Se connecterゴールデンウィークに彼氏の吉野悠人(よしの ゆうと)と旅行へ出かけた。車に乗り込むと、助手席に知らない女性がいた。 悠人は笑いながら言った。「後輩の鈴蘭なんだ。ちょうどあっちに行くって言うから、一緒に連れてきたんだよ」 小林鈴蘭(こばやし すずらん)は振り返り、私を見て微笑んだ。「気にしないでください。お邪魔はしませんから、車に乗せてもらうだけでいいんです」 私・白川芽依(しらかわ めい)は言葉を飲み込み、黙っていた。 ホテルに着いてルームキーでドアを開けようとしたら、鈴蘭がスーツケースを持ってついてきた。 悠人は当たり前のようにこう言った。 「鈴蘭一人だと心細いだろ。3人で同じ部屋に泊まろうよ。そのほうが賑やかで楽しいし、彼女はソファでいいからさ」 鈴蘭はすでにベッドの端に座り、私を見上げて言った。「ソファで寝ますから、お二人には迷惑かけませんので」 私はその場に立ち尽くした。悠人の当然のような態度を見ていたら、無性に気持ち悪くなった。 「分かった。じゃあ彼女と二人でこの部屋を使って。私は別の部屋を取るわ」
Voir plus修平が用意した警告書は、事務的な言い回しでありながら、一文一文が鋭い刃のようだった。【吉野悠人様による白川芽依様への執拗な接触及びつきまとい行為は、白川芽依様の平穏な生活を著しく侵害しており、不法行為に該当するおそれがあります。本通知到達後は、電話、ライン等による連絡、待ち伏せ、尾行その他一切の接触行為を直ちに中止してください。これに応じない場合、当職は警察への相談・被害届の提出その他必要な法的措置を講じるとともに、損害賠償請求を含む民事手続を進めます】私は読み終えると、1つ付け加えた。「何でしょうか?」「同僚の森下さんに対して、『そういう筋に知り合いがいる』と脅した件です。それも書き入れてください」修平は私を一瞥しただけで何も聞かず、パソコンのキーボードを打ち始めた。警告書が印刷され、茶色の封筒に入れられてから、法律事務所の社判が押された。修平は言った。「内容証明郵便で吉野さんの住所に送ります。それと同時に、彼のスマホにも電子データを送信しておきますね」「費用はいくらですか?」「3万5千円です」私は支払いを済ませ、法律事務所を出た。外はもうすっかり夜になっていた。8月末の夜風はまだ熱を帯びていて、顔に触れるたび不快だった。道端でタクシーを待っていると、スマホが震えた。悠人からのラインだった。短くだけ書かれていた。【弁護士をつけたのか?】私は返した。【そうよ】しばらくしてから、悠人が返信をよこした。【やりすぎじゃないか?】私は無視した。追い打ちのように悠人からメッセージが届く。【3年間も一緒にいた仲だぞ。こんなことで弁護士まで立てるのか?】いくつか言葉を打ち込んだが、私は全部消して、最後に句読点だけを送信した。伝えるべき言葉がないのではなく、もう一言も交わしたくなかったのだ。警告書が届いてから、悠人は1週間ほど大人しくしていた。だが、1週間後にはまた悪さをし始めた。今度はやり方を変えてきたのだ。悠人は自身のインスタに、長文を投稿した。内容を一言で言えば、3年の付き合いを簡単に捨てるなんて、女の冷淡さが怖い、というものだった。自分の非は認めつつも、こう嘆いていた。【人なら誰でも間違いはある、変わろうとしているのにチャンスさえ与えてくれない】それに、【毎晩眠れず、
【私の質問に答えて】【芽依のことを大切に思っているからだよ。他の男と一緒にいるなんて、耐えられない】【私たちはもう別れたの】【納得してないぞ】【別れるのにあなたの許可はいらないわ】【芽依、一度だけチャンスをくれ。本当に変わったから】画面の文字を読んで、私はあまりの身勝手さに言葉を失った。【何が変わったっていうの?他人を脅すような人間になったの?】【脅したわけじゃない。忠告しただけだ。あの男が賢ければ、お前から離れるはずさ】私は目を閉じ、深く息を吐き出した。それから、【覚悟しなさい】とだけ打って送信した。スマホを握りしめて、私は会社を出る。悠人に会うのではなく、警察署へ向かった。悠人が拓也を脅迫した件を話すと、警察はノートに記録した。「具体的にどんな風に言いましたか?」「そういう筋に知り合いがいるから、森下さんに気をつけろと」「録音データはありますか?」「いいえ」「ラインの履歴は?」「ビルの前で直接言われたので、履歴はありません」警察はペンを置き、私を真っ直ぐ見た。「証拠がないと対応は難しいですね。今の発言も脅迫と言い切るには証拠不足ですし、相手も否定するでしょう」「それなら、どうすればいいのでしょうか?」「まずは証拠を集めることですね。次はメッセージならスクリーンショット、直接会ったなら隠し録音をして、また持ってきてください」警察署を出ると、あたりはもう暗くなっていた。信号待ちをしていると、スマホが震えた。悠人からのメッセージだった。【芽依、まだ俺に未練があるんだろう。自分に嘘をつくなよ】かつての私を思い出す。いつも折れるのは私、自分から連絡するのは私、謝るのも私だった。何に対して謝っていたんだろう?私が過敏だから?考えすぎるから?度量が小さいから?私はメッセージを無視したが、悠人は引き下がらなかった。今度は母に連絡を取り始めた。どこで番号を見つけたのか。以前保存していたのか、それとも誰かに聞いたのかは分からない。母から電話がかかってきて、声が少し震えていた。「芽依、あの吉野くんから電話が来たわ」「何か言ってた?」「自分が悪かったから、芽依を説得して仲直りさせてくれと」「お母さん、相手にしないで」「無視したわ。本人同
