LOGIN理香子は怒りで体を震わせていて、一方のはなも呆然と立ち尽くしていた。自分の計画が、こんなにもあっけなく栞に暴かれるとは思っていなかった。あの日、はなは人目と防犯カメラを避けてこっそり光代の書斎に入った。匿名で資料を流しながらも、調べれば光代にたどり着くよう細工しておいた。そのうえで、報道によって騒ぎが大きくなったところを見計らい、須恵にこの場を設けてもらった。目的は、光代と時雄を徹底的に対立させることだ。二人が争い、須恵が心身ともに疲れ果てたころを狙って、自分を会社に入れてほしいと頼む。須恵の目となり、耳となって働くと言えば、須恵は断れないはずだ。はなはその場で、須恵のそばに膝をついた。「お祖母様、栞が私を陥れようとしているんです。あの資料は、私が流したものではありません」須恵の顔には、すでに厳しい色が浮かんでいて、声も冷えきっている。「じゃあ、なぜ光代の書斎に入ったの?」「本を探しに行っただけです。お祖母様、私は本当に何もしていません」だが真実がどうであるか、須恵の中ではもう答えが出ていて、はなに握られている手を静かに引き抜いた。そして理香子に目を向けた。「理香子。まさか、あなたもこの件に加担しているの?」理香子は内心すでに動揺している。小林家に入って何十年も経っていて、須恵がどういう人間なのか、彼女はよく知っている。普段は穏やかに笑い、家のことにも会社のことにも深く口を出さないように見えるが、小林家の事業を亡き夫とともに築いてきたのは、ほかでもない須恵だ。いざとなれば、彼女がどれほど冷徹になれる人なのか、理香子は身に染みて分かっている。須恵の氷のような目を見た瞬間、理香子はこの件の深刻さを悟った。そこで彼女がまず考えたのは、自分だけは巻き込まれないようにすることだった。「お義母様、本当に何も知りません。はなが戻ってきていたことも、光代さんの書斎に入ったことも知りませんでした。この件は、本当に私とは関係ありません」はなは理香子を見つめた。その目には驚きはなかった。いざとなれば、理香子が自分を切り捨てることくらい分かっている。それでも、実際にその態度を見せつけられると、胸の奥に冷たい失望が広がった。理香子は須恵に信じさせるため、まっすぐはなのそばへ歩いていって、次の瞬
栞は腹が立ってて仕方がなく、その場で騒ぎ始めた。「お祖母様、母さん、どういうことですか?はながここにいるのに、どうして私だけ呼ばれていないんですか。小林家の娘は私じゃないですか」理香子はただでさえこの状況にうんざりしていたのに、そこへ栞まで現れて、ますます頭が痛くなった。栞とはなが顔を合わせれば必ず揉める。だからこそ、あえて栞には声をかけなかった。栞よりは、はなのほうがまだ使える。理香子はそう思っていた。少なくとも、はなには頭もあれば、要領のよさもある。「騒がないで。一緒に食べればいいでしょう。今はそれどころじゃないの。役に立てないのなら、余計なことを言わないで」けれど栞はどうしても事情を知りたい。家の中の誰かが光代の書斎に入り、そこから例の資料を外へ流したのだと聞くと、栞はふいに目を輝かせた。「私、知ってます。はなです」そこにいる全員が一瞬言葉を失った。はなは怒りに任せて立ち上がった。「栞、何を言ってるの?根も葉もないことを言わないで」すると栞はスマートフォンを取り出した。「私、見てたのよ。動画も撮ってある。二日前だったかな、あなたがこそこそ光代さんの書斎に入っていくところを見たわ。何をしているのかと思ったけど、そういうことなのね。光代さんを陥れるためだったんでしょう」栞は手柄でも立てたような顔で、スマートフォンを理香子に差し出した。「母さん見て。はなでしょう?だから言ったじゃない。彼女は恩知らずなのよ。あれだけ優しくしてあげたのに、光代さんまで陥れようとするなんて」何かを思いついたように、栞はさらに声を上げた。「ああ、前に会社でシャドウのふりをして、光代さんに追い出されたからでしょう。それを根に持って、今回こんなことをしたのよ。絶対そう」栞は、自分の推理にすっかり満足しているようで、理香子の顔が見る見るうちに暗くなっていることにはまるで気づいていない。膠着していた場が、突然帰ってきた栞のせいで一気に崩れるとは、誰も思っていなかった。須恵の顔色もひどく悪くなった。忠久は小さく笑った。「小林大奥様、お宅は本当に愛情に満ちてますね。次から次へと見せ場が出てくる。いや、実に勉強になります」栞にとって、はなの存在はずっと目障りで、ようやく今回はなを家から追い払う理由ができたと思って
