Masuk萌花の胸にも、言葉にできないものがこみ上げた。すると紗夜は、ふっと笑った。「今のままでいいの。毎日、希望を抱えていられるから。人って、結局その希望のために生きているんじゃないかな」萌花は、それ以上何も言わなかった。やがて医師が病室へ入ってきて、紗夜が医師と話しているあいだ、萌花はそっとベッドのそばへ歩み寄った。病床に横たわる蓮の顔は、今日も静かだ。「玉城さん、目を覚ましてください。美味しい料理を作ってあげますから」萌花は小さな声でつぶやいた。独り言のような、祈るのような声だ。そのときだった。蓮のまつげがかすかに震えた。萌花の心臓が、ぎゅっとつかまれたように跳ねる。「紗夜、紗夜、こっちに来て!」その声に、紗夜が急いで駆け寄ってきた。確かに、蓮のまつげが小さく震えている。萌花は息をのんだ。「これ……目を覚まそうとしているんじゃ……」だが、紗夜の顔に浮かんだ期待は、すぐに落ち着いたものへ変わった。「筋肉の動きよ。蓮は、時々こうなるの」そう言いながらも、紗夜の胸にも落胆はある。萌花の声を聞いた一瞬だけ、本当に蓮が目を覚ましたと思ったからだ。萌花も言葉を失って、それでも視線は蓮の顔から離せなかった。そして次の瞬間、蓮が目を開けた。萌花は息をすることさえ忘れた。何か言わなければと思うのに、喉の奥が凍りついたようで、声が出ない。瞬きもできない。少しでも動けば、目の前の光景が幻のように消えてしまいそうだ。紗夜も同じだ。ほんのさっきまで、まつげの震えはただの反応だと説明していたのに、次の瞬間には、蓮の目が本当に開いている。二人は信じられなくて、息をすることさえ忘れており、病床のそばに立ったまま、ただ蓮を見つめていた。蓮は目を開けると、ゆっくりと視線を動かした。萌花と紗夜のあいだを行き来したあと、最後に萌花のふくらんだお腹で止まった。蓮の視線は、最後に萌花のお腹で止まった。しばらく見つめたあと、彼は唐突に口を開いた。「それ、俺の子なの?」その一言に、場の空気が止まった。萌花は一瞬固まった。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。「ち、違います」蓮は「ふうん」と言って、また二人の顔を見比べる。「君たち……誰?」目を覚ましたという喜びが
萌花は妊娠六か月を迎えている。ゆったりした服を着ていても、お腹のふくらみはもう隠しきれない。この三か月で、あまりにも多くのことが起きた。三か月前、蓮は頭に銃撃を受けた。現場に医療チームが同行していたおかげで、すぐに処置され、緊急手術にも間に合った。その結果、命だけは取り留めた。だが、蓮が目を覚ますことはなかった。医師から告げられた診断は、脳死だった。それから三か月、蓮は病院のベッドで眠り続けている。島から戻って以来、時雄はほとんど口をきかなくなった。紗夜もまた、あの日から心だけを置き去りにされたようだ。芸能界からの引退を発表し、毎日病院で蓮に付き添っている。そのあいだに、萌花と時雄は離婚届を出した。これからは友人として付き合っていくよう約束した。正直なところ、萌花は時雄を恨んでいない。来希のときとは違って、今回は、誰か一人を責めれば済む話ではない。萌花にも、どうしても消えない悔いが残っている。できることはすべてやったはずなのに、蓮を救いきることはできなかった。この三か月、蓮のこと以外にもいろいろな変化があって、予定しているカラリス行きは、いったん見送ることになった。菅田教授の病状が悪化し、先輩がカラリスから帰ってきたためだ。小春のほうも、起業に誘ってきた同級生の話が、結局は詐欺だと分かった。そのせいで、カラリスで仕事を始める話もいったん立ち消えになった。とはいえ、悪いことばかりではない。小春は法律事務所を辞めたあと、法律解説のネット配信とオンライン相談を始めた。それが思いのほか軌道に乗り、三か月で、フォロワーは百万人を超えた。今では、彼女はちょっとしたインフルエンサーになり、収入も法律事務所にいたころの十倍になっている。萌花はこの三か月のあいだに、自分の会社「ノヴァテック」を立ち上げて、自分が本当に取り組みたい事業を探している段階だ。一方で、萌花が開発を主導しているパーセク3は正式にリリースされ、大きな反響を呼んだ。これを受けて小林グループの株価も大きく上昇した。パーセク3の研究開発とアップグレードを率いた技術責任者として、萌花も一気に注目を集めるようになり、海外の有名テック企業からも次々と誘いが来た。だが萌花はすべて断った。その後、萌花が会社を立ち上げたことが知