悠人は一歩近づき、声を潜めた。「1時間だけ俺に時間をくれ。たったの1時間でいい」私が言い返そうとすると、後ろでエレベーターの開く音がした。拓也が降りてきた。ファイルを持っていて、私と悠人を見ると動きを止めた。拓也は悠人を見つめ、それから私に視線を向けた。「大丈夫ですか?」拓也は私に尋ねる。私は首を振った。悠人は拓也を凝視した。私の隣の拓也を見て、表情を曇らせる。「こいつは誰だ?」「職場の同僚」と答える。拓也は特に気に留めた様子もなく、小さく頷くとファイルを持ってその場を去った。それでも悠人の視線は、拓也が廊下の先へ消えるまでずっと追っていた。「お前のこと、好きなのか?」悠人の声が冷ややかなものに変わる。私は顔を上げて悠人を直視した。「悠人。私たちはもう別れたの。私が誰を好きで、私が誰に好かれるか、あなたには関係ないでしょ?」「別れてからまだ4ヶ月も経ってないんだぞ」「だから何?」悠人は歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。なんだか滑稽に思えてくる。「悠人、よく聞いて」私は一言ずつ噛みしめるように告げた。「私たちが別れた理由に第三者は関係ない。鈴蘭さんの件はどうでもいいわ。そもそもあなたの人間性に問題があるの。根本的に、私を対等に扱う気なんてないでしょ」悠人の顔色が瞬時に青ざめた。彼は杖に体重を預けたまま、指の関節が白くなるほど力を込めて立っている。ロビーに数秒間、重苦しい静寂が漂い、エアコンの稼働音だけが響いていた。私は背を向け、エレベーターの方へと歩き出す。今度は悠人が追いかけてこなかった。けれど、悠人という男は一度貼り付いたら取れないガムのようにしつこかった。会社には現れなくなったが、別のやり方で私の日常に入り込んできた。例えば、遥からの連絡だ。遥によると、悠人から電話があったそうだ。私が最近誰と会っているか聞かれたという。「どう答えたの?」片付けをしながら私は尋ねる。「『あなたには関係ないでしょう?』って言って切ったよ」「その後もかかってきた?」「しつこいから着信拒否したわ」遥がお菓子をサクサクと食べる音が聞こえていた。「ただね、吉野さん、森下さんのところにまで行ったみたいよ」私の手が止まった。「今、なんて?」
母からの電話で、「会いたい」と言われ、私はすぐに週末の切符を買った。地元は小さな地方の県で、最寄りの市からバスでさらに2時間かかる。駅まで迎えに来た母は、赤い半袖シャツを着ていて、髪を黒く染めていた。「痩せたわね」と、母はいつも必ず最初にそう言う。「ううん、逆に1キロ増えたよ」「太ったほうがいい。そのほうがいいのよ」家に着くと父がキッチンで料理をしていて、いい匂いが部屋いっぱいに漂っていた。「お父さん」父は振り返った。「おかえり。手を洗って、ご飯にしよう」食卓には肉じゃが、揚げ出し豆腐、ほうれん草のおひたしに味噌汁が並ぶ。母は私にご飯を山盛りによそい、さらに料理も取り分けてくれた。「お母さん、こんなに食べられないよ」「急がなくていいから、ゆっくり食べて」父が一口食べてから、不意に聞いた。「あの吉野くんとは別れたんだろ?」箸が止まった。「別れたよ」「別れて正解だ」父は肉を1つまみ、口に入れた。「前からあいつは気に入らなかったんだ」母が父をにらみつける。「そんな言い方しかできないの?」「言い方の問題か?別れて正解だった、それ以外の言いようがないだろう?」私は言い合う二人を見ていたら、急に鼻の奥がツンとした。食事のあと、母に誘われて散歩に行った。地元はとても狭く、一番の大通りを往復しても20分とかからない。タピオカ屋さんの前を通りかかると、母が言った。「芽依、小さい頃これが大好きでね。テストでいい点を取るたびに、お母さんにおねだりしてたじゃない?」「今でも好きだよ」「じゃあ買おう」私たちはそれぞれミルクティーを持って、道の脇のベンチに座った。タピオカは少し固くて、甘すぎるミルクティー。それでも最後の一口まで飲み干した。「芽依」「ん?」「もし辛いならお母さんに言いなさいよ。一人で溜め込んじゃダメだから」私は手の中の空のカップをじっと見つめる。ストローの先に、残ったタピオカが張り付いていた。「お母さん、私、昔はずいぶんバカだったよね?」「若い時なんて、みんなバカなものよ」母が私の手の甲をポンと叩いた。「お父さんと付き合った時、おばあちゃんは反対して足を折る勢いだったのよ。当時のお父さんは本当に貧しくて、まともな鍋すら持ってなかった
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