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第14話

Author: 梅干しとポークリーブのお粥
半年後、芳香が満ちた花畑の中。

引きずるほど長いロングドレスを着ている杏実は、カメラマンの指示に従い、レンズに向かって微笑む。

ウエディングドレスは雪のように白く、彼女は月のように清らか。薄化粧にもかかわらず、その美しさは言葉で表せない。

身の回りには青いスズラン、白いジャスミン、ピンクのバラが寄り添っている……

杏実は突然、直斗がかつて彼女に言った言葉を思い出す。「君の一番好きな花の中に、君の一番好きな人がいるように」

だが時は移り人は変わる。かつて最も愛していた人が、自分に刺を突ける刃に変わるとは、信じられなかった。

そして彼女が最も誇りに思っていた結婚生活は、完全に嘘に満ちたものになってしまった。

杏実は首を振って不快な記憶を振り払い、再び撮影に没頭した。

ウエディングフォトの撮影過程は複雑ではない。彼女は気に入った数枚のネガを選んでカメラマンに礼を言うと、スカートの裾を持ち上げて更衣室に戻る。

普段着に着替えた後、彼女はカバンからペンを取り出して紙を机の上に平らかに置き、末尾の枠にチェックを入れた。

それは彼女と直斗の筆跡が満ちている一枚の計画表である。

その表には、恋愛中にお互いに付き添うと約束した999の小さなことが書かれている。

そして杏実がさっき、改めてウエディングフォトを撮り直すことにチェックを入れた。

彼らの結婚式は実にあまり円満ではなかった。あの一撃のため、彼女はほとんどの時間を療養に費やした。

賓客は彼女が血の海に倒れていた惨めな様子だけを覚え、心配そうに問いかけた。

直斗だけが彼女の遺憾を見抜いた。手作りでウエディングドレスをデザインし、再び一緒にウエディングフォトを撮ることを約束した。

しかし彼から離れた後、杏実はやっと気づいた。それは愛情はいつか変質し、約束も叶えられないものになったということ。

彼と結婚した七年間、ただ彼女だけがずっと直斗の願いを叶えていた。

完璧に近い斉藤奥様になり、責任を持った母親になってあげたかった。

そのため、服を買うたびに無意識に彼のネクタイに合わせようとし、進んで騙されて彼の子供を育てることを甘んじて受け入れた。

杏実は少し自身を可哀想に思う。受付に行って一番高いプランを選び、店長とアルバムの受け取り時間を約束したら店から出た。

家に帰る途中、彼女は海岸通りを散歩し
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