萌花はその光景を見た瞬間、涙があふれ出した。泣くつもりなんてなかった。それでも、ずっと張りつめていたものが一気にほどけて、どうしても止められない。蓮は生きている。その事実だけで、胸の奥に残っていた不安が少しずつ崩れていった。間に合った。自分がしたことは、無駄ではない。一方、時雄の襟元につけた小型カメラが地下室の惨状を映し出した。床には男たちが倒れている。その血の海の中で、蓮だけが立っており、顔は血にまみれ、体は今にも崩れ落ちそうだが、手にしたナイフだけは離していない。床に倒れている四人の男は、そのナイフで喉を切られて動かない。地下室は、血の色に染まっている。それでも蓮の服は乱れていない。萌花が出発前に渡したあのスーツのジャケットを今も身につけている。胸元の薔薇のブローチにも血がついて、赤い花はいっそう鮮やかに見えた。その場にいる全員が目の前の光景に言葉を失った。あれほど傷つき、立っているのもやっとの蓮が、どうやって四人の男たちから逃れ、逆に彼らを倒したのか。皆がすぐには理解できない。しかし萌花には分かる。分かっているからこそ、彼女も震えるほど衝撃を受けた。蓮に渡したあのジャケットはただの服ではない。愛莉に対抗するため、萌花があらかじめ手を加えておいたものだ。裏地には新しく開発した特殊素材が仕込まれていて、服全体に細い線のように張り巡らされている。普通の検査機器ではまず見つからない。その起動スイッチになっているのが、胸元の薔薇のブローチだ。ブローチを押せば、その素材が一気に電流を流し、触れた相手を一瞬で動けなくする。あの服はつまり武器でもある。ただし、その素材はまだ開発されたばかりで、性能は安定していない。一度強い電流を流せば内部が焼き切れてしまい、二度目は使えない。だからこそ、萌花はすぐこの光景を理解した。男たちが電流で意識を失ったあと、蓮は彼らの喉を切ったのだ。蓮は血の中に立ち尽くしていた。静かで、どこか狂気じみている。それなのに、その目だけはこれまでになく澄んでいる。彼が倒したのは、目の前の男たちだけではない。長いあいだ蓮を縛ってきた、過去の悪夢でもある。蓮は今この瞬間、自分の手であのときの獣たちを葬ったように感じられた。あのとき何もできず、ただ絶望の中でもが
全員の視線が萌花のパソコンに集まった。三日前、萌花が書いた通話元を追跡するための新しいコードについに結果が出た。それは、技術的には画期的な成果だ。しかし今は、そんなことを喜んでいる場合ではない。ほぼ同時に、萌花は愛莉の防壁も破った。別の経路から割り出した位置情報が画面に浮かび上がり、先に出ていた通話追跡の結果とぴたりと重なった。二つの結果が同じ場所を指している以上、もう疑う余地はない。蓮たちは、そこにいる。その場にいる全員も抑えきれない興奮に包まれた。しかし萌花だけは、表情を曇らせたままだ。ありとあらゆる技術的な壁を越え、限界を突破して、ようやくここまでたどり着いた。それでも、すでに三日が過ぎている。この三日間、何が起きたのか。蓮が今、どんな状態にあるのか。萌花には分からない。位置情報が確定した瞬間、指揮所の空気が変わった。関係機関へ連絡が飛び、救援部隊がただちに動き出した。萌花も同行しようと立ち上がったが、三日間ほとんど眠っていない体は、もう限界だった。皆が彼女を止め、萌花はその場に残された。時雄と紗夜は救援部隊とともに現地へ向かうことになり、二時間足らずで島の周辺空域まで到着した。そのころ、島では、警報が鳴り響いた瞬間、愛莉も強い衝撃を受けた。彼女はもともと蓮が痛めつけられる様子を自分の目で確かめるつもりだったが、激しい警報音を聞いて、戦闘態勢に入らざるを得なくなった。長い年月をかけて作り上げた自分だけの楽園が、こんなにも早く見つかるとは思っていなかった。とはいえ、愛莉もただ手をこまねいていたわけではない。島には、彼女が長年かけて集めた武装した男たちが待ち構えており、高性能の武器や爆薬もそろっている。救援側の機体が海岸に近づいた瞬間、激しい銃撃が始まった。こちらも最新鋭の機体で臨み、救出にあたるのはファルコンと呼ばれる精鋭チームだ。それでも、島の守りを突破するのは簡単ではない。島側には、精密な迎撃システムと通信妨害装置があり、武装した男たちも専門的な訓練を受けている。攻防は二時間に及んだ。大きな損害こそ出ていないが、救援側はいまだ島の防衛線を突破できずにいる。紗夜は焦りに耐えきれなくなった。「晴加って、どこまで手を回してるの?やっと見つけたのに、着陸するこ