一瞬、全員の視線が萌花に集まった。気づけば、さっきまで時雄の手元にあるノートパソコンは、萌花の膝の上に移っている。理香子の顔色が変わった。「二条さん、いい加減なことを言わないでください。誰が光代さんを陥れたと言うんです?」萌花の表情は変わらなかった。「理香子さんがやったとは言っていませんから、そんなに慌てなくてもいいですよ」須恵もすでに怒りを抑えきれなくなった。「萌花さん、ちゃんと説明して。いったいどういうことなの?」「送信元をたどると、このメールに使われたアカウントは確かに光代さんのものです。ただ、それだけで光代さん本人が送ったとは言えません」理香子が鼻で笑った。「アカウントまで分かっているのに、それでも証拠にならないんですか?」萌花は続けた。「このメールが送られたときの位置情報も確認できます。光代さんの書斎からです」理香子はすぐに言った。「それならなおさら、光代さんが送ったということではありませんか」萌花はふいに執事へ顔を向けた。「光代さんが最近こちらへいらしたのは、いつですか」「半月ほど前でございます」萌花は改めて皆を見た。「メールは光代さんの書斎から送られています。でも光代さん本人は、半月もここへ帰っていません。これがどういう意味か、もう分かるのではありませんか」光代もようやく、萌花が自分をかばっているのだと気づいて、萌花を見る目にかすかな感謝の色が浮かんできた。やがて光代は立ち上がった。「つまり、誰かが私の書斎に入り、私のアカウントを使って、私が送ったように見せかけた。そして今度は、その流れで私を犯人に仕立て上げようとしているっていうことですね」光代の視線は、まっすぐ理香子へ向けられた。理香子もすぐに立ち上がった。「光代さん、勝手なことを言わないでください。私は会社のことには一切関わっていません。あなたと時雄さんの争いに首を突っ込む理由なんてないでしょう。あなたを陥れたところで、何の得があるんですか」光代は冷ややかに言った。「私と時雄が争ったほうが、都合のいい人もいるでしょう」「私がそんなことをして、何になるんですか。うちの者は誰ひとり会社に関わっていないんですよ。この家のために何十年も尽くしてきました。こんなふうに疑われるなんてひどくな
「耳に痛いことを言っているのは分かっています。でも、これでも身内ですから、時雄さんには何とか立て直していただきたいんです。この騒ぎに乗じて、あなたを徹底的に追い込もうとしている人たちとは違いますから」それを聞いた須恵の顔が、一気に険しくなった。「理香子、それって本当?」「お義母様、本当です。戻ったらすぐにお伝えしようと思っていたんですけど、お義母様が光代さんとお話し中でしたので」須恵はすぐに、そばに控えている執事に命じた。「すぐに調べて。誰の仕業なのか、必ず突き止めるのよ」理香子はさらに言った。「二条さんは、こういうことにお詳しいんでしょう?突き止めるのは難しくないのではありませんか」萌花は、理香子が自分を巻き込もうとしているのだとすぐに分かった。理香子が目配せすると、ほどなくして使用人がノートパソコンを運んできた。「テレビ局に届いたメールがこの中に入っています。二条さん、ぜひ謎解きをお願いできますか」萌花はその挑発に乗るつもりはない。すると時雄が立ち上がった。「俺が調べます」時雄はもともとは技術畑の人間で、理香子も彼なら調べられることは分かっていた。すぐにメールの送信元をたどって、時雄は落ち着いた声で告げた。「このメールは、姉さんのアカウントから送られています」光代はそれまでどこか他人事のように成り行きを眺めていたが、自分の名が出た瞬間、その表情が冷えた。「時雄、何を言ってるの?」時雄は静かに顔を上げて光代を見た。「どういう経緯かは分かりません。ただ、この匿名メールが姉さんのアカウントから送られているのは事実です」光代は笑った。「時雄、今度は私を犯人に仕立て上げる気?」理香子もひどく驚いたような顔をした。「時雄さん、何かの間違いではありませんか。光代さんのはずがないでしょう。いくら仲がよくないとはいえ、同じ小林家の人間ですよ。こんなときに相手の足を引っ張るような真似、するはずがありません。それに会社の株価がここまで落ちているんです。光代さんにだって何の得にもならないでしょう」そのとき、はなが口を開いた。「それは限りませんよ。もし時雄叔父様が社長をやめることになったら、次に会社を任されるのは誰でしょうね」「はな。部外者が口を挟むことではないでしょう」はなの
