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第16話

Aвтор: 心原蔵之
「でも…」

株主がまだ言いかけると、瑠一に冷たく遮られた。「もういい、この件はこれで決まりです」

「皆さん、仕事に戻りなさい」

株主たちが出ていきそうになったのを見て、絵里は先にドアをノックし、中に入った。「桜井社長、お呼びでしょうか?」

怪訝そうな視線を向けられ、株主数名は「ハッ」と鼻で笑い、彼女を無視して社長室を後にした。

気まずい沈黙が流れる。

先ほど自分を庇ってくれた瑠一の姿が頭から離れず、絵里はどう顔を向ければいいのかわからなくて、うつむいたまま。

瑠一の方が先に彼女の様子に気づき、淡々と言った。「ネットの声は気にしなくていいです。言ったでしょう、君はこの会社の一員。社員を守るのは上司の役目です。何かあったら、俺が後ろ盾になりますから」

予想外の言葉に、絵里は思わず顔を上げた。

視線が合った瞬間、なぜか彼女の鼓動が一瞬止まった。

伝えたいことは山ほどあったが、結局こぼれたのは一言だけ。「桜井社長、この数日間、ありがとうございました」

彼女の元気のなさに気づいて、瑠一はさりげなく話題を変え、引き出しから一枚の招待状を取り出して差し出した。「明後日、取引先が都心で晩餐会を開くんだけど、望月さん、都合どうですか?」

彼女が噂を気にしているだろうと思い、続けた。「会社のスポンサー獲得に重要なんで、手伝ってほしいです」

絵里は少し迷ったが、うなずいた。「わかりました。必ず時間通りに伺います」

一方。

何日もパパに会えない瑛多は、不安そうに颯花に尋ねた。「颯花さん、パパどこに行っちゃったの?いつ家に帰るの?」

「最近ずっと家でお弁当と出前ばかりだよ。もういやになっちゃった」

元々むしゃくしゃしていたところに彼の質問で、颯花はさらに腹が立った。「前はいつも外で食べたいって騒いでたくせに、今さら文句なんて?私はあんたの母親じゃない!」

そんな態度を取られるとは思っていない瑛多は、ぽかんとし、目尻を赤くした。「颯花さん、怖い!」

「颯花さん、変わっちゃった。もう颯花さん大嫌い!僕、パパに会いたい!」

彼は泣きじゃくりながら、本能的に後ずさり、目の前の女との距離を置いた。

彼が知っている颯花さんは、いつも優しくて、決して大声を出さない人だ。

でも最近、彼女は変わった。別人みたいに手抜きだし、冷たかったし。もう、全然優しくしてくれない
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