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第785話

Author: 結奈々
雅人は一瞬呆気に取られ、困惑と疑問の入り混じった目で遥真を見た。

「俺がいつ、お前にそんな親不孝なことを教えた!」

「四歳の頃、他の家の子がピアノを上手に弾いているのを見て、帰ってきて、俺にもすぐに弾けるようになれって言った」

遥真は過去のことを、何一つ忘れていなかった。「できないって言ったら、『できるようになるまで飯は食わせない』って言った」

「そんなこと、言ってない!」雅人は認めなかった。

遥真は言い争おうとはしなかった。

人を傷つけた側は、過去のことなどあっさり忘れてしまう。その出来事をいつまでも覚えているのは、いつだって傷つけられた側だ。

「ありもしないことを、俺のせいにするな」雅人は言った。「四歳の頃のことなんて、どれだけ覚えてるっていうんだ」

「どうして、お父さんはここに連れてこられたのに、お母さんは来なかったのか分かる?」遥真の声は穏やかだった。

雅人は言葉に詰まった。

そんなことを考えたこともなかった。

「今のお母さんは、過去に自分がしたことを後悔して、自分を責めているからだ」遥真は冷たく言った。「俺に謝って、自分の間違いを認めた。昔、自分が俺を傷
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  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第785話

    雅人は一瞬呆気に取られ、困惑と疑問の入り混じった目で遥真を見た。「俺がいつ、お前にそんな親不孝なことを教えた!」「四歳の頃、他の家の子がピアノを上手に弾いているのを見て、帰ってきて、俺にもすぐに弾けるようになれって言った」遥真は過去のことを、何一つ忘れていなかった。「できないって言ったら、『できるようになるまで飯は食わせない』って言った」「そんなこと、言ってない!」雅人は認めなかった。遥真は言い争おうとはしなかった。人を傷つけた側は、過去のことなどあっさり忘れてしまう。その出来事をいつまでも覚えているのは、いつだって傷つけられた側だ。「ありもしないことを、俺のせいにするな」雅人は言った。「四歳の頃のことなんて、どれだけ覚えてるっていうんだ」「どうして、お父さんはここに連れてこられたのに、お母さんは来なかったのか分かる?」遥真の声は穏やかだった。雅人は言葉に詰まった。そんなことを考えたこともなかった。「今のお母さんは、過去に自分がしたことを後悔して、自分を責めているからだ」遥真は冷たく言った。「俺に謝って、自分の間違いを認めた。昔、自分が俺を傷つけたことも、どれだけ厳しく当たっていたかも、ちゃんと覚えている」雅人の顔色が変わった。遥真はそのまま部屋を出ていった。扉を閉める直前、振り返りもせずに言う。「思い出したら、いつでもドアを叩け。外に大輔がいる」そう言って扉が閉まると、部屋の中は真っ暗になった。遥真はあえて、部屋の照明を切らせていた。ドンドンドン――「遥真!この親不孝者!ここから出たら、絶対にご先祖様の前でお前のことを訴えてやる!お前なんか一族から追放してやる!ここから出せ!おい」ドンドン――「出してくれ!」雅人は何度も扉を叩いた。どうにかして遥真の決意を変えようとしていた。だが、遥真の心は、親友一家が雅人の企みによって殺されたあの日から、もう二度と雅人のことで揺れることはなかった。「社長」大輔が近づいてきた。「しっかり見張っておけ」遥真はわずかに目を上げた。声はいつもと変わらず、落ち着いている。「真相を話すまでは、何を言われても相手にするな。死にたいと言い出してもだ」「分かりました」大輔は命令をそのまま受け入れた。「遥真!」その言葉を聞いた雅人は、怒り

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    隊長は単刀直入に聞いた。「頼んでおいたことはどうなってる?もう全部分かった?」康平と慎吾は顔を見合わせた。二人とも息がぴったりで、どちらも口を開かなかった。同じ頃。柚香はすでに柚苑の中へ入っていた。昔と何も変わらない光景を目にして、胸の中にはさまざまな思いが込み上げてくる。「柚香さん、以前お好きだったジュースです。こちらは柚香さんのお好きなお菓子です。こちらは、私が新しくアップデートしたスマートシステムです」執事は宝物でも見せるようにタブレットを柚香の前に差し出した。目を輝かせながら、得意そうに説明する。「前よりもっと使いやすくて便利になっています。ちょっと見てみてください」柚香はタブレットを受け取り、ざっと確認すると執事に返した。「いい感じね」執事は柚香とそれほど年齢が変わらないのに、ずっと明るくて活発だった。「じゃあ、あとで実際に使えるように設定しておきますね」柚香は頷いた。執事はさっそく作業に取りかかった。柚香は立ち上がって二階へ行き、部屋をひと通り見て回った。部屋の間取りも家具や小物の配置も、以前とまったく同じだった。何一つ動かされた形跡がない。修司から届いたメッセージと、あの日空港で耳にした話を思い出し、柚香は階下へ戻ると執事に尋ねた。「最近、遥真が何をしてるか知ってる?」「分かりません」執事は首を横に振った。「もうかなり長いこと、遥真さんとは連絡を取っていません。もし遥真さんをお探しなら、恭介さんに連絡してみましょうか。きっと何か知っていると思います」柚香は断った。「いい。大丈夫」執事は興味津々といった様子で尋ねた。「今回、柚香さんが京原市に来たのって、もしかして遥真さんに会うためですか?」「違うわ。出張のついでに寄っただけ」柚香はそう答えた。「なるほど、そういうことですか」執事は何やら意味ありげな顔をした。柚香「……?」柚香が何か言う前に、執事はそれ以上聞くのをやめた。「じゃあ、私は下で仕事してきますね。何かあったら、いつでも呼んでください」柚香は何も言わなかった。頭の中では、どうすれば久瀬家の情報を手に入れられるかを考えていた。けれど、答えが出る前に、執事がまた戻ってきた。「柚香さん、時也さんがお見えです。大事な話があるそうです」柚香が顔を上げる。