そのとき、時雄が口を開いた。「考えを変えるつもりはありません。萌花とは約束しました。彼女がこの子を産むと決めたなら、父親としての権利をすべて放棄します」須恵の顔が一気に険しくなった。「何を言っているの。それは小林家の血を引く子でしょう」けれど時雄は、もう迷っていないようだ。「これは俺の問題です。俺が決めます」須恵は怒りのあまり、胸の奥が痛んだ。玉枝が慌ててそばに寄り、須恵の体を支えた。「皆さま、このお話はまた後ほどにいたしましょう。お夕食の支度が整っております。まずはお食事を」結局、一同はダイニングルームへ移った。ダイニングルームには大きな円卓が用意されている。今日は小林家の者もほとんど顔をそろえている。忠久が小林家で来希に会うのは、これが初めてだ。来希のことは、忠久もすでに耳にしている。しかも、屋敷に入るときにちょうど鉢合わせた。来希は忠久を見るなり、かしこまって挨拶して、思わず小さな声で呼んだ。「お義父さん」忠久の表情が一瞬でこわばった。「今、何と呼んだ」来希は肩をすくめた。「おじさん、すみません。つい、昔の癖で……」忠久は来希を冷ややかに見据えた。「萌花がいなければ、あなたもその程度の男だ。まったく、顔を見るだけで気が滅入る」そう言い捨てると、忠久はもう来希を見ることもなく、ダイニングルームへ入った。ほどなくして、全員が席に着いた。忠久は席に着くなり、杯を手に取って須恵に向けた。「小林大奥様、今日はお互いの体裁を思って、この席につきました。ですが、この一杯で、二条家と小林家の縁は切らせていただきます。今後、お付き合いは一切いたしません」そう言い終えると、忠久はお酒を飲み干した。須恵の表情は晴れないが、それでも、ひとまず言い訳のように言った。「最近、体調がよくないから、酒は控えています。でも忠久さん、二人のことは、まだ話し合う余地があると思いますが」忠久はきっぱりと言った。「話し合うことなどありません。もし小林家が力ずくで押し通すつもりなら、俺たちも黙ってはいません。すべて表に出したら、困るのは大奥様で、恥をかくのも小林家です」そのとき、理香子がふいに口を挟んだ。「今、世間でこれだけ騒がれているんですから、時雄さんにとってはかなりまずい状況
聡子は娘を見つめ、その目には隠しきれない心配といたわりが浮かんでいる。忠久は須恵に視線を向け、ひとまず穏やかな口調で切り出した。「小林大奥様、今日は何のお話があってのことでしょうか?」須恵は口を開いた。須恵はゆっくり口を開いた。「もちろん、萌花さんと時雄のことです。二人だけで結論を出すには、まだ荷が重いでしょう。こういう時こそ、私たち親同士がきちんと話し合って、道筋をつけてやるべきだと思っています。何より、もう子どもができていて、離婚したいと言われて、はいそうですかと認めるわけにはいきません。この子は小林家にとっても二条家にとっても、大切な孫になります。生まれた時から両親が別々で、きっと寂しい思いをさせるでしょう」忠久は表情を変えずに答えた。「その点はこちらも同じ考えです。子どもに寂しい思いをさせるわけにはいきません」その言葉を聞いて、須恵の顔にかすかな安堵の色が浮かんだ。萌花と時雄が結婚してから顔を合わせる機会はそう多くないが、須恵は忠久が子ども好きだということを知っている。昔も萌花に、早く子どもを持つようにと何度も口にしていたからだ。須恵は少し表情を和らげた。「忠久さんもそう思ってくれるなら安心です。萌花さんは、もう妊娠三か月だそうです。この子のことは、どうかご心配なさらないでください。生まれてきたら、小林家の大事な孫として迎え、大切に育てます」しかし、忠久は淡々と言った。「大奥様、この子を小林家の子にするつもりはありません」須恵の顔色が変わった。「それはどういう意味ですか?」忠久は時雄に目を向けた。「よくそんなことが言えますね。あなた方は娘をここまで苦しめておいて、今度は子供を盾に引き止めるつもりですか。跡継ぎのために娘を利用されてはたまりません。二条家を甘く見ないでください」ここまで来れば、もう遠慮する必要はない。忠久は言葉を切らずに続けた。「離婚は娘が決めたことで、覆すつもりはありません。娘が産むと決めたなら、こちらで責任を持って育てます。小林家に渡すつもりはありませんし、小林家の子どもとして扱わせるつもりもありません」須恵は、忠久がここまで強く出てくるとは思っていなかった。「さっきは、愛のない家庭で育てるわけにはいかないと言ってたじゃありませんか」「その愛







