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第6話

Author: 喜々(きき)
「……恋というのはさ。無理しても、結果が出ないんだよ」

その一言で、絹代の喉の奥に引っかかっていた言葉が、ぜんぶ詰まった。

傷つく言い方だ。けれど、否定もできない。

好きじゃないものは、好きになれない。ホルモンだの何だの、首に刃を当てたって動かない。追い詰めたら、むしろ逆効果だ。

ここまで来たら、もう話は噛み合わない。

絹代は凛也をひと睨みして、ショールを抱え直し、すっと屋内へ引っ込んだ。

その背中を見送った凛也は、もう少しだけ冷たい風で頭を冷やしてから、澪との寝室へと戻った。

寝室。

風呂を上がった澪はベッドに座り、パソコンを打ちまくっている。凛也が入ってきても、ちらりと視線を上げただけで、何も言わなかった。

カタカタと、乾いた音だけが部屋の中で響き渡っている。

ウォークインクローゼットから部屋着を取り出して、凛也はその音を背に浴室へ入った。

服が床に落ち、鏡みたいに映るタイルに、引き締まった胴体がぼんやりと浮かぶ。

蛇口をひねり、湯気が視界を曇らせた。凛也は手を上げて顔にかかった水をぬぐって、心がどうしても落ちない。

澪の実家があんな状態になっていたのに、自分は何も知らなかった。

——本当に、冷たい男だったな。自分は。

けど、それ以上に冷たいのは、彼女のほうかもしれない。

……

浴室を出たとき、澪の作業がまだ続いていた。

そのままベッドの端に腰を下ろし、髪を拭こうとしたそのとたん。背中から、澪の声が飛んできた。

温度のない、きれいな声。

「今夜は別々に寝る」

凛也は振り返る。

「……なんで?」

澪はエンターキーを叩いて、何も答えずに次の質問を投げた。

「元カノに未練があるの?」

凛也は眉を寄せる。

「だから……」

言いかけた凛也を澪は制した。とんと、パソコンの画面を指先で叩く。

「仕事」

今日の取材で拾いきれなかった穴。そういう目だった。

凛也は画面に目を落とす。そこにあったのは、自分の取材原稿。

胸が、すっと沈む。

細めた目で澪を捉え、吐いた息に、たばこの気配がかすかに滲んだ。

「……まだ、取材してるのか」

その声は、妙に冷たい。

けれど澪は、その視線を逸らさない。感情を乗せずに、ただ事務的に言う。

「今すぐ答えづらいなら、明日、秘書を通して別の時間を取っていただいても構わない」

その丁寧な態度が、逆に腹立たしい。

凛也は、鼻で笑った。

「俺が、恋に縛られるタイプに見える?」

恋に。

縛られない。

澪は小さくうなずいた。

——それで、もう回答扱いだ。

彼女は原稿に戻り、淡々と文章を整えていく。その横顔が、やけに職務的だった。

凛也がふと、先週の浴室の光景を思い出す。

普段は欲を抑えている人ほど、崩れたときはどうしようもなく色っぽい。

男も女も、みんな同じだ。

そう考えながら、彼の視線は目元から唇へと滑った。ひくりと、喉仏がわずかに動いた。

ちょうどそのとき。

澪が顔を上げた。

「……まだ何か?」

燃え上がりかけた熱に、冷たい水をぶちまけられた。凛也は息を整えて、薄く口角を上げた。

「別に」

……

仕事を終えた澪は、パソコンを閉じた。細長い脚を布団から出して、床に下ろす。

「敷き布団、取ってくる」

それだけ言って、ウォークインクローゼットへ向かう。

枕元のたばこのケースを引き寄せ、凛也は中から一本を叩き出してくわえた。

ライターをカチッと鳴らし、火をつけた。

「……俺が床でいい」

ウォークインクローゼットの奥から、短い返事が飛んでくる。

「いいから」

敷き布団を広げる背中に、凛也は視線を落とした。その腰は記憶よりも細い。きれいな曲線を描いていた。

たばこを強く噛みしめて、そこでようやく、別の問いを落とした。

「西園寺家の件は、いつからだ」

その言葉に、動いていた背中がほんのわずかに止まった。けどすぐに、また何事もなかったみたいに動き出して、淡々と答えた。

「一か月前」

凛也は眉を上げた。

「……なんで言わなかった」

澪の手が動いたまま、声も揺れない。

「そのころには、もう離婚するって決めてたから」

一か月前から、離婚を決めたのか。

言いかけた言葉が喉に詰まって、凛也は無言でたばこを吸い込んだ。

喉がむせる。咳が出そうになった。

先週、話を切り出されたときには、その場の勢いだと思っていた。

けれど違った。彼女は、ずっと前から決めていたんだ。
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