愛莉は、世界中の誰に嫌われても、醜いと言われても構わない。ただ、蓮だけは違う。蓮だけは、自分をそんなふうに見てはいけない。蓮だけが、自分の暗い世界に光をくれた。誰もが容姿で自分を避ける中、蓮だけは変わらず優しくしてくれた。「蓮、あなたももうぼろぼろじゃない。そんなあなたが、私を嫌える立場だと思っているの?私たちは同じよ。人とも化け物ともつかない、同じ壊れた存在なの。どちらも傷だらけで、汚れている。だったら一緒に地獄で暮らせばいい。そこを、私たちだけの楽園にすればいいの」「ふざけるな。俺は君とは違う」「何が違うの?あなたは私よりきれいだとでも思ってるの?あの時のこと、忘れてたみたいだね。思い出させてあげようか」愛莉は言った。「蓮、あなたは自分がどんな人間だったか、もう忘れたのね。承諾しないなら、徹底的に壊してあげる。もっと汚して、もっと惨めにして、この先一生、顔を上げて生きられないようにしてあげる」蓮の胸に、嫌な予感が走った。「……何をするつもりだ」愛莉が軽く手を振った。すると、大柄な男が四人、部屋に入ってきた。「こういう男たちって、あなたみたいなきれいな顔の男が大好きなのよ。蓮、もう一度、男に弄ばれる気分を味わってみる?」死んだような蓮の目に、一瞬で炎が燃え上がった。怒り。痛み。絶望。そして、吐き気するほどの嫌悪。「君……何を考えているんだ」愛莉は背を向けた。「たっぷり可愛がってあげて」愛莉は蓮の心を完全に折るつもりで、徹底的に痛めつけ、徹底的に屈服させたい。人は徹底的に傷つけられ、逃げ場を奪われれば、やがて自分を傷つけた相手にすがるようになると彼女は信じている。蓮も、もっと汚れればいい。もっと惨めになればいい。自分と同じところまで堕ちてしまえば、もう自分を拒む資格も、見下す資格もなくなる。今夜が終われば、蓮はきっと、自分に従うだけの恋人になる。愛莉はそう確信している。重い鉄の扉が閉まった。その向こうから、蓮の怒号が響き渡った。「近づくな!出ていけ!」一方、救援指揮所の空気は日に日に重くなっている。蓮たちが連れ去られてから、すでに三日になったが、いまだに居場所につながる手がかりはつかめていない。分かっているのは、彼らがこの地球上のどこかにいると
「黙れ!」それでも愛莉は、構わず話し続けた。「蓮、知ってる?私、毎年の誕生日に同じことを願ってきたの。あなたと一緒にいられますようにって。そして今日は、ちょうど私の誕生日で、やっと、願いがかなったの。見て。この島。海に浮かぶ宝石みたいでしょう?きれいで、静かで、誰にも邪魔されない。ここも、あなたも、自分に贈るために用意したプレゼントなの」蓮は床に倒れたまま、目を閉じた。愛莉の声はもう聞きたくない。返事をすれば、彼女の狂った夢の中に自分まで引きずり込まれてしまう気がした。だから蓮は、黙り続けた。その沈黙が愛莉には何よりはっきりした拒絶に見えた。「蓮、私を愛して。あなたが愛するのは私だけでいいの」「殺されても、君だけは愛さない」愛莉は立ち上がり、床に倒れた蓮を見下ろした。「いいわ。どうせあなたはもう私のものだから。気が変わるまで、時間はいくらでもある」それから三日が過ぎた。そのあいだ、蓮はあらゆる苦痛を味わわされた。体も心もとうに限界を超えている。それでも不思議なことに、発作は起きなかった。むしろ頭は怖いほど冴えている。何度も、かつて最も絶望していたころに引き戻されそうになった。それでも蓮は、そのたびに歯を食いしばって耐え抜いた。この十年、蓮は何度も、自分の人生を終わらせたいと思ってきた。それなのに今は、生きたいと強く思っている。こんなにも強く生き延びたいと思ったことはなかった。それはまるで、過去に受けてきたすべての苦しみに、初めて真正面から抗っているかのように。愛莉も蓮がここまで折れないとは思っていなかった。どれだけ痛めつけられても、蓮は屈しなかった。愛莉を受け入れることも、この島で一生を過ごすと約束することも、最後まで拒み続けた。地下室に閉じ込められてから、どれほど時間が過ぎたのか分からない。昼なのか夜なのかさえ分からず、体にはもうほとんど力が残っていない。蓮は床に横たわったまま、暗い天井を見上げた。ただ、胸元の薔薇のブローチを片手で強く握りしめている。そのとき、そろった足音が近づいてくるのが聞こえて、蓮は目を閉じた。また愛莉が人を寄こしたのだと分かった。この数日、鞭で打たれても、水に沈められても、電気を流されても、蓮は屈しなかった。やがて、あのウサギの仮面が