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第9話

Auteur: 深夜の蝋燭
誠は慌てふためいて家に駆け込み、収納部屋に直行して鍵付きの木箱を探し出した。

早苗がまた発作を起こしたのだ。彼はこの箱の中に、彼女の気持ちを落ち着かせるかもしれない物があることを思い出した。

ただ、彼の心は落ち着かなかった。今日という大切な日に早苗が発作を起こしたことで、自分と里奈の予定に影響が出るのではないかと不安だった。

あの出来事さえなければ、毎日早苗に振り回されることもなかったのに。

彼は箱を抱えて玄関まで歩き、ふと視界に靴棚が入った瞬間、足を止めた。

棚の上は空っぽで、里奈のハイヒールが一足もなかった。

だが、部屋の中を見渡しても、特に変わった様子は見当たらなかった。

もしかすると、洗濯に出しているかもしれない、と彼は思った。

里奈は少し潔癖症の傾向があり、家事全般を彼にやらせることはなく、家は狭いながらも常に清潔に保たれていた。胸の奥に何かが足りないような気がして、じっくり考えようとしたその時、聡から電話がかかってきた。彼は箱を抱えたまま、慌ただしく家を飛び出した。

車に乗り込んでから、「10分で戻る」と自分が言ったことをふと思い出した。

でも、家には誰もいない。どうして――?

その時、スマホが突然震え、メッセージが届いた。

画面を一目見た瞬間、誠は急ブレーキを踏み、全身が爆発するような思いで叫んだ。「聡!早苗が発作を起こして手首を切った!

すぐに彼女の家に行ってくれ!今すぐだ!」

写真には、早苗がバスタブの中に横たわり、顔は血の気を失って青白く、手首から流れた血が湯船の水を真っ赤に染めていた。

彼女を死なせるわけにはいかない。

もし本当に死んでしまったら、彼は一生、落ち着かなくなるだろう。

怒りが、あの得体の知れない虚しさを一瞬で吹き飛ばした。なんでだよ?なんでこんな面倒くさいことばかり、全部俺が背負わなきゃいけないんだよ!

誠はハンドルを拳で叩きつけた。関節が激しくぶつかり、鋭い痛みとともに血がにじんだ。頭の中は早苗の絶望に満ちた顔でいっぱいで、スマホに届いていた里奈からのメッセージにはまったく気づかなかった。

彼は何度か深呼吸をして、心に浮かんだのはただ一つ――今日は記念日なのに、もう台無しだ。

でもあの贈り物はもう渡したし、この件が片付いたら、改めて姉ちゃんに埋め合わせすればいい。

今までどれだけの過ちを
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