指一本でも傷つけたら、お前に明日はないと思え!」張り詰めた空気の中で、蓮は口元をわずかに歪めた。「俺は一度も負けたことがない。今日だって、負けるつもりはない」蓮は視線を落とし、腕の中の玲子を見下ろした。「玲子、最後のチャンスをやる。死ぬか、俺の元に戻るか――どちらかだ」蓮の身体から放たれる冷気が周囲の空気を震わせ、玲子は思わず身を震わせた。常に冷静だった蓮が、ここまで自制を失う日が来るなど、彼女には想像すらできなかった。それでも、玲子の決意は微塵も揺らがなかった。「言ったはずよ。死んでも、もうあなたとは一緒にならないって――」玲子の声は風を断つように澄み渡った。「私は三年間、あなたの妻として生き地獄を味わってきたのよ。全裸で隣に寝ていても、一度だって私に触れようとしなかったくせに、九条すみれの写真を抱えて欲望を吐き出していたわよね。それで今さら『愛している』だなんて――笑わせないで!」玲子は冷笑を漏らし、吐き捨てるように続けた。「撃てるものなら、撃ちなさいよ」「……いいだろう」蓮の指がゆっくりと引き金にかかろうとした、その瞬間――「彼女を解放しろ、九条蓮!」猛の声が雷鳴のように轟いた。「玲子を解放するなら、御神木グループの株式の10%を譲る!」蓮の目がわずかに揺れ、口元に皮肉な笑みが浮かぶ。「……10%だと?御神木さんもずいぶん太っ腹だな」御神木グループの資産は世界中に及び、10%といえば想像を絶する価値がある。だが今の猛にとって、それはどうでもいいことだった。蓮はゆっくりと銃を構え直し、押し殺した声で問いかけた。「御神木猛――俺には理解できない。玲子とは知り合って間もないだろうに、彼女の何がそこまでお前を惹きつけるんだ?」猛は玲子を見つめながら、静かに口を開いた。「十五の時、お前の誕生パーティーで彼女に出会った。あの日、プールに落ちた彼女を救った瞬間、一目で惚れたんだ」玲子が小さく息を呑む。「だが、そのまま急用で去るしかなかった。その後、彼女を探し

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第23話

    何度も人工呼吸を繰り返し、玲子の胸が上下し、ついに海水を吐き出すと、激しく咳き込んだ。その瞬間、蓮は震える手で彼女を引き寄せ、力強く抱きしめた。「玲子……無事でいてくれて、本当に良かった……!お前を失いかけて、どれほど怖かったか、分かるか?」蓮は玲子をそっと離し、蒼白で小さな彼女の顔を両手で包み込み、慎重に言いかけた。「不注意すぎるぞ……!どうして海に落ちたんだ!?もし誰にも気づかれなかったら、本当に死んでいたんだぞ……!もう二度とお前に会えなかったんだ……!」必死な声に、玲子は冷え切った瞳で蓮を見返した。「……どうして助けたの?」「何を言ってるんだ?」蓮の瞳孔が一瞬で収縮し、声が震えた。「助けるに決まってるだろ……!」玲子は唇を歪め、冷笑を漏らした。「私は不注意で落ちたんじゃない……自分で飛び込んだのよ、自殺するために」その言葉は鋭利な刃となって蓮の胸を抉り、呼吸すらできなくなるほどの痛みを刻んだ。蓮は顔を歪め、絶望の呻き声をあげた。「なぜだ……!死んでも、俺と一緒にはいたくないっていうのか……!?」玲子は目を伏せず、ただ静かに答えた。「そうよ。だから帰すか、死なせるか、どちらかにして」「お前は俺の妻だ。絶対に帰さない……!御神木猛のところへなんて戻らせない!お前は俺を愛していたじゃないか……!あいつとは知り合って間もないだろ!?なぜ、俺じゃなくて、あいつを選ぶんだ……!?」蓮は狂ったように玲子の肩を掴み、赤く充血した瞳から涙が溢れ落ちた。肩に激痛が走るが、玲子の表情は微動だにしなかった。「私たちはもう離婚したのよ、蓮。何度言わせるの?私はもうあなたを愛していないし、絶対によりを戻さないわ」「……何を言われても、絶対に離さない。たとえ死んでもな……!」蓮は思いっきり顔を近づけ、そのまま玲子の唇を奪った。唇が触れた瞬間、玲子は必死に抵抗して腕で押し戻そうとしたが、蓮の腕は狂気じみた力で彼女を縛り付けた。強引に唇を割り開き、貪るように深く口づけを落とす。玲子は押し返せないと悟ると、強い決意で蓮の舌に思い切り噛み付いた。血の味が口内に広がり、激痛に耐えかねた蓮はようやく玲子を解放した。「……玲子……」「触らないで、九条蓮……!今のあなたを見ていると……吐き気が

