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第2話

Auteur: 時雨
添えられていたのは、高級レストランの料理の写真。

顔は写ってなかったけど、右上にちらっと写り込んだ結婚指輪に、私は気づいてしまった。

あれは恭平との結婚のとき、二人でこだわって選んだ指輪だった。

でも、彼はいつもそれを左手の小指にはめていた。

それが「独身」の印だから。

なんて皮肉なことだろう。

結婚の証であるはずの指輪が、恭平にとっては独身の印だなんて。

悠斗の六歳の誕生日に、彼は愛人と高級レストランでディナーを楽しんでいたのだ。

今までのつらさが、この瞬間、すべて静かな諦めに変わった。

私は「いいね」を押して、スマホを置いた。

そして、悠斗の頭にバースデーハットをかぶせてあげる。

「悠斗、お誕生日おめでとう」

ろうそくの光に照らされて、悠斗はそっと目を閉じ、両手をぎゅっと合わせた。

「誕生日のお願いごとはね、ずっとママと一緒にいられるよ」

私はスマホを構え、その瞬間を写真におさめた。

離れようという気持ちが、このとき、確かな決意になった。

「ええ、ママが約束するわ」

その夜、私たち親子は、誰も恭平の名前を口にしなかった。

まるでこの家には、最初から私たち二人しかいなかったみたいに。

悠斗が眠った後、私は引き出しから準備しておいた離婚協議書を取り出した。

心のなかにあった最後の迷いが、すうっと消えていった。

深夜2時、恭平がようやく家に帰ってきた。

テーブルの上のケーキに気づくと、彼の目に「しまった」という色が浮かんだ。

「悪い、忘れてた」

なんだかおかしくて笑ってしまった。スマホに、あれだけメッセージが来ていたのに。

本当に気づかなかったっていうの?

それとも、甘いひとときが、なにもかも忘れさせてくれたのかしらね。

離婚協議書を取り出して署名欄を開き、私は必死に平静を装いながら彼に差し出した。

「これにサインして……」

私の言葉が終わる前に、恭平のスマホが鳴った。

電話の向こうから、杏の怯えたような声が聞こえる。

「社長、私の家、停電しちゃったみたいで、そばに来てくれますか?こわいですよ」

恭平はすぐさま立ち上がった。その目には、あからさまな焦りが浮かんでいた。

「待ってろ、すぐ行くから」

電話を切ると、恭平は書類の内容も見ずに、さっとサインをした。

私は脇によけて、彼が去っていくのを黙って見送った。

恭平、どうか忘れないで。

この家を捨てたのは、あなたの方なんだって。

……

翌日、私は会社へ仕事の引き継ぎに行った。

すると恭平の方から声をかけてきて、きれいなギフトボックスを差し出してきた。

「悠斗への誕生日プレゼントだ。昨日、渡しそびれてて」

私は一瞬きょとんとして、それを受け取って開けてみた。

中身は、犬のおもちゃだった。

息子が一番こわがっているのが、犬なのに。

悠斗が5歳のとき。恭平が、彼を遊園地に連れて行ったことがあった。

でも、途中で友達に会ったからって、悠斗とつないでいた手を離してしまった。

幼い悠斗は人ごみにはぐれ、迷子になってしまったのだ。

ようやく見つかったときには、野良犬に怯えて、道ばたでがたがた震えながらうずくまっていた。

それからというもの、犬は悠斗のトラウマになってしまった。

それなのに、元凶である犬が、こともあろうにそれをプレゼントとして渡してくるなんて。

怒りなのか失望なのか、自分でもわからない。私はギフトボックスを適当に横へ置いた。

そして、感情のこもらない声で言った。

「ありがとう」

恭平は怪訝そうに私を一瞥すると、なにか思い出したように話を続けた。

「杏の家が停電で、うちの家に泊まらせることにしたんだ。

君は今日、もう仕事は上がっていい。家に帰って荷物をまとめて、悠斗を連れて二、三日どこか外に泊まってくれ」

軽い口調で言われたその言葉が、私の心を重いハンマーで打ち砕いた。

私は信じられないという気持ちで恭平を見つめた。

「どういうこと?宮本さんのために、私と悠斗を追い出すってこと?」

恭平は眉をひそめた。

「そんな人聞きの悪い言い方をするな。一時的に泊めるだけだ。

結婚のことは秘密にしてるんだから、同僚に変に勘ぐられないようにするのは当然だろ」

私は乾いた笑いを漏らした。本当に、皮肉な話だ。

本当にただの同僚?

本当にただ、変に勘ぐられないだけ?

それとも、私と悠斗が彼の邪魔で、世間に知られたくない存在だってこと?

もう恭平の顔を見ていたくなくて、私は自分のデスクに戻り仕事に向かった。

「わかったわ。

できるだけ早く荷物をまとめて悠斗と出ていくから。あなたたちのお邪魔はしないわ」

どうせ出ていく身だ。それが一日早まったところで、どうってことない。

私があまりにあっさりとうなずいたので、恭平は逆にぽかんとしていた。

彼はなにか言いたそうに口を開き、珍しくやさしい口調になった。

「埋め合わせはするから」

私は顔も上げず、ただ黙っていた。

つけられた傷は、もう元には戻らない。どんな埋め合わせだって、無意味だ。

家に帰ると、私は荷物をまとめ、悠斗を連れて家を出た。

ドアを開けたところで、ちょうど杏を連れて帰宅した恭平と鉢合わせてしまった。

彼は片手で杏のスーツケースを引いていて、その姿は頼もしい彼氏そのものだった。

目が合った瞬間、恭平の目にうかんだ一瞬の焦りを、私は見逃さなかった。
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