  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第781話

    「……?」康平は目を丸くした。意味が分からないという顔で慎吾を見る。「なんで電源切ったんだよ」「君が切ってるなら、俺が切っちゃいけないのか?」慎吾はいたって真剣だった。そして康平の考えを見抜いたつもりで、分析するように言った。「俺が何を考えてるか分かってるからって、油断するなよ。君、自分は逃げて俺だけ怒られるようにするつもりだろ」康平「……」「一緒に幸せを分かち合って、一緒に苦労する。それが仲間ってもんだ」康平は額を押さえた。この男の頭は、時々本当にどうなっているんだろうと思いながら、また一つため息をついた。「一つ可能性を考えてみないか?俺、ほとんどずっと運転してるから、電話に出られないんだよ」もし電話がかかってきたら、出るのか、出ないのか。出れば、柚香に聞かれてしまう。もし隊長が、聞かれたらまずいことを口にしたら最悪だ。かといって出なければ、柚香が不審に思う。おそらく隊長からの連絡だと気づかれてしまう。何しろこの二日間、柚香は何度もこのことを聞いてきた。それどころか、もし離れる必要があるなら一言言ってくれればいい、ずっと自分についてこなくてもいい、とまで言っていた。「?」慎吾は首を傾げた。そんな二人が言い争っている間に、先ほど電源を入れたスマホから、通知音が次々と鳴り響いた。何件ものメッセージと、何件もの不在着信。三人のグループチャットでは、ピンク色のウサギのデフォルメアイコンの横に、メッセージが大量に並んでいた。【蒼海市に着いた】【午後はここで会おう】メッセージと一緒に、位置情報も送られてきていた。【二人ともどこ?】【@康平@慎吾】【死んだふりしてないで出てきな。啓介から、あなたたちを見かけたって聞いてるから】……康平は通話履歴を確認した。不在着信が入っていたのは、ちょうどこれらのメッセージが送られた後だった。隊長は、メッセージを送っても二人から何の反応もなかったから、電話をかけてきたのだろう。「君が隊長に返信してくれ」康平は即座にスマホの画面を消し、慎吾に視線を向けた。「ここ数日は京原市に出張してて、仕事が立て込んでて連絡する暇がなかったって伝えてくれ」慎吾はすぐに康平の考えを見抜いた。「嫌だ。毎回、怒られ役を俺に押しつけてるだろ。俺がそんなに騙しやすく見えるか?」

  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第780話

    康平はすぐに察した。「遥真さんのことですか?」慎吾も頷いた。「遥真さんですね」「……」柚香の目元に、少し迷いが浮かんだ。「そんなに分かりやすかった?」「自分を傷つけた人のことなら、お嬢様はいつも相手にするのも面倒だって、放っておくでしょう」康平はしばらく一緒に過ごしてきたことで、柚香のことをよく分かっていた。「お嬢様をここまで悩ませて、迷わせるのは、遥真さんしかいません」一度愛したから、心配になる。一度傷つけられたから、ためらってしまう。人の心の複雑さが、そのまま表れていた。「そうです」慎吾もはっきり言った。康平は柚香に代わって決断し、もっともらしい理由まで用意した。「隣の市での仕事が終わったら京原市を通ることになりますよね。遥真さんがお嬢様に贈った別荘があるって聞きました。よかったら、俺たちも連れて行ってもらえませんか?一度見てみたいです」柚香は少し黙った。慎吾が振り返って柚香を見る。ほんの一瞬で、柚香にも二人がわざと自分を京原市へ行かせようとしていることが分かった。「いいよ」もう逃げるのをやめた。「ちょうど俺も慎吾も、京原市ではまだ遊んだことがないですし」康平は、何をするにも決断が早い。「そのときはお嬢様は自分の用事を済ませてください。俺たちは二人で京原市をあちこち見て回りますから」柚香は頷いた。三人はすぐに隣の市へ到着した。その日の夜、責任者と食事をしながら話し合い、康平が終始柚香の代わりに酒を飲んでくれたこともあって、双方の話し合いは和やかに進んだ。週末には二期プロジェクトのおおまかな内容を詰め、月曜日には契約を締結した。すべてが驚くほど順調に進んだ。すべての用事を終えると、三人は京原市へ向かった。再びこの懐かしい場所へ戻ってきた柚香の胸には、さまざまな思いが入り混じっていた。柚苑の門前に立ち、どこまでも広がる緑と、その奥に見える建物を眺めているうちに、心の中で一つの決意がはっきりしていった。「柚香さん!?」門番をしていた二人のボディガードのうち、一人がひと目で柚香だと気づいた。「戻ってきたんですね!」「早く早く、このことを執事に知らせよう」そのボディガードが、隣にいたもう一人の門番に声をかけた。「厨房にも、美味しいものを用意するよう伝えよう」「柚香さん、今回は何

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