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第22話

    波音と玲子の悲鳴が入り混じり、その声が蓮の胸を鋭く引き裂いた。「……そんなに俺が嫌なのか?」「そうよ、大嫌いよ!九条蓮、あんたってほんと最低!私が愛していたときは見向きもしないで、頭の中は九条すみれだけだったくせに!今さら他の男と結婚しようとしたら、邪魔しに来るなんて……!」蓮は荒い息を吐き、声を張り上げた。「嫌われてもいい。今日は必ずお前を連れていく!」迷いの欠片もなく蓮は腰を落とし、玲子を抱き上げ、そのままヨットへ乗り込んだ。ヨットが静かに桟橋を離れ始めると、玲子の顔色はみるみるうちに青ざめていった。「……どこへ連れて行くつもり?」蓮は遠くを見つめ、息を整えるように言った。「天と地の果てだ。御神木猛には、絶対に見つけられない場所へ――」「……どうかしてるわ!」叫びかけた瞬間、肩に鋭い痛みが走り、玲子の視界が暗転した。気がつくと、そこは白いシーツの揺れる広いベッドの上だった。周囲は静寂に包まれ、遠くで響く波音とカモメの鳴き声だけが聞こえた。玲子はベッドを降り、船室の扉を開けると、眼前に広がるのは青一色の大海原だった。足元で紺碧の波がうねり、視界のどこにも陸地はない。御神木猛の姿も、逃げ道も、何一つ見えなかった。玲子はこれほどまでに絶望を感じたことは、一度もなかった。「九条蓮……!」足元の海を見つめ、玲子は歯を食いしばった。「あなたなんかと一緒にいるくらいなら……!」その叫びと同時に、玲子はウェディングドレスの裾を掴み、躊躇なく海へ身を投げた。――バシャーン!音水しぶきが音を立てて弾け、玲子の身体が海中へ沈んでいく。頭上から誰かの悲痛な声が響いた。「大変だ!玲子様が海に飛び込まれたぞ!」塩辛い水が鼻腔を刺し、息が詰まる。水面の光が遠ざかり、指の隙間を泡が鈴の音のように滑り抜けていく。その瞬間、記憶の断片が脳裏を駆け抜けた。――あれは十歳の頃、九条蓮の誕生日の日。祖父に連れられ、九条家のプールサイドにいた時、拾われて間もないすみれに出会った。すみれは笑顔のまま、突然玲子をプールへ突き落とした。泳げなかった玲子は水を飲み込み、死を覚悟したその瞬間――水面を割って飛び込む少年の姿があった。濡れた髪を揺らしながら玲子を抱き上げ、冷たい目で見

  • 戻らぬ愛〜夫に求められない妻の決断〜   第21話

    玲子は呆れたように首を振り、しずくの額を指で軽く突いた。「やめてよ。今は九条蓮のことを考えるだけで、頭が痛くなるんだから」メイクを終え、純白のウェディングドレスに身を包むと、玲子は深呼吸をひとつ落とした。階段を一歩ずつ降りるたび、白いドレスの裾が波のように揺れ、周囲の視線が彼女に注がれる。その姿を見つめていた宗一郎は、老いた目尻を緩め、静かに涙を拭った。「御神木家は悪くない避難所だ。今度こそこの機会を掴め。これ以上、朝霧家もお前自身も、無駄に傷つけるな」「わかってるわ、おじい様」玲子が微笑むと、目がわずかに潤んだ。その時、外から大きな声が響いた。「迎えの車列が到着しました!」「行くがよい。わしもすぐに行く」重厚な門を出ると、漆黒の高級車が連なり待機していた。しずくは何も言わず、玲子を後部座席へ乗せた。玲子は車内を見渡し、運転席以外に猛の姿がないことに気づいた。「猛さんは?いらっしゃらないの?」「御神木様は急用で、先に玲子様を式場へ送るよう仰せでした」しずくが不満そうに顔をしかめた。「え、何それ?こんな大事な日に適当すぎるでしょ」玲子は気に留めなかった。ただ、結婚式が無事に進行することだけを願っていた。「大丈夫よ。行きましょう」車列は静かに動き出し、車窓を流れる見知らぬ景色を眺めながら、玲子は胸の奥にかすかな違和感を覚えた。やがて車は人里離れた道で停車した。問いかける暇もなく、ドアが勢いよく開かれる。乗り込んできたのは――猛ではなく、蓮だった。「……蓮?どうしてあなたがここに?」蓮は静かに首を傾け、真剣な眼差しで玲子を見つめた。眉間に淡い影を落としながら、白いベールへそっと手を伸ばすと、一言ずつ噛みしめるように告げた。「玲子。言っただろ?お前を御神木猛には渡さないって」玲子の血の気が引いた。「嘘でしょ……この車列、御神木家のものじゃなかったの!?全部、あなたが仕組んだことだったの……!?」玲子はようやくすべてを悟った。猛がいなかったのは、急用ではなかったのだ。蓮がこの全てを計画していたのだと。「やっと気づいたか。だが、もう遅い」蓮の瞳の奥に、ぞっとするほど深い独占欲が宿っていた。「蓮、今すぐ降ろして!さもないと、御神木猛が黙っていない

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status